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2 出奔


 ちょっと待って、冗談じゃない! 赤子を兵器扱いしたり抹殺しようとしたり、第二も第一もこの王国の王子はろくでもない!

 と文句の一つでも言ってやろうと(言えないけど)思っている間に第一王子は帰っていった。



 それから数日して、また王子らしき来客が。

 しかし、今回はこれまでの二人とはずいぶんと様子が違った。

 まず、年齢がずっと幼い。見た感じ十歳くらいの美しい男の子で、私に対して子犬のような笑顔を向けてきた。


「聖女様、お会いできて光栄です! なんてお可愛らしい! あ、王国を守護してくださるお方に失礼を。でも本当にお可愛らしいです!」


 ……こ、この子は、前に来た二人と違って全く邪気を感じない。本当にあの王子達の弟なの?

 侍女達の話によれば彼は確かにこの国の第五王子で、レイエルというようだ。

 ん、第五王子? じゃあ他に第三と第四もいるのかな? この後、順番に顔を見せにくるのかも。それはそれで面倒だな……。

 と思っていると侍女達はレイエルを見つめながら涙目でひそひそと。


「レイエル様、まだこんなに幼くあられるのにおいたわしい……」

「ええ、時間の問題よね。おいたわしい……」


 彼女達が言うには、すでに第三王子と第四王子は不慮の事故でこの世を去っていて、次はレイエルの番なんだとか。


 いやいやいや! ここの王族、血生ぐさすぎでしょ!

 ……弟達を次々と手にかけてるとかあの第一と第二王子はマジでやばすぎる。もうサイコパスだよ。


 そんな自分の運命など知る由もないレイエルは変わらず無邪気な笑顔を湛えていた。


「ルーシャ様、また会いにきてもよろしいですか」


 うぅ、確かにおいたわしい以外の言葉が見つからない……。


 ともかく私自身も殺害を予告されたことから、気の休まらない日々を過ごすことになる。敵はどうやって計画を実行に移すつもりか分からないけど、サイコパスなだけに必ず行動に出るはずだ。警戒は怠るべきじゃない。

 私は神殿内をやたらと浮遊して徘徊するようになった。


 この神殿は何かの神に仕える人達のみが集まっている場所らしく、戦闘に長けた人はいないようだ。もし第一王子が実力者を送りこんできたなら、簡単に私のいる部屋まで侵入を許してしまうんじゃないだろうか。

 そんな私の心配は早々に現実のものとなる。


 ある日の深夜、妙な胸騒ぎで私は目を覚ました。魔力感知で神殿内の様子を探ると、案の定すでに何人かの神官達が倒れている模様。

 室内にいる侍女達に注意を促すべく、急いで私は魔力の微弱波を放った。うつらうつらとしていた二人の侍女が飛び起きる。


「居眠りしてすみません、聖女様!」

「いったいどうなさったのですか!」


 慌ててこちらに振り返った二人だったが、すぐに力が抜けたように揃って床に崩れた。他の神官達と同じく一瞬で意識を奪われたらしい。


 くっ、すでに刺客は部屋の中に! 手際の良さからしてかなりの手練れ! 第一王子め、赤子相手にプロの暗殺者を送りこんできたか!


 その手練れの暗殺者が陰から音もたてずに姿を現した。覆面で顔を隠した男性が持っていた吹き矢をしまい、短剣を鞘から抜く。

 やっぱり私に対しては意識じゃなくて命を奪う予定だ!

 黙って殺されてたまるか! 魔力防壁展開!


 私は籠の周囲に魔力の密度を高めたバリアを張った。

 これを見た暗殺者は一瞬戸惑うも、即座に気を取り直して短剣を構えて突進を開始。短剣はバリアを貫通したが、刃の真ん中辺りで止まった。

 短剣の切っ先が私のすぐ眼前に。


 ……あ、危なかった! 強度がギリギリだったー!

 全然余裕ないしこうなったらやられる前にやれだ! 魔力弾発射!

 目の前に魔力の塊を球状に生成する。暗殺者がまた戸惑った様子を見せたので、この隙に彼めがけて放った。


 ドゴッ!


 魔力弾は暗殺者の胸部を直撃。彼の体を部屋の端まで吹っ飛ばした。

 しばらく警戒して見つめていたが、暗殺者が起き上がってくる気配はない。どうやら今の一撃で気絶してくれたらしい。


 ……はぁ、ずいぶんと油断してくれたおかげで助かったよ。まさかゼロ歳児が防御して反撃までしてくるとは思わなかったかな。……私もできるとは思わなかったけど、何とかなった。


 一息ついた後に倒れている侍女達と暗殺者を眺めながら思案に耽る。

 これは計画変更だな……、もう一日だってここにはいられない。

 よし、今すぐ逃げよう。

 侍女の皆、今日まで私を育ててくれてありがとう、お達者で。


 魔力を操作して部屋の窓を開けると、浮き上がらせた籠で一気に外の世界へと飛び出した。

 満月が照らす夜空をゆっくりと飛行する。眼下には明かりを放つ町並が、そして、少し離れた高台には石造りの大きな城が見えた。


 あそこの城にあのろくでもない王子兄弟が住んでいるのかな。私にもっと魔力があったなら、ここから魔力弾で砲撃してやるものを。

 いや、恨みに囚われている場合じゃない。この先どうするか考えないと。便利な魔力があっても私はまだ赤子だから誰かに育ててもらう必要があるんだよね。かといって、この王国内で暮らしていたらいずれまた捕まってしまうだろうし。


 町の上を低空飛行しながら頭を悩ませていると、不意に強い魔力を感知した。引き寄せられるように私はそちらへと向かう。

 辿り着いたのは露店の酒場だった。魔力はそこでお酒を飲んでいる一人の若い女性から発せられている。彼女はなかなか酒癖が悪いらしく、周りのおじさん達に絡んでいた。おかげで、魔力を耳に集中させて聞き耳をたてると、その素性を知ることができた。


 女性は旅の魔女で、この町で出会った男性と恋に落ちたのだとか。しかし、お付き合いを始めてわずか一週間でふられてしまったそうだ。「君の酒癖の悪さにはもう耐えられない……」と言われて。


 ……うーん、相当難ありだけど、この際贅沢は言ってられないか。

 散々おじさん達に愚痴った挙句、泣きながらお酒を飲む魔女の前に私は降下。彼女は目を丸くして籠の中の私を見つめる。


「空から、赤ちゃんが降ってきたわ……。これは、もう恋愛なんてやめて一足飛びで子育てをしろ、という天からのお告げ……?」


 ……なんかいい具合に解釈してくれた。まあちょうどいいかも。


 そうです、あなたは恋愛に向いていません。諦めて私を育ててください。

 と思念を魔力に込めて魔女に送った。すると、彼女は目をゴシゴシとこすってコップのお酒を一気にあおる。そのままテーブルにつっぷして寝てしまった。

 ちょっとちょっと!


 これはしばらく起きないかも……。

 そうだ、今のうちにあの子も救出してこようかな。



 ――朝になって目を覚ました魔女は、テーブル上の籠の中にいる私を覗きこんできた。


「……夢じゃなかった、本当に赤ちゃんがいるわ」


 お酒が抜けたなら現実を受け入れてください。私はあなたに頼るしかないんですよ、早く私を連れてこの王国から脱出してください!

 嘆願の魔力を送ると彼女は考える仕草を見せる。


「何なの、この子の魔力……、絶対に普通じゃない。この国から一刻も早く逃げ出したい、という意思をビシビシ私に送ってきてる。……そして、なぜかもう一人増えてるし」


 魔女が視線を向けた先には十歳くらいの少年、レイエルが困惑した表情で立っていた。


「……僕はレイエルといいます。寝ていたら聖女様にここに連れてこられました……」

「やっぱりこの赤ちゃんは噂の聖女か……。それで聖女様、こちらの美少年も一緒に連れていけと?」


 はい、よろしくお願いします。

 兄達と違ってとてもいい子なので。


 ……時間を遡って説明すると、魔女が寝ている間に私は己の欲望を実行に移した。つまり、おいたわしいレイエルを放っておけなくて、彼をさらってきてしまった。

 だって、城においておいたら確実に近い将来亡き者にされるだろうし。子犬のような雰囲気が割と好みだし。


 うーん、私ってショタ好きだったのかな。……前世では未開封だった箱を開けてしまった気分だ。

 何にしても、今の私はゼロ歳児だから問題はないよね(たぶん)。年齢はレイエルの方が十歳も上なんだから。


 ずっとこんなお兄ちゃんが欲しかったんです!

 という思念をキラキラした眼差しと共に魔女に送ると、彼女は冷めた眼差しを返してきた。


「いや、聖女だったら転生者でしょ、あなた……。実は中身は結構いい年なんじゃないの?」


 失礼だな、そんなにいってないって。まだ二十代半ばだよ。

 さっきのぶりっこはかなり無理があったのは認める。


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