二十六話 私はもう逃げたりしない
「桜はまだ咲きそうにないな」
「店主様。私はこれだけ頑張っているんですよ。少しは褒めてくださいよ」
「……」
卯月ちゃんは変わらず御神木の前で舞を踊っていた。
今は四日目の昼。桜は一向に咲く気配を見せない。卯月ちゃんは明日の朝までに桜を咲かせないといけない。
タイムリミットがあと僅かに迫ると、卯月ちゃん自身も焦りを感じていた。だが、仮にこのまま桜が咲かなかったとしても、神無月家に人質を取られてる以上、庵様が出した条件は白紙同然になる。
卯月ちゃんが初めに言っていた『これは茶番』という言葉通りになってしまう。
そして、私も明日にはこの国を出なければならない。そうなれば、卯月ちゃんの一人勝ちだ。
だけど私は、自分の国に戻る前にやらなければいけないことがある。それは朱里さん含め、人質の救出だ。
住人の皆には卯月ちゃんが庵様と結婚したら人質が返ってくると言ったが、お母様が人質を必ず返してくれる保証はどこにもない。
お母様を説得というのはまさにそれだ。
私は自分が帰る前に人質が帰りを待っている家族の元に返してあげたい。私は庵様たちの会話を少し聞いたあと、お母様の元に足を進めた。
足取りは重い。無理もない。あれだけお母様に心と身体を痛めつけられたのだから。
以前までの私ならお母様には逆らわず、ただ一方的に壊されていただけだった。けれど、今は違う。私はもう一人じゃないから。
最初にそれを気付かされたのは庵様だけど、今では朱里さんも他の住人も皆、私の味方をしてくれる。こんなに頼もしいと思ったことはない。
ここにいたのは少しの間だったけど、桜ノ国に来られて本当に良かった。庵様に命を救われたこと、今では言葉では表せないほど感謝している。だからせめて、この国を出ていく前に恩返しがしたい。
「お母様。話があります」
「緋翠さん、なあに? 朝餉を作るのが貴女の仕事だったわよね? それなのに今日もサボるなんて、貴女も偉くなったわね。私の使用人だったら身を粉にして働きなさい」
「ここはお母様の住んでいる国でもなければ、私はもうお母様の使用人ではありません。ここでは住人がお母様のために愛情込めて、朝晩の食事を用意しているはずです。家族が無事かどうかもわからない。そんな状況でお母様の食事を用意する。貴方こそ、住人のお気持ちを考えているんですか!?」
「私はお客様よ。客人のおもてなしをするのがその国に住んでる者の務めってものでしょう? それともなに? 桜ノ国は神無月家を敵に回すつもりなの?」
「お母様。どうか人質を解放してはいただけないでしょうか」
「緋翠さん。貴女、自分の立場がわかっているの? 母である私に口答えしたあげく、人質の解放ですって? バカを言わないでちょうだい。それとも、お仕置きがまだ足りてないの?」
「っ……。私は自分の国ではお母様の使用人です。ですが、ここでは違います。私は住人全員の願いを託されて、ここに来たんです!人質が生きていると口で言われても、言葉だけならどうとでも言えます。私は明日、お母様とこの国を出ていきます。だから、せめて最後に人質の無事を確認したいのです」
地面に頭を擦り付けるほど、私は頭を低くして、お母様に頼んだ。だが、どれだけ必死に頼み込んでもお母様に私の言葉が届かないこともわかっていた。
「人質は誰一人として殺してないわ」
「だから、言葉だけなら……いっ……っ!?」
私は頭を捕まれ、ギリギリと力を入れられた。お母様の力とはいえ、こんなことをされたら誰だって痛い。
「貴女の生まれつき醜い片目。それを店主様に見せられるっていうなら考えてやってもいいわよ。どうせ、まだ見せてないんでしょう?」
「……」
私の見えない片目はいつも眼帯で隠していた。いくら力を入れても目は開かない。
だから視力を失っているだけじゃなく、目の機能を失っていると思っている。もう何十年とそうだから、私は隠し続けていた。
「それと、今いる住人に見せられるなら人質の解放を考えてあげる。それで国を一周してみなさいよ。使用人の貴女が私に命令するくらいだもの。そのくらいの条件は飲んでもらわなきゃ困るわ」
「……っ」
「あら、どうしたの? 貴女の人質を助けたいって覚悟はその程度なの? やっぱり貴女も自分が大切なのねぇ~」
「私はこの目を見せて、住人の皆さんの目が穢れると思うと、見せるのを躊躇っているだけです。決して自分を守るためでは……」
「つまり醜い片目ってことなんでしょ? 住人が穢れる? 貴女に触れられて、貴女と会話をした時点で穢れているわ。だから安心しなさい。
貴女は穢れ巫女。目を見せたくらいで住人が貴女から離れるなら、それは住人が貴女の事をそれほど好きじゃなかったってことよ」
「住人は穢れてなんか……」
「可哀想にね。貴女がこの国に来たせいで住人の心は穢れた。そして貴女が居なければ、住人は今も家族と笑いあってたかもしれないのに」
「……」
「その原因を作ったのは全部貴女のせい。緋翠さん、わかる? 貴女が生まれてこなければ、卯月ちゃんも私も幸せだったの」
「でも、お母様が私を産みになったのでは?」
お母様は何を言っているのだろう。私が生まれてこなければ良かった?
私はお母様の子供じゃないの?
「そうよ。でも、巫女の力が宿る前から貴女の見た目は醜かった。生まれつき片目が見えないなんて巫女として最悪よ。だからお父様は貴女が生まれてすぐ逃げたのよ」
「お父様が?」
「えぇ、そうよ。貴女にお父様がいないのは貴女のせい。ねぇ、これでわかったでしょう? 貴女は貧乏神。貴女がいるとまわりが不幸になるの。……それでも貴女は店主様と住人にその目を見せられる? 嫌われるのが怖い? バカね。……貴女は最初から誰からも愛されてないのに」
「……」
今までお父様のことは聞かされてこなかった。だから私はお父様は星になったとばかり思っていた。
けれど、お父様はどこかで生きている。私から逃げるために。私が醜いから? 私が存在するだけでまわりが不幸になる?
私は誰からも愛されていない。お母様の言葉は呪いのように私の頭から離れない。
諦めてたまるものか。ここで負けたら、いつもの私。耐えなきゃ……。私は一人じゃないと知っているはずだ。
カステラをくれたお爺さんは私の味方だと言った。住人のみんなも私のために協力してくれるといってくれた。
お母様の呪いはもう今の私には届かない。
私は住人のみんなに、庵様に支えられている。
だから、戦え! 負けるな!
私はこれ以上、お母様の言いなりにはならない!
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