12 怪物
テルミラお母さんに連れられて帰宅した私は、レイエルからこっぴどくお説教をされることになった。
「少しは自分の体をいたわってください……。今後は無理をしないと約束してくれないともう外出禁止です」
散々私を叱ったり心配したりした末に、彼はそんな条件を突きつけてきた。
私は笑顔を作ってこれに応える。
「分かったよ、次からは無理をしない」
「……目が泳いでいますよ。全く守る気ありませんね」
駄目だ、ずっと一緒に暮らしてきただけに誤魔化しがきかない……。
私達は現在、リフォームされた台所(ちょっと前に大根の増殖で壊れた)でテーブルに着いていた。向かい合うレイエルの背後から、我が家にいりびたっているあの二人の侍女が顔を出す。
「こうなったら、ルーシャ様が無理をせずに済む環境を作るしかありません」
「ルーシャ様は教団の大切な聖女様。教団をあげてサポートしましょう」
どうするつもりなのか尋ねると、私を補佐する神官を五人付けるのだとか。その神官達は、私が治療する人々に重傷度に応じて優先順位を付けたり、私が出す食糧の量を計算したり、様々な調整を行ってくれるらしい。
それは普通に助かるかもしれない。今日の私はあまりにも無計画すぎた。
と自分の行動を反省していると、侍女の一人が「それだけではありませんよ」と微笑む。
「彼女を呼び戻しましょう」
もったいぶったその言い方だけで誰のことを指しているのか私は察した。
一応尋ね返すともう片方の侍女も微笑みと共に。
「もちろんセレノアさんのことですよ」
……やっぱりか、私、あの子がちょっと苦手なのに。だって、なんか怖い感じがするし。
私とは対照的に、レイエルは顔を輝かせている。
「セレノアさんが一緒なら安心です。……ルーシャ様、どうしてそんな微妙そうな顔を?」
「私があの子を苦手にしてるの、知ってるでしょ……。レイエルは嬉しそうだね」
「僕の剣の師ですから、セレノアさんは」
「確かに戦闘ではこの上なく頼りになるんだろうけど、……やっぱりちょっと怖い」
「向こうはルーシャ様が好きでたまらないと思いますが」
いや、だから余計にね……。
改めて説明すると、セレノアさんは私が連れてきた神官百五十四人の一人で、いわゆるテンプルナイトという職に就いていた。彼女はまだ十四歳とかなり若いが、同じ職にあった他の神官達より圧倒的に腕が立つ。
なぜなら元々は、私に暗殺者を送ってきたあの第一王子の派閥が捜し出してきた天才児だから。第一王子は私の暗殺計画と同時進行で、私に対抗しうる人間兵器を育てようとしていたということ。
ところがその後、第一第二王子の派閥は共倒れとなり、持て余されたセレノアさんは神殿に預けられることになった。
これは他の神官達には幸運だったと言える。王国滅亡時の脱出で皆を守っていたのも、古びた教会での生活で皆を守っていたのもセレノアさんだったのだから。
こちらで教団ができてからは、セレノアさんには魔獣と遭遇する恐れのある地域に派遣されるチームにボディガードとして同行してもらっていた。
確か今回も結構遠くに行くチームに同行していたはず。明後日の輸送には間に合わないんじゃないかな。
私がそう言うと、向かいの席でレイエルが首を横に振った。
「いいえ、セレノアさんは何が何でも戻ってくると思います」
……なぜそんなに断言する。
そうしてこの日の打ち合わせは済み、翌日は私はやはり体のだるさが抜けずに家の中でだらだらと過ごすことになった。籠城しているあの町の人達のことが頭から離れず、歯がゆい思いを抱えながら。
次の日、早朝に私の町に輸送する物資が到着する。
しかし、待ち人はいまだ姿を現さず。
「ほら、やっぱり間に合わなかったよ。残念だけどもう出発しよう」
少し安堵した気持ちで一緒に行く神官五人を急かしていると、町の外に広がる草原の彼方に土煙が見えた。すぐにそれは一人の少女が疾走して巻き起こっているのだと理解する。
き、来た! 人間離れした方法で帰ってきた!
腰に双剣を携えた少女は、目の前で急停止するとまず私の体を抱き上げる。
「ルーシャ様、私はこの時を待っていた。私の力を必要としてくれるこの時を」
「セレノアさん、お帰りなさい……。よろしく、お願いします……」
セレノアさんという女性は常に淡々としていて、あまり表情を変えることがない(そこがまた結構怖い)。
無表情な彼女の腕の中でもがきつつも、私はその魔力を確認するように感知していた。
やっぱりこの子の魔力も他の人とは違うね。私と同じく強度が高い感じがする。この世界には転生者以外にも才能に恵まれた人間がいるということだろう。
セレノアさんの場合は、その特別な強い魔力で全身を覆って自分自身を強化する。あんな新幹線みたいな速度で走ることもできるし、戦闘面では本人の身体能力と相まって一層凄まじい。私もこれまで何度か見たことがあるけど、その姿は人間兵器というよりもはや怪物……。
「セレノアさんならきっと間に合うと思っていました」
「これで教団のベストメンバーが揃いましたね。出発しましょう、ルーシャ様」
早くも物資の上に乗っている侍女達がそこから顔を覗かせた。
そう、一緒に行く神官五人のうちの二人は彼女達だ。ていうか、しれっと自分達もベストメンバーに入れてるし……。ちゃんとベストを尽くしてね。
ともかく、待ち人も来たところで籠城都市に向けて発つことに。
私の魔力で物資を飛行させ、人間はその上に乗っていく。スピードもそれほど出さないので普通に座っていれば大丈夫なんだけど、……私はなぜかセレノアさんの膝の上に座らされていた。
「あの、セレノアさん……」
「落っこちたら大変。動かないで」
この物資自体、私が飛ばせているんだから落ちても平気だって……。うぅ、頭をなでなでしてくる……。
背筋をゾクゾクさせながらも飛行を続け、ようやく目的の都市が見えてきた。周囲には今日も数万の魔獣がひしめき合っている。
……待って、魔獣の群れの中でもう塔ができはじめてる! あちこちでもこもこしてるじゃない!
すると、一緒に見ていたセレノアさんが膝の私を下ろして立ち上がる。それからおもむろに腰の双剣を抜いた。
「じゃあ、行ってくる」
「え、行くって……?」
「事前に情報を貰っていたから敵の戦法は頭に入れてきた。要は魔獣達にもこもこさせなきゃ怪我人は出ない。私に任せて。もこもこする前にぼこぼこにする」
うん、全くもってその通りだ。もこもこより先にぼこぼこ、これ以上分かりやすい解決法はない。けど、ちょっと待ってー! ここ高度二百メートル越えてる!
止めるより早くセレノアさんは物資の上から飛び下りていた。
慌てて下を覗くと、彼女は魔獣の塔に向かって一直線に落下していく。塔の先端に接触した瞬間、真っ赤な花が咲くように血煙が上がった。
セレノアさんは両手の剣を高速回転させ、折り重なる魔獣達を次々に斬り伏せている。
瞬く間に魔獣の塔は崩れ、セレノアさんは地上に到達した。当然ながらそこは敵地のまっただ中。彼女は休む間もなく動き続け、次の塔を目指して溢れ返る魔獣達を怒涛の勢いで屠っていく。
私の前世世界には戦場でずんずん敵を斬り進んで無双するゲームがあったけど、あれを地でやっている感じだ。つまり、あまりにも現実感がない。
……本当に、あの子はとんでもない。転生者はすごいとかよく言われたけど、この世界オリジナルで大変な怪物がいるんじゃないの。
もし二年前、暗殺者を撃退した後もあの王国に留まっていたなら、私はあんな無双の超人と戦わされていたんだろうか。そう考えると、セレノアさんに会う度にいつも背筋のゾクゾクが止まらなくなる……。なのに、なぜかあっちはすごく私のことを気に入ってるし……。
私の隣では侍女達も地上の戦いを覗きこんでいた。
「私達の教団は幸運にも、亡国が生みし人間兵器を二人も引き継ぐことができました」
「ええ、戦闘力もかなりのものです。教団の敵はことごとく駆逐できるのでは」
この人達は……。
「いや、私達を兵器扱いするなら教団はすぐに畳むよ?」
私の言葉を聞いた二人はすぐに頭を下げてきた。
「すみません。ルーシャ様は数千人分の食糧を出せたり、瀕死の人を一瞬で完治させたりできるだけで、普通の人間です」
「セレノアさんも数万の魔獣相手に一人で戦えるだけで、普通の人間です」
……分かったよ、私達は全然普通じゃない。
だけどそもそも、聖女ルーシャ教団は社会奉仕を目的にする平和的な組織なんだから、そうそう敵と戦うこともないでしょ。
…………。
今、なんか自らフラグを立ててしまったような……。
不安に駆られる私の眼下では、我が教団のテンプルナイトが涼しい顔で魔獣の大群相手に淡々と無双していた。(だからその無表情なのがアンドロイドみたいで余計に怖いんだって……)




