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12・ルイーズ・ヴィフラム

 カレンたちが街から戻って一時間ほど経った頃、シドの両親であるメルスウィン夫妻がひとりの少女を伴って屋敷へと到着した。

 夫妻の名は事前にシドから聞いている。伯爵をグラハム、夫人はアシュリーだったはずだ。けれど少女のことは何も知らされておらず、カレンは不測の事態に若干不安を覚えつつもひとまずは作法に則り自己紹介を済ませることにした。


「カレン・ホッズベルです。一ヶ月の間お世話になります」

「まぁまぁ! あなたが噂のカレンちゃんね。シドから話は聞いているわ」


 カレンの挨拶が終わるや否や、アシュリー夫人がずいっと距離を縮めてくる。そのままギュッとカレンの手を握りしめると、年齢不詳の美しい顔に満面の笑みを浮かべた。


「妻に迎えたい女性がいるって手紙をもらった時は、そりゃぁもうびっくりしたのよ~。二十一にもなるのに女っ気が全然なくて、興味があることといったら使役霊専用の人形作りでしょ? そのうち妻さえ人形で作るんじゃないかって心配してたの」


 やはりシンディが言っていた「人形遊び」は使役霊のための器作りだったらしい。カレンもそうじゃないかと想像はしていたが、アシュリー夫人の口から直接言ってもらえると安心感が倍増する。そのおかげで、カレンの頭の隅っこに居座っていた「人形遊びのシド」は靄のように薄く消えていった。


「母上。彼女の前で変な話はやめてください」

「あら、本当のことでしょう? それに素のあなたを見て判断してもらわないと意味がないじゃない。いざ結婚してから『やっぱり別れたい』って言われると、結構深いダメージを喰らうわよぉ」

「手離すつもりは毛頭ありませんのでご心配には及びません」

「あらあら。本当にこの子が好きなのね。我が子ながら執着心が粘っこくて恐ろしいわぁ」


 清楚で上品な見た目のわりに、アシュリー夫人の中身はかなり独特というか勢いがありすぎる。まるでシドの女性版みたいな感じだ。外見もシドと同じ艶やかな黒髪をアップにまとめていて、落ち着いたターコイズグリーンのドレスに身を包んでいる。

 シドの父であるグラハムは、口髭を生やしたおしゃれなジェントルマンだ。アシュリー夫人が喋りまくるからか、元からそうなのか、今のところ口数はあまり多くはない。けれどカレンと目が合うと、シドと同じ赤い瞳を細めて静かに微笑んでくれたので嫌われているわけではなさそうだ。歳を重ね大人の渋い魅力が上乗せされているが、顔の作りはグラハムの方がシドと似ている。


「今日はお二人だけかと思いましたが……ルイーズはどうしてここに?」


 そう問われたのは、夫妻の後ろに立っている少女だ。ハーフアップに纏められた髪には、薄桃色のドレスと同じ色のリボンが結ばれている。ふんわりとした長い金髪にコバルトグリーンの大きな瞳が印象的で、人形のように可愛らしい女性というものを体現しているかのようだった。舞踏会に出ようものなら、きっとダンスの誘いが途切れないことだろう。同じ女性であるカレンから見ても、ルイーズと呼ばれた彼女の容姿には目を奪われた。


「シド兄様が婚約者を連れてくるって聞いたから、どうしてもご挨拶したくって。おばさまたちに無理を言って一緒に連れて来てもらったの」

「親戚との顔合わせはゆっくりするつもりだったんだが……カレン、大丈夫かい?」


 本音を言えばシドの両親と会うだけでも緊張するのに、加えて見るからに眩しく華やかな女性も一緒となればカレンの心中も穏やかではない。それに来てしまったものを返すわけにもいかないし、そもそもカレンに拒否権などないのだ。

 けれどシドがやんわりと気を遣ってくれたことは素直にうれしかったので、大丈夫だと告げるように小さく頷いてみせた。


「すまないね。彼女はルイーズ・ヴィフラム。母の妹の子で、僕とは従兄妹になるんだ」

「はじめまして、カレンさん。急に訪ねてしまってごめんなさいね。あのシド兄様がベタ惚れして連れて来たって聞いたから、気になって付いてきちゃったの」

「こら、ルイーズ。()()とは何だ、()()とは」

「だってシド兄様、人形作りばっかりしてるから、人間の女性には興味ないと思ったんだもの」

「そんなことはない。カレンに対してはむしろ興味が尽きないよ」

「まぁ、早速惚気ですの?」

「カレンのことなら一晩中語り明かしても語り足りないくらいさ」


 二人はとても親しげな様子で、今までも交流があったことが窺える。シドの表情もカレンに向けるものよりやわらかい気がした。

 ルイーズが無邪気に笑うだけで、場の雰囲気がパッと華やぐ。人に愛されるのはこういう女性なのかもしれない。そう思うと途端に自分がひどく場違いな存在に思えてしまい、カレンは眼鏡をかけ直すふりをして視線を足元へと落とした。


 ルイーズを交えての昼食会は終始和やかな雰囲気で滞りなく進んだ。夫妻の様子からもカレンを歓迎していることは伝わったし、ルイーズの訪問は予想外だったが彼女もまた純粋に兄と慕うシドの婚約を喜んでいるようだった。


「カレンさんは昨日ここへ来たのよね? お屋敷の中はもう案内してもらったの?」


 食後のお茶を飲んでいると、不意にルイーズが訊ねてきた。


「ここに到着したのは夜だったので、詳しい場所はまだ……」

「だったら私が案内してあげるわ! 私にとってここは我が家も同然だし、何でも聞いてちょうだい」


 カレンが返事をするより先に、ルイーズに腕を掴まれる。少し強引に引き寄せられ、ソファーから腰が浮きかけたところで、隣に座っていたシドも慌てたように立ち上がった。


「カレンが行くなら僕も行くよ。一時いっときも離れたくないからね」

「あら、ダメよ。シド兄様が一緒だと、カレンさんが言いたいことも言えないかもしれないじゃない。ここから先は女同士の時間なの。シド兄様は少しだけ我慢してらして?」


 おねだりでもするかのように、可愛らしい声でルイーズが言った。それだけではなく、彼女はソファーの後ろに回ると立ち上がっていたシドの肩に手を伸ばし、そのままぐいっと押し込んで再び彼を座らせる。その触れ方はどことなく意味深で、まるでカレンに見せつけるようでもあった。


「さぁ、カレンさん。行きましょう」


 再び手を取ってきたルイーズの力は思いのほか強く、カレンは半ば強制的に部屋から連れ出されてしまった。



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