17 解放
トレイシーさんがもう一つ炸裂栗の一片を取り出していた。それを私が再び元の炸裂する実の状態に戻し、彼女にそーっと返却する。
今度はすぐに投げることなく、トレイシーさんは栗上部のへたをめくった。
「この中にある芯を抜けば、炸裂させず安全にばらすことができます」
……本当に爆弾みたいだな。何だ、この栗。
彼女が慎重に芯を取り外すと炸裂栗はバラバラと解体された。それらを一所に集めながらミーティアさんが「それではルーシャ様」と促してくる。
「はいはい、量産すればいいんだね……」
「待って、もっと細かくできる」
骨付き肉を齧りながらセレノアさんも壁の上にやって来ていた。
生物を殺すために進化したこの栗の殻は鉄より硬いからこれ以上は無理だよ。そう言おうとした矢先、彼女はその尖った一片を取ってぎゅっと握り締める。手を開くと殻も中の実も粉々に砕けていた。
……凄まじい握力だ。この子なら炸裂した栗が当たっても「いたっ」で済みそう……。
砕いた栗の実を口に運んだセレノアさんは「まずっ」と一言。残りの欠片を私に寄こしてきた。
「普通の栗でもそのままは食べないからね。じゃあ量産していくよ」
セレノアさんがどんどん栗を砕き、それを受け取った私もどんどん再生していく。
瞬く間に山盛りの炸裂栗ができ上がった。
兵士達を集めてきたトレイシーさんとミーティアさんは彼らに号令をかける。
「衝撃を加えないように壁の各所に運んでください!」
「本当にそーっとでお願いします! 緊張に耐えきれなくなったら壁の外に投げてください!」
口が酸っぱくなるほど注意を呼びかけたものの、意外にも兵士達は普段から爆弾などを扱っているだけあって慣れた様子だった。
私もさらに再生を続け、やがて四方の壁のあちこちに炸裂栗の山が完成した。そして全員が栗を手に持って準備が整う。
ここでも参謀の二人が仕切った。
「「では皆さん! 攻撃開始です!」」
ババババババババババババババンッ!
全方位の魔獣に向けて同時に炸裂栗が投げられ、一方的な殲滅戦が始まった。豊富な残弾に次から次へと投下され――。
――栗投下開始から約一時間後、今日までに半分まで数を減らしていた魔獣の群れは、さらにその半分まで数を減らしていた。
私はテルミラお母さんと町の上空から戦いの様子を観察しており、程なく魔獣達が一頭また一頭と戦線を離れていくのが確認できた。ついに待ち待った瞬間が訪れたことを手の合図で下の人達に伝える。
安堵の息を吐く私をお母さんが目を細めて見つめてきた。
「あんた、分かってるの? 上位魔法以上の規模で魔獣を倒せるようになったってこと」
「大勢の人に投げてもらわなきゃならないから、私一人だけの力じゃないよ」
「バカね、そんなの飛びながら再生してばらまけばいいだけでしょ」
「ああ、そっか。でも、何だか非人道的な攻撃だな……」
「それよく言うけどね、魔獣自体が非人道的な存在なのよ。あんたもこの戦争で分かったでしょうが」
……そう、魔獣という生物は容赦なく人間の命を奪う。
今更ながら、もし最初からちゃんと準備をしていれば、もっと多くの兵士を助けられたんだろうか……。
私が関わった後も、毎日都市側に戦死者は出ていた。
テルミラお母さんはもう一度私の顔を見て、「あんたはよくやったわよ」と言い残して先に地上へと下りていった。
やがて魔獣の群れが完全に退却し、とうとう籠城都市は解放された。
これに伴い、任務を達成した私達教団も撤収することに。この決定にトレイシーさんとミーティアさんは不満そうだった。
「軍が到着するまで待ちましょうよ」
「唖然とする顔が見たいんです」
「私は別に見たくない。そもそも首脳機関にも興味はないからね」
参謀二人をなだめて広場から飛び立とうとしたその時、兵士や町の住民達がこちらに集まってくる。皆の中からあの年配の指揮官が進み出てきた。
「聖女様、本当にありがとうございました。数日前までもう諦めかけていたのが嘘のようです」
「いえ、私は……、もっと何かできた気がしますし」
「充分すぎるくらいだと思いますが。あなたと教団に我が軍の者達も町の者達も、どれほど感謝しているか」
指揮官がそう言うと、今度は数人の兵士が前に出てくる。
「俺達は初日に壁の上で命を救っていただいた兵士です。聖女様は魔力が枯渇した状態でも迷いなく俺達を助けてくださいました。あのご恩は生涯忘れません!」
あの時の完全に死んだと思った人達か。今思い出してもよく治癒できたものだ……。
続いて母子連れの二人が出てきた。揃って頭を下げ、幼い娘(五歳くらいで私より遥かに年上だけど)の方が私に。
「ママをたすけてくれてありがとうございます、せいじょさま! どのしんかんさまも、なおらないびょうきだっていってたのに! ほんとうにすごいです!」
そうだ、不治の病と言われていた人達も何人か治療した……。
ここ数日の出来事に思いを馳せていると、再び指揮官が語りかけてきた。
「彼らだけではなく、皆が聖女様に感謝しています」
「でも、転生者として授かった魔力のおかげですから……」
「ふーむ、私はこれまで何人か転生者に会ったことがありますが、あなたほどの力を持った人はいませんでしたよ?」
……え?
思いもよらぬ情報に思考が停止している間も彼は言葉を続ける。
「とにかく、魔力のおかげだけではありません。ルーシャ様の、私達を救いたいというお心があったからこそだと思うのです。勝手かもしれませんが、あなたにはぜひこの国の首脳機関に入り、皆を導く存在になっていただきたい。そうすることで、今回の私達同様に多くの人々が救われることになるはずです」
喋り終えた指揮官は「町の総意として推薦状を書きました」と、書状をトレイシーさんとミーティアさんに手渡す。二人は小踊りしてこれを受け取っていた。
そうか、教団が首脳機関に入れば、もっときちんとした体制で困っている人達を助けにいけるかもしれない。
……ちょっと、前向きに考えてみようかな。
籠城都市編 了
といった感じです。




