二十二話 嘘
「緋翠、戻ったのか。……母親と話は済んだか?」
「……はい」
私は庵様のいる団子屋に来たが、庵様の隣には卯月ちゃんがいた。
……早く言わなきゃ。お母様の言う通りにしないと、朱里さんが危険な目にあってしまう。
「緋翠、どうしたんだ? 熱でもあるのか?」
「っ……! ……ないで」
「緋翠?」
「私に触らないでください!」
バシッ! と鈍い音が響いた。
「悪かった。やはり、まだ触れられるのは苦手か」
「店主様~、緋翠お姉ちゃんばかりに構ってないで私ともお話してくださいよ~」
「さっきまで話していただろう」
「庵様……」
「どうした?」
「っ」
やっぱり言えない。でも、言わないと朱里さんが……。
「もう触れたりしない。だが、顔色が悪いのは本当だ。奥の部屋で休むか?」
庵様は優しい……いつものように、私に笑いかけてくれる。その優しさが今は痛いほど苦しい。
庵様。これ以上、私に優しくしないで。
……助けて。朱里さんが捕まっているの。
私もお母様に酷いことを言われた。伝えたいことはたくさんあるのに、言葉にはできない。
「……月ちゃんと」
「緋翠?」
「卯月ちゃんと結婚してください」
お母様の雇った用心棒がどこから見ているかわからない。だから私は自分の本音を隠し、嘘を吐いた。それはまるで呼吸をするように。
……大丈夫。今までだってそうしてきたじゃない。お母様や卯月ちゃんに言葉の暴力で心を壊されそうになっても、私は泣かなかった。
……泣けなかったんだ。涙を流しても辛い現実が逃げることはけして出来ないのだから。
その言葉を目の前で聞いていた卯月ちゃんの口角は上がっていた。「穢れ巫女のわりには役に立った。どうもありがとう、緋翠姉さん」と、私にはそう聞こえた。
でも、現実の卯月ちゃんは私に心からお礼を言ったりはしないよね。
「緋翠。お前、今なんて……」
「聞こえませんでしたか? 卯月ちゃんと結婚してくださいと言ったんです。私の妹は優秀です。巫女の才能は私よりもあります。桜を咲かせなかったとしても、卯月ちゃんと結婚すれば幸せになれます。でも、卯月ちゃんは桜を咲かせられますよ。だって……」
私なんかとは違って、才能があるから。私がもしも巫女としての才能があれば、庵様の結婚出来たのかな? なんて、こんな醜い私を貰ってくれるなんて、あるはずもない。
「幸せって……俺はお前を幸せにすると言ったんだぞ。俺がお前の妹と結婚したあと、お前はどうするつもりだ!?」
「私は元いた国に帰ります」
「なっ……」
「卯月ちゃんが桜ノ国の花嫁になるのなら、私が神無月家を継がないと。だから私の心配はいりません」
「お前はあの日、命を落とそうとしていた。あれは神無月家にも何か問題があったんじゃないのか?」
「緋翠お姉ちゃん、そうなの?」
「神無月家は私に優しくしてくれます。あれは私が無能なのが悪いんです」
「無能……?」
「私、卯月ちゃんと違って、巫女の力をほとんど使えないんです。あっ、でも踊りは出来ますし、札でなら妖を退治することくらい出来ますから」
全く力が使えないとなると、何故神無月家に戻るのかと問われる可能性がある。だから私は嘘をついた。
ほとんど使えない、なんて大嘘。私には巫女の力がない。私が札に触れようとすると、札から火が出て、その場であっという間に燃え尽きるのだ。
私が相手の翼が見えるという気持ち悪い力を持っているせいだ。巫女の力からも拒まれているんだ。
「お前は本当にそれでいいのか?」
「……はい。だから五日後に卯月ちゃんが桜を咲かせられなかったとしても結婚の話は前向きに考えてください」
「緋翠はいつまでこの国にいるんだ?」
「庵様が出て行けと言うなら今すぐに……」
「馬鹿をいうな!」
「!?」
「ちょっと、店主様……貴方の婚約者は私でしょ?」
「卯月。お前のことは後で相手をしてやる」
「後でですって……?」
「俺は緋翠に国を離れてほしくない。なぁ、緋翠。考え直さないか? 俺が卯月と結婚しないといけない本当の理由はなんだ?お前じゃ駄目なのか?」
「……妹の幸せが私の幸せだからです」
二人きりなら本音を言えただろうか。卯月ちゃんがいる前で本当のことが言えるほど私は強くない。
それにもしも庵様と二人だったとしても、用心棒が監視の目を光らせている。私が泣いて助けを求めることは出来ない。
「そうか……お前の考えはよくわかった。俺がお前の妹と結婚をすることでお前は幸せになれるんだな」
「はい」
「それでお前は満足か?」
「えっ……?」
「五日後、俺は最後にもう一度だけ、お前に同じ質問をする。五日後も今と同じ答えなら、俺は卯月との結婚を前向きに考える」
「やだぁ、ほんとですか~。卯月、すっごく嬉しいです。店主様、ありがとうございます」
「……礼は緋翠にいうことだ。この娘は妹のために自分の心に鍵をかけたみたいだからな」
「っ……」
「店主様、鍵って?」
「独り言だ。……緋翠、俺はお前の本当の気持ちを知りたい。だから、お前がこの国を旅立つ日は必ず俺に伝えろ。緋翠、お前は自分の鍵を壊せ。そうすれば、自ずと自身の答えは見えてくる」
「……わかりました」
私は何重にも鍵をかけている。自分の感情を押し殺すように。……庵様はどこまで気づいているのだろうか。
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