22 決闘
私は自宅前に建てられた倉庫のように大きな小屋を眺めていた。
昨日、聖獣が十頭に増えたのち、参謀のトレイシーさんとミーティアさんは迅速に行動を開始。教団の資金で自宅前の空地を購入すると、そこに聖獣達の住まいを建設すると言い出した。
完成まで急いでも一、二か月は掛かり、それまでの仮住まいとして信者の大工さん達が半日で仕上げてくれたのがこの小屋というわけだ。
小屋の向こうでは早くも本住まいの建設が始まっている。
(私達はこの小屋で充分なんだけど。雨風はしっかり凌げるし)
象のようなその巨体をぐいーっと伸ばしながらジェシカも仮住まいに視線をやった。
私は参謀達から渡された設計図に目を落とす。
「……もっとすごいのができるよ。まるで神殿だ。我が家よりずっと立派な聖獣小屋ができる……」
(そ、それはなんかすまないね……)
「いいよ、皆体が大きいし。さあ、朝ご飯にしよう」
(その言葉を待っていたぞ、ルーシャ様!)
取り出した毛から牛や豚などの家畜を再生すると、大兎を先頭に八頭の大狼達が小屋から飛び出してきた。十頭揃ったところで仲良く食事を開始する。
……間違いなく、これから聖獣の数はさらに増えていくよね。参謀の二人はそのつもりで大神殿を建てているんだろうし。そのご飯も全て私が再生させるとなると毎日結構な魔力を消費する。だから彼女達にあれを頼んでおいたんだけど……、あ、ちょうど来た来た。
トレイシーさんとミーティアさんがリヤカーを引いてこちらに向かってくるのが見えた。
「お待たせしました、皆さん」
「茹でたてホッカホカの野菜ですよ」
そう、二人にはジャガイモやキャベツなんかの野菜を教団本部の大鍋で煮てきてもらった。昨日のうちに調べておいたんだよね。魔獣という生物は基本的に雑食だ。野菜も火を通してあげれば食べられるみたい。
ところが、聖獣達は到着した野菜を見るなりプイッと顔を背けた。
「ちゃんと食べてもらうよ。調べはついているんだから!」
私は魔力で浮かせた白菜をジェシカの口に、人参をメイリムの口にそれぞれ放りこんだ。
(肉があるのにどうして野菜を食べなきゃならないんだ……)
(なぜ私はいつも人参ですか。偏見です……)
「きっと体にもいいはずだから。ほら、ウルムドの皆も少しずつでいいから食べてね」
私が視線を向けると大狼達は途端にしゅんと耳や尻尾を垂れさせる。やめて、まるで私がいじめているみたいじゃない……。
まあつまり、食べられはするけど肉に比べると断然好きじゃないってことらしい。
朝食が終わると聖獣達には大切な仕事が待っていた。
それは町の住民とのふれあいタイム。お互いの存在に慣れてもらう意図で、まず今日は信者家族に来てもらった。
でも、聖獣達はつい最近まで魔獣だったわけで、生まれ変わったからといってそう簡単には人間との距離は縮められないと覚悟していた。覚悟していたんだけど……。
(しっかり私の毛に掴まっていないと落っこちるよ。まったく、やんちゃな子達だな)
ふれあい開始から数分、ジェシカは背中に子供達を乗せて歩き回っている。その周辺では他の大狼達も住民にもふもふされて気持ちよさげな声を。寝転んでお腹を見せてしまっている個体までいた。
……簡単に距離が縮まったな。
よく見ると信者じゃない住民もどんどん集まってきて輪に加わっている。どうやら皆、昨日から聖獣達のことが気になっていた模様。フレンドリーで人なつっこい様子を見て、我慢できずにもふりに出てきてしまったみたいだ。
何にしても、この子達がもう魔獣とは全然違うと町の皆に分かってもらえてよかったかな。
と安堵する私の隣ではトレイシーさんも笑みを湛えていた。
「これで聖獣軍団を組織する目途が立ちましたね。まずはこの町に百頭。ゆくゆくはエルフィリス国全土に配備を!」
「やっぱりそういう魂胆か……。さすがに私一人じゃご飯を用意してあげられないし、どうやって面倒を見るか、ちゃんと考えてよ。組織するのはそれから!」
そうため息をついていて、いつもならここでシンクロして一緒に悪ノリするはずのミーティアさんが乗ってこないことに気付く。彼女はふれあい広場とは別の方を見て首を傾げていた。
「レイエルさんと兎さん、連れ立ってどこに行くんでしょう?」
確かに、レイエルとメイリムが人目を避けるようにどこかへと歩いていく。
……二人(頭)共、何だか神妙な面持ち?
待って、レイエルは剣を持っているじゃない! まさか決闘か! 出会ってまだそんなに経ってないのに美少年と兎の間に何があった!
魔力で浮かび上がった私はこっそりと尾行を始める。やがて辿り着いたのは町の外れだった。向かい合うレイエルとメイリムを窺いつつ木の陰に身を潜めた。
ハラハラしながら見守っていて、一人と一頭が魔力も使って会話しているのに気付く。耳と魔力の感度を上げて盗聴を試みた。
「メイリムさん、僕の訓練に付き合ってもらってすみません」
(いえいえ、私も少しでも早く強くなりたいと思っていたのでちょうどよかったです)
「籠城都市の一件で僕は確信しました。……ルーシャ様はこれからもどんどん厄介事に首を突っこんでいくと! その時にしっかり力になれないと意味がない。今のままじゃ駄目なんです!」
(私も同じです……。今のままじゃこの先もずっとジェシカに前を行かれてしまいます。追い越せるくらいの努力をしないとルーシャ様のお傍にいられません!)
……決闘じゃ、なかった……。
焦ったよ、秘密の特訓だったのか。ホッとしたけど、私のためって何だかちょっと……。
こそばゆい思いに身をよじっている間に、レイエルとメイリムの手合わせは始まるようだった。剣を抜き、前脚の爪を出し、それぞれが構えを取る。
「お互いに寸止めでいいですね。僕は魔獣、いえ、聖獣との対戦は初めてですのでお手柔らかにお願いします」
(ふふふふふ、私がちゃんとリードしてあげますので心配はいりませんよ)
「あ、じゃあ、魔法も使っていいですか?」
(どうぞどうぞ、ご遠慮なく)
え、レイエル、魔法を習得していたの? 私、聞いてないんだけど。
でもメイリム、そんなに余裕をかましていて大丈夫? 魔力から受ける印象じゃレイエルの方が力強い感じがするよ。油断しているとあっさり、なんてことも。
見つめていると向かい合っていた一人と一頭はほぼ同時に動いた。
先手のメイリムが繰り出した爪を、レイエルは一歩引いてすんなり回避。カウンターで一閃させた剣は大兎の首元でピタッと止まった。
本当にあっさりだった……。それにしてもレイエル、こんなに腕が立ったんだ。普段あのセレノアさんと訓練しているだけはある。
メイリムの方もようやく対戦相手の実力を理解したらしく、涙目でその体をフルフルと震えさせる。
「キューン……」
あ、鳴いた……。
本年もよろしくお願いいたします。




