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第八十二話 逃亡シャオテンテン

●82.逃亡シャオテンテン

 プロペラ式の水上機はフィリピンのセブ島近くの海域を飛行していた。

「衛星写真とシャーロットの証言に一致する島は、この辺りにあるはずです」

劉は自ら水上機を操縦している。副操縦席に座る林原は後部座席の木戸が双眼鏡を渡されていた。

「…青いトタン屋根の家とソーラーパネルがあり、コンクリートの監視塔がある島は…、木々に覆われてわかり難いなぁ」

林原は独り言のように言っていた。

「衛星写真は最新のものでしたから、シャーロットが逃げ出した半年前とは木々茂り方が違ってますし…」

木戸は林原に言っている感じであった。

「あの建物はなんですか」

林原は比較的大きめの島の建物を言っていた。

「あぁ、あれ、上海基因研究中心と書いてます。日本語で言えば上海遺伝子研究センターとなります。なんか臭います」

劉は高度を下げて良く見えるようにしていた。

「WEA(ワールド・エンターティンメント・エージェンシー)所属モデルの写真撮影にはフィリピンの島が良く使われていますから、つながりがあってもおかしくないでしょう」

木戸は林原から戻された双眼鏡の倍率を上げていた。

 劉はスマホを片手に操縦しながら、部下からのスマホに応対していた。

「今入った連絡で、須藤の遺体が上海の裏路地で発見されてます」

劉は林原たちに日本語で告げていた。

「えっ殺されたんですか。でもシャーロットは連邦警察の留置所にいるはずですよね」」

林原は合点がいかなかった。

「目撃者の証言だと、バーから出たところを女に拳銃で撃たれたようです」

「女ということはたぶんシャーロットではないシャオテンテンですね」

と木戸。

「これは複雑になりましたね。シャオテンテンが複数いるから。早い所、島の26人前後のシャオテンテンを確保しないと」

林原が言っていると、劉が急に高度さげ、水上機は着水態勢に入った。その島から少し離れた海上からドローンを放ち、島の内情を偵察させた。

 シャーロットの証言通りの島には、WEA(ワールド・エンターティンメント・エージェンシー)と上海基因研究中心とのつながりを示す証拠があり、シャオテンテンの育成施設には25人がいることがわかった。


 その日の夜、フィリピン警察と共に島に乗り込んだ林原たち。一挙に25人を保護し、監視役の男女8人も逮捕した。

 「これで、郭社長も人身売買やクローン規制法に引っかかり逮捕ですか」

林原は警察の小型移送艇の座席に座る25人のシャオテンテンを見ていた。

「まだです。須藤を殺した逃亡シャオテンテンと残りの逃亡シャオテンテン数名を確保しないと解決とは行きませんよ」

劉は硬い表情のままだった。

「そのことなんですが、須藤を撃ったのは、シャオテンテン23号・メアリーじゃないですかね。自分のシャオテンテンだからスキがあったのでは」

木戸はぼそりと言った。

「その可能性はあります。それと部下の連絡によると郭はいち早く逃走し、まだ逮捕できてません」

劉は操舵手がレーダーを見て慌てているのを見逃さず、駆け寄っていた。林原たちも後に続いた。

 「妙な船が2隻、尾行しているようです」

操舵手はルソン島に向かって小島の間を縫うように舵を切っていた。

 後方からスペイン語なまりの英語が聞えてきた。林原のスマホは上手く訳せなかったが、

これぐらいの英語なら林原も充分に理解できていた。

「直ちに停船しろ、さもなくば撃つか…、劉さん、この船のフィリピン警察官の武装は拳銃だけでしたっけ」

林原は自分が丸腰だったことに今さらのように気付いていた。

「各自の拳銃と自動小銃が2丁であとはスタンガンぐらいでしょう」

劉が言っていると発砲音がし、身を屈めていた。

「誰だかしりませんが、かなり本気のようですね」

木戸は拳銃を手にしていた。しかし後方からは機銃掃射のような銃撃が繰り返されていた。

 小型移送艇は、夜の海を右に左に旋回させながら、2隻の船の追撃をかわしていた。

「こちらの船は定員オーバーですから、船足が遅く不利です」

と操舵手。林原は操舵室の壁に掛けてあった暗視ゴーグルを見つけた。

「と言われてもな…。小島に隠れたり、浅瀬に誘い込み、やり過ごすことはできないか」

劉は後方に向けて3発ほど発砲していた。小型移送艇の警官も応戦していた。

「やってますけど、奴らもしぶとい。それにフィリピン警察に緊急事態を連絡してますが、救援には時間がかかりそうです」

「まずいな」

「劉さん、この先の岩礁の先に小島が重なるように3つあります。そこで我々を降ろしたらどうでしょうか」

林原は暗視ゴーグルを付けたまま言っていた。この辺の海域に詳しい操舵手はその手があったかという顔をしていた。

「操舵手、我々が弾幕を張っている間に小島に滑り込んでくれ」

劉は小型移送船の後方に向かって行った。フィリピンの警察官たちも後に続いた。

 小島に隠れながら、銃撃戦をする小型移送船と2隻の武装船舶。シャオテンテン25人、監視役の8人、劉、木戸、林原が小島に素早く降り立った。

 すっかり軽くなった小型移送船は警察官を乗せて、再び航行し始めた。小型移送船が動き出すと、2隻の武装船も動き出した。初めのうちは乗員を減らしたことを悟られないように、ゆっくりと進むが、小島から充分に離れると徐々に速度上げた。機敏に動き回る小型移送船。3隻の船は、銃撃を繰り返しながら、縦横無尽に夜の海を走り回っていた。そのうち小型移送船が一隻武装船の横っ腹に向かって突き進む。当然武装船は衝突を回避すると思われたが、そのまま動かずに激しく銃撃をしていた。武装船は既にエンジンを損傷しているらしく煙を上げていた。そこへ小型移送船が突っ込み、2隻は衝突し燃料タンクに引火して大爆発した。2隻とも見る見る間に沈没して行った。

 残る一隻は、しばらく周辺の海域を航行していたが、太陽が昇って周りを見ても、救助をしている警察の船が見えないと去って行った。救援に来た警察のヘリコプターは、遠巻きに小型移送船の沈没を確認すると飛び去ってしまった。


 林原は辺りが朝日に照らされて明るくなると、美形のシャオテンテンに囲まれていることにちょっと夢見心地になってしまった。逮捕され手錠をかけられている監視役の8人が見た目以上に汚い存在に見えた。林原たちは小島を去ろうにも船がなく、スマホで連絡を取ろうとしたが圏外であった。

 途方に暮れていると、物売りのボートが島に近づてきた。

「こんな所で何をしているんだね、あんたら、見かけない人たちだね」

物売りの代表と思われる中年女性が呼びかけてきた。林原のスマホが反応し日本語に訳していた。

「この果物屋や穀物類などで商売しているわけですか」

林原は物売りのボートに歩み寄っていた。

「あたしらは海のコンビニよ。それにしてもここの女性たちは顔がそっくりでたまげたけど、なんなの」

「我々は警察ですが、いろいろと事情がありまして。そうだここの商品を全部買いますから、

我々が乗れる船を持ってきてくれませんか」

「全部かい。わかった。待ってなよ。電動機付きの大きな船を持って来るから」

中年女性は嬉しそうに引き受けていた。


 ゴムボートでルソン島にたどり着き、そこからフィリピン警察のバスに乗った林原たち。バスは警護のパトカー一台ともに舗装が所々めくれ上がっている悪路を走っていた。

「道ぐらい整備できないものかな」

林原はバスの揺れに少し気持ち悪くなっていた。

「地方に予算が回らないから、こうなっているようです」

劉は顔色の悪い林原を心配そうに見ていた。

「劉さん、マニラに着いたらシャオテンテンたちはどうなるのですか」

木戸は後方の座席に座るシャオテンテンたちを気にしていた。

「手続きを済ませてから上海に移送するつもりです」

劉は道沿いに目を光らせているので、口数が少なめであった。

「あの娘たちのこれからが心配だわ」

「案ずるよりも、彼女たちはタフな面があるから上手くやっていくと思うよ」

「でも林原さん、逃亡シャオテンテンの方は、人殺しをやってのけるくらいだから、犯罪者の

道に迷い込まないと良いんですけど」

「あれは島での積年の恨みが爆発したんだろう。後ろの連中を見ると、真面目な気がするが」

林原はバスの激しい揺れに舌を噛みそうになっていた。


 しばらく進むとバンダナで顔を隠し、自動小銃を構えた男たちが荷台に乗るトラックが道路を塞ぐ形で止まった。荷台にいる一人が、グレネード・ランチャーをパトカーに向けて発射する。パトカーは跡形もなく吹き飛んだ。自動小銃を構えた男たちが次々にトラックの荷台から降りてきた。何も言わずに銃撃してくる。バスのフロントガラスにはヒビが入って真っ白になり、ヒビの隙間から弾丸が貫いていた。バスの運転手は真っ先に撃たれ、林原たちは床に身を伏せていた。バスの窓から応戦する警官も次々に狙い撃ちされ、銃声は止んだ。

 荒々しくバスのドアが開けられる。林原たちは両手を挙げて外に出された。その後からシャオテンテン25人が出てきて、監視役だった8人は手錠を外されていた。


 郭はいかにも反政府武装ゲリラ上がりと見える手下を従えていた。郭は逮捕されていた監視役の男女に自動小銃を渡した。

「どうしてこのバスをいきなり襲撃できたんだ」

林原は両手を縛られていた。

「あの物売りたちが話してくれたんで、仲間を集めて待ち伏せすることができたよ」

郭はニヤリとしていた。

「どうするつもりだ」

林原は郭を射貫くように見ていた。

「盗まれたものを取り返すだけだが…、あと、反抗的なシャオテンテンと警察はいらないから消えてもらうか」

「こんなことして許されると思うか」

「あんた、どこかで見たことがある顔だな。おい、顔スキャン端末を持ってこい」

郭は手下に命じていた。

「他人の空似だと思うがな」

林原は無駄だと思うが一応言ってみた。

「この人は連邦警察官だ」

劉が庇うように言ったが、手下が顔スキャン端末を持ってきて林原の顔に向けていた。

 「ん、なるほど、林原さんかい。これは大きなカネヅルだな。人質として一儲けするか。シャオテンテンの風俗店を世界展開するのに資金がいるからな」

郭はニンマリしていた。


 林原たちはシャオテンテンたちと共に、住民を皆殺しにして占拠した農家の半地下倉庫で捉われていた。粗末な身なりのシャオテンテンたちは、不安そうな顔をして、うつむいているばかりであった。

「窓の鉄格子は、かなりさびているから外せそうだが」

林原は半地下の高い所にある小さな窓から差し込む月明かりを眺めていた。

「あの窓ですと、一人ずつしか出られないから全員が出る前に見つかるでしょう」

と木戸。

「林原さんは殺されなくても、私と木戸さんはいつ殺されてもおかしくないです」

劉はちょっと焦り気味であった。

「私がなんとか交渉しますから、絶対に殺させません」

林原は力強く言っていた。


 夜中、林原は物音で目を覚ました。倉庫の周囲を巡回している手下たちが何かにつまづいて転んだようだった。林原はざまぁみろと思って再び寝ようとしていた。しかしピシュッという音が微かに聞こえていた。サイレンサーを装着した銃声に似ていた。林原は、高窓越しに黒い影が動くのを確認した。手下の一人が倒れる音がした。ピシュッ、ピシュッと立て続けに銃声がし、人が倒れているようだった。

 「わかった。わかったから殺すな。彼女たちはここに居る」

郭の怯えた声がして、半地下倉庫の鍵が開けられた。ドアが開き、人が入ってきた。半地下倉庫の照明が点くと、女性としては筋骨隆々のシャオテンテン5人が小銃を手にして立っていた。

「もう、彼女たちも私たちも自由にしてちょうだい」

と口元を赤いバンダナで隠すリーダー格のシャオテンテン。

「何を言う。この恩知らずが。俺らが遺伝子操作しなけりゃ、お前らは生まれなかったし、ここまで育てのは、俺らだぞ」

「あんたらの所有物ではないのよ。人間なの」

赤いバンダナのシャオテンテンは若干悲しげであった。

「それはご立派な事を言うもんだ。クローン人間のくせに。お前らには人権などない」

郭は怒鳴るように言っていた。

「赤いバンダナのシャオテンテンの言う通りじゃないか。ロボットなんかとは違うはずだ」

林原は手を縛られたまま立ち上がった。

「お前は身代金のことを考えてろ。それにシャオテンテン、こんなことをしても自由にはなれないぞ。俺の連絡一つで別の手下が来る」

「それじゃ、こうするまでよ」

赤いバンダナのシャオテンテンはサバイバルナイフを取り出し、ためらいもなく、腹を一刺しした。

「うぇ、何をするぅ…」

郭は身もだえていた。

「連絡できないでしょう」

「この…」

郭は虫の息で睨んでいた。赤いバンダナのシャオテンテンはさらにサバイバルナイフで郭の首をかき斬っていた。周囲には大量の血が流れていた。


 「あなたたちは警察の人ね。この後、私たちを捕まえるつもり」

と赤いバンダナのシャオテンテンは中国語で言った。

「君がリーダーのようだが、なんと呼べばよい」

劉は向けられた銃口を気にせずに言った。

「シャオテンテン5号・リサよ」

「リサ、我々も助けてくれたこともあるので、逮捕はしてもそれなりの配慮はする」

「そう。それでこちらの日本人は林原さんよね。カネになりそうだけど」

リサは林原の方に銃口を向けた。

「郭を殺したことは、それなりの理由があって情状酌量の余地があるが、私を人質にして身代金を要求すると酌量の余地がない犯罪だぞ」

林原は日本語で言っていたが、スマホが的確に訳していた。

「どうしたものかしら…。WEA(ワールド・エンターティンメント・エージェンシー)と上海基因研究中心を潰してくれますか」

リサは郭と須藤を葬ったことで、その先については迷っているようだった。

「それはもちろんだ」

劉は自信たっぷりに言っていた。

「劉さん、この5人のシャオテンテンは、優れた戦闘能力を有しているようですから、今後、我々の役に立つと思います」

林原はスマホの翻訳機能をオフにしてから小声で言っていた。

「君らの自由は認めるが、社会生活をするには、いろいろと必要なことがある。ひとまず、連邦警察が親代わりになり、面倒を見させてくれ」

「私は、日本人で郷に従え党の党首だが、今、劉さんが言ったことの証人になろう」

「もし我々が裏切ろうものなら、君らの戦闘能力で容易に復讐できるだろう。万が一にも裏切るつもりはないが」

劉がダメ押ししていた。

「それともう一つ。君たちのような被害者が二度と出ないように、郷に従え党としては、人工子宮による遺伝子操作クローン人間に対する、より厳格な規制法を作るつもりだ」

林原はさらにダメ押ししていた。

「わかったわ」

リサは銃口を下に向けた。


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