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第八十三話 地球外の視点

●83.地球外の視点

 郷に従え与党諸国による国際月面基地は、ほとんどが月面下にあり、月面上にはドーム型や円筒型の建物が点在するだけであった。基地の着陸パッドには月着陸船ルナ12号が太陽光を浴びてそそり立っていた。

 「実際に来るのと画像で見るだけでは全然違います。第一、引力が6分の1という感覚は地球のバーチャルでは再現できませんから。慣れないロケットに乗って視察に来た甲斐がありました」

林原は基地内の通路を歩いていた。林原は英語や中国語はスマホの訳で聞き慣れているので自然と語学力が身に付き、日常会話ならスマホはほとんどいらないかった。それでも公式の場では、スマホの通訳機能はオンにしていた。

「これだけの規模の宇宙開発は一国では無理ですから、グローバル政党の統率力がないと無理でした」

と案内をしている基地プロジェクト・エグゼクティブ・マネージャー(PEM)のグラハム・ホワイト。

「この先もいろいろとプロジェクトがありますから、各国の協力関係はますます重要となるでしょう」

「党首がおっしゃる通りです。しかし今日は基地の各施設が林原党首のお墨付きをいただいた感じです」

「ホワイト・マネージャー、お墨付きって日本語じゃないですか」

「郷に従え以来、今や日本語が英語になっている言葉は結構ありますよ」

「そうでしたか。しかし地球を出ると、国と言う感覚は希薄になりまね」

林原は感慨深げであった。


コントロール室の壁に並ぶ監視カメラのモニターを眺めている林原。

「ここから各居住区、野菜工場、宇宙船ドック、原子力発電所など、至る所を監視していますので、異常があれば迅速に対応できます」

とホワイト。しかしメイン操作盤の警告LEDが点滅し始めた。

「基地内ベーター区域の放射能濃度が上昇しています」

監視オペレーターはあり得ないと言う表情をしていた。

「ベーター区域か、基地の原子力発電所はガンマー区域の一番はずれだから、正反対だな」

ホワイトもどうしてだろうという顔をしていた。

「ホワイト・マネージャー、ベーター区域には何があるのですか」

「宇宙船ドックと鶏飼育所などがあります」

「卵が放射能で汚染されたら、ここの名物のオムレツが食べられませんね」

「林原さん、月面下ですから影響はないと言えますが、早急に原因を突きとめなければなりません」

ホワイトはいろいろな方面の部下たちに指示を出していた。

 メイン・モニターにはベーター区域の月面映像が映し出されていた。周辺で何かが爆発した様子もなく、静かな月面がそこにあった。

 コントロール室の上層にある屋外観測室からオペレーターが降りてきた。

「これはどうも、基地外に原因があるようです」

そのオペレーターはタブレットPCを見ながら言っていた。

「基地の近くなのか」

「観測室の長距離センサーや月軌道船のセンサーでは、基地から約20キロ離れている場所に何らかの発生源があるようです」

「20キロの場所となると…、現在、使われていない共産中国の基地があるぐらいだが」

ホワイトは月面の地図を広げていた。

「…ホワイトさん、共産中国の基地には、原子力発電所はなかったでしたっけ」

「中華連合の管理下にあるのは、静かの海にあるものだけですけど」

「本格的なものは、そうかもしれませんが、確か…最初に作ったプロトタイプの原子力発電施設があった気がします」

林原は記憶を手繰り寄せていた。

「だとしたら、放射能漏れは充分に考えられます。それでは、ロボットが修理中なので、保守点検チームを行かせます」

ホワイトも納得していた。

「私もそのチームに同行しても良いですか」

「え、林原さんがですか」

ホワイトは難色を示していた。

「私が同行すれば不測の事態に対して、私の責任で超法規的なことも可能になります。それに月面車も宇宙服も放射能には充分に対応できるので身体的な危険もないでしょう」

「はい…。普段の月面の放射能よりも、ちょっと高い程度なことは確かですが…」

「せっかく月面まで来て視察しているのですから、何かお役に立つことができればと思います」

林原はホワイトの反応を待った。

「わかりました。林原さんの自己責任と言うことで。しかし、現場の指揮官が危険と判断したら黙って従ってください」

ホワイトは林原がよく視察先でこのようなことを言っているのを耳にしているので、受け入れることにした。


 大型ダンプカー程の大きさの月面車は、トイレや食料庫もあり数日は滞在できる装備で、基地の一区画が動いているような感じであった。

 「私も月面の運転に慣れているとはいえ、整備された道などありませんから、運転にはコツがいります」

保守点検チームのチーフリーダーのサミュエル周がハンドルを握っていた。周は中国系だが英語を喋り、それを林原のスマホが訳していた。助手席には部下のジェシカ・ハンコックが座り、ナビゲートしていた。後部座席には部下の寺門諒太と林原が座っていた。

「今の所、何の問題もない快適なドライブじゃないですか」

林原は窓の外の月世界を眺めていた。

「だと良いのですが」

ハンコックはナビゲーターの画面を見て渋い顔をしていた。


 「やっぱりダメか」

周は軽く舌打ちをしていた。

「はい。あのクレーターの斜面の角度が急過ぎます」

とハンコック。

「しかし、この大きなクレーターを迂回するとなると、到着時間は大幅に遅くなるな」

周は誰に言うでもなく、言っていた。

「良いじゃないですか。急ぐ旅では…、おぉっと、放射能を止めるには急いだ方が良いですが」

林原は周たちの様子を見て、訂正していた。

「林原さん、とにかく安全第一です。でも中程度のクレーターだったら、その縁をジャンプして向こう側の縁まで飛ぶという荒技もありますけど」

周は運転を楽しんでいるようにも見えた。

「ぜひとも6分の1の重力を堪能したいものです」

林原は軽い気持ちで言う。

「林原さん、そんなに生やさしいものではないですけど」

寺門はぼそぼそと日本語で言っていた。

 月面車は山のようなクレーターの縁を見ながら半周してから、本来の進むべき方向に進路をとった。

「もう半分くらいは来ましたか」

林原はトイレから戻ると周たちに声をかけていた。

「後、8キロぐらいですから、半分は越えています」

周はハンコックの前にあるナビゲーターの画面を注視していた。

「ハンコック、どうだろう行けるかな」

「見た感じ、行けそうですね」

「それじゃ、勢いを付けてあの斜面を登ってみるか」

月面車は速度上げて、一気に緩い丘の斜面を登り始めた。しかし中程で、タイヤがグリップせず、

空回りする。林原もその異変に気が付き、窓の外を覗き込んでいた。

「どうしました」

林原は窓に額を付けながら言う。

「斜面のレゴリスでスリップしていますが、なんとかできると思います」

周はアクセル操作を微妙な加減で調整していた。

「あぁ、タイヤがはまってます」

ハンコックが車体下部のカメラ映像で確認していた。

「…しかたない。寺門、タイヤに滑り止め帯を敷いて来てくれ」

「了解」

寺門はすぐにハッチ室に行き宇宙服を装着していた。


 寺門は月面車のタイヤの下に滑り止め帯を入れてから、進むようにコックピットに合図を送っていた。月面車のタイヤは滑り止め帯の上をゆっくりと進み始めた。レゴリスの一部が寺門の周りに砂埃のように待っていた。月面車は斜面を登り切った所で停止し、寺門の乗車を待った。

 寺門はハッチ室から車内に入ると急いでコックピットに飛んできた。

「チーフリーダー、下り斜面のレゴリスは上りよりも厚く堆積してました」

「そうか。もしかすると窪みがあるかもしれないな。ハンコック、センサーで調べてみてくれ」」

「了解しました」

ハンコックは、手早くキーボードを叩いていた。

「窪みあるとどうなるのですか」

林原は大したことではない感じていた。

「タイヤがはまってしまうとバウンドして、とんでもない方向にジャンプする可能性があります」

と周。

「6分の1の重力下なので、制御不能でふわふわと飛んで深いクレーターの底に着地することも考えられます。たとえば、右の方向に見えるあのクレーターなんかです」

ハンコックが付け加えていた。

「林原さんがいるので、危険は冒せません。ここは一旦戻って、別のコースを辿りましょう」

「チーフリーダー、私のためでしたら、気にしないでください」

「いえ、語弊がありました。林原さんがいなくても、大切な月面車を損傷させるわけには行きませんから」

「そうですか」

林原は二の句が告げられなかった。

「チーフリーダー、レーダーに反応があります。…ええっとあれは…、月着陸船ではないでしょうか。原子力発電施設に向かっています」

「何っ、どこのだ」

周をまだ何も見えない月面上空を睨んでいた。

「郷に従え与党諸国の宇宙船ではないようです。識別ビーコンに反応がありません」

「ロシアの宇宙船ではないですか。亡命共産中国と関係が深いですから」

林原はピンと来ていた。

「この調子だと、着陸船は我々が到着する40分程前の着陸となりそうです」

とハンコック。

「40分か…」

周は腕組をしていた。

「チーフリーダー、急ぎましょう。何を企んでいるにしても、時間の猶予を与えないのが得策です」

林原が急かしていた。

「しかし…」

周はハンコックを顔を見合わせていた。

「先ほど言っていた、クレーターの縁でジャンプするという荒技はできませんか。あの右側にあるクレーターなんか、方向的にはピッタリのような気がしますけど」

「林原さん、それは一理ありますが、でも…」

「私のことが気になるのでしたら、宇宙服を着てハッチ室で大人しくしてます。あそこにいれば、万一、月面車が大破しても無事なようですから」

「まぁ、確かにハッチ室は頑丈ですが」

「月面一、月面車運転に卓越したチーフリーダーの腕前なら、絶対に成功します」

林原の言葉に気を良くした周。

「わかりました。あのクレーターの縁を使ってジャンプしてみましょう」


 クレーターの縁の手前で停車している月面車内では、ジャンプコースの速度や角度などの綿密な計算をしていた。

「風も空気抵抗もないので、計算通りの軌跡を描いてジャンプできるはずです。ただ着地場所の凸凹にどう対応できるかはやっみないとわかりません」

周は確かめるように林原に向かって言っていた。

 月面車はクレーターの縁からかなり後退してから、前進加速した。タイヤからわずかにレゴリスが砂煙のように舞い上がっていた。林原が乗車してから、初めて体験する加速であった。月面車はクレーターの縁を一気に駆け上り、フロントガラスの向こうは星々が輝く宇宙空間だけになる。ふわりと宙に浮かび、林原は一瞬、このまま宇宙空間に放り出されるのではと恐怖を感じていた。しかし徐々に月面車の先端部が下向きになる。クレーターの反対側の縁が近づいてくる。月面車は若干前のめりに着地し、滑るように縁の斜面を下りて行った。少し進んだ所にある窪みでジャンプしたが、1mほど浮き上がり、再び着地した。

 月面車のモーター音が止まったので、林原は宇宙服を脱いでハッチ室から出て来た。 

「チーフリーダー、ハッチ室の丸窓から見てましたけど、完璧なジャンプです」

林原はテーマパークのアトラクションから降りて来た感覚であった。

「いゃぁ、それほどでもないです」

周は自信に満ちた顔をしていたが、言葉では謙遜していた。

「これでもロシアの着陸船の先を越したかは微妙な所です」

ハンコックは淡々としていた。


 低い丘陵地帯を越えると、共産中国が残した月面探査基地が見えてきた。3つのユニットを連結させた建物と半地下の建物が建っていた。その一画に円筒形の原子力発電施設があった。一見するとどこも壊れていないようだったが、月面車のセンサーは高濃度を放射線を検知していた。

 「あの半地下の建物の向こうにある傾いた塔屋は何の施設ですかね」

林原は基地全体を眺めていた。

「なんでしょうか」

周は車外カメラの画像をアップさせた。

「あれ、塔屋ではなく月着陸船じゃないですか」

林原は車内のモニター画面を食い入るように見ていた。

「あれだけ傾いているとしたら着陸に失敗した可能性があります」

とハンコック。

「着陸はしているので、付近に誰かいるかもしれませんよ。でも人影はありません」

寺門はフロントガラス越しに双眼鏡を覗いていた。

「おそらく、我々の到着に慌てたんでしょう。船体の一部がかなり変形してますから、着陸船の乗員は助からなかったんじゃないですか」

林原は肉眼で見ていたので、着陸船の状態ぐらいしかわからなかった。


 月面車は基地の敷地の内部に入った。共産中国が崩壊してから放置されたままでも、埃が積もっているわけでもなく、いつ人が出てきてもおかしくない感じであった。月面車はゆっくりと通過し、センサーで内部を確認して行った。基地の外れの一画にある原子力発電区画に行くには、どうしても失敗した着陸船のそばを通過する必要があった。

 「センサーには幽霊でも映ってますかね」

林原はハンコックに語りかけていた。

「いや、幽霊ではなく、生命反応があります」

ハンコックの言葉に一同はギョッとした顔になった。


 宇宙服が破れた乗員は死んでいたが、残りの二人は宇宙服に損傷なく打撲と骨折で済み、ハンコックと寺門がギプス包帯を巻いていた。

 「なぜ、我々を助けたのですか」

東洋系の生き残った乗員が言った。彼のロシア語は林原のスマホが訳していた。ロシア系の乗員は黙って林原たちを見ていた。

「地球から一歩外に出れば、日本や中華連合、ロシアや亡命共産中国と言った枠組みに関係なく人類として助け合うべきだと思います」

林原は思いもかけないことを口にしている自分に驚いていた。

「そんなのは弱虫どもの戯言でただの理想だと思ってましたが…」

「そうでもないと思えてきました」

ロシア系の乗員が割って入ってきた。

「あなたたちの目的は何だったのですか」

「我々は共産中国が残した月面原子力発電施設の放射能漏れを利用して大爆発を起こし国際月面基地を破壊しようと、ここにやって来たのです。それなのにまさか助けてくれるとは…」

東洋系の男は目が充血していた。

「それじゃ助けられた後は、我々を殺して任務を達成しますか」

「先ほどまでそのつもりでした。お人よしの日本人を殺して任務達成と。しかし今となっては命令とは言え、そんな自分たちを恥ずかしく思います」

東洋系の男が言うと、ロシア系の男もうなづいていた。

「地球でもそのような言葉を聞きたいものですが、地球に戻れば、そうは行かないでしょうが」

「月に来て気付いたのですが、周囲の環境がそうさせるのかもしれません」

ロシア系の男は何かを悟ったような顔をしていた。

「さて帰りはどうしますかって言っても、船が無ければ帰れるわけはないですか。私は郷に従え党首の林原ですから、私の責任で超法規的な措置は取れます」

「あなたが、あの林原党首ですか…。我々にとって憎しみの対象だったのですが、実際に会ってみると随分と印象が違って見えます」

東洋系の男はロシア系の男と顔を見合わせていた。

「それもやはり周囲の環境によるところが大きいのでしょう」

「なんか地球での諍いが、ちっぽけなものに感じて来ました」

東洋系の男は手を差し出し、握手をしようとしていた。林原はニコやかにそれに応じた。

「地球外の視点、つまり宇宙が人類を変えるとしたら…、世界天下統一の決め手はこれかもしれません。まぁ能書きはこれくらいにして、一応の敵意がなくなったようなので、地下倉庫の放射性廃棄物の処理を一緒にやりましょう。人類のしでかしたことは人類が後始末するのが宇宙のマナーみたいなものですから」

林原は何か大きなものを得た気がしていた。

「でも我々は大した役にはたたないのでは…」

と着陸船の乗員たち。

「パワードスーツもありますし、プログラミングとか、片手や片足でできることをやってもらいます」

林原は大まかな手分け作業を想定していた。

「それで、原因となっている放射性廃棄物は、ここのマスドライバーを修理すれば、太陽方向の誰もいない宇宙空間に放出できます」

周がハンコックの報告を聞いてから、その場の皆に言っていた。


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