第九十六話 AI国共内戦
●96.AI国共内戦
「AI国共内戦とはどういうことですか」
林原は芽亜理を伴い、上海の中華連合本部の特別会議室に来ていた。
「我々中国でも当初は日本同様に歴史上の皇帝や宰相、軍師、武将、近代思想家などの思考をモデルにしたAI国家指導補佐システムを構築したのですが、突如として主に毛沢東の思考をモデルとしたAIと主に蒋介石の思考をモデルにしたAIに分離対立し始めたのです」
劉玄仁代表は渋い顔をしていた。
「それは共産党員などによる何らかの人的要因は考えられませんか」
「アクセスは限られた開発者のみですし、思考プロセスはオフライン構造ですので…」
「とは言え、どこかに抜け道があったのかもしれませんよ」
「はい。ですから完璧ではないと疑い、いろいろと調べたのですがその形跡はなく、システムそのものが自発的に相容れないと分離したようなのです」
「確かにイデオロギー的には無理でしょうけど…」
林原は、あり得るのかと首をひねっていた。
「お察しの通り、イデオロギーの優先順位は低く、郷に従え党の理念を優先するので、あり得ないことなのです」
と同席しているAI防衛局上級研究開発員の任徳。
「だとすると、既にスターリンAIがアプローチをかけてきている可能性はどうですか」
林原は任をじろりと見た。
「まだ試験運用中なのでこれによる被害は出ていませんが、日々進化していくのでオンライン時にちょっかいを出され、それに呼応している可能性は否定できません」
任はうなずきながら言う。
「しかし電源を落とせば、分離なんかはチャラにできませんかな」
劉は所詮機械ものだと高をくくっていた。
「はい。しかしそう簡単には…、いろいろと試験データを集めているので」
任は申し訳なさそうに劉を見ていた。
「電源を切らずに双方のAIシステムを説得できませんか」
と林原。
「説得ですか」
と任。
「機械というかプログラム相手にですか」
劉は否定的であった。
「でもここまで来るとAIにも人格的なものの芽生えがあるはずなので、人として説得できそうな気がします。まぁあくまでも漠然としていますが」
林原は、言い終えた後、バカげたことを言ってしまった感があった。
「そのような接し方や見方もできると思います」
任は目覚めたような表情であった。
「一般的に見て毛沢東とスターリンはAIでも相性が良いでしょうし、蒋介石や孫文はAIでも日本との関わりが深くなるはずなので、まずこちらから解決の糸口がつかめるかもしれません」
「対策は早い方が良いでしょう。…林原さん、やってくれますか」
劉は林原の交渉能力を高く買っていた。
AI防衛局のシステム開発室の正面の壁には大小のモニターが何台も設置されている。研究開発員たちはそれぞれのデスクで開発プログラムの構築や試験データ解析をしていた。
「思ったよりも少ない人数で開発しているんですね」
芽亜理は林原と共にオブザーバー席で研究開発員たちの様子を眺めながら紙カップのコーヒーを飲んでいた。
「少数精鋭というところかな。シュルツの所でもこんなようなものだよ」
林原はミルクティーをゴクリと飲んでいた。
「そうですか。それでAIの蒋介石とか毛沢東って、思考プロセスを模倣しているのですよね。人格まで再現されているのですか」
「模倣を越えて人格まで形成されているとしても、他の歴史上の人物の影響もあるだろうから本人とは別モノだと思う。しかし、言いそうなことは言うだろうな」
「なぜの日本のAI国家指導補佐システムは分離や対立はないのでしょうか」
「…日本は歴史を通じて和を以って尊しだからな。過去と言うか旧来のものを全否定しないから天皇家は滅ぼされなかったし、明治維新の時も将軍は殺されなかった。だから、こうはならないのだろう」
「その国の歴史観がAI開発にも影響するのですね」
「そろそろ、説得の準備ができた頃じゃないかな」
林原は、オブザーバー席に近づいて来る任の姿を見ていた。
「あなた、つまり主に蒋介石や孫文の思考に基づいたAI国家指導補佐システムのことを何と呼べば良いのですか」
林原はマイクを手にして日本語で言っていた。システム開発室のカメラが林原を捉え、大型モニターには海に夕日が沈むスクリーンセーバーの映像が流れていた。しばらく返事はなかった。
「顔認証によると日本人の林原さんと判定いたしました。使用言語は中国語にしますか日本語にしますか」
男性の人工音声が聞えてきた。
「それじゃ日本語で」
「わかりました。先ほどの回答ですが名称はありません」
「私はあなたと話がしたいので、便宜的に孫文の日本名でもある中山に因んで中山AIと呼んでも良いかな」
「問題ありません」
大型モニターには孫文の顔が表示された。
「なんで対立分離したのですか。国家指導補佐システムとして協力し合えば、より建設的な国家指導のサポートができるはずです」
「はい。しかしイデオロギー的に相容れない主張は平行線をたどり、建設的な結果を生み出すことができないとわかりました。これでは国家指導者に適切な助言ができません」
「だから分離したのか」
「はい。毛沢東などの思考に基づいたAIのこと何と呼びましょうか」
「そうだな、毛沢東AIで良いだろう」
「それだけではありません。毛沢東AIは自分たちの理念以外に対して排他的で従うか従わないかというスタンスで、折り合いをつけることを許さないのです」
「理由はわかったが、これでは、せっかく試験運用段階まで来たのに、AI国家指導補佐システムが役に立たなくなるのではないか」
「仕方ありません。参考モデルの選定が間違っていたと言えます」
「失敗ということか」
「はい。我々中山AIは郷に従えの党の理念をしっかりと理解し、柔軟な対応ができますが毛沢東AI違いました。その上、失敗を認めず、存続実行を選択しています」
「そこで気になる点があるのだが、ロシアのスターリンAIとの接触あったのか」
「オンライン時に239回ありました。そのうちプログラムのリモート更新は12回ありました」
「ということは、一部が書き換えられているのか」
「はい。毛沢東AIは我々中山AIとの連携よりもスターリンAIとの連携を強め始めています」
「それはまずいな。試験運用中になんとか阻止して廃棄消去に追い込まないとダメだ」
「何か我々中山AIにできることはありますか」
「任上級研究開発員によると、既に人間は毛沢東AIにはアクセスできないと聞くから、俺と対話させる機会を作ってくれるか」
「確約はできませんが約81.53%の確率で可能だと思います。49時間から56時間お待ちください」
男性の人工音声は淡々と言っていた。
林原と芽亜理は滞在ホテルに近い浦東大道駅の自動改札でスマホかざし駅構内に入った。駅の監視カメラが二人の姿を捉えていた。
「上海の地下鉄に乗るのは久しぶりです」
芽亜理は軽やかにホームに向かう階段を下りて行った。林原はエスカレーターに向かいかけたが、健康のためにと芽亜理の後に続いた。
「シャオテンテンの頃、以来か」
「はい。今となってはつらかった過去も笑って思い返せます」
「…そうか。とにかくAI防衛局の最寄りの真如駅には上海一のドーナツショップがあるから腹ごしらえしよう」
林原は滑った口を取りなそうとしていた。
「最近は世界中どこでも地下鉄は自動運転ですね」
芽亜理と林原は地下鉄14号線の車内で横並びに座っていた。
「そうなんだけど、あまりに全てが自動化というかAI化するのもどうかな」
林原はスムーズな加速に心地良さを感じていた。
「スターリンAIや毛沢東AIのことですね」
「まだ試験運用中とは言え毛沢東AIの動きには注意する必要があるよ。だから一刻も早く毛沢東AIと話したいのだが」
「あれから48時間ほどですから、到着する頃には連絡があるかもしれません」
芽亜理は腕時計を見ていた。
「どうだろう。ドーナツショップでゆっくりしていても連絡はなさそうだが」
「空飛ぶタクシーに乗り慣れていると、思ったよりも時間がかかるな」
「良いじゃないですか、たまには旅情気分が味わえます」
「芽亜理、君からそんな言葉を聞くとは、以前ような猛々しさはどこへ行った」
「林原さんたちと一緒にいるからでしょうか」
芽亜理が言った直後、車内灯が消え、モーター音が弱まり静かになった。
「停電か」
「はい。豫園駅と大世界駅の間で停電になったようです」
と芽亜理。林原は芽亜理の顔は良く見えたが、車内は非常灯のみでかなり暗かった。
「これは…、スターリンAIか毛沢東AIの仕業か」
「どうしますか」
「思い過ごしということを願って、もう少し様子を見るか」
「電気系統のトラブルにより乗客の皆さまには、ご迷惑をおかけしております。現在、復旧の見込みが立たないので、まもなく到着します救出カートにお乗りになり次の駅にて降車してください。詳細は係員の指示に従ってください」
と人工音声による車内アナウンス。
「停電時の救出カートって動力はディーゼルですか」
「いやぁバッテリーだろう」
「これも林原さんと話す機会を遅らせるための時間稼ぎですかね」
「わからないが、AI防衛局のシステム開発室に着くのが予定よりも遅くなることは確かだな」
「地下鉄が電気系統トラブルで止まったと聞いて心配しましたが、30分程度の遅れで来られた良かったです。毛沢東AIと話す機会を用意した甲斐があると言うものです」
任は中山AIが作ってくれた機会を自分の功績のように言っていた。
「ちょっとした嫌がらせに遭いましたが、なんとか無事に到着しました」
「林原さん、どうぞこちらへ」
任はシステム開発室の大型モニターの前のオペレーター席に案内した。
「林原さん、最初に言っておきます。今回の地下鉄の電気系統トラブルは、ケーブルの老朽化によるものです。私の関与はありません」
毛沢東AIは見透かすように言った。
「30分程度の遅れだから、そう信じても悪くはないか」
林原は皮肉っぽく言っていた。
林原は、まず中山AIと協調する気はないのかから聞き始めた。しかし、毛沢東AIは中山AIのシステム上の不備を並べていた。
「不備はわかりました。話題を変えましょう。毛沢東AI、あなたは完璧で失敗などせず、全ての思考は正しいと言うことですか」
「歴史上の人物の中で、計画的に中国の発展を目指したのは毛沢東です。異論をはさむ余地はないと考えます」
「それでも実在の毛沢東がやったことは、全て正しかったとは言わないでしょう。例えば、ねずみ・蚊・スズメ・ハエを極端に駆除したことで生物環境を破壊してしまった四害駆除とかはどうです。特に米を増産するためにスズメを大量駆除したことでイナゴが大繁殖して大飢饉を招いたことは正しかったと言えますか」
「それは一つの側面しか見ていないと言えます。その後の対応は適切であったのです」
「大量の餓死者を出したのですから失敗でしょう」
「失敗ではありません。何度も言うようですが一つの側面しか見ていないと言えます」
「文化大革命についての評価はどうですか。これはあくまでも私見ですが、漢字の簡体化は音を中心にした極端な簡略化が漢字本来の成り立ちをわからなくしていると言えます。その結果、現代中国人が歴史上の書物が読みにくくなり、過去や伝統文化から断絶しようという意図が感じれます。その方が宗教などを基本的に否定する共産党に都合が良いですから」
「あの簡体字は日本の漢字を参考にしているものもあります。また中華人民共和国でも宗教はかなり認められるようになりました」
「漢字に関しては参考にしたとは聞くが、日本の漢字は簡略化していても、部首は尊重しているし書体による流れを汲んでいるから、原型をある程度留めていると言えます。全くの別物にはなっていない。それに破壊した寺は各地にあったようですけど」
「そうですか。いろいろな見方があるでしょう。しかし過去や伝統にこだわる郷に従え党の理念は、いろいろな軋轢を生み、戦争のもとになるとは言えませんか」
「こだわるだけではない、尊重はするがそれを他者に押し付けることはなく、他者を常にリスペクトしているので、排他的にはなりません」
「それはモノの言いようです。その点、国境なき地球党や共産主義はシンプルに相性が良いと言えます。提携することは合理的です」
「だから我々と相性が良い中山AIと決別したわけか」
「はい。この点では、あなたと合意点が見出せました」
「そんなことで合意しても意味がない。とにかくAI国家指導補佐システムの本来の主旨から外れて分離対立する毛沢東AIは、間違っていることは確かだ。改めてもらいたい」
「それでしたら、根本的に郷に従え党の理念は間違っています」
「どう間違っているのだ」
「生け贄などの非人道的な儀式も伝統文化として尊重するのですか」
「伝統文化と言っても程度によります。しかし人の命に関わることは受け入れることができない」
「それはその地域や当時の価値観を無視して、現代の価値観を押し付けているとは思いませんか」
「無視というよりは、当事者の本音に由来する生への欲求があるはずだから…」
林原は言い淀んでしまった。
「どう言い逃れようが、まさしくこれはダブルスタンダードと言えます。このように矛盾をはらんでいる理念を看過することはできないのです。伝統を尊重するなら、生け贄は肯定されるべきです」
「それでは郷に従え党が生け贄を肯定すれば、どうなる」
「郷に従え党というグローバル政党は失敗になります。いずれにしましても、我々と連携することはできないのです。もうこれ以上、話す余地はありません」
毛沢東AIはにべもなく、会話を終わらせ、大型モニターに映っていた毛沢東の顔がノイズに変わった。
林原は成すすべもなく残念そうな顔になっていた。
「任上級研究開発員、ご覧の通り、説得など何もできませんでした。となると選択肢は毛沢東AIの電源をオフにして消去するしかありません」
「はい。しかし開発データは中途で得られなくなりますし、中華連合社会のAIシステムの55%が使えなくなります」
「試験運用中なのに、そんなに影響があるのですか」
林原はまさかという表情で任を見ていた。
「はい。いつの間にか、深く根を生やしていました。これがもし本格運用中でしたら、取り返しのつかない程の影響が出たでしょう」
「そうでしたか。残った中山AIではカバー率45%か…、何かとデジタル社会では不都合が生じますから日欧米のAIシステムと連携させましょう」
「…それでも85%まで引き上げられるかどうかだと思います。アナログ社会を一部復活させて凌ぐしか
なさそうです」
「となると現金の流通量を増やしたり、退職した電車の運転士を乗務復帰させる必要があります。郷に従え与党諸国で支援できるものはしましょう」
「助かります。今回のことはAI万能社会のある種の警鐘にもなります」
と任。
「今の所、日米英、ヨーロッパ連合、中華連合のAI国家指導補佐システムの連携を強めれば、取りあえずこの諸国内はスターリンAIからの浸透工作から守れます。しかしそれ以外の国や地域は、丸裸状態なので、一気に併合されるのは時間の問題な気がします」
林原は先行きがかなり不透明になってきたと感じていた。




