23 大兎
大兎の様子を見たレイエルは遠慮がちに一旦剣を収めた。
「あの、やっぱり今日は訓練、やめておきましょうか……?」
(だ、大丈夫です! 今のはちょっと油断しすぎただけですので!)
仕切り直すようにメイリムは後方にビョンと跳びのく。
再戦となったが、今度の大兎は一転して慎重になっていた。警戒しながらじりじり少しずつ距離を詰めていく。
だが、レイエルの踏みこみ速度は相手の想定を上回った。一瞬で間合いに入ると眼前に剣を突きつける。決着がつくと少年はまた申し訳なさそうな表情で。
「あの、やっぱり……」
(もう一回お願いします!)
そうして再再戦となったものの、結果は同じであっという間にレイエルがチェックメイト。
それでもメイリムは諦めず、挑んでは即詰みを何度も繰り返した。
やがてレイエルはため息と共に手を前にかざす。放たれた冷気が大兎の四本の脚に纏わりつき、地面に接着させる形で氷漬けにしてしまった。
……レイエル、水霊魔法を習得したのか。まったく、私に何の相談もなく勝手に! 水属性なんてレイエルにピッタリじゃないの!
さて、両の前脚後脚を動かせなくなったメイリムはといえば、涙目に、いや、完全に涙を流しながら体を震わせていた。
「キュ、キューン……」
うん、実際に手も足も出せないんじゃ、もう鳴くしかないよね……。
まだラビルクに進化したばかりだし、あの子の実力はよく見かける大兎とそう大差ない。可哀想だけど、何度戦ってもレイエルには勝てないよ。
「それにしても、レイエルめ、私に隠れてここまでの力をつけていたなんて」
(ああ、あの少年の年齢を考えれば驚くべきことだね)
同意する思念が上から降ってきた。見上げるとジェシカが感心したようにうんうんと頷いている。
彼女は私が観戦している間に町からやって来ていた。潜んでいた木の陰は象サイズの大狼を隠せるほど大きくはないので、当然ながらレイエル達にもとっくにばれている。
少年は剣を鞘に収めつつこちらへと歩いてくる。
「普通に訓練をするつもりだったんですけど、ちょうどよかったです。ルーシャ様、これで僕も少しは役に立つと分かったでしょう? 次に何かあった時は一緒に連れていってくれますね?」
「う……、い、いや、まだ駄目。ジェシカに勝てるくらいにならないと!」
咄嗟に私の口から出た言葉に、レイエルもジェシカも嬉しそうな表情を作った。
共に早速距離を取って向かい合う。
私が発言を訂正するより先に一人と一頭は動いた。
踏みこんだレイエルが剣で薙ぎ払うが、ジェシカはさっと身を引いてこれを回避。振り下ろした前脚は爪が少年に触れる寸前で止まった。
(ふふ、私を兎と同じだと思っちゃいけないよ)
「……参りました。確かに、大きいのにメイリムさんより断然速いです」
悔しさを滲ませつつもレイエルは素直に負けを認めていた。
……よかった、魔力の量にはそんなに差はないけど経験でジェシカが上回ったみたいだ。
と安堵したのも束の間で、少年の方が距離を取り直して再び剣を構える。
「次は水霊魔法を使ってもいいですか?」
(構わないよ。私ならあの程度の氷は簡単に砕くことができるからね。まあ、私も次の進化で魔法を使えるようになるし、予習にもなってちょうどいい)
ジェシカの思念に、私は顔を聖獣の方に向けた。
……次の進化で魔法を?
魔獣が魔法を使っているのは見たことなかったけど、進化で強くなっていくと習得できるシステムだったのか。何だかジェシカは先のことを分かっているみたいだし、一度きちんと魔獣について教えてもらった方がいいかもしれない。
そう思っているうちに少年と聖獣の再戦は火蓋を切った。
今度はジェシカが先手を取る。迫る前脚の爪をレイエルは横に避けた。すぐに体勢を立て直して剣を繰り出す。その動作の最中に彼は魔法を発動。
ジェシカの四本の脚も先ほどのメイリム同様凍り漬けにされるも、宣言通りあっさりとこの縛りを壊す。しかし、少年の剣を回避する時間は残されていなかった。
大狼の顔に切っ先を向け、レイエルは動きを停止させる。
「簡単に砕くことができても、やっぱり多少は時間を取られるでしょ」
(むぅ、水霊魔法、思った以上に厄介だ……。参った)
聖獣が降参するのとほぼ同時にレイエルは目を輝かせてこちらを見た。
「ルーシャ様、勝ちましたよ!」
「ま、まだ一勝一敗だよ! 通算! 通算で勝ち越さないと! じゃあ、私はお昼の支度で家に帰るから、後で結果を教えてね」
「え、ご飯の準備には早くないですか?」
「ちょっと多めに作るから」
空中に浮かび上がりながらジェシカの方に視線をやり、念押しの思念を送信。
ちゃんと分かっているよね?
(う、大丈夫だ。しっかり勝ち越す……)
「頼んだよ、よろしくね」
言葉でも念押しし、自宅に向かって飛行する私。下に目をやると大兎がとぼとぼと歩いていた。
……メイリム、見るからに気落ちしているな。励ましになるかは分からないけど、やるだけやってみるか。少し待っていてね。
帰宅するとすぐに台所で調理を始める。
窓の外では変わらずに聖獣と住民のふれあいが続いており、天気のよさも手伝って何ともほのぼのした雰囲気だった。とぼとぼと歩いていたせいで戻ってくるのに時間が掛かったメイリムもやがてそこに加わる。
しかし、耳まで垂れ下がった大兎の心中は、魔力感知のできない子供達にもばれていた。
「兎さん、元気ないねー」
「しょんぼりしてるねー」
自宅を出た私は、まず持ってきたクッキーの袋を子供達に渡す。
「うちの兎をいたわってくれてありがとうね。これ、皆で食べて。あ、ちゃんと手を洗ってからだよ」
それから、宙に浮かせていた鍋を目の前に。
「メイリムにはこれをあげる。食べてみて」
(うーん、キャベツと人参ですか……。よく茹でてあるみたいですけど、また野菜じゃないですか)
「そう言わず、一つ食べてみてよ。人参は付け合わせだからキャベツの方ね」
渋々にメイリムは鍋からボール状のキャベツを摘まみ上げる。あまり気が進まない様子で口に運んだ。
(こ、これは! とろけるほど柔らかいキャベツの中にジューシーなお肉が! 味付けもしっかりされていてめちゃくちゃ美味しいです!)
「やっぱり魔獣には味覚があるのか。食生活に関しては人間と同じような感じだね。作ってきたこれはロールキャベツという料理だよ」
(ロールキャベツ! 最高です! これなら野菜も食べられます!)
途端に元気になったメイリムは次々に料理をたいらげる。
うんうん、やっぱり美味しい物を食べると気分が明るくなるよね。この子に暗い表情は似合わないよ。
私はメイリムの毛にそっと手を触れさせた。
「急いで強くなる必要はないんじゃないかな。焦らず自分のペースでいいじゃない」
(ルーシャ様……、ありがとうございます。でも私は一刻も早くあなたのお役に立ちたいんです。だってルーシャ様はすぐに面倒事に首を突っこむ感じがしますし)
……私ってそんなに危なっかしいかな。だけどまあ、すごく私のことを思ってくれているのは分かるから応援したくなっちゃうよね。
「ま、焦らずでいいよ。……あ、付け合わせの人参もきちんと食べてね。兎のフォルムをしているんだから」
(ですからそれは偏見では……。はっ! まさかこの人参の中にもお肉が! ロール人参ですか!)
「いや、そっちはロールしてない。ただの人参……」




