神々のリセット 女神と悪魔
「約束よ、アレス! 魔王様になっても、会いに来てくれるって!」
無邪気なリリエルの笑顔が、今も瞼に焼き付いて離れない。
対の腕輪『デスティナ』を贈り、誓ったはずの未来。
「あったりまえだ! オレはお前たちと育ったんだ!」
あの温かな日々が、オレの全てだった。
グチャリ。
忌まわしい感触が、今もこの右手にこびりついている。
血に染まった白い布切れと、砕けた腕輪。
転がる、小さな頭部。
兄ダンティスの、魂を絞り出すような絶叫。
第一章:追放されし魔王子、始まりの地へ
「うぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」
不意に、その静寂を破るように、叫び声をあげる。地面に倒れていた一人の少年――アレスが体を起こす 。ぼやけた視界に映るのは、見慣れぬ灰色の空と、目の前にある巨大な影 。
「……!?」
意識が覚醒すると共に、彼は目の前の影――オリジンの異様な存在感に驚く 。瞬間、脳裏に、断片的で、しかし強烈な悪夢がフラッシュバックする。自分が何者かに力ずくで押さえつけられ、自由を奪われ、封印されかけている光景だ 。
「うあぁぁぁ!」
アレスはまた悲鳴を上げ、蛇のように後ずさりした 。全身を襲う激しい痛みと混乱。
「い……石……? こ……ここは、どこだ……? お……おれは……封印……された、のか……?」
掠れた声で呟きながら、恐る恐る自分の手を見る 。動く。指も、腕も、自由になることを確認する。封印の絶対的な束縛感とは違う。
「ち・ちがう……じゃあ……て……転移……させられたのか……?」
混乱した頭で状況を整理しようと、アレスはゆっくりとあたりを見回した 。岩と砂ばかりの荒涼とした大地。そして、目の前に聳え立つ、異様な存在感を放つ石柱。その表面に、何やら古い文字が刻まれていることに気づく 。
「な……なんか書いてある……? ……古い文字だな……読めるか……?」
彼は、震える指で石柱に刻まれた文字をなぞった 。
「『コノ、セカイヲ、スベルモノ……コノチ、デ、エラバレル……』?」
読み解いた瞬間、アレスの手が、そして全身がわななくように震え始めた 。
「……『この世界を統べるもの、この地で選ばれる』……だと? そ、そんな……お、、、、オレは、、、」
――選ばれなかった。
その言葉が、彼の心臓を直接抉るように響いた 。脳裏に、鮮烈な記憶が次々と蘇る。
魔界の王子として生まれ、次期魔王と期待され、沢山の魔族を従えて当然のように王座に座ることを夢見ていた日々 。
しかし、魔王継承の儀式で、魔王の証たる水鏡は彼を認めず、制御不能な怒りに飲み込まれ暴走した忌まわしい記憶 。異形の姿となり、父の城を半壊させ、忠誠を誓ってくれたはずの従者たちを、自らの手で殺してしまった、血塗られた光景 。
その日から広まった、悪い噂。「魔王の資格なし」「出来損ないの王子」――囁かれる声が、彼の心を蝕んでいった 。かつては羨望の眼差しを向けてきた者たちが、憐憫と侮蔑の目で彼を避けるようになった 。アレスは、ただ沈んだ表情で耐えるしかなかった 。
「……おれは……」
過去の屈辱と、現在の絶望が混じり合い、アレスの全身から、怒りの闘気が黒いオーラとなって立ち上る 。
「あああ……ふざけんな……ばかに、するな……っ!!」
怒りは瞬く間に全身を駆けめぐり、彼の姿を、あの儀式の日と同じ、禍々しい暴走した形態へと変貌させた 。理性の箍が外れる。
「あああああ! すべてを! ぶっ壊してやる!!!」
心の奥底からの絶叫が響く。
『――選ばれなかったんだよおおお!!』
彼は、そのやり場のない怒りと絶望のすべてを、目の前の石柱に叩きつけた。渾身の力を込めて、石柱を殴り壊そうとする 。
ドゴォォォッ!!!
凄まじい衝撃音が響き渡った。……はずだった。
…………シーン…………。
だが、石柱は、びくともしない 。傷一つ、ついていない。まるで、アレスの渾身の一撃など、存在しないかのように。静寂が、アレスを嘲笑うかのように辺りを支配する。
「な……なんだ……? ……壊せない……だと……?」
アレスは愕然とする。自分の拳を見つめる。確かに殴ったはずだ。なのに、石柱は無傷。それどころか、奇妙な感覚があった。
「ち……ちからが……まるで……素通りしていく……?」
渾身の闘気を込めた一撃が、石柱に吸収されたわけでも、弾かれたわけでもなく、まるでそこには何もないかのように、通り抜けていったような……。理解不能な現象に、アレスの闘気は急速に萎み、元の姿に戻ってしまった 。
「それはオリジンていうんだよ」
不意に、まるでアレスの混乱を見透かしたかのような、後ろから呑気な声が聞こえた 。
「お……オリジン?」
アレスは、思わず声に出して振り返った 。
「ふーん。神々の土地……辺境のはざまにいるのに、オリジンを知らないってのは……へぇ。君はいったい何者なんだい?」
声の主が、ゆったりとした、しかしどこか掴みどころのない足取りで近づいてくる 。そのあまりに気安くかけられる声に、アレスは反射的に驚き、警戒心を最大にして戦闘態勢をとった 。
「だっ、だれだお前! いつの間にそこにいた!?」
声の主――軽やかなローブを纏った、人の良さそうな、しかし底知れない雰囲気を持つ男――は、悪戯っぽく笑って言った 。
「んー? 君がオリジンに心底驚いて、制御不能な危険な闘気をぶわっと発したかと思ったら、八つ当たりでオリジンをなぐったあたりかな?」
彼はアレスの行動を正確に言い当てると、さらに続けた 。
「で? 何に選ばれなかったのかな? 聞かせてもらおうか」
その言葉は、アレスの最も触れられたくない部分を、的確に抉ってきた 。
「く……っ!」
自分の醜態を見られたことへの羞恥と怒りで、アレスの顔に血が上る 。
「……貴様! 先ずは名を名乗れ!」
アレスは精一杯の怒気を込めて言い放った 。
「ああ。そうだね。ごめんごめん」男は悪びれもせずに軽く謝ると、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。「僕は全知全能の神、8代目ゼウス」
「!?」
アレスは息をのむ。全知全能の神? ゼウス? 神話に語られる最高神の名。
「そしてこっちが、9代目ゼウス見習いの……」
ゼウスは隣に立つ、少し怯えたような表情の少年に視線を移した 。
「あ、天音空士……じゅっ、11歳です! よっ、よろしくお願いします!」
少年――空士は、緊張で声を上ずらせながら、深く頭を下げた 。アレスは、その紹介を受けて、信じられないものを見る目で二人を交互に見た 。
「……全知全能の神……ゼウス……? おっ、お前、神なのか? ……そっ、それにその子供も……人間じゃないか? どうなってやがる……」
アレスの混乱は頂点に達していた 。神を名乗る男と、明らかに人間の子供。そして、ここはどこなのか。
「……やっぱり君は、神々の土地、辺境のはざま……しかも全ての始まりの地『オリジン』の前にいるのに、何も知らないのか?」
ゼウスは、先ほどまでの不思議そうな表情から一転、差すような鋭い眼でアレスを射抜いた 。その瞳の奥には、場合によっては全力で排除するという、冷徹な意志が宿っている。空気が、一瞬で緊迫感に満たされた 。
「……まあ、いいや。さーて、色々白状してもらおうかな?」
ゼウスは、有無を言わせぬ圧力で、アレスに問いかける。
「君は悪魔だよねぇ? ここでいったい何をしているんだい?」
その言葉に、アレスはたじろいだ 。自分の忌まわしい過去を振り返るのは、くやしく、屈辱的だ 。しかし、この全知全能を名乗る神の前では、嘘も誤魔化しも通用しないだろう。アレスは、唇を噛み締め、絞り出すように答えるしかなかった。
「……お……オレは……追放されたんだ」
その一言が、新たなる運命の歯車を、ゆっくりと回し始めた――。
第二章:追放されし魔王子、始まりの地へ
「……お……オレは……追放されたんだ」
アレスの絞り出すような告白に、ゼウスと空士はわずかに顔を見合わせた。
「……追放?」
ゼウスが静かに繰り返す。
「……そ……そうだ! オレは魔界を追放された」
一度口にすると、堰を切ったようにアレスは言葉を続けた。それは、語ること自体が苦痛であるはずの、彼の血塗られた過去。
「……おれは魔界の王子だった。物心ついた時から、魔王になるべく生きてきた。自分も心の底からそう思っていたし、周りもそれを疑わず、そう期待していた」
脳裏に、輝かしい日々の断片が蘇る。民衆の熱狂的な歓声。傅く従者たち。自信と希望にあふれ、未来を疑いもしなかった若き日の自分。そして、隣で屈託なく笑顔を見せてくれた、幼馴染の少女リリエル……。
「……そう、信じて疑わなかった。……だが、次期魔王を決める儀式の日……すべてが変わった」
アレスの声が、苦々しく歪む。
「……おれは暴走した。魔王の証たる魔王の水鏡が、おれに反応しなかったからだ……。理由はわからない。ただ、抑えきれない怒りが内から湧きおこり、体が灼けるように熱く、自分が自分でわからなくなった」
彼は、あの時の感覚を思い出し、身震いした。
「……気づいたら、王の間を半壊させ……そこにいた、たくさんの従者を殺していた。あたりは……おれが流した、同胞の血の海になっていた」
フラッシュバックする光景。恐怖に引きつる臣下の顔、信じられないものを見る人々の瞳、そして、ただ無表情に惨状を見つめていた双子の弟、ネロスの姿……。
「……従者を殺したぐらいでは追放されないんじゃない? 君、王子だし」
不意に、ゼウスが淡々とした口調で指摘した。
「……え? そ、そうなんですか、ゼウス様?」
空士が驚いて聞き返す。
「……あ、、、ああ、そうだ。普通ならな」
アレスは力なくうなずく。
「……だから、オレは王族専用の離宮に閉じ込められることになった。外界から隔離され、誰とも会わず……。正直、イヤな噂話も聞かなくていいし、そのほうが今のおれにはふさわしいと……そう、思ったんだ」
自嘲気味にアレスは続ける。
「……そんな時だ。偶然、聞いてしまったんだ。離宮の警護兵たちの噂話を……。オレの、双子の弟のネロスが、次期魔王を継ぐ、と……」
「……ほお」
ゼウスが、わずかに身を乗り出した。
「……その事実を聞いたとき、おれの衝動は、もう抑えられなくなった。……よりによって、ネロスが……? 裏切られた、と思った。最後まで、あいつだけは、おれの味方だと思っていたのに……!」
アレスの体から、再び黒い闘気がじわりと漏れ出す。
「……オレは離宮に張られていた結界を、力ずくで破壊した。……そこからの記憶は、あまり覚えていない」
ただ、破壊の衝動と、言いようのない怒りに身を任せていたことだけは確かだった。
「……次におれが意識を取り戻したのは、近衛兵に捕らえられたときだった。……耳をつんざくような周囲の悲鳴で、我に返った……。目の前には……破壊された街……転がる無数の死体……」
絶望的な光景。逃げ惑う民衆の諦めきった顔。そして、遠くに見えた、幼なじみの、彼に向けられた純粋な恐怖の表情……。
「…………気づいたら……おれは……幼い頃から、兄のように慕ってくれた、友だちを……リリエルを…………」
アレスの声が、途切れる。彼は震える右手を見つめた。
(……あの時の感触……柔らかかったはずのものが、ぐちゃりと潰れる感覚……アレスの手のひらに血染めの白いドレスと腕輪が……)
「……お……おれは…………握りつぶしてしまった……。……その後、駆けつけた父、魔王のディメトリアスに、抵抗する間もなく封印魔法を唱えられ…………今度こそ、完全に意識を失った」
アレスは、ようやく言い終わり、まるで魂が抜け殻になったかのように、疲れた様子でうなだれた。
「……それで追放された……と」
ゼウスは、納得した様子で静かに頷いた。そして、どこか呆れたような、あるいは面白がるような口調で言った。
「……ふむ。魔王ディメトリアスは悪知恵がはたらくよねぇ」
「……なに? お前、ディメトリアスを知っているのか?」
アレスが驚いて顔を上げる。
「そりゃそうでしょ。魔王なんだし」
ゼウスは、まるで近所の知り合いの話でもするかのように、当然といった様子で返す。
「悪知恵とはどういうことですか? ゼウス様」
空士が不思議そうにきく。
「だって、考えてもごらんよ。ここは神々とその関係者しか基本的には来ることが出来ない特別な場所……辺境のはざま。しかも、よりによってこのタイミング! 神々のリセットが開催されている、まさにその時に、こんな場所に厄介者の息子を放り出すなんてさ」
ゼウスは肩をすくめる。
「まあ、いくら元王子様で自制心のないわがままボーイが暴れたって、神々のレベルから見れば大したことはなぁい。だけど……」
「……なんだと! お前、おれを馬鹿にする気か!」
アレスが再びゼウスをにらみつける。
「馬鹿にしていないさぁ、わがままボーイ」ゼウスは飄々とかわす。「確かに、君は魔界を破壊する『ほど』には強いんだろう。だけど……今、君がいるのはどこだい? 神々の集まる、まさにその中心にいるんだよ」
ゼウスが、指で地面をさした。アレスは息をのむ。
「ちょうど今、世界中の神々が、あそこに見える闘技場に集まっているのさ」
ゼウスが手で示すと、少しはなれた場所に、今まで気づかなかった巨大な闘技場らしきものが見えた。まるで蜃気楼のように、突如としてその姿を現したのだ。アレスは、呆然とそれを見上げる。
「こ……こんなものが!? いつの間に……」
「神々はね、定期的に集まって、自分の強さを競うんだよ。そして……次代の『神々の中の神』を決める為にね。まさに今、その大会がここに集まっている神々によって開催されている真っ最中ってわけ」
ゼウスは説明を続ける。そして、悪戯っぽく笑った。
「……でね。悪魔は、神にとっては大好物、というか……まあ、目の敵? 神の大好物! なんだよねぇ。うっかり見つかったら、アレス君……寄ってたかって滅せられちゃうかもね♡」
面白おかしそうに言うゼウスの言葉に、アレスは背筋が凍るのを感じた。
「しかし、魔王ディメトリアスの考えそうなことだよ。手に負えない暴走王子を、神々の闘技場のど真ん中に丸投げするなんて。後始末は神々に押し付けますってか。あいつらしいな、まったく」
「……父上を……魔王を、そんなに知っているのか?」
アレスは驚きを隠せない。
「もちろん! 先代ゼウスがやり合ったこともあるし、悪魔退治は僕の専門じゃないけど、まあ、ちょっと懲らしめるために、僕は封印してやったことぐらいはあるよ」
ゼウスは、こともなげに語った。その言葉に、アレスの表情が一変した。
「……縛鎖の刻印……! あれは、お前の仕業か!」
アレスの全身から、抑えきれない怒りが、黒い闘気となって激しく立ち上る。
「あの刻印のせいで! 魔界では100年間、子供が生まれなかったんだぞ! どれだけの民が苦しんだと思っている!!」
「……君は、その民衆と『友だち』を殺した」
ゼウスは、静かに、しかし鋭く、アレスの痛いところを逆なでする。
「…………っ!!」
アレスの怒りが、完全に爆発した。
「……黒魔刀‼」
アレスの右手から、禍々しいオーラを纏った黒い日本刀のような刀が音もなく出現する。
「………殺す………‼」
憎悪に燃える瞳でゼウスを睨みつけ、アレスは一瞬で距離を詰め、黒魔刀で切りかかった。
「……空士、お茶でも入れてくれ」
「……はい!」
ゴアッ!!
だが、アレスの渾身の一撃は、甲高い切り裂く音を残して、空を切った。ゼウスは、迫る黒魔刀の切っ先を、こともなげに片手で受け止め、その手元を抑えて刀を完全に制していたのだ。
「……なっ!?」
アレスは、信じられないものを見る目で驚愕した。
「……まあ、座ってくれよ」
ゼウスは、まるで子供をあやすかのように言うと、アレスを、いつの間にかすぐ後ろに現れた豪華なイスに、すとん、と腰掛けさせた。アレスは、抵抗する間もなかった。
「やれやれ。……アレス君、紅茶でいいかい? レモンかミルクは入れるかい?」
ゼウスは、何事もなかったかのように尋ねる。あまりの展開に、アレスは訳が分からなかったが、反射的に答えていた。
「………………ミルク…………」
「はい! ただいま!」
空士が元気よく応対し、すぐにティーセットを用意し始めた。ゼウスは、空士が慣れた手つきで淹れた紅茶を受け取り、満足そうにふーーむと一口飲む。
「……うん。なかなか上手くなったじゃないか! 空士」
「あっ、ありがとうございますっ! ゼウス様!」
ドキドキしながら見守っていた空士は、とてもうれしそうに顔を輝かせた。
ズ………ズズウウウウン…………!!!
その時、後ろの方で、巨大な石群が崩れ落ちるような、地響きにも似た轟音が響いた。アレスの一振りが巨石を切り裂いたのだ。
「……ん?」
ゼウスは、ちらりと音のした方を見ただけで、アレスの黒魔刀をひょいと取り上げた。
「……あっ!」
いきなり武器を取り上げられて、アレスは声を上げる。
「ふむ……魔力刀か。いい作りだ。名工の技が感じられる」
ゼウスは感心したように黒魔刀を眺めると、次の瞬間、それをブン、とアレスの頭上に向かって一振りした。
「!………」
アレスは、咄嗟にイスから転げ落ちた。だが、ゼウスの動きはそれよりも遥かに速く、アレスには身動きすることすらできなかった。ゼウスが振るった黒魔刀は、アレスの頭上を通過する瞬間、元の何倍にも巨大化していた。アレスには傷一つ付いていない。しかし、その足元から、遥か遠くまでの地面が、まるでバターでも切るかのように、一直線に割れていたのだ。
「おおおお! ゼウス様、すばらしい刀ですね!」
空士が、巨大化した黒魔刀と割れた大地を見て、興奮したように声を上げる。
(…………黒魔刀が、ゼウスの手の中にあるだけで、これほどの魔力に満ちている…………? ……今の一撃……は……まったく反応できなかった…………)
アレスは、目の前で起こった規格外の現象に、ただ目を見張るしかなかった。
シュウン……。
巨大化していた黒魔刀は、一瞬で元の石のような状態に戻った。ゼウスはそれを、ぽい、とアレスに投げ返す。
「……うん、いい刀だね。ディメトリアスから譲り受けたのか? 大事にしなよ」
「…………そうだ」
投げられた黒い石――黒魔刀の核を、アレスは反射的に受け取った。まだ温かい。
アレスは、立ち上がり、服についた土を払いながら、目の前の、底の知れない神を見上げた。そして、静かに、しかしはっきりと呟いた。
「…………お前、強いな」
それは、偽らざる本心。そして、アレスがこの世界に来て初めて抱いた、他者への純粋な畏敬の念だった。
第三章:アレスの願い
アレスがその圧倒的な力の差を認め、呆然とゼウスを見上げた、その時。まるで張り詰めていた空気が和らぐかのように、どこまでも続く灰色の空を、一羽の白い鳥が悠々と舞いながら横切っていった。先ほどまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように、静かな時間が流れる。
「……なあ」アレスは、落ち着きを取り戻しつつ、純粋な疑問を口にした。「さっき言ってた『神々の闘技』とか、『神の中の神』ってのは、いったいなんだ?」
「ん?ああ、それはね、『神々のリセット』のことだよ」
椅子に座り直し、再び空士が入れてくれた紅茶(ミルク入り)を優雅にすすりながら、ゼウスがこともなげに答える。
「神々のリセット?」
アレスが聞き返す。
「そう。今ね、この世界中で、神々の世代交代が急速に起こっているのさ。神も永遠の存在じゃないんでね。人も、悪魔も、そして神も、いつかは世代交代する。そういう理なんだよ」
ゼウスが説明する。
「世代交代するのか?」アレスは問い返す。(……悪魔と同じなのか……)内心でそう呟いた。魔界でも魔王は何代も代替わりしている。神々もまた、限りある存在だという事実に、彼はわずかな驚きと、奇妙な親近感を覚えた。
「ちなみに、僕は8代目ゼウス。元々は人間だよ。先代に無理やり指名されてね。ある日突然、啓示を受けたってわけ」
ゼウスはお茶をすすりながら、どこか遠い目をして話す。
「……はぁー……」そして、盛大にため息をついた。「思い返しても、本当にしつこい先代だったな……夢にまで出てきて勧誘するんだから」ゼウスは心底イヤそうな顔で身震いした。
「まあ、そんなわけで、僕もそろそろ、この天音に次を引き継ごうと思ってね。日本でスカウトしたんだ。なかなか見込みがあるだろ?」
ゼウスは隣の天音(空士)を示し、得意げに笑う。
「日本? ……ああ、人間界の、テラリアのことか?」
アレスが聞き返す。魔界では人間界をそう呼称する地域もある。
「あ、そうそう、魔界ではテラリアっていうんだったね。まあそんな感じ」
ゼウスは思い出したように返す。
「で、この『神々のリセット』が一段落したら、その新しく生まれた神々で、改めて神々の頂点を決める。いわば、神々の王を決める決勝戦みたいなものさ。これが『神々の中の神』ってわけ。このキング・オブ・ゴッドが……次に『新世界創造』を行う権利を得るんだ」
ゼウスの声に、先ほどとは違う、重々しい響きが加わる。世界の根幹に関わる話だ。
「……まぁ、ぼくはもう古い神……つまり新人じゃないから、残念ながら今回の神々のリセットには参加できないんだけどね」
だがすぐに、うって変わって軽い感じで頭の後ろで腕を組むと、あっけらかんと言った。
「……新世界創造…………」
アレスは、その言葉の響きに、強く聞き入っていた。自分の過去、犯した罪、失ったもの……それら全てを無に帰し、やり直せるかもしれない、そんな途方もない可能性を感じさせる言葉だった。
「……そう。文字通り、自分の望む世界を一から作り出す。それが、キング・オブ・ゴッドに与えられる、究極の権能さ」
ゼウスが静かに加えた。
「ちなみに、神々のリセットは過去に2回行われている。一回目のリセットについては、詳しくは僕も知らないんだけど、記録によれば『暗黒期』と言われているらしい。暴力と殺戮が支配する過酷な世界で、多くの命は消えかけ、本当に強いものだけが生き残ったとかね」
「……そして、今のこの世界が、2回目の新世界創造で産み出された世界、というわけだ」
ゼウスは、まるで講義でもするかのように、淡々と説明する。
ガタッ!
アレスは、思わず椅子から立ち上がった。
「そ、そんなこと聞いたことがないぞ! でたらめを言うな! 世界が作り替えられただと!?」
あまりにもスケールの大きな話に、にわかには信じられない様子だ。
「まぁまぁ落ち着いて。君たちの魔界じゃあまり聞かない話かもね。でも、ごく一部の悪魔は知っているはずだよ。例えば……君のお父さん、ディメトリアスとかね」
ゼウスは、意味ありげな含みある視線をおくる。
「……父上が⁉」
アレスは驚愕する。あの父が、そんな世界の秘密を知っていたというのか?
「まぁ、人間界だって、この事実を知っているのはごく一部しか知らないしね。神々にとっても、世界の根幹に関わる秘儀みたいなものだから」
ゼウスは肩をすくめる。
「そして今、3回目のリセットが絶賛開催中! てわけ。しかも、3回目は特別なリセットなんだ。過去二回のリセットの歴史、すべてを作り変えることが出来る可能性がある。まさに……『グレートリセット』なのさ」
ゼウスは3本指を示しながら、楽しそうに説明する。
「そ……それは……つまり……おれが起こした……あの……その……」
アレスは、忌まわしい言葉を口に出したくなさそうに、言いよどむ。
「……虐殺?」
ゼウスが、容赦なくその言葉にする。
「……っ! そっ、そうだ……! それすらも……それも……『無かった』世界を……にすることが出来るのか⁉」
アレスは、思わず身を乗り出してゼウスに詰め寄った。もし、それが可能ならば……!
「……んー、出来るかもね~」ゼウスは軽い調子で答える。「……君が『神々の神』になればね」
「……神々の神…………」
アレスはその言葉を繰り返す。手が届くかもしれない希望。しかし――
「……でも。それは出来ない」
ゼウスは、するどく、きっぱりと言う。
「……出来ない? なぜだ!」
アレスが食い下がる。
「そう。出来ない。理由は単純だ。君には、そのスタートラインに立つ資格がないからね。……いいかい? まず、この世界は大きく分けて3つの次元で出来ている。天界、魔界、人間界」
ゼウスが、基本から説明し始める。
「……天界は……」アレスが口を挟む。「お前たち神々の世界か?」
「いや、少し違う。天界は、ミューミュ族の世界だ。彼らミューミュ族は、神々の世界において特別な役割……神の資格を認定する『認定者』の役割を持っているんだ」
「……神の資格、だと?」
アレスが疑問を口にする。
「そう。神の資格。……そして、ここが重要なんだが、原則として、神の資格は人間しか持てない」
「なっ……人間だけだと!?」アレスは驚く。
「ああ。この資格は、基本的に4つの方法でしか得ることが出来ない。先代からの『指名』、稀に『生まれつき』持っている者、神々の闘いによる『争奪』、そして……最後の方法は、あまり褒められたものじゃないが……資格者を殺して奪う」
ゼウスは、最後の言葉にすごみを効かせた。
「……殺して…………」
アレスは、その言葉の持つ暴力的な響きを繰り返す。
「そして、この神の資格を持つ『有資格者』であるかどうかを最終的に認定するのが、天界に住む、たった10人しかいないミューミュ族の認定者たちだ」
「……空士はね、僕が人間界でスカウトして、『指名』したんだ。そして、これからミューミュ族の認定を受ける予定になっている」
ゼウスは隣の空士を見る。
「はい! 僕、がんばります!」
空士は元気よく、しかし少し緊張した面持ちで答えた。
「……ちょっと待てっ!」アレスは納得がいかない、というように叫んだ。「なんで、こんなか弱い人間が、有資格者なんだ! オレには、なんの力も感じられないぞ!」
「……ふふ、人を見る目がないなー、わがままボーイ」
ゼウスは、アレスをこ馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「確かに、空士はまだ未熟だ。だけどね、空士はとてもやさしい。他者の痛みがわかる。気配りもできる。……そしてなにより、『つよい』。君とは違う種類の、本当の強さを持っている」
「こ……コイツが??」
アレスは、やはり信じられないという顔で空士を見る。
「……まあ、口で言っても分からないか。じゃあ、確かめてみよう」ゼウスは立ち上がった。「さっきアレス君が殴り掛かった、あのオリジン。あそこに行って、触れてごらん」
「……この石に?」
アレスはオリジンを見上げて問い返す。
「そう。その石だ」
ゼウスはすまし顔で頷く。アレスは、言われるままにオリジンに近づき、その表面に触れてみた。ひんやりとした石の感触が伝わるだけだ。沈黙したまま。……何も起こらない。
「……何も起こらないぞ! どういうことだ!」
アレスは苛立ちを隠せない。
「……ふむ。じゃあ、空士、やってごらん」
ゼウスに言われ、空士はおずおずとオリジンに触れた。
ブッ……!
すると、オリジンの石柱の一番下の印が、淡い光を放って点灯した。
「……! 明かりが!?」
アレスは驚く。さらに、ブブブブッ! と連続して光が灯り、そのまま五つのメモリが点灯した。
「おおー、空士、前より一つ増えたじゃないか? 順調に成長しているね」
ゼウスは両手を広げて空士を褒める。
「はい! ゼウス様のおかげです!」
空士は元気よく、そしてとても嬉しそうに答えた。
「……これが有資格者の『格』だ」ゼウスはアレスに向き直る。「このオリジンは、触れた者の神の格を判定する。この格位灯が灯った数で、その格を判定するんだ。空士はまだミューミュ族の認定前だから5つしか灯らない。正式に認定されると、最初の10個すべてが灯るようになる。それが、新人の神の証、ということだよ」
ゼウスは厳しい目でアレスを見ると、再びオリジンに向き直った。
「……さて」
今度は、ゼウス自身がオリジンに触れる。
ブッ! ブブブブブブブブブブッ!!
瞬間、石柱の前面に、まるで星々が一斉に瞬いたかのように、25個ものライトが眩い光を放って点灯した。オリジン全体が、神々しい光に包まれる。
「……これが、全知全能の神『ゼウスの格』だよ」
ゼウスは、圧倒的な格の違いをアレスに見せつけ、静かにアレスを見据えた。その視線は、動かしようのない現実を突きつけていた。
「……さあ! 休憩はこれぐらいにして、闘技場にレッツゴー! もう予選が始まってる頃だ」
ゼウスは、けろりとした顔で拳を上げて歩き出す。
「ハイ!」
空士も元気よく後に続く。
「……ちょっと待て!」
アレスが、二人を呼び止めた。
「ん? 急ぐんだけど」
ゼウスが、少しそっけなく振り返る。
「……神々の闘技には、空士も出るのか?」
アレスが問う。
「今回は予選だけどね。でも、空士はまだミューミュ族の認定を受けていないから、出るのは次の闘技あたりかな?」
ゼウスが不思議そうに返す。その答えを聞いて、アレスの中で、何かが決まった。
「……おれも出る!」
彼は、強い口調で宣言する。
「……だから、君は資格がないんだって」
ゼウスは、やれやれと言い切る。
「関係ない! 強さを競うんだろ! 確かに、お前にはまだ敵わないかもしれないが、新人の神どもだったら、おれが勝つ!」
アレスは、ぐっと一歩踏み出した。
「いや、だから、そういう事じゃないんだっ……」
ゼウスが言いかけたのを、アレスは手で制して叫んだ。
「おれは強い! 魔王になるべく、誰よりも強さを磨いてきた! ……いや、もっと強くなってみせる! 資格があるだけの人間に、このオレが負けたりしない!」
彼の脳裏に、再びあの忌まわしい記憶がフラッシュバックする。……握りつぶした手のひら、血まみれの白い衣装……
「……おれは……おれは……っ!」
彼は、思いつめた、真剣な顔で、天に向かって叫んだ。
「おれは! 悪魔で最初の神になる!!」
その決意の叫びは、辺境のはざまの空気を震わせた。ゼウスは、ただ黙ってアレスを見つめている。
「そして! おれの望む新世界を……この手でつくるんだ!!」
ザザザ……。まるでアレスの決意に応えるかのように、風が吹き抜ける。しばし、三人は見つめあったまま、時が止まったかのようだった。
「…………ふー」ゼウスは、やれやれといった表情で息を吐いた。「……やれやれ。頭の悪いわがままボーイだなぁ、君は」
一歩アレスにあゆみ出ると、ゼウスはすこし腰を曲げて、アレスと目線を合わせた。
「……君は悪魔。これは神々の闘技。参加資格は神、あるいはその候補者のみ。……残念だけど、君は……人間じゃないから……ルール上、参加は……」
「…………」
アレスは、ただ真剣な瞳でゼウスを見つめ返す。その瞳には、諦めなど微塵もない。
「………………分かったよ」
ゼウスは、何かを考え、そして、まるで天啓でもまとまったかのように、ふっと笑みを漏らした。
「……これも神の御導き……ってやつ、かな」
諦めたように、しかしどこか面白がるように、ゼウスはつぶやいた。
「まあ、これも何かの縁だ。……その目。そういうの、嫌いじゃないぜ。わがままボーイ」
ゼウスは、アレスの肩を軽く叩いた。
「よし! 出場できるか、運営に交渉してみよう。ダメ元だけどね」
ついに、ゼウスは承諾した。
「……! いいんですかっ! ゼウス様!」
空士が隣で驚きの声を上げる。
「ああ、いいとも! 僕は全知全能の神ゼウスだよ。やろうと思えば、出来ない事はないさ! ……たぶんね。ま、大船に乗った気でいたまえ! わがままボーイ!」
ゼウスは、自信満々に(?)宣言する。
「……あっ、ありがとうございますっ‼」
嬉しさがこみ上げ、アレスは感極まって、その場に深く頭を下げるしかなかった。まさか、聞き入れてもらえるとは思っていなかったのだ。
「…………おお」
そのあまりに素直なアレスの反応に、ゼウスと空士は、少し驚いたように顔を見合わせたのだった。
おれはやり直す!アレスはグッと拳を握りしめた。
闘技場受付。そこは、神々の闘技への参加者や関係者でごった返していた。行きかう人々は、一見すると見た目は普通の人間と変わらない。しかし、放つ雰囲気や、その様々な人種(エルフのような耳を持つ者、獣の特徴を持つ者、明らかに人間とは異なる姿形の者など)から、彼らが尋常ならざる存在であることが窺える。
「いやぁ~、こまりましたなぁ、ゼウス様……」
受付の運営委員(小太りの中年男性風の神)が、困り果てた表情で額の汗を拭っている。
「いやいや、そこを何とか。ね? お願いしますよぉ」
ゼウスは、妙にへりくだった態度で頼み込んでいる。
「何とか、といわれましても……。まず、有資格者でもない……というか、その、悪魔ですし……。そもそも、これは神々の闘技でして~……前例が……」
運営委員は、明らかに難色を示している。
「いやもう、それはもう十分わかっておりまして! そこをなんとか、ね? 特例ということで!」
ゼウスは、神々しいオーラを完全に消し去り、ひたすら低姿勢で頼み込んでいる。
「う~ん、いくら主神ゼウス様に頼まれましても、規則は規則ですので……こればっかりは……」
運営委員も、頑として一歩も引かない構えだ。
(……たっ、頼み込むんだ……あの全知全能のゼウス様が……)
空士は、少し離れた場所から、ゼウスを見てそうに思う。
「……なんだ、ゼウス。こんなところで油を売っているのか?」
その時、遠くから、厳格な声がかかった。
「おお! テオスちゃん! いいところに!」
ゼウスは、打って変わって気安い態度でテオスに駆け寄る。
「今回は後継者はつれてないの? ゼウス」
「ああ、修業中でな。とても大会どころじゃないんだよ」
テオスは、簡潔に近況を返す。
「ちょうどいい! テオスちゃんからも、この人にお願いしてよぉー」
ゼウスは、馴れ馴れしくテオスの肩を組みながら、彼を運営委員とアレスの前へと近づけてきた。
瞬間、アレスの全身に、氷水を浴びせられたかのような寒気が走る。(……テオス……! コイツが! ……古代から我ら悪魔と数万年の争いをしている、宿命の天敵! まさか、こんなところで出会うとは……!)アレスはテオスを知っている。悪魔族にとって、その名は恐怖と憎悪の対象だ。
「……ン? コイツは……悪魔じゃないか? ゼウス、どういうことだ?」
テオスは、すぐにアレスの正体に気づき、鋭い視線を向ける。アレスは、咄嗟に身構えた。
「いやー、やっぱめざとーい! 流石だよ、テオスちゃん! こと、悪魔を滅ぼす事にかけては、右に出るものはいないねぇ!」
ゼウスは、わざとらしくテオスを持ち上げる。
「……なんだ、ゼウス。はぐらかすな」
テオスはいぶかしんでいる。
「いやね、この悪魔がさ、どうしても神々の闘技に参加したいって言うんだよ! な? 若者の熱意は買ってやりたいじゃない? 君の威光で、どうにかなんない? ね?」
ゼウスは、ウィンクしながらテオスの協力を求める。
「……悪魔が? 神々の闘技に? お前、何を企んでいるんだ、ゼウス」
テオスは、完全に訝しんでいる。
「いやいや、純粋に若者の熱意にほだされちゃってさ。ほら、彼の目を見てみなよ。なかなか……」
ゼウスが言いかけた時、ふと何かに気づいたように、通路の向こうを指さした。そこには、異様なほどの殺気を放つ神が、後継者らしき者を連れて、こちらに向かって通りがかろうとしていた。
「……おお、シヴァ! ちょうどいい! 君からも、この委員さんにお願いしてくれないか? この悪魔くんを出場させたいんだ」
ゼウスが声をかける。シヴァと呼ばれた神は、アレスを一瞥すると、ただ一言、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「……おれは、何だろうと、破壊できればいい」
(こ……こいつは、なんだ……?? さっきのテオスとは質の違う……純粋な、絶対的な破壊の意志……圧倒的な殺意を感じる……!)
アレスは、本能的な身の危険を感じた。全身の毛が逆立つような感覚。(……こいつ、本当に神なのか?? 悪魔であるオレ以上に、よっぽど……)
シヴァは、アレスを値踏みするように見やる。その視線は、絶対零度のように冷たい。向けられただけで、アレスは金縛りにあったかのように動けなくなる。魂の奥底から湧き上がるような、底知れない恐怖が全身を支配する。
(……こいつは……まずい……桁が違う……強い……!)
アレスは、ただ圧倒されるしかなかった。さらに、シヴァのよこにいる男――後継者だろうか――からも、鋭く冷徹な視線を感じる。
「――じゃぁー、決まりだ! 最高神のお三方が認めたんだから、特別枠で出場、決定ね!」
ゼウスが、有無を言わさず、強引に決めつけた。
「お、おい待て! おれは何も認めてなど……!」
テオスがあせるが、ゼウスは聞かない。
「まあまあ。若い悪魔の実力、間近で見といたほうがいいんじゃない? テオス! きっと参考になるって!」
ゼウスがテオスの肩を叩きながら迫る。
「……う……。まあ、それは……気になる、が……」
結局、テオスは押し切られてしまった。
「――という事で! よろしくお願いしますね、委員さん!」
ゼウスが、満面の笑みで運営委員に迫る。
「…………はぁ……。最高神ゼウス様に、一神テオス様、そして破壊神シヴァ様……最高神の皆さまが、そこまでそういわれるなら……仕方ありません……。今回限りの、特例中の特例ですよ……」
運営委員は、深いため息をつきながら、しぶしぶアレスの出場を認めた。
「ほ……ほんとか⁉ ……本当に出れるのか! やった……!」
嬉しさがこみ上げ、アレスは思わずガッツポーズをした。悪魔である自分が、神々の闘技に出られる。それは、不可能だと思っていたことだった。彼は、込み上げる興奮のままに、高らかに叫んだ。
「見てろよ! おれは、悪魔で最初の神になる!!」
その宣言に、テオスは驚き、周囲にいた他の神々も注目する。悪魔が、神になると? 前代未聞の言葉に、闘技場の受付は、一瞬、異様な静寂に包まれた。
「……いや、だから、それは、ちょっと違うんだけどなぁ……」
ゼウスは、アレスの背中を見ながら、少しだけ後悔したような、複雑な表情で呟くのだった。
第四章:神々のリセットと女神候補
その頃、オリジン付近の岩山しかない道を、二人の少女と一匹の奇妙な生き物が歩いていた。
「はぁーはぁーちょっと待ってよ」
最後尾で息を切らしているのは、青空ゆう。少しふくよかな体型で、いかにも運動が苦手そうだ。
「いつも引きこもってるから、そんなだらしないのよ! すこしは外出なさい!」
先頭を行くのは、ツインテールが特徴的な11歳の少女、真宮寺彩音。活発で、ゆうとは対照的だ。
「私は好きなものに囲まれて平穏にくらしたいだけって言ってるでしょ。引きこもりじゃないってゆぅーの!」
ゆうは不満げに反論する。彼女の脳裏には、お気に入りのアニメキャラクターの絵やコミック、フィギュアに囲まれた自室の光景が浮かんでいた。
「ほら見えてきた! あれが神々の闘技場よ!!」
彩音が前方を指差す。巨大な闘技場が姿を現した。
「ここからよ! ここからわが神無神社のサクセスストーリーが始まるのよ! 見てなさい!」
彩音は拳を握りしめ、決意を語る。
「今まで馬鹿にした不信心ものを見返してやる! そして……」
彩音の顔が悪戯っぽく歪む。
「お布施がっぽり神社再建! 全世界支社! 神無神社の名を世界にとどろかせるのよ!」
野望に満ちた顔で、彩音は宣言した。
「ほら! ミューミュ! いそぐわよ!」
彩音に呼ばれ、重そうな荷物を担いだミューミュ――細身のパンダのような生き物が「みゅ……みゅー」と鳴きながら後を追う。
ようやくオリジンの前に到着すると、運営委員が慌てて駆け寄ってきた。
「おお! 参加者さまですか? 御姿が見られないので探しに来ました。もうすでに闘技は始まっています。お急ぎを!」
運営委員が一行をせかす。
「フフ。主役は遅れてやってくるものなのよ!」
彩音は自信満々に胸を張る。
「とりあえず資格の確認を」
運営委員が彩音に声をかける。
「ゆうー、この石に触ってから来なさい! 先に行ってるわよー」
彩音はゆうに指示すると、さっさと闘技場へ向かって歩き出した。
「えっ、あちらさまですか?」
運営委員は困惑する。彩音の方がどう見ても参加者本人に見えたからだ。
「ちょっと、張り切りすぎよー」
ようやくオリジンにたどり着いたゆうは、ぜぇぜぇと息を切らしている。
「だっ大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ!」
運営委員が心配そうに声をかける。
「だっ大丈夫ですっ。山道が険しくて……」
ゆうはフラッとよろめき、オリジンに手をついた。
「あわわ、歩けますか?」
運営委員がゆうを支える。(山道? そんなのあったっけ?)内心で首を傾げた。
「はぁはぁー、いったん休憩」
ゆうはオリジンに手をついたまま、肩で息をしている。
「ちょ、ちょっと置いてかないでよぉ」
少し休むと、ゆうは再び歩き出した。しかし、すぐに何もない平地でバタッと顔から転んでしまう。
「ほんとに大丈夫ですかッ!」
運営委員が駆け寄る。
「だ、、、だいじょぶで・・・す」
ゆうは顔面を強打しながらも、なんとか笑顔を作った。運営委員は心配そうにゆうを見送るしかない。ゆうはフラフラと歩き出し、そしてまたしばらくしてバタッと転んだ。
「大丈夫ですか~」
遠くから運営委員が叫ぶ。
「ダイジョブで~す……」
ゆうのか細い声が返ってきた。
(本当に大丈夫だろうか……???)
運営委員は本気で心配になった。その時、背後のオリジンが光を放った。
ブッ!
「あああ、はいはい。有資格者ですね……」
運営委員はオリジンの点灯に気づき、手元の名簿をパラパラとめくり始めた。
ブブブブ!
(認定もされている。これで参加資格はある……と)
ブブブブブブ!
ランプは点灯し続けている。
「えーと……シード枠の神無神社所属? 聞いたことないな……青空ゆう……」
運営委員が名簿で名前を見つけた瞬間、オリジンの格位灯はさらに数を増やしていた。運営委員は顔を上げ、オリジンを見上げる。
「え……え?」
ブブブブブブブ!
25個の格位灯が、すべて点灯していた。
「えええええええええ!」
運営委員は絶叫した。(最高神の……格……)
しかし、異変はそれで終わらなかった。
ブブブブブブブ!
「え?」
オリジンの側面にも格位灯が点灯し始めたのだ。運営委員はオリジンの横に回り込む。
「こ……これは」
ブブブブブブブ!
(二面……)
ブブブブブブブ!
(三面……)
ブブブブブブブ!
バサッ!
運営委員は持っていた名簿を落とした。オリジンの四面すべて、合計100個の格位灯が眩いばかりの光を放っていた。
「よ……四面全灯の格位頂点……」
運営委員の顔から血の気が引いた。彼はバッと居住まいを正すと、ゆうが歩いて行った方角に向かい、地面に額を擦り付けて正座し、最大の敬意を示した。
(四面全灯格位頂点……つっつまりそれは……)
運営委員はそーっと顔を上げた。
(青空ゆう様!!! というお名前なのかっ!!!)
そして、はっと気づく。
「あああ! お体に触れてしまった!!!」
彼は自分の両手を見つめ、興奮で顔を紅潮させた。
「一生手を洗わないぞっ!!!」
運営委員は心に固く誓ったのだった。
第五章:悪魔の躍進と女神のティータイム
神々の闘技場は、熱気に満ちていた。円形に広がる観客席は埋め尽くされ、中央の闘技エリアでは、今まさに神々の後継者たちが激しい火花を散らしている。
「おおおおおおおお!」
勝負が決するたび、あるいは目覚ましい技が繰り出されるたび、観客席からは割れんばかりの歓声が上がる。
「そこでいいわ」
そんな喧騒の中、真宮寺彩音は観客席の最前列、それもひときわ見晴らしの良い場所にどかっと腰を下ろした。隣には、ミューミュがちょこんと正座で座る。周囲には様々な神々やその関係者が座っているが、彩音は全く意に介さない。ミューミュは手慣れた様子で持ってきた荷物から茶器を取り出し、テキパキとお茶の準備を始めた。
「あれはシヴァ神かしら……苦戦しているようね」
彩音は闘技場に視線を送り、戦況を分析する。
「てことは……vip席に……いたいた」
視線を観客席上段のVIP席に移すと、目当ての人物を見つけた。
「11代目破壊神シヴァ……後継者が苦戦しているのに相変わらずの無表情ね」
再び闘技場に目を戻す。
「今戦っているのは12代目の新人ってことね」
彩音は冷静に状況を把握していた。その隣では、ミューミュが自分だけちゃっかりとお茶をすすっている。
ズズズズ……
「ちょっとミューミュ! 自分だけずるい! 私にもちょうだい!」
彩音がお茶を要求すると、ミューミュは少し迷惑そうな顔をしながらも、「みゅ」と鳴いて、こぽこぽと湯呑に急須からお茶を注いだ。彩音も一口お茶をすする。
「あの戦っているのは? 見ない雰囲気ね。誰の後継者なのかしら?」
彩音は懐から『神様管理簿』と書かれた古風な装丁の本を取り出し、パラパラとめくり始めた。
その様子を、VIP席からゼウスが見ていた。
「あれは……ディヴァイン・クロニクル!日本人か。かれらは神様管理簿とかいってたなぁ……管理か……あんまりいい名前じゃないかな……それにしても見たことない子だ」
ゼウスが隣に視線を移すと、目を見張った。
「あれはミューミュ族……の、ミューミュ王子! ミューミュ・ド・パンスター!!」
正座してお茶をすすっているミューミュの正体に、ゼウスは驚きの声を上げた。
「ん? どうしたゼウス」
隣に座るテオスが、ゼウスの様子に気づいて尋ねる。
(ディヴァイン・クロニクルを持つ少女とミューミュ族の王子が、なんで一緒にいるんだ?)
ゼウスは二人を見つめながら、考えを巡らせた。
「あれはミューミュ王子じゃないか?」
テオスもゼウスの視線の先に気づき、驚いた様子だ。
「そうだ。隣の少女はディヴァイン・クロニクルを持っている」
ゼウスが付け加える。
「ディヴァイン・クロニクル! 悪魔の出場といい、地方予選でも予想外の事がおこるな」
テオスはどこか自嘲気味に呟いた。
「ぜぇーぜぇー、やっと着いた……」
そこへ、ボロボロになった青空ゆうがようやく到着した。その姿に、彩音とミューミュは驚く。
「ゆう! あなた何してきたの?」
「みゅ?」
ゆうはミューミュの隣に腰を下ろすと、疲れた様子で答えた。
「大丈夫よ気にしないで。傷の治りは早いから」
「そりゃそうでしょうけど」
彩音は呆れたように言う。
「それより私に紅茶くれる? ミューミュ」
ゆうが頼むと、ミューミュは「了解!」とばかりに紅茶を入れ始めた。
「ゆう。あなたがダイエットになるからって手助けしないでって言ったのよ。少しは運動しなさいよ!」
彩音がゆうを責める。ミューミュが差し出した紅茶をすすりながら、ゆうは不機嫌そうに反論した。
「だってこんなに遠いなんて思わないじゃない!」
「遠いって、庭の転移ゲートなら目の前に転移できるのに、少し離れたところがいいって言ったのはゆうでしょ! しかも5分も歩いてないわよ!」
彩音が指摘する通り、神社の庭には闘技場近くまで繋がる転移ゲートがあったのだが、ゆうが「散歩したい」と言い出したのだ。
「まぁたしかに」
ゆうは不服そうに紅茶をすする。
「ねぇミューミュ! あれ出して!」
「みゅー!」
ゆうのリクエストに、ミューミュは待ってましたとばかりに、運んできた箱を丁重に開けた。そこには、見事なホールケーキが現れた。
「うぁぁぁぁぁ!」
「みゅーーーー!」
ゆうとミューミュは感嘆の声を上げる。
「アンタたち、ここに来た目的わかってる?」
彩音が少し呆れたように、そして少し怖い顔で二人を見た。
「わかってるわよ? お散歩して、お茶して、有名な神様を見ながら! ケーキを食べる!!」
ゆうの声に合わせて、ミューミュも「みゅー!」と頷く。息ぴったりだ。
「イヤならいいわよ。彩音の分まで食べちゃうから」
ゆうがいじわるそうに言うと、彩音は慌てて抗議した。
「ちょっと、誰もそんなこと言ってないでしょ!」
三等分されたケーキを頬張りながら、彩音は感心したように言った。
「これ、ものすごくおいしいわね。いつもながら感心するけど、これってゆうの推しをイメージして作ったんでしょ?」
ゆうは真剣なまなざしでケーキを一口運び、うっとりと目を閉じた。
「そうよ! 今回は剣劇自由伝、雷光の紫龍さまのメインカラーの紫をモチーフにして作ったブドウのクランブルケーキ!」
ぱくっ。
「くぅぅぅぅぅぅ。紫龍様を想いながらおいしいってどういう事! しあわせ!」
ゆうは文字通り、幸せを噛み締めている。
その様子を、VIP席からゼウスとテオスが見つめていた。
「お茶会してるな……」
テオスが呟く。
「してるねぇ……」
ゼウスも同意する。
「あの女の子は誰だ? 出場者か? だとしたら誰の後継者だ? 今回の出場者は16人……いや、ひとり聞いたことがない出場者がいた……決勝シードの神無神社、青空ゆうか!」
テオスが思い当たる。
一方、彩音は神様管理簿をめくっていた。
「閲覧権限しかないページにも反応はないわね」
闘技場に出場している神がいる場合、該当ページが光る仕組みになっているのだが、今戦っている神を示すページは光っていない。(シヴァ神の名前が光っているページを指差しながら)「ふつう闘技に出ている神様はこうやって光るんだけど……」
闘技場では、まさにその時、勝負が決しようとしていた。
『実に予想外の事態となっております! 特別出場のアレス! 事前の予想を覆し、12代目破壊神シヴァを終始圧倒しております! しかも! なんとアレス、事前エントリーなし! 急遽作られた特別枠での出場です! そしてこれが一番驚くべきことですが……彼は悪魔です!』
実況の声が闘技場に響き渡る。
「悪魔!?」
彩音たちが驚いて闘技場に目を向ける。
「あれ? この大会って悪魔参加していいんだっけ?」
ゆうがケーキを食べながら素朴な疑問を口にする。
「良いわけないでしょ!」
彩音が即座に否定する。
「あれが悪魔……案外ふつうね。こっちが神様……こっちもふつうね。ねぇ彩音。あの戦っている以外の神様ってどこにいるの?」
ゆうが周囲を見回しながら尋ねる。
「そこら中にいるじゃない。あれも、これも、それも、ここにいるのはみーんな神様かその関係者よ」
彩音は何を今さら、という顔で答えた。
「え⁉ あれは??」ゆうが指差す。
「北欧神話のトールね」彩音が答える。
「あれは?」
「エジプト神話のホルスね」
「あれは??」
「インド神話のクリシュナ」
「あれは??」
「中国神話の八仙」
「あれは?」
「メソポタミヤ神話のイナンナ」
「あれは?」
「カナン神話のアシュラ」
彩音は淀みなく答えていく。
「えええええええ! 全員神様じゃない!!!」
ゆうは心底驚いた顔で叫んだ。
「アンタバカなの?」
彩音は呆れ顔だ。
(みんな神様なの……みんな普通だわ……)ゆうは周囲を見回し、パンパン、と手を合わせた。(……とりあえず祈っとこう)
(何言ってるの……私にしたらあなたが一番の驚きよ)彩音は祈るゆうを見ながら、心の中でため息をついた。(だけど……悪魔……何のために? 神は悪魔と戦っても格は磨かれるけど悪魔は? 何のために参加しているの?)彩音は闘技場で戦うアレスを見つめた。
その闘技場では、アレスが12代目シヴァを圧倒していた。
(こいつ強い!!)シヴァは内心で叫んでいた。(剣も体術も基本をしっかりと身に付けている。しかも王者の風格を感じる堂々とした剣だ!)彼は自分の悲しい過去を思い出し、アレスとの違いを感じていた。(僕とは違う)
VIP席のテオスも感心していた。「アレスっていったっけ? アイツの親父はディメトリアスか? しっかり鍛えてるじゃないか。正々堂々とした力の剣だ。まさに王族の剣だな」
アレスは攻め手を緩めない。
「どうした、これが神の実力か?」
(剣が効いている! 闘気を高めても暴走しない! よし! いける!)
アレスは確かな手応えを感じていた。
「たたみかけるぞ! 黒極斬!」
アレスが剣舞と共に魔法を発動する。
「こっこれは魔法詠唱を剣舞で行う魔法剣!」
シヴァは驚き、飛び退く。
VIP席のテオスも目を見張る。「魔法剣! 剣で詠唱を再現する魔法剣。よほど剣の型が身に付いていないと魔法発動が出来ない技だ」
アレスは飛び掛かり、剣撃と魔法を同時に繰り出す。
ガンガンガン!
激しい打ち合いの末、アレスのエネルギーに満ちた一振りが、シヴァの持つ三叉の神具・トリシューラを弾き飛ばした。終始押されていたシヴァは、ついに戦意を喪失し、その場に膝をついた。
(見てくれゼウス! おれは強い! 神にだって負けはしない!)アレスはゼウスへのアピールも忘れなかった。
『勝者、アレス!!』
実況が高らかに告げる。アレスは勝利の喜びを噛みしめ、拳を突き上げた。
「うぉぉぉぉぉ!」
しかし、会場は水を打ったように静まり返っていた。悪魔が神に勝利したという事実に、観客は戸惑いを隠せない。
『な……なんと12代目破壊神シヴァが負けてしまいました! 悪魔の王子アレスが勝利!!!』
実況の声だけが響く。アレスは期待していた反応が得られず、少し残念そうだったが、仕方ないと諦めて舞台を降りようとした。
パチパチパチ……
その時、VIP席から拍手が聞こえた。見ると、ゼウスが一人で拍手を送っている。それに気づいたテオスも、少し遅れて拍手を始めた。アレスの顔に笑顔が戻る。その拍手をきっかけに、会場からもまばらに拍手が湧き起こった。アレスは客席を振り返り、自分に向けられる賞賛の音を、嬉しそうに噛み締めた。
だが、その直後、VIP席にいた11代目シヴァが静かに立ち上がり、額に三つ目の目を開いた。その目が敗れた12代目を捉えると、12代目の体から何かが抜け、彼はその場で消滅してしまった。神の資格を奪われたのだ。資格を失った神は、この辺境のはざまに存在することすらできない。
「おいシヴァ! 資格を奪う事はないだろう」
ゼウスが咎めるように言った。
「破壊神シヴァの名を継ぐものが悪魔に負けるわけにはいかぬ。あいつはシヴァの名にふさわしくないという事だ」
シヴァは表情一つ変えずに答えた。非情な現実が、そこにはあった。
「アレス……悪魔の王子か……」
客席で一部始終を見ていた彩音は、アレスの名を呟き、何事か思考を巡らせていた。
「悪魔が勝っちゃったね」
「みゅみゅみゅー」
そんな緊迫した空気もどこ吹く風、ゆうとミューミュはケーキを頬張っていた。
その後、トーナメントは進行していった。
二回戦:闘神グアン・ユウ(中国神話) VS アレス WIN
三回戦:スサノオ (日本神話) VS アレス WIN
四回戦:ギルガメッシュ (メソポタミア神話) VS アレス WIN
アレスは連戦連勝。名だたる神々の後継者を次々と打ち破り、ついに決勝進出を決めた。四戦を終えたアレスは、かなり息を切らしていたが、勝利が決まった瞬間、雄叫びを上げた。
『なんとなんと大番狂わせだ! 神々の闘技で悪魔が決勝進出! これは神々の闘技、始まって以来の出来事です!』
実況が興奮気味に伝える。会場からは、今度こそ惜しみない大歓声が送られた。一回戦の時とは大違いだ。悪魔でありながら正々堂々とした戦いぶりと、その卓越した技に、観客は魅了されていたのだ。アレスが神々に認められた瞬間だった。アレスは嬉しそうに観客席に手を振り、声援に応える。自分を認めてくれる存在がいることが、彼にとっては何よりの喜びだった。
『アレス選手の悪魔とは思えない正々堂々とした戦い方と、その技の素晴らしさに始めは戸惑っていた観客もその勝利をたたえています!』実況もアレスの勝利を称賛した。
第六章:決勝へ
決勝戦を控え、選手控室のような部屋で、アレスはゼウス、テオスと共にいた。部屋には質素な椅子と机が置かれているだけだ。紅茶の湯気が静かに立ち上っている。
「おっおれ、強かっただろ!」
アレスは興奮冷めやらぬ様子でゼウスに言った。
「ここまで強いと思わなかったよ! ぼくのカンは冴えわたってるねぇー、流石! 全知全能の神!」
ゼウスは自画自賛している。
「何を言っているんだゼウス。神々の闘技で悪魔が決勝進出だぞ。今回はアジア地域の地方予選会だから大きな問題にならないかもしれないが、優勝でもして本予選、中央大会でも存在が認識されるようになると他の神々が黙ってないぞ」
テオスが厳しい表情でゼウスを咎める。
「なんだテオス。アレスがそこまで勝ち進むと思っているってことかーい。実力は認めてるんだ」
ゼウスはテオスをからかうように言った。
静寂の中、アレスがぽつりと呟いた。
「俺が優勝したら、資格をくれないか?」
その言葉に、ゼウスもテオスも、そして控室の隅にいた空士も驚いた。
「俺は、強さを証明する! なあゼウス! お前、全知全能の神だろ? 空士に与えたように俺に資格を与えてくれ!」
アレスは真剣な眼差しでゼウスに訴えかける。しかし、ゼウスの答えは明確だった。
「君に資格を与えることはできない」
「君は悪魔だ。それに僕には空士がいるからね! 資格を与えることが出来るのは、現役の神が次の世代に与える一つだけなんだ」
ゼウスが説明する。
「そ……そうなのか……」
アレスは落胆の色を隠せない。
「だけど、悪魔に神の資格が与えられるか、調べてあげることは出来る」
ゼウスが、突拍子もない提案をした。
「なっなにを!」テオスが困惑する。
「ゼウス様?」空士も驚いている。
「ほっ本当か!」
アレスの目に期待の色が宿る。
「ああ、僕も資格には興味があってね。なぜ資格は人間にだけ与えられるのか? 長い事、神をやっているとそんなことも知りたくなるんだよ」
ゼウスは思わせぶりに言った。
「おい! お前、悪魔に神の資格を与える事なんか出来るわけがないだろ!」
テオスが強く遮る。
「だ・か・ら・調べるんだ」
ゼウスは意に介さない。
「それに、調べたところで結局ダメでしたーてことの可能性の方がはるかに高いしね。資格を与えるわけじゃ無いんだから。ね」
ゼウスは大したことではない、とでも言いたげな表情だ。
「お、、おれは可能性を知れるだけでもいい! 頼む! ゼウス! 調べてほしい!」
アレスは真剣に頭を下げた。
「OK、分かったよ」
ゼウスは請け負った。
「ありがとう! 俺、決勝でも神をぶっ倒して絶対優勝する!」
アレスの全身に、再び闘志がみなぎった。
「やれやれ……」
テオスは頭を抱えるしかなかった。
第七章:女神の奏でる浄化と再生のフーガ
闘技場の全景が、固唾を飲んで中央を見守る観客たちの熱気で歪んで見える。いよいよ決勝戦だ。
『さぁ! 前代未聞の一戦! 特別枠出場の悪魔の王子アレス! ここまで見事な戦いっぷりで4戦全勝! その強さは本物! 神々の頂点に最も近い悪魔が、今、誕生するのか!』
実況の声が高らかに響き渡る。割れんばかりの歓声の中、アレスが闘技場へと入場する。その姿には、これまでの戦いを経て得た自信と、神になるという強い決意がみなぎっていた。
「こらぁ悪魔! 調子乗ってんじゃないわよ!」
観客席から、ひときわ大きな声が飛ぶ。見れば、真宮寺彩音が身を乗り出してアレスを煽っていた。
「なんだと! 人間!」
アレスも負けじと応える。
「アンタなんか、ゆうにかかったら秒殺なんだから! ベー!」
彩音は舌を出して挑発する。
「貴様ぁ! おれはどんな強い奴が来たって絶対に勝つ!!」
アレスは拳を握りしめ、闘志を燃やす。
『さぁー! 対するのはこちらはシード枠での初出場!! ……えーと……かみなし……神……無し神社……』
実況が対戦相手を紹介しようとして、その名前に戸惑う。観客席もざわつき始めた。「神がいない神社?」「聞いたことないな」「シードだからなにかあるんだろ?」など、疑問の声が飛び交う。
『し……失礼いたしました! シード枠での初出場!! 神無神社所属! 青空ゆうーー!!!』
実況が仕切り直して叫ぶ。すると、闘技場の柱の陰から、青空ゆうがひょこっと顔を出した。
「ははは……」
乾いた愛想笑いを浮かべながら、ゆうは恐る恐る闘技場の真ん中へと向かう。
「ゆうー! バシッとやってやりなさぁい!」
彩音が檄を飛ばす。その声援に応えようとしたのか、ゆうはドタッ、バタン! と盛大に顔面から転倒した。
会場がどよめく。
『おおーっと青空ゆう……倒れました! だっ大丈夫か??』
実況も心配そうだ。
「フンッ。なんだこの人間。コイツが戦えるのか?」
アレスは呆れたように呟いた。
「はは……」
ゆうは顔を押さえながら起き上がる。
「何してんのゆう! しっかり歩きなさい!」
彩音が客席から身を乗り出し、落ちそうになっている。ミューミュが慌てて抱きかかえるが、彩音はミューミュの顔を押しのけながら叫んだ。
「Kのフィギュアよ! ゆう! わかってる!」
彩音は懐から取り出した人気バレーボール漫画『QQ』の月田Kのフィギュアを高く掲げた。限定版覚醒シーンエディションだ。
「わ・・わかってるわよ! ちょっと緊張してるだけよ。もう、恥ずかしいからやめてよ!」
ゆうは顔を真っ赤にして服の埃を払いながら抗議する。
VIP席では、テオスがゼウスに訝しげに尋ねていた。
「おい。彼女は大丈夫なのか?」
「さぁ。シード枠の出場だから大丈夫だろう……と思うけど」
ゼウスも成り行きが不安なようだ。
「神無神社ってしっているかい?」ゼウスが空士に問う。
「い、、いえ神無っていうぐらいですから神がいない神社……なんでしょうか……ゼウス様もご存じないんですか?」空士も知らないようだ。
「いや、ぼくもはじめて聞いた。日本には空士の事もあってよく行くが……青空ゆう……いったい何の神なんだ? アレスは殺してしまわないかな?」ゼウスはゆうの身を案じる。
「それは大丈夫だろ。この闘技場はオリジンの力で相手を殺すことはできないはずだろ」テオスが当然のように答える。
「いや。実力差がありすぎる場合、殺してしまう事もありうるよ。それに、アレスは……」ゼウスの脳裏に、魔界でのアレスの暴走がよぎった。
闘技場の中央で、アレスとゆうが相対する。
『さぁー両者闘技場の中央で相対しました! ルールをあらためて説明いたします! 武器・神具・魔法・召喚術などあらゆる技の使用が可能です。戦意喪失・立ち上がることが出来ない・試合続行不可能とみなされた場合負けとなります。相手を殺してしまった場合は失格になります。ですがご安心ください! この闘技場はオリジンの加護により護らており死ぬことはありません! 思う存分戦うことができるのでーす!!』
(コイツを倒して優勝する)アレスは真剣な顔で相手を見据える。
(殺されることはないっていっても痛いのはいっしょなんでしょ???)ゆうの心は穏やかではない。
『・・・・・それでは・・・・・闘技開始!!!』
開始の合図が響き渡る。
「ゆうー! 練習の通りにやりなさい!」
彩音の声が飛ぶ。
「わかってるって! もうっ!」
ゆうが、やや投げやりに右手を振り上げる。その瞬間、アレスは踏み込もうとして、異変に気づいた。
「な、、、なんだ、、、お、おかしいぞ」
自分の指先を見ると、まるで火傷したかのように黒ずんでいる。
「指先が⁉」
あれは動かないんじゃない……動けない?VIP席のゼウスが呟く。「テオスほら、アレスが少しづつ後退しているよ!」
「なに?」テオスもアレスの異変に気づく。
(こ、、、これは、、、、浄化?? コイツは全身から浄化の力を発している??)
アレスは驚愕の表情でゆうを睨みつけた。悪魔の肉体を構成する魔澱が、近づくだけで浄化されていく。しかも、相手は何もしていない。無意識に、これほどの浄化エネルギーを放出しているというのか。アレスの指先だけでなく、顔や腕など露出している部分が、まるで焼けただれるように変質していく。
(間違いない! 青空ゆうは浄化のエネルギーを発している!)
アレスは魔力を目に集中させる魔眼、『魔視』を発動する。ゆうの体から、巨大な浄化エネルギーの塊が立ち上っているのが見えた。
「神具!」
ゆうが腕を振り下ろすと、その言葉と共に、空中に鍵盤が出現した。
アレスは咄嗟に飛びのく。(あれは神具か⁉)着地と同時に黒魔刀を抜き放ち、魔力を込める。
(鍵盤型の神具?)ゼウスが驚く。
「この程度の浄化! 黒極斬!」
アレスは叫びながら飛び掛かり、黒魔刀を横一閃に振るう。凄まじい勢いで放たれた魔力の斬撃が、ゆうへと襲い掛かった。
「セブンスコード・リフレクティブ!」
ゆうが鍵盤を叩きながら叫ぶと、彼女の眼前に、浄化のエネルギーが結晶化した六角形の光の障壁がいくつも連なって出現した。
(浄化を結晶化させた??)ゼウスとテオスが息をのむ。
ガゴォォォォォン!!
アレスの斬撃は障壁に当たって弾け飛び、そのままゆうの後ろにあった闘技場の壁に直撃し、轟音と共に破壊された。土煙が舞い上がる。
『おおっとアレスのすさまじい攻撃!! 青空ゆうは無事なのか!!』実況が叫ぶ。
土煙が晴れると、そこには無傷のゆうと、一文字に破壊された壁が現れた。ゆうはなぜか目を固くつむって固まっている。アレスは障壁を黒魔刀で両断しようとするが、びくともしない。
「く……黒極斬が効かない……」
(なんだこの魔力は! 今までの神々と明らかに違う……)障壁から伝わる強大な浄化の力に、アレスは耐えきれず飛びのいた。
「こらぁゆう!! 危ないじゃないの!! しっかり防ぎなさいよ!!」
彩音がゆうを叱咤する。
「だってー、はじめてなんだからしょうがないでしょ!!」
ゆうは抗議の声を上げる。そして、アレスの方を睨みつけた。
「いきなり危ないじゃない! 怪我したらどうするのよ! もうっ!」
「お前、戦う気があるのか⁉」
アレスが問う。
「あるわけないでしょッ!」
ゆうは少しキレ気味に返す。
「なにっ! じゃあなぜ戦っている!?」
「K様フィギュアがほしいから……」
ゆうがぶつぶつと呟く。
「はぁ!?」
「K様フィギュアが欲しいから!!!」
ゆうは今度は大声で叫んだ。
「なんで私が悪魔と戦わないといけないのっ! 相手は神様だって言ってたじゃない!! だから安全だって! もーーー!」
ゆうは彩音の方を睨みつける。彩音はひゅーひゅーと下手な口笛を吹いて誤魔化している。
(絶対騙されてる!!! わたし!!)ゆうは確信する。(うぅーーでも限定Kさまのフィギュアーーー、ほしいぃぃぃぃーーーー)
(Kさま?……こいつ。何を考えている!?)アレスは理解不能な相手に苛立ち、自身の右手が大きく損傷していることに気づく。(気に入らねぇ……)
「黒極斬連刃!!」
アレスは素早い剣さばきで、次々と斬撃を繰り出す。無数の黒い刃がゆうへと殺到した。
「まてアレス!」VIP席のゼウスが叫ぶ。
「まずい! あの斬撃を受けたら観客席を巻き込んじゃうよ!! テオス! 客席の新人の神たちを護ってくれ!」
ゼウスが叫ぶよりも早く、テオスが飛び出していた。
「セイクリッド・ウォール!(神聖結界)」
テオスが客席全体を覆うように巨大な結界を展開する。
(攻撃が広範囲すぎる! セイクリッド・ウォールだけでは防ぎきれない!)ゼウスも続いて飛び出し、神技を発動する。
「ディスパーション・シールド!!(分散結界)」
神聖結界の外側に、衝撃を分散させる小規模な結界を無数に展開した。
闘技場のゆうは、迫りくる斬撃の嵐に叫んだ。
「もー! 危ないって言ってるでしょ!! セブンスコード・リフレクティブ!!」
先ほどよりも力を込めて鍵盤を叩く。重厚な和音が闘技場に鳴り響くと共に、六角形のシールドが瞬時に数を増やし、闘技場全体を縦断するように広がった。ゆうの後方すべてが、光り輝く結界で覆われる。
「なに⁉」
アレス、ゼウス、テオスが目を疑う。
(な……なんだ? この広範囲の結界は‼)ゼウスは驚愕した。
ズガガガガガ‼
アレスが放った無数の斬撃は、巨大なセブンスコード・リフレクティブによって、ことごとく粉砕された。
「くっ……この人間……いや、青空ゆう!……黒極斬連刃をすべて防いだだと……」
一撃も通じなかった事実に、アレスは驚きを隠せない。
『おおおっとアレスの放った猛攻をとてつもない巨大シールドによってすべて粉砕したーーーー!!!』実況が興奮して叫ぶ。
(な……なんだこの巨大な結界は……)テオスも眼前に広がる光景に圧倒される。
「見たか! 悪魔!! これが神無神社の実力だ!!」
彩音が身を乗り出して挑発する。
(あの鍵盤型の神具で音を介して神技を実行させる? アルフェウスのリュラ、パーンのシリンクスのようなものってこと?)ゼウスはギリシャ神話の神具を連想していた。
「ゆう! 今度はこっちの攻撃の番よ!! 悪魔に絶望を味合わせてやりなさいっ!!」
彩音が、それこそ悪魔のような悪い顔で叫んだ。
「もう! 絶望とか私そんな悪趣味じゃないわよ!!」ゆうは反論する。(でも、さっさと終わらせてもう帰りたい!)そう思いながら、ゆうは鍵盤を弾く構えを取った。
「奏弾ブラスタット!」
ゆうが叫び、鍵盤を激しく弾く。直後、ゆうから発せられる浄化のエネルギーが爆発的に拡大した。
ズンッ!
重い音が地響きと共に会場に響き渡る。
(な、なんだこの巨大なエネルギーは⁉)テオスが何かを感じて警戒する。
バリッ!
直後、ゆうの周囲数メートルが、眩い光を放つ針状結晶で覆われた。
「こっこれは⁉」ゼウスが驚く。「あ・・あの光は? もしかして浄化のエネルギーなのか??」
(浄化のエネルギー⁉ 結晶化するほどのエネルギーという事か⁉)テオスは目を疑う。(そ、そんなこと超高純度なエネルギーでなければ不可能だ……我々現役の神々でさえ……ましてや無名の新人の神が……)
「はっ、アレス!」ゼウスがアレスを注視する。アレスは咄嗟に防御結界を展開していたが、その結界を透過して浄化の力が彼を苛んでいた。ジュウウウウウ。全身の浄化が急速に進んでいる。
「いくわよ!」
ゆうが鍵盤を弾く。
「フォルテッシモ!!」
針状結晶が全方位に一瞬で拡散し、次の瞬間、角度を変えてアレスへと向かい、超高速で収束していく。
「いけえぇぇぇぇ!」
彩音が力強く叫んだ。
「おれは負けない!」
アレスも叫び、残された魔力を最大化する。彼の全身から黒いオーラが噴き出し、顔や腕に禍々しい文様が浮かび上がった。
ズダダダダダダダ!
アレスの体を、無数の光の結晶が貫いた。彼の体に、いくつもの大きな穴が開く。
「アッアレス!・・・・」
ゼウスがおもわず叫んだ。
(オ・・・オレはここで死ぬのか? こ・・・こんな……何もなしていない……オレは……何もなし遂げていない……)
アレスは苦悶の表情を浮かべた。
(へ・・・やだなに……死んじゃうの??)
ゆうは、自分の攻撃が予想以上の効果を発揮したことに戸惑っていた。
その時、アレスの脳裏に過去の記憶が鮮明に蘇った――
――アレスの回想――
魔界の下町。活気はあるが、王宮とは違う、少し埃っぽい匂いがする場所。アレスがお忍びでよく訪れた、気のおけない友人たちが住む一角。その広場で、彼はいつものように子供たちに囲まれていた。
「ねぇーアレスー、魔王になったらもう来てくれないの?」
アレスの膝の上にちょこんと座り、少し不安そうな顔で尋ねるのは、リリエル。まだ幼さが残る、愛らしい魔族の女の子だ。アレスは彼女の頭をくしゃりと撫でた。
「なんでだよ。魔王になったって会いに来るに決まってるだろ!」
当然のように、アレスは笑い飛ばす。その言葉に、近くにいたリリエルの兄、ダンティスが苦笑しながら口を挟んだ。
「リリエルは水鏡の儀式が終わったらもう、あえないんじゃないかと心配しているんだぜ」
「なっ、言ったろ? アレスは魔王になったっておれたちの事忘れたりしないさ」
ダンティスはアレスを信頼していたが、リリエルの不安も理解していた。魔王となれば、気軽に下町を訪れることなどできなくなるかもしれないのだから。
「約束よ! アレス」
リリエルはアレスの服の袖を掴み、小さな口をとがらせて念を押す。その必死な様子が可愛らしくて、アレスは思わず笑みがこぼれた。
「あったりまえだ! オレはお前たちと育ったんだ! 父上に止められたって会いに来るさ!」
彼は力強く宣言する。この場所が、この友人たちが、彼にとっては王宮よりも大切な、心の拠り所だった。
「そうだ!」
アレスは何かを思いつき、自分の腕につけていた装飾的な腕輪を外した。
「リリエル、この腕輪をあげるよ」
「え⁉ ありがとう!」
思いがけない贈り物に、リリエルの顔がぱっと輝く。
「これはデスティナっていう魔装具なんだ。ほら、片方オレの腕についているだろ?」
アレスは自分の左腕に残った対の腕輪を示す。
「リリエルがそれに願えば、こっちが反応する! これがあれば、いつでも繋がっていられる」
アレスはリリエルの細い腕を取り、デスティナを着けてやった。すると、腕輪はひとりでにサイズを変え、彼女の腕にぴったりと収まった。
「うわっ、くっついた!」
リリエルは驚き、そして嬉しそうに腕輪を撫でる。
「良かったじゃないか! リリエル! もうすぐある八祀り(やつまつり)の儀式の舞にピッタリじゃないか!」
ダンティスが笑顔で言う。
「へへへ」
リリエルははにかみながら、何度も腕輪を眺めている。
「そうか。リリエルはもう8歳か。大人になる儀式だな。うん、それ、すごく似合ってるぞ!」
アレスは感慨深げにリリエルを褒めた。彼女の成長が眩しく、そして少し寂しくもあった。
「ありがとう! アレス! 私、八祀りの儀式が終わったらもう大人よ! アレスのところにお嫁に行く!」
リリエルはそう言うと、アレスの首元に勢いよく抱きつき、柔らかい頬にキスをした。
「お、おい、やめてくれ、くすぐったい」
アレスは照れて赤くなりながら、リリエルを引きはがそうとする。
「やーよ!」
リリエルはきゃっきゃと笑いながら、さらにしつこく抱きついてくる。その様子を見て、ダンティスがこらえきれずに笑い出した。
「ははははは!」
つられて、周りで見ていた大人たちも、微笑ましい光景に温かい笑い声をあげる。遠くからは、「おおーい」と他の魔族の子供たちが駆け寄ってくる。アレスを中心にした、暖かく、穏やかで、輝かしい時間。リリエルが「かあさま、かあさまー」と母親らしき女性の元へ駆け寄り、腕輪を自慢しに行く後姿を、アレスは優しい目で見送っていた。
――水鏡の儀式、そして奈落へ――
魔王城、王座の間。厳かで、しかし冷たい空気が漂う。歴代魔王の肖像画が見下ろす中、魔界の重鎮たちが居並び、アレスは次期魔王の資格を問う「水鏡の儀式」に臨んでいた。誰もがアレスの即位を疑っていなかった。彼自身も。
だが、神聖な水鏡が映し出したのは、アレスの輝かしい未来ではなかった。
『このもの、魔王にあらず。魔界を統べる資格、なし』
厳粛な声が、静まり返った王座の間に響き渡った。予言は絶対。その言葉は、アレスの未来を、彼の存在意義そのものを否定するものだった。
(……なんだ……? いま……なんと言った……?)
アレスは耳を疑った。周囲の家臣たちが動揺し、ざわめきが広がるのが分かった。視線が突き刺さる。期待が失望に変わる瞬間。彼の頭の中で、何かがプツリと切れた。
(おれが……魔王じゃない……だと……?)
抑えきれない怒りが、マグマのように腹の底から湧き上がってきた。体が熱い。意識が遠のく。
(違う……おれは……おれは魔王に……)
何かが暴走した。気づいた時には、目の前には破壊された王座の間が広がっていた。床には夥しい血の海。そして、かつて忠誠を誓ってくれた家臣たちが、無残な骸となって転がっていた。彼らの怯えたような最後の表情が、脳裏に焼き付く。
次に意識が戻った時、アレスは王族専用の離宮に幽閉されていた。高い壁、厳重な監視。それは、彼を守るためではなく、彼から世界を守るための檻だった。
(おれは……魔王になれなかった……それどころか……同胞を……)
絶望が、アレスの心を支配した。
(そしておれは! おれは!……リリエルを……)
脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。自身の開かれた拳。そこにこびりついた、生々しい血の感触。そして、リリエルの白い……八祀りの儀式の……衣装……。
――離宮の森、最後の邂逅――
離宮での幽閉生活は、静かだった。だがそれは、心を蝕む静寂だった。そんなある夜のこと。
「おい! リリエル、まて! お前、八祀りの衣装なんだから目立つんだ! 監視に見つかったらどうする!」
森の中から、ダンティスの焦った声が聞こえた。それに答えるように、リリエルの懸命な声が続く。
「アレス、まってて! わたし、八祀りの儀式でちゃんと舞えたの! もう大人よ! だから大丈夫。アレス、まってて! 私が助けてあげる!」
白い八祀りの衣装を纏ったリリエルが、数人の子供たちと共に、アレスのいる離宮を目指して森の中を走っていた。彼らは、アレスが離宮にいるという僅かな情報を頼りに、危険を顧みず会いに来てくれたのだ。
「おい! ダンティス、本当にアレスは離宮にいるのか?」
「いるさ! 夜回りのディレクが見たっていうんだ!」
「でもさ。アレスは家臣を……」
「アレスがそんなことするはずないだろっ!!」ダンティスは噂を信じようとしなかった。「アレスは魔王になるんだ! あいつはずっと努力してきたし、強いし……優しいんだ!! みんな見てきたろ!」
「だ……だけど……うちの親父も言ってたぜ。魔王の資格が無いことに怒り狂ったらしいぞ、って……」
大人たちの間で囁かれる噂。ダンティスはそれを振り払うように、ひたすら走る。(嘘だ! アレスがそんなことするなんて! 絶対に嘘だ!)
その時、アレスの腕につけられたデスティナが、淡い光を発した。
(デスティナが……リリエル! 近い!)
アレスは弾かれたように窓辺に走り寄った。
「もうすぐ! もうすぐよ!」
息を切らして走るリリエルの腕で、対となるデスティナもまた、呼応するように光っている。バッ! 森を抜け、離宮が見渡せる丘に走り出たリリエル。アレスはすぐに彼女に気づいた。
「リリエル!」
窓からアレスが叫ぶ。
「アレス!!」
リリエルもすぐにアレスを見つけ、満面の笑みで叫び返した。アレスは、彼女が儀式用の白い衣装を着ていることに気づく。ダンティスも追いつき、アレスを見上げて声を上げた。
「アレス!」
「みんな……」
アレスは複雑な表情を浮かべる。会えた喜びと、合わせる顔がないという罪悪感。
「アレス! わたし、八祀りの儀式を終えたのよー! きれいに舞えたの!」
リリエルはデスティナの腕輪をかざしながら、無邪気に報告する。
「バカっ、声がデカいつーの!」
ダンティスが慌てて咎める。
「ははは。似合ってるぞ! その衣装もデスティナも。リリエルじゃないみたいだ!」
アレスは努めて明るく軽口をたたく。
「リリエルがどうしてもアレスに衣装を見せたいって……聞かなくてさ……」
ダンティスは口ごもりながら、意を決したように尋ねた。
「おっおれ……街で噂を聞いたんだ……その……魔王の資格が無いってのは……」
アレスは目を伏せた。
「……本当だ……」
「……そ……そうなのか……」ダンティスは戸惑う。「じゃ……じゃあ家臣を……」
アレスは沈黙した。その沈黙が、肯定を意味していた。
「そっ、そうだよな! お前がそんなこと……」ダンティスが言いかけたのを遮り、アレスは呟いた。
「……それも本当だ……」
「そ……そんな……」
ダンティスは信じられないという顔で絶句した。
「アレス! こっちを見て!」
リリエルが、そんな重い空気も気にせず、大きく手を広げて呼びかける。
「わたし、大人になったの! もう結婚だって出来るのよ! わたし待ってる! アレスがみんなにゆるしてもらってそこから出て、またわたし達に会いに来てくれるの、待ってる! ね! アレス!」
リリエルの純粋な言葉が、アレスの心を締め付ける。涙がこみ上げてくるのを必死でこらえた。
「約束したでしょ! アレス!」
リリエルが返事を待っている。まっすぐな瞳で、アレスを見つめている。だが、アレスは……。
「…………ごめん……リリエル……オレの事は、忘れてくれ……」
振り絞るように、アレスは答えた。それが、彼にできる唯一のことだった。
「いやよ! わすれないよっ! アレス! ずっとずっとまってるのわたしっ!! わたしに会いに来てっ! アレス!!」
リリエルは必死に訴える。その声が、アレスの心を引き裂く。
カッカッ……。その時、アレスのいる部屋の外から、複数の足音が近づいてきた。
「どうやら次期魔王はネロス様に決まりだそうだぜ」
「そりゃそうだろ。アレス様は資格がないんだから……双子の弟のネロス様には資格があったらしいぜ……」
わざと聞こえよがしに話す兵士たちの声。監視の兵がそれを咎める声も聞こえる。
(ネロスが魔王に……資格があった?……オレにはない資格が……あった……)
その言葉が、アレスの中で最後の引き金を引いた。ドクン……ドクン……と、心臓が嫌な音を立てて大きく脈打ち始める。
「ぐおおお……」
アレスはうめき声を上げた。(こ……この感じ……水鏡の儀式の……あの時と同じだ!)自分の中で、再び何かが暴走を始めていることに気づく。
「リリエル!!! 逃げろ!!!」
アレスは最後の理性を振り絞り、窓の外に向かって叫んだ。
「どうしたの! アレス!」
リリエルの不安そうな声。
グゴゴゴゴゴゴ!
アレスの体が、不気味な音を立てて変化していく。
(意識が……逃げろ……リリ……エ……)
声にならない叫び。
ゴアアアアアアア!!!
アレスは巨大な、禍々しい姿へと変貌し、雄叫びを上げながら離宮の壁を破壊した。
「アレス……」
丘の上から、変わり果てたアレスの姿を、リリエルとダンティスが驚愕の表情で見上げていた。他の子供たちは、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「アレス様が暴れだした! 近衛兵を呼べ!」
城内が混乱に陥る。黒いオーラをまとった巨大な悪の化身となったアレスは、理性を失い、ただ破壊の本能のままに巨大な拳を振り下ろした。
ズガアアアアアン!
離宮の一部が、轟音と共に崩れ落ちる。
「うあっ!」
ダンティスは咄嗟にリリエルを抱きかかえて飛びのいたが、崩れてきた岩に打たれ、呻き声を上げる。
「うっ!」
衝撃で放り出されたリリエル。暴走したアレスは、その小さな姿を見つけると、巨大な手で無造作に掴み上げた。
「リリエル!」
ダンティスが叫ぶ。
アレスは掴んだリリエルを意にも介さず、王宮の外へ出ようとする。そこへ、駆けつけた近衛兵団がアレスを取り囲んだ。
「魔狂衝を防ぐ! 結界陣を張れ!」
団長の号令と共に、近衛兵団が持つ三叉の槍から光の結界が放たれ、アレスを捉える。
「アレス!! だめ! あばれちゃだめ!」
掴まれたリリエルが、苦しそうにアレスに呼びかける!
「魔狂終結!!」
団長が叫び、結界にさらに強力な魔力が注ぎ込まれる。
グゥオオオオオオオオ!!
アレスは、結界の圧力に苦しみの咆哮を上げた。
「アレス……くるし……い……」
リリエルの声が、途切れる。
グチャ。
アレスの手の中で、何かが潰れる鈍い音がした。
「リリエルー!!!」
ダンティスの、魂からの絶叫が響き渡った。
その叫びが届いたのか、アレスは結界を力任せに振り払い、吹き飛ばした近衛兵団と共に、動きを止めた。
(リリエル……)
アレスの意識が、ゆっくりと戻ってくる。彼は恐る恐る、自身の手を開いた。そこには……血に染まった八祀りの白い衣装の切れ端と、あのデスティナの腕輪だけが残されていた。
ひぃ……。アレスの視線の先、崩れた瓦礫の前で、ダンティスが呆然と座り込んでいる。その足元には……リリエルの小さな頭部が転がっていた。ダンティスは、絶望と恐怖と憎しみの入り混じった目で、アレスを見上げていた。
「うぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」
アレスの絶叫が、破壊された離宮に、そして魔界の空に、虚しく響き渡った―ー
闘技場の床に穿たれたクレーターの中心で、アレスの肉体は原型を留めていなかった。光の結晶槍に貫かれ、焼け焦げ、もはや「死体」と呼ぶのすら躊躇われるほどに破壊し尽くされていた。勝負は決した――誰もがそう思った瞬間だった。
「……オレは……」
千切れかけた肉片の中から、か細い、しかし確かな声が漏れた。次の瞬間、異変が起こる。
ズズ……ズ……。
アレスだった「モノ」から、濃密な黒いオーラが陽炎のように立ち上り始めた。それは単なる魔力の発露ではない。もっと根源的で、冒涜的な、存在そのものを捻じ曲げるかのような異常な気配を纏っていた。
「オレは…………」
オーラは急速に濃度を増し、渦を巻く。
シュオオオオオオオオ!
渦の中心で、破壊されたはずの肉体が、ありえない速度で形を取り戻し始めた。焼け焦げた皮膚が剥がれ落ち、その下から新しい皮膚が現れるのではない。骨が軋み、肉が盛り上がり、血管が脈打つ――まるで粘土をこねるように、あるいは悪夢的な早回し映像のように、彼の「体」が再構築されていく。見る者すべてに生理的な嫌悪感を抱かせる、冒涜的な再生。
「……神になる……」
開いた傷口は、肉が蠢きながら塞がっていく。失われたはずの手足が、黒いオーラの中からぬるりと生え出してくる。
「オレは……新世界を……創造する……」
『こっ、これはどういうことだ! 貫かれたアレス選手の傷口が…肉体が! まるで時間を巻き戻すかのように再生していきます!! これが悪魔の力! 不死の力なのか!!』
実況が、恐怖と興奮の入り混じった声で叫ぶ。
そして、ドン! という地響きにも似た音と共に、アレスは完全に立ち上がった。再生は完了した。しかし、それは以前のアレスではなかった。肌には黒曜石のような光沢を帯びた禍々しい文様が走り、瞳は爛々と赤く輝き、全身からは絶えず黒いオーラが噴き出している。それは、より強く、より歪で、より「悪魔」としての本質に近づいた姿だった。
「なにアレ? 元に戻ったっていうか……もっと強そうになってるじゃない!」
青空ゆうは、目の前の異常な光景に戸惑いを隠せない。(でも……殺さなくてよかった。私の技が、あんなに効くとは思わなかったわ……)彼女は内心で安堵していたが、その安堵はすぐに別の感情に取って代わられようとしていた。
VIP席では、テオスが苦々しげに説明していた。
「高位の悪魔は肉体が破壊されても魂が無事なら復活する。アレスは王族。魔澱が浄化されない限り、魔力で体は何度でも再生する……奴の核を完全に破壊しない限り、本当の意味では倒せん」
その説明を、すぐ近くの客席で聞いていた真宮寺彩音は、ニヤリと口角を上げた。(魔澱が浄化されない限り悪魔は復活する……か。いいこと聞いたわ)
闘技場のアレスは、新たな体を見下ろし、そして目の前の少女を睨みつけた。
「人間……いや、青空ゆう……お前は強い。いままでの神々とは次元が違う。だが! おれは負けない……お前を倒して、おれは神になる!!!」
アレスは宣言する。(さっきの再生で魔力は底をつきかけている……黒魔刀を維持するのがやっとだ……だが、この一撃で!!!)
彼は黒魔刀を構え、残された全魔力を注ぎ込む。刀身が禍々しく輝く。
「黒極斬連刃!!」
渾身の力を込めて、アレスは最後となるであろう技を放った。無数の黒い斬撃が、空間を引き裂きながらゆうへと殺到する。
「うわっ、また来た!」
「セブンスコード・リフレクティブ!」
ゆうは即座に反応し、再び巨大な光のシールドを展開する。
ズガガガガガ!
斬撃の奔流がシールドに激突し、火花を散らしながら弾け飛ぶ。
「ゆう! あなたの攻撃は効いてるわ! 本気を出しなさい!! あの悪魔を焼き尽くすのよ!!」
客席から彩音が檄を飛ばす。
「そんなこと言ったって、私だって本気よ!」
ゆうが思わず彩音の方を振り返った、まさにその瞬間だった。
「限定版K様!! が見てるわよ!!」
彩音が高々と掲げた、あのK様フィギュア。アレスが放った斬撃の一つが、まるで意思を持ったかのように軌道を変え、シールドの外側を回り込み――
フィン!
――鋭い音と共に、彩音の手の中のフィギュアを正確に一刀両断した。
「あ!」
「みゅっ!」
彩音、ゆう、ミューミュの短い悲鳴が重なる。床に落ち、無残に割れるフィギュアのパーツ。
斬撃は勢いを失わず、そのままゆうの背後から襲い掛かった。
「きゃああああああ!」
ズガアアン!
斬撃はゆうの体表面で爆ぜ、後方の地面を抉ったが、ゆう自身は、やはり無傷だった。シールドは衝撃で消え去っていた。
アレスはふらつきながらも、拳をぐっと握りしめた。(巨大なシールドならその外から回り込ませればいい。今度こそ直接当たったはず……!)手応えを感じたアレスだったが、彼の武器であった黒魔刀は、魔力切れで霧のように消え去った。
(そうか! 直線的な斬撃をおとりにシールドの外から斬撃をまげて当てたのか!)ゼウスはアレスの機転に感心していた。
しかし、その攻撃も、ゆうには通じていなかった。
「なにっ⁉ 効いていないのか⁉」
アレスは愕然とする。もはや魔力も武器もない。万策尽きた。
「くそぉ!!! 効かないのなら、直接ひねりつぶす!!」
アレスは悪魔としての膂力を頼りに、最後の抵抗とばかりにゆうに向かって駆け出した。
その時。
「…………あんた……」
ゆうが、地を這うような低い声で呟いた。その声質は、さっきまでとは明らかに異なっていた。空気が、凍る。
(やばっ!)
(みゅっ!)
客席の彩音とミューミュに、経験したことのない強烈な悪寒が走った。
闘技場のゆうの周囲で、空気が軋むような音が聞こえ始めた。
びき……びきびき……。
まるで、張り詰めていた何かが、限界を超えて断ち切れる音。
アレスが、ゆうまであと3メートルという距離まで迫った。
「アンタ!!!!」
瞬間、ゆうの口から放たれたのは、ただの怒声ではなかった。それは物理的な衝撃波を伴い、闘技場全体、いや、辺境のはざまの空間そのものを震わせた。
ドン!!!
ゆうを中心にして半径10メートルの空気が爆ぜ、地面が放射状にひび割れる。
(なっなんだこれはっ!)VIP席のゼウスが、その異常なプレッシャーに目を見張る。
(こ、これは威圧だ!! 神格が放つ純粋なプレッシャー! 青空ゆうが、すさまじい威圧を発している!!)テオスが衝撃の正体に気づき、戦慄する。
「くっ………な……なんだ……体が……重い……」
飛び掛かろうとしていたアレスの動きが、まるで粘性の高い液体の中を進むかのように鈍くなる。金縛りにあったかのように、手足が思うように動かない。
客席の神々も、その異常な威圧の影響から逃れられなかった。「おいどうした」「圧力を感じるぞ」「体が…動かせん!」「こ、こんなことはじめてだ!」弱い神々は気を失い、屈強な神々でさえ、その場に縫い付けられたように身動きが取れなくなっていた。
闘技場のゆうは、怒気と殺気を隠そうともせず、静かにアレスを睨みつけていた。彼女を中心に、闘技場の土くれや小石が渦を巻きながら舞い上がり、まるで小さな竜巻のようだ。
「……限定版の……意味……知ってる?…………」
その問いは、氷のように冷たく、アレスの鼓膜を打った。
「ふっ…ふざけるな!!! おれは…お前を倒す……んだ…!」
アレスは残された力を振り絞り、一歩、また一歩と威圧に抗いながらゆうに近づく。だが、近づけば近づくほど、ゆうから放たれる無意識の浄化オーラによって、彼の体はジュウジュウと音を立てて焼けただれていく。
(やっやばい!!! ミューミュ! 隠れて!!)彩音はミューミュの頭を押さえ、客席の椅子の下にうずくまる。
(みゅっみゅっみゅっ、ガクガクブルブル……)ミューミュは顔面蒼白になり、滝のような汗を流しながら、ただ震えることしかできなかった。
ゆうは、目の前まで来たアレスを、感情の抜け落ちた、しかし底なしの怒りを湛えた瞳でとらえた。
「限定版の意味しっているかって……聞いてるの…………」
その瞳は、もはや「神」のそれではなく、もっと根源的で、抗いがたい「何か」の目だった。
「神に……なる…んだ……」
アレスは最後の力を振り絞り、焼けただれ、炭化しかけた右腕を突き出した。指先はボロボロと崩れ落ちていく。それでも彼は、諦めなかった。
「おれは…………新世界を……リリエルを……」
ガッ!
ついに、アレスの右手が、ゆうの首を掴んだ。
グアッ!
瞬間、ゆうの体から、制御されていた浄化のエネルギーが、純粋な破壊衝動となって奔流のように吹き出した!
「もう二度と手に入らないってことよぉぉぉぉぉ!!!!!」
ゆうの絶叫は、もはや悲鳴に近かった。浄化のエネルギーが、アレスの体を内側から爆散させる! アレスは、闘技場の床ごと、巨大な力で吹き飛ばされた。ゆうの首を掴んでいたはずの右手は、肘から先が跡形もなく消し飛んでいた。
「ぐあっ!」
アレスは地面に激しく叩きつけられ、動かなくなった。
「わたしが……」
ゆうが、静かにアレスに一歩近づく。ドン! 彼女が踏みしめた闘技場の床が、蜘蛛の巣状に砕け、低い音を立てて陥没した。アレスは左半身が炭化しながらも、必死で体を起こし、本能的な恐怖から後ずさろうとする。
「わたしが…………」
起き上がろうとするアレス。ゆうはさらに一歩近づく。ドン! 再び床が陥没し、アレスは衝撃で激しく叩きつけられる。
シュウウウウウウウウ!
ゆうの周囲の空間が、異常なほど高純度の浄化エネルギーで満たされ、空気中の塵すらも核として、小石ほどの光の結晶が瞬く間に無数に生成される。それらは見る見るうちに大きくなり、互いに結合し、ゆうの周囲を巨大な竜巻のように取り巻きながら上昇していく。そして、はるか上空で、翼を広げた光り輝くドラゴンのような形を成した。それは、神々しさよりも、むしろ畏怖を抱かせる異様な光景だった。
「いっ……息が……できない……」
アレスは床に這いつくばり、もはや指一本動かすことすらできない。浄化エネルギーの圧力が、彼の存在そのものを押し潰そうとしていた。
「あ……青空……ゆう……」
アレスは、最後の力を振り絞り、片手で起き上がろうとしながら、問いかけた。
ゆうは、足を止めた。
「お……お前は……つよい……お前は……なぜ神になった……なぜ……神々の頂点をめざす……」
その問いに、ゆうは、先ほどの怒りが嘘のように、少し冷静さを取り戻した声で答えた。
「頂点なんか目指してないわ」
「目指してない⁉」
アレスは衝撃を受ける。
「生まれつき不思議な力はあったけど、3か月前に神様として祀られただけ」
ゆうは、心底不思議そうに答える。
「生まれつき……」
アレスは、大きく目を見開いてゆうを見た。
「わたしは神様になんかなりたくない。好きなものに囲まれて、好きなことして、平穏に暮らしたいだけ」
ゆうは、それが世界の真理であるかのように、当然のこととして言った。
「平穏に……くらしたい……だけ?」
その言葉が、アレスの中で決定的な何かを破壊した。彼が渇望し、手を血に染めてまで求め、それでも得られなかったもの。強さ、地位、仲間、そして平穏。それは神になること、それを目の前の少女は「欲しくない」と言い放ったのだ。
(神様になんかなりたくないって…………)
アレスの顔に、驚きと、悲しみと、そして理解を超えた絶望が浮かぶ。
「お……お・・・おまえは・・・おまえはっ……すべてを持っているっ!!!」
アレスの目から、熱い涙が止めどなくあふれ出した。じわ、と頬を伝う。
「え?」
ゆうは、アレスの突然の涙に驚く。
「強さも! 資格も! 友だちもっ!!!」
アレスは、涙を流しながら、魂の奥底から声を振り絞る。(客席の彩音も、ただ事ではないアレスの様子に気づき、顔をこわばらせる)
「おれが欲しいものをすべて持っている!!!!! おれが……どんなに望んでも……ゆるされない……資格……」
アレスは、震える足で半歩踏み出す。
「どんなに手を伸ばしても……」
震える手を、虚空へと伸ばす。
ぽつ……ぽつ……。空から冷たい雫が落ちてきた。雨だ。まるで、アレスの絶望に呼応するかのように。
(雨?)ゼウスが空を見上げる。
「もう……触れる事すら出来ないのに……」
アレスは、力なく拳を握りしめる。そして、顔を上げ、怨嗟と絶望に満ちた目でゆうを睨みつけた。
「おまえはっっ!!!!!!」
「なっ、なによ?」
ゆうは、アレスのあまりの変貌ぶりに戸惑う。
「おれが欲しいものを! すべてもっているっっ!!!!!」
アレスは絶叫した。ザーッ! 雨が、闘技場を叩きつけるように激しく降り始めた。
「おれが欲しいものをっ!!!」
ドクン!
「がっ!」
アレスの心臓が、異常な音を立てて大きく脈打った。体が、内側から破裂しそうなほどの圧力を感じる。
ドクンッ!!!
(ま…まずい……! こんなところで……!)
ドクンッ!!!!!!!
アレスは、天を仰ぐようにのけぞった。彼の全身から、制御不能な黒いオーラが、奔流となって噴き出した!
ドン!!!!
アレスの体が、骨が軋む音を立てながら、急速に巨大化を始めた。
「へっ?? どうしたの⁉」
ゆうは、目の前で起こっている異常事態におびえる。
「魔狂衝!!」
VIP席から、テオスの切羽詰まった声が響いた。
「魔狂衝?」ゼウスが驚く。
「あれは魔狂衝だ! 魔族のなかでごくまれに誕生する生まれながらの性質! 魔澱が大きすぎる場合、それを肉体や魂がうまく制御することが出来ないんだ! 正気を失い、怒りや憎しみといった負の感情に飲み込まれ、破壊の本能のままに暴走する! 本来は体の成長と共に治まっていくものだが……」
ドン!!!!!!
アレスの体は、もはや元の面影をとどめていなかった。黒いオーラを激しく噴き出しながら、闘技場の天井に届かんばかりの、異形の巨人へと変貌していく。その瞳には、もはや理性のかけらも残っていない。
「これは!! まずい! アレスの場合、魔澱が常軌を逸して大きすぎる! これは単なる暴走ではない! 魔澱そのものが魂を喰らい、暴走しているんだ!」
テオスは焦燥に駆られた声を上げる。(アレスは魔界での暴走は、これが原因だったのか! あの時はまだ、これほどではなかったはず……!)ゼウスは、アレスの悲劇の根源を知る。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
アレスの巨大化は、留まるところを知らない。闘技場の建造物を破壊しながら、その体躯はさらに膨れ上がっていく。
『アレス選手の巨大化が止まりません!! あ、どうも……気分が……』実況が力なく呟き、ドタッとその場に倒れ伏した。観客席からも悲鳴が上がり、特に力の弱い新人の神や関係者たちが、次々と意識を失い始めた。
「新人の神達がアレスの魔澱に元霊を侵されている!!」
テオスが叫ぶ。
「テオス、どういうことだ⁉」
ゼウスが問う。
「アレスの暴走した魔澱から放たれる魔の力が強すぎる! あの邪気に当てられるだけで、力の弱い新人の神たちの元霊は侵され、破壊されてしまうんだ! このままでは、ここにいる新人の神々が死ぬ事になるぞ!」
テオスは焦りながら説明する。
「アレスはもとには戻らないのか?」
ゼウスは、アレスの身を案じるように尋ねた。
「あれは魔狂衝の最終段階だ。魂も完全に魔澱に飲み込まれ、自我を失った、純粋な破壊の化身と化している。もう……二度と元に戻ることはない」
テオスは、苦渋の表情で首を横に振った。
「そうか……」
ゼウスは、静かにうなずいた。
「ゼウス! この魔狂衝は、もはや浄化は不可能だ! これ以上被害が広がる前に、アレスを封印するしかない!!! 手伝ってくれ!!」
テオスはゼウスに向かい、覚悟を決めたように叫んだ。神々の闘技は、最悪の結末を迎えようとしていた。
第八章 :原初の魔法、裁きのフーガ
「ゼウス! この魔狂衝はすでに浄化はできない! アレスを封印するぞ!!! 手伝ってくれ!!」
テオスの悲痛な叫びが、暴走するアレスの咆哮と降りしきる雨音の中でかき消されそうになった、その時だった。
「詳しそうね」
場違いなほど落ち着いた声が、二人の最高神のすぐそばで響いた。ハッと振り返ると、そこには球状の不可視な結界に守られ、足を組んで優雅に座る少女――真宮寺彩音の姿があった。隣ではミューミュが必死の形相で杖を掲げ、結界を維持している。
「君は!」
ゼウスとテオスは、彼女がいつの間にこれほど近くにいたのかと驚愕する。周囲は暴走する悪魔の魔澱によって空間そのものが歪み、並の神では近づくことすら困難なはずなのに。
「このままだと、ここの神々は死ぬの?」
彩音は、目の前で天を衝かんばかりに巨大化し、破壊の限りを尽くすアレスを一瞥しただけで、まるで他人事のように尋ねた。その瞳には、恐怖も焦りも浮かんでいない。
「そっ、そうだ! 力の弱い新人の神たちは耐えることが出来ない! 今、我々が封印しなければ、ここにいる全員が奴の魔力の贄となる! 我々神々でさえも、無事ではすまんかもしれんのだぞ!」
テオスは険しい顔で、事態の深刻さを訴える。
「その魔狂衝、どうすれば倒せるのかしら? 教えてくれる? 最高神様!」
彩音は、まるで教師に質問する生徒のような、しかし有無を言わせぬ妙な圧力を込めて問いかけた。その態度は、敬意というよりは、必要な情報を引き出すための尋問に近い。
「きみ……いったい何者なんだ……?」
テオスは彩音の尋常ならざる雰囲気に戸惑う。
「いそがなければ手遅れになるぞ!! 早く封印の準備を!」
テオスはゼウスを促し、彩音を無視しようとする。だが、彩音は自信に満ちた声で言い放った。
「青空ゆうなら、間に合うわ」
その言葉には、絶対的な確信が込められていた。テオスとゼウスは、思わず彩音を見つめる。この絶望的な状況で、あの、どこか頼りなげな少女が何とかできると、本気で言っているのか?
「……アレスの魔澱ごと、魂を完全に浄化する以外に、あの状態から救う手立てはない。だが、それほどの浄化を行える者など……」
テオスは、不可能だと言外に滲ませながら答えた。
「魔澱て?」
彩音は確認するように問う。
「悪魔の生命力の源だ。神でいう元霊、人間でいう生命力、悪魔はその根源を魔澱と呼ぶ。悪魔の力の、まさに源泉だ」
テオスは簡潔に説明する。
「そう。ご丁寧にありがとう」
彩音はこともなげに礼を言うと、すっと立ち上がった。
「つまり、その魔澱とやらを魂ごとすべて焼き尽くせば、魔狂衝だろうが悪魔だろうが関係なく、完全に消滅させられるってことね」
まるで「1+1=2」とでも言うような、当たり前の顔で彩音は結論づけ、闘技場の方へ歩き出そうとする。
「そ、そうだが……待て、君! 今のアレスを完全に浄化しきるなど、我々最高神クラスの全力をもってしても容易なことではないのだぞ! 下手をすれば、この辺境のはざま一帯が吹き飛びかねん!」
テオスが慌てて呼び止める。
「あなたたちでは、ね」
彩音は肩越しに振り返り、唇の端を吊り上げた。その笑みは、絶対的な自信の表れか、あるいは――。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。わたしは真宮寺彩音。ゆうの、マネージャーよ」
そう言い残し、彩音は再び闘技場へと向き直り、声を張り上げた。その声は、不思議な力でアレスの咆哮や暴風雨にも消されることなく、闘技場の中央に立つ青空ゆうの耳へと真っ直ぐに届いた。
「ゆうーーー!! 聞こえる!? 本当の『本気』を見せなさい! そうしないと、ここにいる神々が、みんな死ぬことになるわ!!」
彩音の顔に、わずかに残念そうな色が浮かぶ。(本当は、もっと華々しい、祝福されるべき舞台で披露させてあげたかったけど……仕方ないわね)
「……本当の……もうっ! 人使い荒いんだから!!」
闘技場の中央、降りしきる雨と、暴走するアレスが放つ禍々しい魔力の嵐の中で、青空ゆうはイラっとしたように叫んだ。しかし、その瞳には先ほどまでの怒りとは違う、覚悟の光が灯っていた。
ジャッ! ジャッ!
ゆうが両手を払うと、そこには先ほどの鍵盤にもう一段加わった、荘厳な二段構えの鍵盤が出現した。それは単なる神具ではない。世界の理に干渉するための、古の祭器のような雰囲気を纏っていた。
「わたしは早く帰る!!」
ダーン!
ゆうが鍵盤を叩く。放たれた音は、単なる音階ではない。それは空間に響き、法則に語りかけ、世界を構成するマナを揺り動かす「言霊」そのものだった。ゆうの上空に、七色に輝く花びらのような紋章が一つ、静かに浮かび上がる。ゆうは息つく間もなく鍵盤を弾き続ける。紋章は増え、回転し、互いに繋がり、やがて巨大で複雑な、幾何学模様の魔法陣――否、神聖な花の紋章を描き出した。その紋章からは、この世界の創生以前から存在していたかのような、古く、そして強大な力が波動となって放たれている。
「あれは!!」テオスが息をのむ。
「……原初魔法……まさか、実在したとは……」ゼウスが、驚愕と畏敬の念を込めて呟いた。
「原初魔法?」VIP席でゼウスに支えられていた空士が、弱々しく問い返す。
「神が使う神技、人間に言わせれば『奇跡』。そして悪魔が使う魔法……その全ての源流となった、失われたはずの魔法体系だ。神々や悪魔がそれぞれの種族や能力に合わせて伝承し、改良……いや、劣化させてきた結果が、今の神技や魔法なんだ。オリジナルの持つ途方もない『力』を、安全に扱えるようにするためにね」ゼウスは、目の前の光景から目が離せないまま説明する。
「それを……青空ゆうは、使えるというのですか?」
「原初魔法は、一回目のリセット以前……この世界が生まれる前の、古代の神々の魔法と言われている。だが、リセット以降の世界では、その強大すぎる力に精神が耐えられず、使用者は狂人化したり、廃人になったりした。死に至ることも……な。だから38万年もの間、正確には二回目のリセット以降、誰も完全に扱うことはできなかった。魔法の研究とは、すなわち、いかにして失われた原初魔法の力に安全に近づけるか、という歴史だったと言ってもいい! だが、原典も詠唱法も失われ、伝承しようにも使い手が死んでしまうのではな……我々が言うのもなんだが、原初魔法はもはや『神話上のファンタジー』…実在しないものとされていたのだ!」テオスが、信じられないものを見る目で、やや興奮気味に語る。
「神話上のファンタジー……」空士がその言葉を噛み締める。「え……いま……一回目のリセット以前の古代の神々って……?」
「そうだ。オリジンを作り、この『神々のリセット』というシステムを始めたとされる、伝説の神……シリスノヴァ。彼女こそが、古代神話において、原初魔法の唯一の使い手として記されている……」ゼウスが、いつもとは違う真剣な、そしてどこか遠い目をして言った。
「シリス……ノヴァ……」空士がその名を繰り返した瞬間、ガタン、と彼の意識は途切れ、再びゼウスの腕の中に崩れ落ちた。
「ぐおおおおおおおおおお!!!」
闘技場では、完全に理性を失ったアレスが、闘技場の建造物を遥かに超える大きさにまで巨大化し、その全身から際限なく黒いオーラ――魔澱を噴き出していた。
(アレスの魔力に浸食されている!)ゼウスは気を失った空士の顔、首筋から顎にかけて黒い痣のようなものが広がっているのを見て、焦りを募らせる。
「テオス! 超級結界を! ぼくは倒れたものたちの回復を!!」
「任せろ!!」テオスは叫び、両手を広げる。「ここに集う神々よ!! オレに力を貸してくれ!! 黒き魔から我ら全てを守る、超級結界を構築する!! それ以外の者は、倒れた者たちの回復を頼む!!」テオスの体が眩い光の文様に包まれ、神々しい本来の神の姿へと変貌する。それに応え、観客席にいた神々も次々と立ち上がり、それぞれの神威を開放し始めた。「力を貸そう! テオス!」「神々の力、見せてくれようぞ!!」神々が本来の姿――三つ目の巨人、翼を持つ戦士、光り輝く獣――へと変わり、その霊力がテオスへと集束していく。破壊神シヴァも無言のまま立ち上がり、青い肌に逆立つ髪、首に絡みつく蛇、額に開いた第三の目という恐るべき姿となり、周囲の空間を震わせるほどの霊力を放つ。集められた神々の力が、テオスを中心に黄金の光となって渦巻き、闘技場全体を覆う巨大で多重層の光の結界――超級結界を形成した。
(ははっ、神々だってたまには協力するか……強大な敵がいればな……)ゼウスは内心で皮肉りながらも、自身もまた雷光を纏った荘厳な神の姿へと変わる。(あとは任せたぞ! 青空ゆう!)「アイギスの息吹!!」ゼウスから放たれた生命の光が、倒れた者たちを優しく包み込む。しかし、空士をはじめ、深く魔力に侵された者たちの回復は遅々として進まない。(超級結界で魔力は防げているはずだ! だが回復しない!! 浸食を抑えるのがやっとか……!)ゼウスは歯がみしながら、闘技場の中央を見据える。(君の力を信じるぞ、青空ゆう)
客席上空では、彩音が球状の結界の中から、まるで舞台を鑑賞するかのように闘技場を見下ろしていた。(こんなところで披露することになるなんてね……)
「ゆう!! 弾きなさい!! フーガよ!!」
彩音の指示が飛ぶ。
「ええっ! フーガ?? あの曲はK様をイメージして作った曲で、ジャミングしてまだ譜面にも落としてないのよっ!」
ゆうは一瞬戸惑うが、すぐに覚悟を決めた。
「そうよ! だから! ゆうのK様に対する今の思いを、ありったけぶつけなさい!! フーガ、LIVEバージョンよ!!」
(K様への思い……K様はそっけなくて、ちょっと意地悪なとこもあるけど、目標にむかってまっすぐに努力して、強くて、そして……やさしい。なのに……)ゆうの胸に、先ほど破壊されたフィギュアへの怒りが再び込み上げてくる。彼女は、天を衝く異形の巨人となったアレスを見上げた。(そんなK様を……K様がようやくたどり着いた勝利のガッツポーズを……限定30体で再現した、あの、ファンミーティングの抽選でも外れた、貴重な限定フィギュアを………!!!)ズン……アレスが、彼女を踏み潰さんと一歩踏み出し、闘技場が激しく揺れる。
「絶対に許さない!!!!」
ゆうは絶叫し、鍵盤に指を叩きつけた。
ダダダダダーン!
それは、もはや音楽ではなかった。怒りと、悲しみと、そしてK様への愛(?)が叩きつけられた、魂の叫びそのものだった。
ゴォア!
ゆうの上空に浮かぶ花の紋章が、輝きを増しながら同心円状に拡大する。紋章の中心部は、静かな水面のように揺らめき、その奥から、異世界の影が滲み出てくる。影はだんだんと輪郭を帯び、大きくなっていく。
ドゥプ……。水面が波打ち、大きく膨らむ。ドゥプププ! 水面が裂け、中から現れたのは、縄文土偶にも似た、しかし神々しくも異様な姿をした、全長5メートルほどの存在だった。
「あ……あれは……天使……?」
「いや……原初の天使だ……」
ゼウスとテオスが、揃って驚愕と畏怖の声を上げる。それは、彼らの知るどの天使とも似ていない、世界の創生に関わったとされる、伝説上の存在だった。
ザワザワ……! 観客席の神々が、その異様な天使の出現に動揺する。
ドゥプププ!
再び水面が膨らみ、今度は優美な女形の天使が姿を現す。さらに、鳥のような翼を持つ天使、そして滑らかな卵のような形状の天使が次々に召喚され、合計四体の原初の天使が、青空ゆうの周囲に静かに浮遊した。彼女たち(?)からは、時間という概念すら超越したような、古く、そして絶対的な力が放たれていた。
ガアアアアア!
巨大化したアレスが、本能的な脅威を感じたのか、邪魔な天使たちを薙ぎ払おうと、山のような巨大な腕を振り下ろす。
ヴィン!!
しかし、天使たちは、まるで蝿でも払うかのように、軽々とアレスの拳を弾き返した。その衝撃音は、空間そのものを叩いたかのように硬質で、異常だった。
「あ……あれは、まさか……古代神話において、旧世界を焼き尽くし、100年戦争を終結させたとされる……『殲滅の四天使』!! なぜ、彼女たちがここに……!?」
テオスは、神話の存在が現実に出現したことに混乱し、驚愕の声を上げた。
「全音転調!!!」
ゆうの奏でるメロディが、激しく、そして荘厳な曲調へと変わる。それに応じ、四体の天使が動き出した。卵型の天使は、流星のような速度で天高く、宇宙空間へと駆け上がり、男型、女形、鳥形の三天使は、巨大なアレスを取り囲むように、完璧な三角形の陣形を取った。
フィイイイイン!
三体の天使が、一斉に眩い光を放ち始める。その光は、単なるエネルギーではない。存在そのものを昇華させるかのような、純粋な神聖エネルギー。
ドゥギャ!!!!
地上の三天使から放たれた光の奔流が、天を衝き、遥か上空、宇宙空間で待機する卵型天使へと集束していく。光を受け、卵型天使は眩いプラズマをほとばしらせながら超高温となり、やがて一つの小さな「太陽」と化した。それは、すべてを焼き尽くし、無に帰すための、裁きの光。
(世界を焼き尽くした炎の柱! まさか、ここで再現するというのか! 圧倒的な力の差があれば、オリジンの加護など意味をなさない!!)テオスは、これから起ころうとしている事態を悟り、顔面蒼白となった。
「やめるんだ!!!!! 青空ゆう!!!!!!! それを使えば、ここにいる全員が……いや、この辺境のはざまそのものが消滅するぞ!!!!! 」
テオスは、必死に絶叫する。
しかし、その声はゆうには届かない。彼女は鍵盤の上にそっと両手を置き、静かに、しかしはっきりと告げた。
「浄化プロセス……開始!!!」
そして、二段構えの鍵盤の上を、彼女の指が舞うように、あるいは嵐のように激しく動き始めた。奏でられるのは、フーガ。破壊と再生、絶望と希望、怒りと慈悲が複雑に絡み合い、昇華していく、荘厳なる旋律。
ドッ!!!!!!!!!!!!!
天空の太陽から、アレスめがけて、純粋な破滅の光柱が、絶対的な速度と質量をもって投下された。
「グオオオオオオオ!」
直撃を受けたアレスは、断末魔の咆哮を上げる。(……リリエル……)彼は、焼け落ちる寸前の右手を、何かを掴むかのように空へとかざした。だが、ドッ!!!!! 無慈悲な光が、その腕を、彼の存在ごと吹き消していく。
「やめるんだぁぁぁぁぁ!!!!!!」
テオスの絶叫を、ザーーーーという激しい雨音が、そして光柱が空間を焼く轟音が、完全にかき消した。光は、アレスの巨体を瞬く間に飲み込み、その勢いは衰えることなく地上へと降り注ぎ、巨大な光の津波となって闘技場全体へと広がっていく。
ドドドドドドドドドドドドド!!!
超級結界も、観客席も、そこにいた神々も、逃れる術はなく、次々と絶対的な光の中に飲み込まれていく。誰もが、ただ驚愕の表情を浮かべることしかできない。光は流体のように闘技場一帯を覆い尽くし、聖地オリジンをも飲み込み、なおもその範囲を拡大していく。辺境のはざまの空が、白一色に染まった。
闘技場を中心とした半径5キロメートルほどの範囲を完全に飲み込んだところで、ようやく光の柱は、ゆっくりとその輝きを収束させ始めた。
フィン……。
光が完全に消え去ると同時に、四体の原初の天使たちも、まるで幻であったかのように、音もなく消え去った。
第九章:浄化と再生、そして悪魔が見た希望の光
・・・・・・・・・・・・・ン。
絶対的な光が世界を飲み込み、そして去った後には、耳鳴りのような静寂だけが残されていた。降り続いていたはずの激しい雨は、いつの間にか完全に止んでいる。厚く垂れ込めていた雲は急速に晴れ、その切れ間から、まるで祝福するかのように柔らかな太陽の光が差し込んできた。
光に照らし出された光景に、生き残った者たちは息をのむ。そこは、もはや先ほどまでの闘技場ではなかった。破壊の爪痕は跡形もなく消え去り、代わりに、瑞々しい緑の草が地表を覆い、色とりどりの名も知らぬ花々が咲き乱れていたのだ。ザザ……と風がそよぎ、生まれたばかりの草木が優しく揺れる。それは、終末の後の創生を思わせる、荘厳で、そしてどこか神聖さすら感じさせる光景だった。
神々が協力して展開した超級結界も、いつの間にか消えている。
「……助かった……のか……?」
テオスが、呆然と呟いた。彼は無意識のうちに本来の神の姿を解き、壮年の姿に戻っていた。
ざわざわ……!
「おい! 目を覚ましたぞ!!!」
「こっちもだ! 意識が戻った!」
あちこちで、安堵と喜びの声が上がり始めた。暴走したアレスの魔澱に侵され倒れていた新人の神々や運営委員たちが、次々と目を覚まし、起き上がってくる。何が起こったのか理解できず戸惑う者、助かったことを喜び雄叫びをあげる者、恐怖と安堵から抱き合ってすすり泣く者……様々な感情が、奇跡的に再生した闘技場に満ちていく。
「これは……いったい、何が起こったんだ……」
ゼウスもまた、神の姿を解き、目の前の光景を信じられないといった表情で見つめていた。空士の黒ずみも、完全に消えている。
「すごい!!! すごいよ!!! 青空ゆう!!!」
唯一、状況を理解している(?)起き上がった空士だけが、キラキラとした目で闘技場の中央を見つめ、元気な声を上げていた。
その闘技場の中央。アレスがいたはずの場所には……。
(……リリエル……)
何かを掴もうとするかのように、小さな手が虚空に伸ばされている。だが、その手は禍々しい黒ではなく、まるで生まれたての赤ん坊のように小さく、白い手袋をはめたような奇妙な模様をしていた。
くい、くい……。その手が、おぼつかない様子で握ったり開いたりしている。
「……おれ……え?? 死んでない???」
声の主は、その小さな手を見つめながら、困惑したように呟いた。そこには、元の雄々しい姿とは似ても似つかない、丸みを帯びた二頭身で、可愛らしい(?)前掛けをつけた、奇妙な悪魔の姿があった。
「えっ? えっ?」
彼は自分の体を見回し、短い手足をぱたぱたと動かしてみる。
「えええええええっ!!!! なんだこの姿はぁぁぁ!!!!」
ようやく自分の状況を理解したアレス(?)は、甲高い絶叫を上げた。その姿は、先ほどの破壊の化身とは真逆の、どこかコミカルで、しかし純粋無垢な存在に見えた。
「あれは……アレス、なのか??」VIP席でゼウスが目を丸くする。
「みたいですね。なんだか……可愛らしいです」空士が同意する。
「……魔狂衝を浄化し、魂ごと存在を洗い流し、悪魔を赤子同然の姿で復活させやがった……ははは……もはや笑うしかないな……」テオスは、感嘆と呆れが入り混じった複雑な表情で乾いた笑いを漏らした。
『おおおおおっと! これは、これはどういうことでしょうか! 暴走し巨大化したアレス選手は完全に消滅……いや違う! そこにはなんと、小さな、実に可愛らしい姿のアレス選手が! 青空ゆう選手は、巨大化したアレスを浄化し、なんと新しい肉体を与えた模様ですーーーーー!!! 私も体調は絶好調です!!!』
復活した実況が、興奮のあまりマイクにガンガン頭をぶつけながら絶叫する。
『これにより、アレス選手を消滅させ、かつ殺していない青空ゆう選手の勝利となります!!!! 神々の闘技・アジア地区予選! 優勝は、神無神社所属、青空ゆうぅぅぅぅ!!!!』
優勝宣言と共に、観客席から、一瞬の戸惑いの後、嵐のような大歓声が巻き起こった。それは、恐怖からの解放、奇跡への称賛、そして新たな時代の到来を予感させる、希望に満ちた鬨の声だった。
「わああああああああああああ!!!」
「青空ゆう! お前、いったい何をしたんだ!! この体はなんだ!!」
歓声の中、アレスは自分の小さな体を持て余しながら、ゆうに詰め寄った。
「わたしの能力は『浄化と再生』よ」
ゆうは、小さなアレスを見下ろし、少し疲れた様子だが、静かに答えた。
「K様をイメージして作った曲、フーガ・浄化と再生を奏弾したの。あなたの破壊衝動の源になっていた負の魔力を、魂ごと綺麗に浄化して、あたらしい体を与えた。それが、わたしの『再生』」
ゆうは淡々と説明する。
「しばらくすれば魔力もちゃんと復活して、その体にもなじむと思うわ」
「浄化と……再生……」
アレスは、信じられないといった顔で自分の小さな手を見つめる。暴走し、すべてを破壊し尽くそうとした自分が、こうして再び意識を取り戻し、生きている。それどころか、魂の奥底から、長年彼を苛んできた暗い衝動が消え去り、言いようのない解放感と、澄み切った感覚があることに気づいた。
「K様のフィギュアを壊したのは、絶対にゆるせないけど」ゆうは少しむくれた顔になる。「でも、K様のイメージで作った曲だもの。殺したりはしないわ。だって、K様はやさしいんだから」彼女は少し誇らしげに、そして少し照れたように笑った。
「それと……あなたの魂、負の魔力にだいぶ汚染されて、歪んでたみたいよ。それも浄化で綺麗にしておいたから。その新しい体、たぶん、いままでよりずっと魔力の汚染には強いはずよ。うん、なかなか似合ってるわよ!」
ゆうは満足そうに頷くと、「さて、早く帰ろっと」と踵を返した。
「まっ、待ってくれ!! 青空ゆう!」
アレスは慌てて呼び止める。
「お前は……いったい、何者なんだ?」
彼は起き上がり、真っ直ぐにゆうを見つめて問いかけた。再生した闘技場に差し込む陽光が、ゆうの姿を後光のように美しく照らし出す。ゆうはゆっくりと振り返り、少しだけ誇らしげに、そして少しだけ面倒くさそうに、言った。
「2代目シリスノヴァ。神無神社所属の、青空ゆうよ」
タッ! 言い終えると同時に、ゆうは彩音たちの元へと駆け出した。
「まっ、待ってくれ!!!」
アレスは、その小さな足で必死に追いかける。
「なによっ、まだ何か用!!」
ゆうが迷惑そうに振り返る。その足元に、アレスは再び、しかし今度は迷いなく、その小さな体を地面に投げ出した。土下座の形だ。
「おおれを!! お前の弟子にしてくれ!!!!」
「え? えええええ??? いっ、いやよ!!! 言ったでしょ!! 私は平穏に暮らしたいの!! いまだって全然平穏には程遠いのに、なんで悪魔を弟子にしなきゃならないのよ! 大体、わたしが何を教えるっていうのよ!!!」
ゆうは本気で困惑し、後ずさる。
「おっ、おれ、神様になりたい! お前のもとで、神様の修業がしたいんだ! 頼む!」
アレスは必死にゆうの足元にすがりつく。
「はぁぁぁぁ⁉ あんた悪魔でしょ⁉ なんで神様になるのよ!!! 大体わたし、神様になる方法なんて知らないし、教えられないわよっ!!!」
ゆうはパニックになりかけている。
「頼む!!! この通りだ!!!」
アレスはゆうの足にしがみつこうとするが、ジュッという音と共に、小さな手が弾かれた。
「うわちっ!」
「ほらっ! やっぱり無理じゃない! あなた悪魔だから、私に触れることすらできないのよ!!」
ゆうは少し大げさに、ほら見たことか、と言わんばかりに言う。アレスは、弾かれた自分の右手を見つめた。浄化の力は、触れることすら拒絶する。現実を突きつけられ、彼の顔に深い悲しみがよぎった。
「…………」
しかし、彼は顔を上げた。その瞳には、涙ではなく、強い意志が宿っていた。
「……おれ、夢があるんだ」
アレスは、ぽつりぽつりと語り始めた。
「父上に、あいたいんだ。母上にも、あいたい……ネロスにも……」彼の声が震える。「あっ、ネロスは双子の弟で、いま魔王をやってる。……それに、友だちにもあいたいんだ。カレンにも、モルフィウスにも、テラクにも……」
そこでアレスは言葉を止め、ゆうを真っ直ぐに見つめた。ゆうは、ただ黙って彼の言葉を聞いている。
「ダンティスにも、あいたい……」アレスの肩が震える。「リリエルにも……」彼は自分の右手を見つめた。その小さな右手に、大粒の涙がぽとりと落ちた。「リリエルにも……あいたい……」アレスの目から、涙が止めどなく溢れ出す。「あいたいんだ……」
「それで、前みたいにっ、……前みたいにっ!!」
アレスは顔を上げ、嗚咽を漏らしながら叫んだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉん!」
子供のように、声を上げて泣くアレス。
「みんなと……また……くらしたいんだぁぁぁぁぁ!」
失ったものへの渇望、犯した罪への後悔、そして、それでも捨てきれない未来への願い。彼の涙は、止まらなかった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫??」
ゆうは、泣きじゃくる小さな悪魔を前に、ただただ慌てるしかなかった。
「いいじゃない! ゆう!!」
その時、すぐ頭上の客席から、彩音の声が降ってきた。
「彩音! でも、どうやって! 無理だって!」
ゆうが迷惑そうに反論する。
「神無神社に、住み込みで働いてもらうわ」
彩音は、名案でしょ? とでも言いたげに、自信満々に言った。
「そ、そんなっ!」
ゆうはためらう。
「あなただって、これから神様活動で忙しくなるでしょ? それに、これから信者が増えて、バンバンッお布施……じゃなかった、信者の願いをどんどんかなえていかないといけないのよ!! 猫の手も借りたいくらいなんだから、悪魔の一匹や二匹、いたっていいでしょ? もっと役に立つかもしれないし」
彩音は、有無を言わせぬ笑顔で言い切った。
「うううううう……忙しいのは、いやだ……けど……」
ゆうは言い返せない。
「ほっ、本当か⁉ 雇ってくれるのか!?」
アレスは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて喜んだ。
「さっ。決まりね! さっさと支度して! いくわよ! 悪魔、いえ……」彩音はアレスをじっと見て、少し考え、そして最高の笑顔で指をさした。「神無神社の、神様見習い! アレス!」
(神様見習い……アレス……!)アレスは、その新しい響きを、喜びと共に噛み締めた。彼はバッと立ち上がり、VIP席にいるゼウスとテオスを見つけると、小さな手を大きく振って報告した。
「ゼウスっ! テオスっ!!!! おれ、青空ゆうの弟子になる!!! 神様見習いだ!!!」
「はっはあああああああぁぁぁ?????」
ゼウスとテオスは、同時に、疑問と驚愕の声を上げるしかなかった。
「悪魔を弟子にしてしまった……! すごいや! 青空ゆう!!」
空士だけが、純粋な賞賛の声を上げていた。
そこへ、運営委員会の局長が息を切らして駆け寄ってきた。
「ゼッ、ゼウス様! テオス様! これは、いったいどうなされたのですか!!!」
「あっ、ああ……局長……」ゼウスは気まずそうに言葉を濁す。
「私が外回りから戻る途中、突然、天を衝くような光の柱が立ちました! その光はこの一帯を飲み込み、私も……ですが、ご覧の通り無事でした! それどころか、急いで駆けつけたのですが、なんと息切れ一つせず、全力疾走でここまで! はははっ、なんだか体の調子がすこぶる良くて、20代の頃に戻ったみたいですよ! わははははははっ!!」陽気な局長は、しかし、緑に覆われた闘技場を見渡し、訝しげに首を傾げた。「しかし、なぜ闘技場に、これほどの草木が……?」
「いや、これには、その、深い訳が……」ゼウスが何とか取り繕おうとした時、
「あああ!! あの方は!!!」局長は闘技場から出てきたゆうを見つけ、顔色を変えると、その場にひれ伏して祈りを捧げ始めた。「どっ、どうしたんだ局長!」
「あ、、あの方は、お、おそらくは原初の神……! わっ、わたしがたまたまオリジンにて登録を確認したのですが、その格位灯は、し、四面全灯……格位頂点の印が……!」局長は頭を伏せたまま、震える声で説明する。
「原初の神……?? やはり……そうなのか?」ゼウスが息をのむ。「えっ、やはり?」局長が顔を上げる。「い、いや。何でもない!! 戦い方を見ていたら、なんとなーく、そう思っただけだっ!」(悪魔を面白半分で闘技に出したら、原初の神の末裔? を怒らせて、辺境のはざまが滅びかけたなんて、口が裂けても言えん……)ゼウスは冷や汗をかいた。「ながらく御隠れになっていた、原初の神、シリスノヴァ様かと……!」局長は確信したように、敬虔な声で言った。
「シリスノヴァ!!!!」ゼウスとテオスは、同時に驚嘆の声を上げる。その名は、神々の間でも伝説として語られる存在。会場に残っていた神々も、その名を聞いて大きくどよめいた。(青空ゆうは、2代目シリスノヴァだというのか⁉)ゼウスとテオスは驚愕し、空士は目を輝かせて、ゆうたち一行を見つめていた。
その視線の先では……。
「それにしても、ゆう、ちょっとやりすぎよ」
「え? だって……」
「ちょっとは加減て物を覚えなさい。危うくここ崩壊するところだったのよ」
「なっ、なによ!! 未完成の曲を、ぶっつけ本番のLIVEで演奏したのよ! しかも、ちょっと頭に来てたから、アドリブで力が入っちゃっただけでしょ??」
「いーや。だいぶ、どころじゃなく頭に血が上ってたわよ。あの時の顔、悪魔より怖かったわ」
「しょっ、しょうがないでしょ! 大事な限定フィギュアが! もーーー!」
伝説の神(?)とそのマネージャー(?)が、子供のような言い争いを繰り広げていた。(言い争ってるな……)(ああ、言い争ってる……)ゼウスとテオスは、もはや困惑を通り越して、眩暈すら覚えるのだった。
そこへ、アレスが再び駆け寄ってきた。
「ゼウス! テオス! 色々と、ありがとな!」
アレスは、小さな体で、しかし真っ直ぐに二人を見上げて礼を言った。
「なっ、なんだ突然」ゼウスは少し驚く。
「ほんとはダメなのに、闘技に出させてくれて、感謝してる」アレスが素直に言うと、ゼウスは慌てて「しーーーーーーっ!」と人差し指を立てた。(……なんのことか、やっぱりわかってないアレス)
「お……おれ、」アレスは、自分の小さな右手を見つめながら、はにかむように、しかし確かな光を目に宿して言った。「……自分が、好きになれそうな気がするんだ」
「……アレス……」ゼウスは、彼の変化に目を見張り、そして穏やかに微笑んだ。「……最初に会ったときの、お前の真剣な目が、そうさせたのかもしれないなっ! わがままボーイ!!」ゼウスはウィンクして見せた。
「うん! おれ、がんばる!! 空士も、また会おう!!」アレスが空士に声をかける。
「うん! アレスなら、きっと神様にだってなれるよ! 応援してる!」空士が満面の笑顔で力強く返す。
「じゃなぁぁぁーーー!」
アレスは、希望に満ちた表情で、ゆうと彩音、ミューミュが待つ方へと駆けていった。その背中は、小さくても、とても大きく見えた。
「……あいつ、キャラ変わったな」ゼウスが呟く。
「ああ……文字通り……キャラ変、だな……」テオスも、どこか清々しい表情で同意した。
第十章:悪魔が見た一筋の光、そして未来へ
闘技場を一歩出ると、そこはまるで別世界だった。先ほどまでの荒涼とした大地は嘘のように消え去り、一面には柔らかな緑の絨毯が広がり、色とりどりの花々が風に揺れている。破壊の爪痕は完全に癒え、生命力に満ちた穏やかな風景が広がっていた。まさに「浄化と再生」を体現したかのような光景だ。
「はぁ、はぁ……ちょっと、まってよぉ……」
そんな美しい景色の中、青空ゆうだけが、ぜぇぜぇと息を切らして一行から遅れていた。そして、お約束とばかりに、
ドタッ!!
ゆうは、生まれたての草木が茂る地面に、見事に顔面からダイブした。
「もーーー! なんでこんなところに木の根っこがあるのよぉぉ!! 来た時には絶対なかったじゃない!!」
土まみれの顔を上げ、ゆうは地面に向かって理不尽な文句を言う。
「ゆうのせいでしょーが。ここら一帯の生態系、根こそぎリセットしたんだから」
先頭を歩く真宮寺彩音が、呆れたように振り返りもせずに言った。
「んんもうっ!」
ゆうがむくれて立ち上がろうとした時、タタタタタタタッ! と軽快な足音が近づいてきた。見ると、ちっちゃくなったアレスが駆け寄ってくる。
(あら? たっ、助けてくれるのかしら??)
ゆうは、ちょっとだけ期待した。が、
「いやっ、ちょっと寄るとこがあってな! 先行っててくれ!」
アレスはゆうの横を爽やかに(?)素通りして駆け抜けていく。……かと思いきや、数歩先でピタッと止まり、くるりと振り返ると、ゆうの目の前に戻ってきた。そして、腕を組み、仁王立ち(二頭身だが)になって、真顔で言った。
「なあ、青空ゆう。……お前、もしかして、デザインセンス、ないよな?」
「……は? え、なに? 藪から棒に」
ゆうは、ぽかんとする。
「だって、この体! どう見てもバランスおかしいだろ! ほそい腕! 短い脚! やたらでかい頭! しかも、なんだこの前掛けは!? 必要か!? オシャレか!?」
アレスは自分の体を指さしながら、切々と訴える。
「おれ、もっとこう……シャープで、クールで、ダークヒーロー的なかっこいいのがよかっ……」
ジュウウウウウウ……!
アレスが理想のフォルムを熱弁している途中、彼の短い尻尾の先から、香ばしい匂いと共に黒い煙が上がり始めた。浄化が始まっている。
「ひいぃぃぃぃっっ!!」
アレスは尻尾の異変に気づき、恐る恐る顔を上げると、そこには……般若のような形相で、絶対零度の視線を向ける青空ゆうが立っていた。
ドン!!!
ゆうが無言で地面に拳を叩きつけると、その周囲の地面から、鋭利な浄化結晶がタケノコのように突き出した。その結晶は、闘技場で見せたものより明らかに高純度で、神々しいほどの輝きを放っている――つまり、より危険だということだ。
「……あんた、今……なんて?」
地獄の底から響くような声で、ゆうが問う。
(やばいやばいやばい! この浄化結晶、そこらの聖域とかじゃなくて、精霊界の最深部でしか生成されないっていう、超々高純度のやつじゃないか!? 戦ってる時よりも純度上がってるってどういうことだ!?!?)
ジュウウウウウ! 今度は鼻先が焼け始めた。
「なっ、ななな、なんでもございませんっっ!!! とてもキュートで素晴らしいデザインだと思いますっっ!!!」
アレスは、人生(悪魔生?)最速の変わり身を見せると、脱兎のごとくその場から逃げ出した。ピューーーーー!
「アレスめ……! 次は、今度こそ綺麗さっぱり消滅させてやる……!」
ゆうは、拳をぷるぷる震わせながら、心に固く誓うのだった。
一方、アレスは緑の丘を駆け抜け、懐かしい場所へと向かっていた。木々が生い茂り、柔らかな陽光が降り注ぐ中、一本の石柱――オリジンが、以前よりもどこか神々しさを増して、静かに屹立している。闘技場一帯を再生させたゆうの力が、この聖地にも及んだのだろう。
「はぁ、はぁ……」
アレスはオリジンの前で立ち止まり、息を整えた。そして、真っ直ぐにオリジンを見据える。
「……よぉ。……おれだ」
少し照れたように、彼はオリジンに話しかけた。
「その……なんだ。お前にも、ちゃんとお礼が言いたくて、来たんだ!」
アレスは、小さな体で、しかし心を込めて、深く頭を下げた。
「あの時は……殴って、悪かった!!」
再び頭を下げ、顔を上げる。
「それに……ゼウスや、青空ゆうに会わせてくれて、ありがとう! おかげで……おれは……」
言葉が詰まる。
「……新しいチャンスをくれて……本当に、ありがとう」
アレスは、オリジンの表面に、そっと小さな手を触れた。ひんやりとした、けれどどこか温かいような、不思議な感触が伝わってくる。
ザザザ……。優しい風が吹き抜け、再生したばかりの草木を揺らす。鳥のさえずりが聞こえる。だが、オリジンの格位灯は、沈黙したままだった。何の反応もない。
アレスは、ふっと息を吐き、自嘲気味に笑った。
「……ははっ、そうだよな! そんな簡単に、資格がどうこうなるわけ……ないよなっ!! おれなんて、まだまだ、だよなっ!!!」
彼は、少しだけ下を向いた。だが、そこに絶望の色はない。浄化された魂は、もう過去に囚われていない。
「……どうやったら神様になれるのか、正直、おれにはまだ全然わからないけど……」
アレスは、再び顔を上げた。その瞳には、一点の曇りもない、未来を見据える強い光が宿っていた。彼は、オリジンに向かって、高らかに宣言した。
「おれは、必ず! 悪魔で最初の神になる!!!」
その決意は、風に乗り、再生した大地へと響き渡った。アレスは満足そうに頷くと、オリジンに背を向け、仲間たちの元へ戻ろうと歩き出した。
その時だった。
ブーーーーーーーーン…………
静寂を破り、オリジンから低く、長く、厳かな共鳴音が響いた。アレスは驚いて立ち止まる。
チュンチュン……。鳥のさえずりが、やけにクリアに聞こえる。
アレスは、ゆっくりと、期待と不安の入り混じった気持ちで、オリジンを振り返った。
視線の先、オリジンの石柱。その一番下にあるはずの格位灯が……一つだけ……淡い、しかし確かな、希望の光を灯していた。
「…………ぶあっ…………」
瞬間、アレスの目から、大粒の涙が、止めどなく溢れ出した。
「お………おれ…………」
彼は、よろよろとオリジンに近づき、その前に崩れるようにひざまずいた。
「おれ……………」
震える小さな手で、光る格位灯にそっと触れる。温かい。それは、オリジンが、世界が、彼を受け入れた証のように感じられた。
「……おれ……………もっとっっ!!! もっと、がんばるっ!!!!!」
アレスは、顔をぐしゃぐしゃにしながら、天に向かって叫んだ。それは、悲しみや後悔の涙ではない。感謝と、喜びと、そして揺るぎない決意から生まれた、熱い涙だった。
しばらく泣き続けた後、アレスは涙をぐいっと拭うと、満面の笑顔で立ち上がり、仲間たちが待つ方へと、全力で駆けていった。
「おおーーーいっ! おおーーーいっ! みんなぁーーーー!! !!」
その声は、どこまでも明るく、希望に満ちて響き渡った。
近くの木の陰。ゼウスが、指先に止まらせていた白い小鳥を、優しく空へと放った。小鳥は、アレスの後を追うように、元気に飛び立っていく。
「……アレス、よかったな」
ゼウスは、満足そうに呟いた。
「アレス君、良かったですね! オリジンに認められたんですね! 神様の資格、もらえたんですね!!」
隣にいた空士も、自分のことのように、満面の笑顔で喜んでいる。
(悪魔でさえも神の資格を与える原初の神、2代目シリスノヴァ……そして、それに応えるオリジン。……なるほどな。3回目のリセットは、どうやら今までとは全く違うルールで動いている、ということか)
ゼウスは、世界の大きな変化の兆しを感じ、思考を巡らせていた。
「あっ、あの、ゼウス様! 4面全灯格位頂点というのは、やっぱり青空ゆうの神格は100、ということなんですか⁉」
空士が、目を輝かせながら興味津々に尋ねた。
「いや、違う」
ゼウスは、ニヤリと笑って否定する。
「え?」
空士は、きょとんとした顔だ。
「……オリジンで計測できたのが、神格100までだった、というだけのことさ」
ゼウスは、世界の広さと、まだ見ぬ可能性を示唆するように言った。
「……それ以上……ということ、ですか……」
空士は、驚嘆の声を漏らすしかなかった。
バサバサバサ!
ゼウスが空へ放った白い鳥が、青空へと高く高く舞い上がっていく。
「さーて、いくぞぉ、空士!」
ゼウスは立ち上がり、拳を力強く握りしめた。その瞳には、神々の王としての、未来を見据える光が宿っていた。
「――38万年分の世界をかけた、新たな分捕りあいの始まりだっ!!」
その言葉は、辺境のはざまの空に高らかに響き渡り、新たな時代の幕開けを告げた。
「はいっ!!!」
空士は、希望に満ちた元気な声で応え、全知全能の神の後を、しっかりと追っていった。神々のリセットは、まだ始まったばかり。これから紡がれる物語は、誰も知らない未来へと続いていく――。
終章:荒野に刻まれし遺志
――38万年前――
そこは、死の世界だった。すべてが破壊しつくされ、焼けつくされた大地が、どこまでも広がっている 。かつて建物があったであろう場所は瓦礫の山と化し、大地は熱でひび割れ、黒く変色している 。生命の息吹を感じさせる木々は一本たりともない 。空は、絶えず灰色の塵に覆われ、陽の光すら届かない。風が吹けば、死の灰が舞い上がり、虚無の匂いを運んでくる。
そんな、あらゆる希望が失われたかのような荒野の中心に、1つの石柱が、まるで墓標のように屹立していた 。そして、その傍らに、小さな人影があった。煤と泥に汚れ、着ているものも擦り切れた少女が、何か硬いもので、石柱に一心不乱に文字を彫っている 。カーン、カーン、という、か細く、しかし途切れることのない音が、死の世界に虚しく響いていた。
「……ふー……」
やがて、少女は手を止め、深い息をつき、顔を上げて灰色に澱む空を見上げた 。土埃に汚れた髪を、乾いた風が力なく軽く揺らす 。光のない瞳で、彼女はしばらくの間、ただ空を見つめ続けた 。何を思っているのか、その表情からは窺い知れない。
「……この戦争、この苦しみ、全部……終わらせたい」
ぽつりと漏れた声は、ひどく嗄れていた 。だが、その響きには、諦念だけではない、決意と、そして深い哀しみが混じり合っていた 。彼女の瞳には、堪えていた涙が膜のように溜まり、灰色の空を歪ませて映していた 。
「……私の存在は、この世界にとって罪だったのかもしれない。でも、これで少しでも平和がもたらされるなら……それで……」
言葉は途切れ、代わりに嗚咽が漏れそうになるのを、少女はぐっと唇を噛んでこらえた 。彼女は、震える手を石柱に向かって伸ばし、その無骨な表面を、まるで愛おしい我が子を優しく撫でるかのように触れた 。
「……『世界を統べる者、この地で選ばれる』……」
石柱に刻んだ最後の言葉を、彼女は祈るように繰り返す。
「……それが、私の願い。シリスノヴァの、遺志だ」
その言葉は、誰に聞かれるでもなく、死せる世界の風の中に、静かに溶けて消えていった。ただ、彼女が遺した石柱だけが、永劫とも思える時の中、その意志を刻み込み、待ち続けることになる。新たなる時代の担い手が、この始まりの地に立つ、その時を――。
(完)
『神々のリセット 女神と悪魔』、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
貴谷一至です。
神々の世代交代「リセット」が起こる世界で、絶望的な過去を背負った魔王子アレスと、規格外の力を持つ(けど基本ぐーたらな)女神候補ゆう、そして彼らを取り巻く神々や悪魔たちの物語、いかがでしたでしょうか。
本作は、罪と罰、再生、そして「もし過去を変えられたら?」という、誰もが一度は考えるかもしれないテーマを、神々や悪魔といった壮大なスケールで描いてみたい、という思いからスタートしました。
特にアレスは、書いていてとても感情移入したキャラクターです。どん底から這い上がり、小さくなっても(笑)、新たな希望を見つけて前に進もうとする彼の姿を、少しでも応援していただけたら嬉しいです。
一方のゆうちゃんは……まあ、マイペースな彼女ですが、その内に秘めた力はまだまだ底が見えません。K様フィギュアへの執念はどこへ向かうのか……いや、彼女がこれからどんな「神様」になっていくのか、見守っていただけると幸いです。個人的にはミューミュとのコンビもお気に入りです。
全知全能だけどどこか人間くさいゼウス様や、真面目なテオス様、期待の星(?)空士くん、そして敏腕マネージャー(?)彩音など、他のキャラクターたちも、物語を彩る上で欠かせない存在でした。彼らの今後も、どこかでまた描けたらなと思っています。
辺境のはざまで始まったばかりの「神々のリセット」。アレスが見つけた一筋の光、そしてゆうが背負うことになった(かもしれない)大きな運命。ゼウスが言った「新たな分捕りあい」とは何なのか。魔界の反応は? 物語はまだ始まったばかりです。
もし機会があれば、彼らの新たな物語で、再び皆様にお会いできることを願っています。
最後になりましたが、この物語を手に取ってくださった全ての読者の皆様、そして執筆にあたりお世話になった関係者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。
是非とも感想とブックマーク!
評価!をいれてください!
それでは、またどこかで!
2025年5月5日
貴谷一士