第八十一話 捜査協力
●81.捜査協力
「金城雅之はAIじゃないから自然な演技が見どころね」
木本はエンディング・クレジットを見ながら言っていた。
「中国AI女優のシャオテンテンとのはキスシーンは、どう見ても本物っぽかったよな」
林原はいつ立とうかと木本の様子を見ていた。
「そうかしら、自然さがないから、ちょっと醒めてしまったけど」
「でもこれからはAI俳優が全盛の世の中になるだろうな。スキャンダルはないし、美貌は衰えないから」
「所詮、AIはAIよ。血が通ってない作りものだから」
「好みがわかれるところだな」
林原は、通路を歩いている女性に目が留まった。彼女はシャオテンテンにそっくりであった。
「セイパパ、何を見てんの」
「あの人、シャオテンテンじゃないか」
「AIよ。居るはずないじゃないの。さぁ帰りましょう。久しぶりのデートだったげと、美咲紀が待ってるから帰りましょう」
「ああ、何かお土産でも買って帰るか」
林原は通路の辺りを再確認するが、シャオテンテンらしき人物はいなかった。
党本部の党首室には予期せぬ来客があった。
「中華連合設立の際には、父と兄がお世話になりました。私は今、中華連邦警察の刑事をしております」
劉志高は、サチオ・テラシマのスーツをビシッと着こなしていた。彼は日本語がわかるようだが、スマホの通訳機能を使っていた。
「いやいや、お父さんたちとは同志のようなものでしたから。その後、皆さんはお元気なようで何よりです」
「中国と日本が今日のような良好な関係になって本当に良かったです。それで今回来日の目的はちょっと調べたいことがありまして」
劉志高は手にしていたノートPCをオンにしていた。
「というわけで、シャオテンテンなどのAI俳優のリアルモデルとして、遺伝子操作された人間が世に出回っているようなのです」
劉はいろいろな資料をノーPCに表示させていた。
「ロボットではなく、実際に肉体を持っているわけですか」
「はい。育成には20年近くはかかるので、開発者はかなり前から人工子宮で誕生させていたようです」
「しかしシャオテンテンのデビューは、5年程前ですよね。人気になる前から誕生させ育てていたのですか」
「そこは、AI女優ですから成長段階に応じて作ることができます。ある時点の年齢で芸能界に売り込み、それでブレイクしたら、リアルモデルを売り出したと思います」
「売り出すって、人身売買じゃないですか」
「それが法律的に微妙な所でして、自然生殖でなく人工生殖ですから所有権の問題にもなりますので…」
「でも精子とか卵子は誰から採取したのですよね」
「明確に特定できないようでして、もはや親と言うよりも製作者や創造主という感じですか」
「なるほど、ニーズはありますからね…、そう言えば、先日、映画館でシャオテンテンらしき人物を見かけましたよ」
「本当ですか。やはり私の推測通り日本にも売りに出されていましたか」
劉は身を乗り出して聞いていた。
「他人の空似ということもありますが、見かけたことは事実なので、映画館の防犯カメラを分析したらどうでしょうか」
「有力な情報をありがとうございます。ぜひとも日本の警察と協力して、やつらの尻尾を捕まえたいのです」
「私も日本の警察と共に協力します」
「日本に行ったら、まず有力者の林原さんに会いなさいと父に言われてましたけど、その通りでした」
南千住駅前のバーガーキングに居る林原、劉、警視庁外事課の刑事の木戸菫。
「映画館の防犯カメラに映るシャオテンテンらしき人物を連れて歩いていた男は、南千住駅の防犯カメラに映っていたので、この時刻には駅に来るはずです」
木戸は腕の内側を少し伸ばし腕時計を見ていた。林原はそのしぐさをじっと見ていた。
「林原さん、どうかしましたか」
「いえ。最近の女性は腕時計をそういう付け方をしないけど、やっぱり女性らしさが際立ちますね」
「あぁ、そうですか。これはもし乱闘になった時、腕時計が傷付かないようにということもありますけど」
「なるほど」
林原はちょっと醒めたような顔をしていた。
「あ、来ました」
窓の外を見ていた劉が中国語訛りの日本語で言っていた。
「行きましょう」
林原が言うと3人は素早く店を出てた。
その男を尾行した結果、赤坂にある芸能事務所プレミア・エンターティンメントに行きついた。その近くで張っていると、AI俳優、AIアイドル歌手、外国人タレント、日本人芸能人もマネージメントしているので、AI技術者など様々な人間が出入りしていた。
翌日、林原たちは外事課のデータ資料室に来ていた。
「その男は須藤正也と言います。現在は芸能事務所プレミア・エンターティンメントのマネージャーをしていますが、以前は宝石商、ガードマン、ラーメン店主など職を転々とし、この間に中国人窃盗団に加わっていたので、逮捕されています」
木戸はモニターに資料画像を映しながら説明していた。
「それじゃこの芸能事務所の社長もぐるってわけですか」
林原はいかつい顔の社長の写真を見ていた。
「いいえ。ここの社長は犯罪者の社会復帰に協力的で積極的に採用していますが、どうも社長の好意を踏みにじろうとしているようです」
「中国と人とのツテ、今もあるのですか」
と劉。
「蛇の道は蛇ですから…、あると見るべきです」
木戸は日本のことわざが通じたか気にしていた。
赤坂見附の居酒屋に入っていく林原たち。居酒屋の通路の片側には、敷居がある半個室がありその脇を歩いていくと、ひと際盛り上がっている半個室があった。
「あの政治家のモノマネ漫談で有名なサンギイン占拠さんですよね」
林原は半個室を覗き込むように言っていた。後輩芸人を引きつれて盛り上がっている芸人は、林原の顔を凝視していた。
「ええぇぇ、もしかして、元総理大臣の林原さんですか」
芸人サンギイン占拠は声が裏返っていた。
「よく似ていると言われますけど」
「いゃ、本人でしょう。マジっすか。多少若返っているのは、長寿医療のせいですから間違いない」
サンギイン占拠は林原に握手してきた。
「多少じゃなくて、ずいぶん若返りましたよ」
「こんな所でお会いできるなんて奇遇です。みんなこの方は、元総理の林原さんだぞ」
「先輩、え、マジっすか」
「モノホンだ」
後輩芸人たちは目を丸くしていた。
「そんなに大きな声で言うと、他のお客さんに迷惑になりますから」
「林原さん、よかったら、どうぞこちらへ。お連れの方もどうですか」
サンギイン占拠は林原たちを招き入れていた。
「それじゃ、これも何かの縁ですから、ちょっとだけお邪魔しますか」
林原は笑顔で芸人たちの半個室に入って行った。
林原はサンギイン占拠や芸人たちに酒をつがれ、赤ら顔になっていた。
「このところゴールデンのMCをやっているようじゃないですか。サンギイン占拠さんの腕ですか。それともマネージャーさんの腕ですか」
「林原さん、うちのマネージャーはおっちょこちょいですから、私の腕でのし上がったんですよ」
「それは大したものです。あなたのマネージャーは須藤さんでしたっけ」
「んな、わけないですよ。あの人は別格で敏腕ですから」
サンギイン占拠はとんでもないといった表情をしていた。
「あの須藤さんなら近々移籍するつもりらしいですよ」
後輩芸人の一人が思いついたように口をはさんでいた。
「そうそう、AIアイドル歌手の早瀬花恋を担当している須藤さんなんですが、なんでも飛ぶ鳥を落とす勢いで世界を席巻している中国の芸能事務所に近々行くとか言ってました。でもハッタリかも知れませんがね」
「そうなんですか。中国にね。飛ぶ鳥を落とすと言うと、パラダイス・チャイナでしたっけ」
林原は芸能事務所名を聞き出そうと、適当な名前を言っていた。
「違いますよ。ワールド・エンターティンメント・エージェンシー、WEAですよ」
「世界のエンタメ界には疎いもので。これまた失礼しましたと」
林原はギャグっぽく言い、同行していた劉と木戸の顔を見てニヤリとしていた。
林原たちは上海浦東新区にある105階建てビルのエントランスホールのカフェに居た。WEA(ワールド・エンターティンメント・エージェンシー)がテナントとして入っているフロアは54階なので、60階止まりのエレベーターを利用しいている人を見張っていた。
須藤がWEAの社長・郭と親し気に話しながらエレベーターから出てきた。
「具体的な証拠はつかんでいませんが、やっぱり須藤と郭は窃盗団時代の仲間だったんでしょう」
劉は上海だと自然と中国で話していたが、林原のスマホが訳していた。
「刑事の勘ですか」
林原は視線を須藤たちに向けたまま言っていた。
「そんな所です」
劉は苦笑いしていた。
エントランスホールに駆け込んでくるスカーフを被った女がいた。須藤と郭は脇に避けた。しかし女はミサイルのように追従し郭の正面に立ち塞がる。キラリと刃物が見えたが郭の腕に軽い切り傷つけただけであった。女は飛び出しナイフで再度刺そうとするが、もみ合いになってうまく行かなかった。その女のスカーフがはらりと落ちた。
「君の所のシャオテンテンか」
郭が叫ぶ。林原のスマホが音声を拾って訳していた。
「いや、違います」
と須藤。
「じゃ、逃亡シャオテンテンだな。捕まえろ」
郭が言うと、須藤は女の肩口をつかんだが、飛び出しナイフで切られてしまった。その怯んだすきに女はエントランスホールから脱兎のごとく出て行った。郭たちも後を追ってエントランスホールから走り去っていった。
「あれは、シャオテンテンですよね」
林原は彼女の姿が目に焼き付いていた。
「はい。でも逃亡シャオテンテンと言ってましたから、洗脳が解かれて行動しているものと見られます」
劉は郭たちの後姿を見ていた。
「何人もいる中には、逃亡する者がいるんですか」
木戸は意外という表情をしていた。
「遺伝子操作でクローン的に作られたとしても、性格の個体差は出来るようです」
と劉。
「さっきのシャオテンテンを我々も捕まえることができれば、いろいろと役立ちますよ」
林原はそう言ったものの、どうしたら良いか妙案は浮かばなかった。郭はとにかく行動ということで、エントランスの外へと小走りになっていた。
上海の街角には映画『白昼浪漫』の人気にあやかってシャオテンテンのメイクや演じた役のファッション姿の女性が数多く歩いていた。
「これじゃ、見つけられませんね」
そう言っている木戸もヘアスタイルはシャオテンテン風のインナーカラーになっていた。
「さっきの女の靴は確かスニーカーでした」
と劉。
「そう言えば『白昼浪漫』のスタイルだとハイヒールでしたけど、あの走りっぷりはスニーカーの気がしますよ」
林原は映画館では半分寝ていたが、ハイヒールの靴音で目が覚めた記憶があった。林原たちは女性の足元を気にしながら歩くようになった。
「もう、郭たちに捕まったかもしれませんね」
木戸は路地裏に目を向けていた。
「いや、待ってください。郭を殺そうとして失敗したのだから、また殺す機会を狙うために、あのビルの付近に潜んでいることはないですか」
「うまく逃げていたら、その可能性はあります」
劉は今来た道を戻り始めた。
エントランスホールの女性トイレで手を洗っている木戸。閉まっている個室のドアの下からスカートの裾がちらりと見えた。気になった木戸は、その着替えをしている女性が個室から出てくるのを待った。
女性はスニーカーにフレアスカートをはいて出てきた。顔はキャップを被っているのでよくわからなかったが、体つきがシャオテンテンっぽかった。
「私、シャオテンテンさんのファンなんです」
木戸はその女に向かって中国語で言った。
「いえ、違います」
「だって、そうでしょう。サインください」
木戸はサインペンを渡そうとすると、女は構わず行こうとした。女が強引に行こうとすると手にした紙袋が破れて床に落ちた。すると袖口に血の付いたワンピースが見えた。
「あなた、さっき追われてた人ね。あら、返り血じゃなくて、あなたも切られていたの」
「関係ないでしょう」
「いや、関係あるわ。あなたを保護するために来た警察です。とにかく近くのクリニックで腕の傷の処置をしましょう」
木戸が穏やかに言うと女の敵意が和らいでいた。
中華連邦警察上海支部の取調室。
「それじや、あなたはシャオテンテン35号・シャーロットというわけ」
取り調べは主に女と相性が良い木戸が行っていた。劉は様子を見ながら静かに同席していた。林原は取調室の隣室からマジックミラーで様子を見ていた。
「日本で須藤が連れ歩いていたのは、何というのですか」
「須藤に買われた彼女はシャオテンテン23号・メアリーです」
「須藤が買ったということは、相場的にいくらぐらいなのですか」
「だいたい一人5500万円前後で売られています」
「その気になって100年ローンを組めば、買える額だな」
劉が脇から口を挟んでいた。
「須藤は、郭のはからいの社員割引きで購入していると聞いています」
「それで郭が口にしていた逃亡シャオテンテンというのは、どういうことなのですか」
木戸は劉に促されていた質問をした。
「私たちが育てられたフィリピンの島には42人のシャオテンテンが暮らしている村があり、そこから逃げ出したから、そう言われているのでしょう」
シャオテンテン35号・シャーロットは淡々と答えていた。
「シャーロット、あなたの他に41人ということですか」
劉は半ば呆れ顔であった。
「私が逃げ出した時には10人が売られていたので、今でも…25~26人前後はいると思います」
「まず、その26人前後を救出しなければなりません。島の詳細を教えてくれますか」
劉はシャーロットにフィリピンの地図を見せていた。林原は大きな犯罪組織が関わっていると感じていた。




