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8・メイ・ド

 屋敷の中は静まり返っていた。人の気配も感じられず、何というか屋敷全体が薄暗い。シドがカレンを迎えに来た時は夜の九時をまわっていた。それからここまで正直どれくらいの道を走ってきたのかわからない。死霊の馬と御者が引く馬車だ。普通の道を走っていない可能性だってある。

 屋敷の窓から外を見れば、さきほどカレンを歓迎していた死者の光はすでに消え、真っ暗な闇がどこまでも広がっていた。時刻が深夜であるならば、シドの両親はすでに眠っているのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていると、前を行くシドがとある扉の前でようやく足を止めた。


「今日は疲れただろうから、もう休むといい。両親にもそう伝えてある」


 そう言って扉を開いたシドは中へ入ることはせず、扉を隔ててカレンと向き合った。


「滞在中はこの部屋を好きに使ってくれて構わない。後で君の荷物も持って来させるから、身の回りの世話はそのメイドにやってもらうといいよ」

「自分のことくらい自分でできるから大丈夫よ」

「そう? メイドがいらないなら君の世話は僕がやらせてもらおうかな」

「メイド、お願いします!」

「残念。あぁ、本音を言えば一晩中君と語り明かしたいところだけど、初日から無理をさせても悪いしね。今日はゆっくり休んで、カレン。また明日、迎えに来るよ」


 そう言ってシドはカレンの手の甲にキスを落とすと、まるでスキップでもするかのように足取り軽やかに去ってしまった。

 今までうるさいくらいに絡んできたシドがいなくなって落ち着くはずなのに、なぜかカレンの胸の端っこには寂しい感情が芽生えはじめている。それはシドを恋しいと思う感情とは違って、たぶん見知らぬ土地に一人きりで取り残される心細さのようなものだ。

 静かな屋敷に物音はひとつもしない。それがまた余計に不安を募らせて、まるでここにカレンしか存在していないかのようだ。シドの異様な人懐っこさというか、胡散臭い明るさは知らぬ間にカレンから恐怖を拭っていたのだろう。その証拠に一人きりで取り残された部屋の静寂は、まるで重石のようにずっしりとカレンの心にのし掛かってきた。


「失礼致します」


 扉をノックする音が聞こえたのは、ちょうどそんな時だった。扉を開けて入ってきたのはひとりのメイドだ。カレンが実家から持ってきた荷物とは別に、何かとても大きな黒い箱のようなものを脇に抱えている。頭に何も被っていないから人なのか使役霊なのかはわからないが、表情は少し乏しい気がした。


「本日よりカレン様のお世話を任されたメイ・ドと申します」

「……メイド?」

「はい。メイドのメイ・ドです。よろしくお願い致します」


 そう名乗ったメイドは至極真面目な表情をしていたので、冗談を言っているつもりはなさそうだ。だとしても非常に紛らわしい名前である。


「えぇっと……メイ、と呼んでも構わないかしら?」

「呼びやすいようにどうぞ。この名も本名ではありませんし、別にメイでなくとも構いません。おい、とか、お前、とかでも大丈夫です」

「いや、さすがにそれはダメでしょ。……って言うか、本名じゃないって……」

「私には生前の記憶がありませんので」


 生前ということは、メイは死者なのだ。しかも頭に布を被っていないから、自らの意思でメイドとしてこの屋敷に仕えているということになる。


「迷子霊としてさまよっていた時、悪霊に取り込まれそうになった私をシド様が助けてくださいました。二年くらい前でしょうか。記憶のない私に名をつけてくれたのはその時です」

「そんな人助けみたいなこともするのね」

「死霊術師は、元々この世にさまよう霊を輪廻の流れへ導くことが役割だと伺っております」

「そうなの!?」

「はい。私たち死霊は使役され人の役に立つことで、生前犯した罪や未練などが少しずつ浄化されていくのだと聞きました。そうしてすべてのわだかまりがなくなった時、晴れて輪廻の輪の中へ戻ることができるそうです」


 はじめて知る死霊術の本質に、カレンは驚いて目を瞠った。馬車の中で使役霊の種類については少し教えてもらったが、死者と死霊術師との契約に関することまでは聞いていない。そもそも死霊術師について知っていることといえば死霊を使役して魔術を使うことくらいだ。カレンをはじめ、誰もが死霊術師という存在を恐れてその本質を見ようとはしていない。よほどのことがない限り自分が関わることもないため、積極的に彼らを知ろうとする者もいないのが現状だ。

 そしてカレンもそのひとりだった。シドの奇行と死霊術師というイメージだけで、彼に対する第一印象が無意識に決まっていた。これではカレンをゴースト令嬢と揶揄していた貴族たちと同じでである。


 死霊術はおぞましい魔術だとそう誰もが口を揃えて忌避するのに、その実態はまるで違う。むしろさまよう霊を使役し、輪廻へ導くことで、彼らが人に害を成す悪霊になるのを防いでいるようにも思える。それは結果的に人々を、そして死霊をも救うことにつながっているのではないか。


 シドと出会ってからまだ数日。本当の彼を知るための時間としては全然足りない。馬車の中でも感じたように、この一ヶ月の間はできるだけ先入観に囚われずシドの人となりを見ていこうと、カレンはそう強く思いを新たにした。


「ところで、さっきからずっと気になってたんだけど……その脇に抱えている箱は何?」


 見たところ細長い大きな箱でとても重そうである。それを軽々と片腕で持っているのだからメイはよほどの力持ちか、あるいは死霊としてそういう能力が備わっているのかもしれない。


「これはカレン様のベッドになります」


 そう言ってメイが床に置いたのは――黒い棺桶だった。


「……え?」

「カレン様がこのお屋敷に来られるということで、シド様が街で一番の棺桶職人に急ぎで作らせました。別名、アモアモーレ。いいですね。蓋を閉めれば一瞬で二人きりの世界を演出できます。ここに空気穴があるので、窒息することもありません」


 いろいろ言いたいことは山ほどあったが、小柄なメイがわざわざ運んできてくれた棺桶ベッドである。彼女にとって重くはないかもしれないが、また新たにちゃんとしたベッドを用意してもらうのも気が引ける。しかし棺桶で寝るのはさすがにどうかと迷っていると、メイがひょいっと棺桶の蓋を開いて、その裏側をカレンの方へ向けてきた。


「ちなみに蓋の裏にはシド様の写真が貼り付けてあります」

「一番いらない!」


 結局その夜は棺桶をベッドにして眠ることにした。シドに歩み寄ろうと決意したばかりだったので、棺桶ベッドは謂わばカレンの自身に対する決意表明みたいなものだったのかもしれない。

 けれどシドの写真が貼り付けられた蓋は、壁際に伏せて置いた。

 意外と中はやわらかくふかふかで、少し狭いことを除けば十分ベッドとして成り立っている。奇妙な状況に眠れるかどうか不安だったが、どこからか控えめないい匂いもしてきて、カレンは数分で深い眠りへと落ちていった。




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