16 炸裂
籠城都市への物資輸送四日目(輸送自体は三度目)。
この日も早朝から運搬を始めた。私達が町の上空に差しかかると、地上の魔獣が揃ってこちらに注目しているのが伝わってくる。
ものすごく警戒しているね……。まあ、敵が恐れているのは彼女なんだろうけど。
「さあ、獣共。懺悔は済んだか」
スラッと双剣を抜いたセレノアさんが物資の上から飛んだ。
その姿を確認した魔獣達は途端に騒ぎ出す。やっぱり来たー! といった感じだね。昨日一日でもうすっかり恐怖を植えつけられた模様。
「じゃあ、私もさっさとやっちゃうわよ」
そう言って私の隣でテルミラお母さんが立ち上がる。
お母さん、今日は早々に済ませたいとかで私達と一緒に来ていた。ふーむ、さっさと帰って酒を飲みたい、という考えが透けて見える。けど、今は駄目でしょ。
「セレノアさんがいるんだから巻きこんじゃうよ」
「あの子なら〈トルネード〉の中でも平気だと思うけど、ちゃんと対象除外するって。ルーシャも治療する時、気に入らない人は〈ヒールワイド〉から外すでしょ?」
「個人的感情でそんな非人道的な真似するか」
「あらまあ、さすがは聖女様だこと」
テルミラお母さんは聖母にあるまじき態度で宙に浮かび上がった。
程なく上位魔法〈トルネード〉が発動。四つの巨大竜巻が壁の四方に現れ、昨日同様に魔獣達を襲う。
暴れ回る人間と荒れ狂う風霊魔法で敵軍は大混乱だった。
眼下の様子を眺めながらトレイシーさんとミーティアさんが参謀らしく笑みを浮かべる。
「国の軍が到着するのはどうやら五日後。この分ならそれまでに退かせることができそうですね」
「五日後には、終結した戦場で唖然とする軍を見物しながら高笑いしてやりますよ」
と余裕を見せていた二人だが、そうすんなりいかないのが戦争だ。新米参謀の彼女達はやがてそのことを痛感することになる。
――四日後、軍到着を明日に控え、籠城都市はまだ魔獣の群れに囲まれていた。魔獣の数は当初の半分程度にまで減っているものの、あちらはまだ退却しそうな雰囲気ではない。
この状況を前に、トレイシーさんとミーティアさんはシンクロするように同じポーズで頭を抱えている。
「……普通、ここまで減れば退却しますよね」
「……格別、粘り強い魔獣達でした」
私と参謀の二人は魔獣の群れを一望できる壁の上に立っており、周囲では変わらずに兵士達が戦闘と警戒を継続中だった。
遠くの空に視線をやると、国の軍を見にいってくれていたテルミラお母さんが戻ってくるのが確認できた。私達の前に下り立ち、第一声で「もう諦めなさい」と。
「思っていたより行軍が進んでいたわ。今日の夕方には着くわよ」
それはもう無理だね。よし、諦めよう。
「じゃあ二人共、残念だけど後は軍に任せて引き上げよう。聖女ルーシャ教団は第七の勢力にはなれなかった、残念だけど」
「……諦めませんよ、これじゃ私達はただお膳立てしただけ」
「……そうです、苦労して魔獣を減らしたのに美味しいところを持っていかれます」
トレイシーさんとミーティアさんからは凄まじい執念のオーラが溢れている。
いや、もういいって……。頑張った分はそれなりに評価してくれるだろうし、そもそも私は別に首脳機関に入りたいわけでもない……。
しかし、野心に取り憑かれた参謀達には私の声は届かなかった(私は聖女で、私の教団の話だよね……?)。
「こうなったら切り札を使うしかありません」
「こんなこともあろうかと秘密裏に取り寄せておいたのです」
とミーティアさんが「ルーシャ様、これを」と何か手渡してきた。
え……、これって、栗? いや、どんぐりかな? やけに尖った形をしているけど。
それはどんぐりくらいの大きさで形状も似ているものの、妙に片方が鋭利な木の実だった。私が首を傾げていると、トレイシーさんが。
「ルーシャ様、それに〈ヒール〉をかけて再生してください」
「え、分かった」
もしイガイガなやつになったら危険なのでどんぐりを下に置き、そこで言われた通り〈ヒール〉をかける。すぐにこの木の実の、本来の形が明らかになった。
外の皮はイガイガではなくツルッとした見た目をしており、一部割れた箇所から、さっきのどんぐりが中にぎっしりと詰まっているのが確認できた。
おお、外の皮はなめらかな手触りなのに、中身はあの鋭い部分が外を向いていてトゲトゲだ。この世界にはこんな変な栗があるのか。
私が未知の栗を手に取って眺めていると、なぜか参謀の二人はやけに慌てている。
「ルルルルルーシャ様! くれぐれも慎重に扱ってください!」
「慎重にこちらへ渡してください! そーっとですよ!」
よく分からないけれど、言われた通りトレイシーさんの方に栗をそーっと渡す。すると、ミーティアさんが同じ壁にいる兵士達に外縁から離れるように注意喚起しはじめた。
私とテルミラお母さんもとりあえず町方向へと移動し、参謀達に説明を求める。
「上まで飛んでくる可能性もあるので念のためです。トレイシー、いいですよ!」
「了解です、ミーティア! では、炸裂栗、投下!」
…………、炸裂栗?
トレイシーさんが壁の外側に栗を投げ、しばらくして下の方で、バンッ! と何かが弾けるような大きな音が聞こえてきた。
皆で壁の淵から覗きこむと、下では大兎や大狼の魔獣が六、七頭倒れているのが見てとれた。
下を見つめたまま私は参謀の二人に。
「……あの栗、何なの?」
「魔獣のみが棲息する地域に生える超危険植物で、炸裂栗といいます。衝撃を加えると中の鉄より硬い実が四方八方に高速で飛び散り、周囲の生物を殲滅するようにできています」
「自分達を狙う魔獣を殺害し、かつ種子を遠くまで運ぶために独自進化した超危険植物です。裏のマーケットで売られていたので買っておきました」
……こんな恐ろしい植物が存在するなんて。
というより、神官がこんな物を裏で入手してくるとか問題でしょ。
私の目を直視できず、トレイシーさんもミーティアさんも顔を背けていた。
「……私達は、参謀になると決めた時にこの手を汚すことも厭わないと誓い合ったのです」
「ああそう、なんかかっこいい感じに言ったね……」
「……ところでルーシャ様、この炸裂栗はいくつくらい出せそうですか?」
「いくつって、植物だから今日の残りの魔力でも千や二千は軽く出せると思うけど……?」
私の返答に参謀二人の顔が輝く。
この炸裂栗との出会いにより、私は聖女にあるまじき殺傷能力を得ることになった。




