19 聖獣
自宅前の空地で話しこんでいるうちに、拾ってきた大兎はどうもお腹がすいてきたっぽい。その場でうずくまってしまったので、私は大好物であろう野菜を出してあげた。
「ほら、魔獣でも兎のフォルムをしてるんだから人参好きでしょ?」
私が口元に人参を持っていっても、大兎は首を横に振って食べようとしない。
隣で見ていたレイエルが「やっぱり」と言った。
「フォルムは関係なく、肉食なんじゃないですかね」
「やっぱりそうか……。じゃあ何か家畜を、と、これ何の毛だっけ? まあこれでいいや」
思い出せない動物の毛に〈ヒール〉をかけると豚が再生された。顔を輝かせた大兎はすぐにその肉にかぶりつく。
「豚の角煮が食べたい。誰か作ってくれないかしら」
テルミラお母さんの呟きを無視していると、噂を聞きつけたトレイシーさんとミーティアさん、それにセレノアさんがやって来るのが見えた。
参謀の二人はしげしげと大兎を眺めた後に、その毛にもふっと手を埋める。
「ほう、こんなことをしても全く怒らないとは、本当におとなしい魔獣ですね」
「確か〈ヒール〉で蘇生させたらこうなったのですよね?」
前のこの子がどんな魔獣だったかは知らないけど、おそらく他同様に凶暴そのものだったろうし、何より今の姿が異常すぎる。でも、私の〈ヒール〉のせいというより、一度魂が抜けかけたせいじゃないかな。
そう私が意見を述べると、参謀達は顔を見合わせた。
「これは今一度、検証してみなければなりません」
「はい、今一度、ルーシャ様にご足労願いましょう」
えー、面倒なんだけど……。それにもしこの兎みたいに……。
渋っているうちに私の体はセレノアさんによって持ち上げられていた。そのまま彼女の背中におんぶされる形になる。
「すぐに片付く。私がさくっと魔獣を見つけてさくっと狩るから、ルーシャ様は〈ヒール〉だけお願い」
「そんなさくさくいかないって、ってちょっと待」
私が喋りきる前にセレノアさんは走り出していた。
あっという間に町を出て、気付けばもう外の草原に。草の海を切り裂いて見る見る周囲の景色が後ろに流れていく。
はははは速すぎる! まるで新幹線の先端に座っているみたいだ!
時間はかかってもいいからもう少しゆっくりで!
とセレノアさんの顔を覗きこむとその眉がピクリと動いた。
「いた、犬」
この発言を聞いた時には、すでに彼女は鞘から抜いた剣で大狼の首筋を斬り裂いている最中だった。
あわわわわわ! ヒ、〈ヒール〉!
――――。
私達は出発から五分と経たずに町に戻ってきていた。私とセレノアさん、そして行く時にはいなかった馬のように大きな狼が一頭。
大狼は尻尾をブンブン振りながら顔を私にすりつけてくる。
レイエルもテルミラお母さんも、参謀の二人も、誰も言葉が出てこない。
……いや。
「いや、だから言ったよね! どうするの! さらに大きな魔獣が一頭増えたよ!」
私の叫びにトレイシーさんとミーティアさんは視線を逸らせる。
「とりあえずルーシャ様になついていますし……」
「当面はルーシャ様にお世話していただくということで……」
「町の人達にはどう説明するの!」
「それについてはしっかりと考えました」
「私達参謀に良案があります」
彼女達の良い考えとはそれほど大したものでもなかった。
兎も狼も、何にしろ私の〈ヒール〉がきっかけでこうなったのだから、聖女の浄化で生まれ変わった聖獣ということで押し通そう、って単純なものだ。
それで町の皆が納得してくれるかどうかは別として、とにかくこの魔獣改め聖獣達が襲いかかったり迷惑をかけたりすることだけはないようにしないと。
当然ながら話の通じる相手でもないし……。
悩む私の気も知らないで、じゃれつく大狼に嫉妬するように大兎も私に体をすり寄せてくる。
「ワッフ、ワッフ」
「キューン、キューン」
……全然考えに集中できない。体だけじゃなく魔力でも全力で私が好きなことをアピールしてくるし。
ん? そうだ、魔力だ。私が赤ちゃんだった時のように魔力に意思を込めてこの子達に送ればいけるんじゃない?
よし、やってみよう。
いい? ご飯は私がちゃんと用意してあげるから、人間やその家畜を食べちゃ駄目だよ。あと、お互いを食べるのも禁止。分かったね?
という思念と共に魔力を放つと、大兎と大狼は揃ってきちっとお座りをした。
「キュキューン!」
「ワワン!」
おお、通じた。
何とかやっていけそうだ、とため息をつく私を横目にテルミラお母さんとレイエルはそそくさと家に入っていく。
「しっかりと責任持って世話するのよー」
「一気に大きな家族が増えましたね……」
……はぁ、なぜこんなことに。
とりあえず、聖獣達には今日は外で寝てもらうことにした。
夜、眠りについた私は大兎と大狼に挟まれる夢を見てうなされた。
こ、こんな大型犬サイズの兎と馬サイズの狼、どうすれば……。前世では確かに子供時代、犬や猫を飼いたいと思っていたけど、ここまで大きいのは困る……。
あまり熟睡もできないまま夜が明け、家の扉を開けた私は目の前の光景に固まる。
どういうわけか、馬サイズの兎と馬サイズの狼がそこにいた。
……兎、だよね? 昨日の。
うん、魔力から同一の個体なのは間違いない……。なぜ一晩でそんなに大きくなった?
(進化しました)
あ、そういう感じで成長するんだ……。
ていうか今、結構はっきりとこの子の思念が聞こえたな。




