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第七十五話 軌道ステーション工事現場

●75.軌道ステーション工事現場

 林原とベルガーは党本部の副党首室で軌道ステーションの工事中継を見ていた。

『打ち上げられたユニットが縦方向に10コ、横方向に10コ連結されたステーションの中心となる部分が画面にいっぱいに広がっている。浮遊している多目的作業ロボットがユニットの接合部分に密閉保護リングを装着させていた。カメラの映像がぐるりと回り、近くにいた有人宇宙船の窓際になりケリーの顔がアップになった』

 「これが現在の状態です。まだステーションの中心となる部分は与圧されてないから、人間の作業員は近くの宇宙船から操作しています」

工事現場の作業監督宇宙船にいるケリーは船内作業服を着ていた。

「順調そうですね」

林原は英語がかなり話せるようにはなっていたが、一応スマホの通訳アプリは使っていた。

「はい。作業工程は予定より1週間程遅れていますが、想定の範囲内です」

「無重力には慣れましたか」

ベルガーはケリーの顔色を気にしていた。

「…どうも慣れませんね。でも慣れる頃には地球に戻る予定です」

ケリーはお手上げというゼスチャーをしていた。突然船内で警報が鳴り始めていた。

「ケリーさん、どうしました。警報が鳴ってますけど」

「わかりませんが。今の所、呼吸はできてます」

ケリーは近くの柱にある酸素濃度計を確認していた。

「必要ならば、アメリカの観測ステーションに救援を要請します」

「あぁ、なんか船外であったようです。一旦中継はオフにします」

 中継画像が消え、真っ暗になったモニターにはあ然とした林原とベルガーの顔が反射して映っていた。

「多目的作業ロボットが故障したんでしょうか。何事もなければ良いのですが」

ベルガーは不安げであった。

「ロボットの故障ぐらいでは警報は鳴らんでしょう」

林原もいつになく不安げであった。林原のスマホに中華連合代表の劉玄仁からの着信があった。

 「バイコヌール宇宙基地から打ち上げられたロケットが亡命中華人民共和国軍のものと確認できたのですか」

林原はベルガーに聞こえるように復唱していた。

「はい。その上、軌道上で神舟68号を分離し、軌道ステーションの工事現場に向かっているとのことです」

劉玄仁は中国語で言っていたが、スマホが焦っている声色を含めて日本語にしていた。

「そういうことか…。また新しい情報が入ったら連絡してください」

林原はスマホを強く握りしめて通話をオフにした。 


 「ベルガーさん、軌道ステーションの工事を妨害しに来たのは明白です。やつらは独立後のチベットが注目されるのを嫌ってますから」

「それに軌道エレベーターが我が党の大失態となれば、中華連合を転覆させるきっかけになりますよ」

「こうして手をこまねいているのは…。そうだ、アメリカ軍と契約しているフレンドスペース社に連絡してイーグル5号で応戦してもらえないかな」

「イーグル5号ですか。えぇと工事現場からだいたい6時間の距離の所でスパイ監視衛星の修理をしていますよ」

ベルガーは手早くノートPCで調べていた。

 「変な通信が入ってます。バーチャル会議室に来てください」

木本が副党首室に駆け込んできた。


 バーチャル会議室の等身大モニターには、東洋系の男が映り、その傍らには飛び出しナイフを突きつけられたケリーが浮遊していた。

「おぉ、ようやく来たか。この女はあんたら郷に従え党の党首だったよな。こいつを殺されたくなかったら、今すぐ、このバカげた工事を止めろ。そして身代金の80億円を取りあえず用意しろ」

と東洋系の男。スマホの通訳機能は口調まで再現して日本語にしていた。喋っているのは中国語らしかった。

「国際事業の工事だ。止めることはできないし、80億円なんか到底無理だ」

「あんたは林原さんだよな。80億円を用意しなきゃ、ケリー党首をあんたが見殺しにしたことになるぞ」

東洋系の男はケリーの首元に飛び出しナイフを強く押し付けていた。ケリーは私に構わないでと英語で言っていた。

「早まるな。わかった。あんたの名前はなんだ。どう呼べばよい」

「そうさなぁ、主席代理と呼べ」

「中国人か」

「中華連合でも、中華連邦でも、中華民国でもない正統な中国人だ」

「しかしいきなり言われても、時間をくれ」

「時間稼ぎか。いくら待ってもアメリカのイーグル5号は来ないぞ。我々が破壊したからな」

「おい、そんなことしたら、アメリカが黙っていないぞ」

「それも想定内だ。郷に従え党諸国が束になって向かってきても、ここ宇宙ではロシアなどの旧共産諸国や国境なき地球党諸国が合わされば容易に叩ける」

主席代理はあざ笑っていた。

「とにかく時間をくれ。多額の投資を既にしている郷に従え党諸国を説得しなければ工事は中止できない。

それにカネもだ」

「カネなら、お前の一存で80億円ぐらいは何とかなるだろう」

「何を言っている無理だ」

「それなら、誠意を見せるためにまず40億円を用意しろ」

「無理だ」

「それなら仕方ない。ケリー党首と共に居たアメリカ人をハッチから外に出すか」

「よせ。わかった20億ならなんとかする」

「それでは、午後3時までにこのウォレットにビットコインで送金しろ、後30分以内だな」

主席代理が言うと、モニター画面の下端に送金先のアドレスが表示された。

「ウォレットか、…ん、俺は時代遅れかもしれないが、現金派なので、仮想通貨やウォレットには疎いもので1時間ぐらいかかると思う」

「な、わけねぇだろう」

「本当だ」

「部下にやらせろ。30分いや、あと29分だ」

主席代理は通信を切った。


 党本部のバーチャル会議室。

「20億円をビットコインで送金ですか…、ケリー党首の命に代えられませんよ」

ベルガーは仕方ないと言う表情をしていた。

「送金などしても、奴らがケリー党首を解放するかどうかはわからない」

「しかし林原さん、あと25分ですよ」

「木本、この件を国境なき地球党は知っているのだろうか」

「主席代理の言い方ですと、知っている可能性は高いでしょう。でもなんの動きもないようですから静観していると思います」

「でもなんか、引っかかるんだ。軌道エレベーターの工事を中断させることなど、力ずくでできるだろうに。イーグル5号を破壊したのだから」

林原はベルガーと木本の顔を見ていた。

「確かに」

ベルガーは思わずうなづいていた。

「亡命中華人民共和国政府は何か声明を出しているのか」

「劉代表の情報網によるとこちらも動きはないとしています」

と木本。

「静観しているのか。上手く行ったら追認するつもりかな」

「その可能性ありますよ」

とベルガー。

「身代金の要求も解せない。払えそうな額に下げて行ったからな。今の世の中、100年ローンを組めば、億の借金をできないわけではない。個人や小さな組織でも宇宙船を打ち上げることはできる。木本、シュルツやミュラーに最近、個人や小さな組織が数十億から数百億単位のローンを組んでないか調べさせてくれ。全世界のな」

「全世界ですか。いくらAIでもそれは…」

「だとしら、ロケット打ち上げ会社に数十億単位以上のカネを振り込んでいる個人や組織があるか調べてくれ。20分以内にな」

林原が言っているうちに木本はシュルツに連絡していた。


 「木本、シュルツからの連絡はまだか」

林原は腕時計を見ながら焦っていた。木本は首を横に振っていた。

「こちらから連絡して急かしますか」

とベルガー。

「手を煩わせるだけだろう」

林原が言っているとバーチャル会議室の通信がオンになった。

 「林原さんよ。どうした、そろそろ期限の時間だが」

主席代理とナイフを突きつけられたケリーがモニターに映っていた。

「えっ待てよ。額が大きいから送金に時間がかかっている」

「よっぽど古いPCを使っているとでも言うのか」

「そうだ。とにかく俺はデジタル・ネイティブじゃないから。これはウィンドウズ8.1か10かな」

「お前はいくつだよ。とぼけんなよ」

「あ、ダメだ。送金できなかった」

「バカ野郎、この女を殺す」

「おい待て。おいよせ、大切なカネヅルだろう。殺したら元も子もないぞ」

「お前と遊んでいる程、暇じゃないんだ」

「さっきも言ったが、俺は現金派だ。俺が現金を持ってそちらに行く。打ち上げ代がかかるが、ローンを組めば何とかなる。それで札束を持った私と引き換えにケリー党首を解放してくれ。これでどうだ」

林原は主席代理の表情を凝視しながら言っていた。

「お前が来ると言うのか。面白い。できるものならやってみろ」

主席代理は絶対に無理だとあざ笑っていた。

「おう、やってやろうじゃないか。ただし打ち上げには時間がかかるが」

「そんなことはない。時間はかからんぞ。日本にはH4ロケットがあるだろう。それに、おおたか3号を乗せればすぐに打ち上げられるだろう」

「あぁ、俺はロケットの打ち上げにも疎いもので…」

「期限は3日以内だ」

「あんたはロケットの打ち上げに詳しいのだな。脱帽するよ」

「早くしろよ。水や食料の予備はそれほどなさそうだからな」

主席代理は通信をオフにした。


 「林原さん、あんなこと言って、本当に行くんですか」

「ベルガーさん、止めても無駄よ。主人は絶対に行きますから」

「今度は若気の至りじゃ済まないかもしれませんよ」

「ベルガーさん、これは若さに関係なく、大切なケリーさんを失いたくない気持ちからです。それに奴の表情からすると、亡命政府とは関係なく、勝手にやったことのようです」

「あなた、シュルツさんから連絡がありました。カザフスタンのロケット打ち上げ会社に最近、数十億単位の振り込みがあり、神舟を打ち上げてくれという依頼があったそうです」

木本は林原の読み通りという表情をしていた。


 おおたか3号は3人の宇宙飛行士が横並びに座り、林原はその真ん中に座っていた。多少の宇宙飛行士訓練はしていたものの、急遽乗ったロケットの打ち上げ加速に驚きは隠せなかった。しかし体調に異常はなく、軌道上にたどり着いた。おおたか3号の操縦はほぼ自動だったので、林原は特にすることはなかった。同乗しているアメリカ宇宙軍兵士の男性の方は小出力レーザー銃やスタンガンのバッテリーをチェックしていた。

 「パターソンさん、これを撃ち損じたら、宇宙船に穴が空くのですか」

林原は興味深げにレーザー銃を見ていた。

「大丈夫です。人間の皮膚や衣服を焦がすくらいなので、宇宙船の壁面に何十秒も連続照射しない限り穴は空きません」

パターソンは日本宇宙開発機構の船内作業服を着て、操縦士ということで同行していた。

 「ヒックスさんは私の秘書ということで同行してもらってますが、日本語をどこで学んだんですか」

「秘書なのにヒックスさんは、変ですよ。アマンダにしてください」

女性兵士のヒックスは、郷に従え党のロゴが入った船内作業服を着ていた。

「わかりました。それでどこで」

「京都の同志社大学に留学していたもので」

「それじゃ京都に詳しいんですね」

「…当時は、中国人観光客でどこも混んでましたから、寮に閉じこもってばかりで詳しくないですね」

アマンダは淡々としていた。


 作業船が2隻と作りかけの軌道ステーションが眼前に迫っていた。

「あの右の方が、ケリー党首が捉われている作業監督船ではないですか。神舟68号もドッキングしてます」

パターソンは武器類をポケットにしまい込んでいた。林原は無重力なので軽々と札束の入ったジュラルミンケースを重ねていた。おおたか3号の通信装置がオンになった。

 「おい、やっと来たか。カネは持ってきただろうな」

主席代理は嬉しそうにしていた。傍らにいる縛られたケリーは目つきは鋭いものの、痩せた感じであった。

「ケリー党首は無事か、それに他の作業員たちはどうした」

林原は船内モニター画面を食い入るように見ていた。

「ご覧の通り、女は無事だ。怯えていた他の連中は水や食料がなくなったので地球に戻ったようだ。今ここに居るのは、我々だけだ」

「5万円札で20億円持ってきた。まずケリー党首を返してもらおうか」

「おぉっと、あんたに指図される筋合いはない。俺が指図する。この作業監督船にドッキングしろ。それから俺の合図でお前が一人でカネを持ってこちらに来い」


 おおたか3号のドッキングハッチの確認LEDが赤から青に変わった。林原はハッチのハンドルを回して、ハッチを開ける。ほぼ同時に作業監督船側のハッチも開いた。林原はジュラルミンケースを前にして作業船監督船に浮遊してきた。主席代理は林原の顔を確認し、船内作業服に武器を隠し持っていないか確認していた。

 「俺一人では運ぶのに時間がかかるから、秘書と手分けして運ぶぞ」

林原は船内をぐるりと見回し、ケリー党首の居場所を確認していた。ケリーの近くには主席代理の手下が二人いた。林原は犯人は単独犯だと踏んでいたが、3人のようだった。

「林原さんよ、カネはここで俺が確かめたら、次は神舟68号に運んでくれ。良いな」

「わかったが、ケリー党首のロープを解いてくれ」

「いや。まだだ。カネの確認が終わるまでな。おや、お前の秘書は女か」

主席代理は好色そうな目でアマンダを見ると、女性なので少し警戒感が緩んだようだった。アマンダは、怯えたようなしぐさをしながらジュラルミンケースを運んでいた。

 「よーし。確認した。20億円あるな。現金は結構かさばるな」

主席代理は陰険な顔で高笑いしていた。

「それでは、ケリー党首を解放してくれ」

「バカ野郎。平和ボケの日本人め。お前も含めて党三役のうち二人を人質にして、残金の60億円の交渉と行こうじゃないか。残りはベルガーとかいうドイツ人だったよな」

主席代理は手下に命じて林原とアマンダを縛り上げた。

 「主席代理、おおたか3号には操縦士がいますが、どうしますか」

手下の一人は、センサーで確認していた。主席代理はいまいましそうにしていた。

 「林原たちを殺されたくなかったら、さっさと地球に戻れ」

主席代理は作業監督船のマイクを取ると、おおたか3号に向けて怒鳴っていた。

 

 おおたか3号はハッチを閉めるとすぐに作業監督船から離れて行った。

「あんた、初めからそのつもりだったのか」

林原は悔しそうにしていた。

「臨機応変に考えたら、これがベストだと思ってな。でもまさかあんたが現金を持ってノコノコ来るとはラッキーとしか言いようがない」

「さてと、林原さんよ。ベルガーに連絡を取ってもらおうか」

「そんなこと、できるか」

林原が言っているとアマンダは自分を縛っていたロープとケリーを縛っていたロープを解き終わっていた。さらにアマンダは手下の様子を見ながらケリーにナイフを渡し一緒にいたアメリカ人のロープを切らせていた。

 「てめぇ、日本人のくせに偉そうに」

主席代理は縛られている林原を引っ立てて、通信カメラの前に押し付けた。林原は、頭突きをして主席代理をひるませた。林原たちの背後ではアマンダが素早く手下二人からナイフを奪い喉をかき切っていた。

 主席代理が林原を飛び出しナイフで斬りつけようと振りかぶった瞬間、緊急船外ハッチが開き、空気が一気に抜け船内が嵐のようになった。宇宙服を着たパターソンが忍者のようにスルりと船内に侵入し後ろ手にハッチを閉める。嵐が急に収まった。パターソンはレーザー銃で主席代理の右肩から腕にかけてをレーザーを照射した。皮膚が焦げる臭いがする。主席代理は自分の皮膚が焦げるのを見ながら悶絶していた。林原は、主席代理を蹴飛ばして、パターソンの方へと追いやった。パターソンは、グッドジョブという仕草をして、主席代理の腹にパンチの一撃を食らわしていた。


 「林原さん、ここまで危険を冒すとは、やはりあなたは我々の救世主です。かけがえのない同士です」

ケリーは林原に飛びついて抱擁していた。

「私にとってもケリーさんはかけがえのない存在です。ここまでするだけの価値は充分にあります。まぁ、ちょっとは宇宙に行きたい気持ちもありましたけど」

林原とケリーは宙に浮きながら、くるりと回っていた。それを嬉しそうに見ているパターソンとアマンダ、運悪く居合わせたアメリカ人。

「我々もイーグル5号のアメリカ人を殺した張本人を捉えることができました。いろいろと取り調べて死刑にしますよ」

「パターソンさん、でもそいつの背後には亡命政府も国境なき地球党もいなそうですけど」

「それでもアンダーソン大統領の面目は立ちますし、我々宇宙軍の存在感も上げられますから」

パターソンは縛り上げた主席代理をハッチの方へと押していた。


軌道エレベーターの工事現場シーンを描いたものをワールドキングダム登場アイテム図鑑としてnoteに

アップしています。

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