第七十四話 若返り
●74.若返り
オレゴン州ポートランド近郊のコロンビア川のゾービ島にある、連邦特別刑務所の面会室は収監者と面会者の間に強化ガラスの敷居があるが、ちょっとしたホテルのロビーのような雰囲気があった。広々とした面会室の四隅に刑務官が立っていた。
「ハロルド、どうしましたか。収監されたと聞きまして駆けつけましたよ」
林原は面会者側のマイクに言っていた。
「おぉセイシロー、よく来てくれたな。全くもって言いかがりだが、この様だ。私を陥れた奴らをいずれギャフンと言わせるつもりだが」
強化ガラスの向こう側のウォレスは元気そうであった。
「連邦反逆罪とか聞きましたが、アメリカを愛するハロルドがそんなことをするとはとても思えません」
「以前に私が築いた国境線上の壁だが、国境なき地球党の連中が壊そうとしたから、州兵を率いて討伐に行ったのだが、今の私の身分は、いち上院議員だから大統領のような振る舞いは国家に対する反逆に匹敵すると言うのだ。全く話にならん」
「アメリカにも国境なき地球党を支持する者がいるのですか。私はてっきり、いないものと思ってました」
「このところ、じわりじわりと増えてきているのだ。民主党とつながりがあるとも言われている」
「しかし現在の大統領はハロルドの信任が厚いエミリア・アンダーソンではないですか。いきなり収監することなどないはすですが」
「彼女も上手く丸め込まれたようだ。それでも彼女のはからいで、この特別刑務所になっているがな」
「豪華な刑務所とは言え、刑務所ですからね」
林原は面会室を見回していた。
「セイシロー、アンダーソン大統領に早いところ、この現状をなんとかしろと直接言ってくれ。昔の西部劇を見るのも飽きて来たからな」
「はい。わかりました。それで差し入れには和菓子をいくつか持ってきたので堪能してください」
「和菓子か。セイシローは気が利くな」
ウォレスは嬉しそうにしていた。
林原たちはワシントンのホワイトハウスでアンダーソン大統領を訪ねていた。
「面会なさったのですね。ウォレス氏はさぞかしご満悦のことでしたでしょう」
アンターソンは年齢の割に体型を維持していて、タイトスカートをはいていた。
「はい。しかし言いかがりだと、かなりお怒りのようでした」
「ウォレス氏は以前のように…、長寿医療をして若返ってからというもの、何かと自制が利かなくなったようでして、もはや友人の林原さんが何を言ってもいさめられないのではないかと思います」
「そうですか。それで、国境線の壁でひと悶着あったようですね」
林原はここまで英語で言っていたが、スマホの翻訳機能をオンにして、誤解がないようにした。
「アクションスターばりにサブマシンガン乱射し死傷者出した上に、20人ほど爆殺しています」
監視カメラの映像をまとめたものがあるのでご覧ください。
「そうなんですか。若さを手にして長年の鬱憤が爆発したのかもしれません」
林原は大統領執務室のモニター画面を注視した。同行している木本と田沢もモニターに目を向けていた。
『国境線の壁の近くに軍用トラックが止まり、ロボット兵士と人間の兵士が次々に降りてくる。アメリカの州兵たちは作戦行動のように散らばり発砲を始めた。壁を重機で破壊していたラテン系の男たちは撃ち抜かれ、重機は動きを止めた。すぐに何台ものピックアップトラックに乗った民兵たちがやってきた。怒号を上げて降りると応戦し始めた。この様子を撮影していた監視カメラに弾丸が当たり、ノイズだらけになった。別の角度から捉えていた監視カメラの映像に切り替わった。州兵を率いている指揮官は背格好からするとウォレスらしかった。部下たちは民兵の背後に回っていく。その指揮官は自動小銃を捨てて、サブマシンガンに持ち替え、破壊者たちの隠れている茂みやバラックを片っ端から打ち抜いて行った。部下が手榴弾を投げ、ピックアップトラックを吹き飛ばしていた。いずれも国境線のアメリカ側だったが、既に破壊された所からメキシコ側に越境し、民兵たちを追撃していた。指揮官がヘッドセットのマイクで何か言っていた。その後すぐに指揮官たちはアメリカ側に撤退していった。壁の付近には誰もいなくなり、気になった民兵たちが集って来ると、ミサイルが打ち込まれ、監視カメラの映像がノイズだらけになった。かなり離れた位置でホバリングしていたドローンの映像に切り替わった。ミサイルが撃ち込まれた辺りは、大きな穴があき、泥や壁のコンクリート片、肉片のようなものが散らばっていた』。
「以上なんですが…」
アンダーソンはモニターのリモコンを手にしていた。木本と田沢はあ然とした表情であった。
「あの指揮官は、ハロルド…いやウォレス氏なのですか」
「歩き方や身のこなしなどをAIで画像分析すると、98%の確率でウォレス氏と判明しました」
「かなりド派手にやってますね。たぶん本人はかなり気分爽快だったんでは…」
林原は言っているとアンダーソンはちょっと顔をしかめていた。
「ゲームなら良いのですが、これは本物ですから。やって良いことと、ダメなものがあります。アメリカは法治国家なのですから」
「はい。そのとおりです。大統領のお立場が厳しいことはわかります」
「判例からすると求刑は懲役300年ぐらいでしょうが、実際は懲役200年という所でしょうか」
「あぁ、昔でしたら200年というのは無期や死刑のようなものですが、不老不死の世の中では
刑期を終えて出て来られるますね」
林原は今の世の中、ウォレスが死刑にならない限り、今生の別れにはならないと感じていた。
「この監視カメラの映像があるので、弁護のしようがなく、連邦裁判所に従うことになると思います」
「人はだいたい年齢を重ねるごとに性格が丸くなると言われてきましたが、長寿医療では、性格が先鋭化することもあるようですね」
「誰もがこうなるとは考えられませんが、ウォレス氏の場合は、このようになるようです」
「あの監視カメラの映像を隠蔽することは、考えているのですか」
「いいえ。アメリカはどんなに落ちぶれたとしても権威国家ではないですから」
「やはり、アンダーソン大統領はモーガンさんが見込んだだけのことはありますね」
「林原さんは、ウォレス氏を救おうと動くおつもりですか」
アンダーソンは鋭い目つきになっていた。
「個人的にはそうしたい気持ちはありますが、私も郷に従え党を率いる一員として、出来ることとできないことがあることは、充分わきまえているつもりです。それに200年も経てば会えるわけですから」
「それを聞いて安心しました」
アンダーソンは胸のつかえが取れたような表情をしていた。
「林原さんは、いつ長寿医療をするつもりっすか」
田沢はワシントンの空港ロビーのソファに深々と座っていた。
「そうだな、近々宇宙に行くようになるから、その前に長寿医療をしておくかな」
林原は痛みのある歯をさすっていた。
「あなたが、長寿医療をしたら、ウォレス氏のようになるのかしら」
木本は、ぼそりと言っていた。
「…俺の場合、ユカリン、いや木本や田沢、ベルガーさんやケリーさんが周りに居るから自由に振る舞えないだろう」
「ド派手に暴れ回ることはないっすかね。若返るんっすよ」
「その時は、田沢がいさめてくれ…、いや同調して一緒に暴れ回るかな」
「詰まる所、本来その人が持つ性格が鍵になるのじゃないかしら」
木本は林原のことを心底知っているから、大丈夫だと感じているようだった。林原たちは、長寿医療について考えさせられる面があることを感じながら帰国した。
林原は短パンTシャツの自分の姿を個室の姿見で見ていた。だいたい35才前後の見た目であり、体力的にもその年齢程度になっていると担当医に言われていた。勝浦にある長寿医療センターの個室の窓から外を見ると、雲一つのない青空と水平線が隔てると太平洋が一面に広がっている。この日が若返った身体に慣れるためのリハビリの最終日であった。
「お出かけですか」
看護師が朝食を運んできた。
「今日は天気が良いもので、朝飯前のジョギングをしようかと思って」
「リハビリも順調で良かったです。奥様は明日、家族とともにお迎えに来ると言ってました」
「そうか、今日は久々の独身最後の日みたいな気分だよ」
林原はジョギングシューズの靴紐を結んでいた。
長寿医療センターを出た林原は近くの官軍塚展望台付近の坂道を上り、ぐるりと一周していた。体の調子が良いので、このまま鴨川まで走って行こうかという気になっていた。しかし海の方に下っていった。漁港付近の駐車場には、勝浦市観光課のTシャツを着た男女が自転車のようなドローンを組立てていた。林原は、気になったので、その場を仕切っている職員に近寄って行った。
「これは何ですか」
と林原。
「あ、はい。フライング・サイクルです。電動アシストの空飛ぶ自転車でして、人力+モーターで、この3つのローターを回転させて空を飛びます」
「空飛ぶ自転車…、私が総理大臣の時に研究開発している人達がいましたが、本格的に実現したのですか」
林原が総理と口にした瞬間、勝浦市の職員たちは作業を中断して注目していた。
「あ、はい。もしかして林原元首相ですか。顔がお若いから、息子さんかと…、そうか。そこの長寿センターに来てたのですか」
仕切っている課長が言っていた。
「しかし体力がないと、飛ぶのは難しそうですね」
「今の林原さんなら、問題なく飛べますよ。これを観光の目玉にしようと思いまして、今、実演してみせますから、ご覧ください」
職員の女性がフライング・サイクルのペダルをこぎ出すと、ローターがうなり音を発てて回転し始めた。ローターの角度操作を確認すると、さらにローターの回転数が上がり、ふわりとフライング・サイクルは飛び上がり、前方に進んで行った。
「これは素晴らしい、観光の目玉になると私が太鼓判を押しますよ」
「これはデモ飛行用なので、2分しか飛べませんけど」
「私も飛んでみたい」
「ぜひともお願いしますよ。林原元首相が飛んでくれれば良い宣伝になります。バッテリーを充電し直しますので、お昼頃、またここに来てください」
「林原さん、もしもの時のためにライフジャケットは付けてください」
勝浦市の観光課長はライフジャケットを林原に渡した。
「海に墜落しないようにこぐつもりだが、決まりだから身に着けるよ」
林原は既にフライング・サイクルに跨っていたが、一旦降りてライフジャケットを装着していた。
「林原さん、それと…、墜落しないとは思いますが、スマホが水浸しになるなるかもしれませんので、
これに入れると良いと思います」
観光課長は防水ポーチも手渡そうとしていた。
「あぁ、スマホは置いていくよ。ながらスマホは危険だから」
林原は冗談っぽく言っていた。
「はいはい。わかりました」
林原はペダルをこぎ始める。ローターが回り出し、電動アシストモーターのうなり音がすると、ローターはフル回転する。林原はさらに強くこぐとフライング・サイクルは浮かび上がった。この様子をSNSにアップしようと観光課長たちはカメラを向けていた。
「観光課長、それじゃ楽しんできます」
林原は手を振る。フライング・サイクルはさらに高度を上げて海上へと飛んで行った。
フライング・サイクルが飛んでいる下をイルカが飛び跳ねながらついて来た。フランイング・サイクルが落とす影と戯れているようにも見えた。ローターが日差しを遮るが海面の照り返しが眩しかった。林原はイルカに誘われるように勝浦湾の出口あたりまで来てしまった。振り返ると遠くに見える漁港の駐車場では、観光課長たちが手を振っていた。良く見ると戻るようにしぐさをしていた。しかし気分が良い林原はそのまま飛行した。湾を少し出た所で突風にあおられ、フライング・サイクルはバランスを崩した。しかしハンドルを操作してすぐにバランスを取り戻していた。林原は足取りも軽く、電動アシストがなくても飛べるように気になっていた。
当初は勝浦湾を一周して戻るつもりだったが、海中公園まで飛行してから戻ることにした。必死にフライング・サイクルをこぐ林原。ボラの鼻と名付けられた岩場の近くでまで飛ぶと、バッテリーの警告LEDが点灯していることに気が付いた。舌打ちをする林原だが、若さのパワーで何とかなると思い、ペダルをこぐ足に力が入っていた。しかし、電動アシスト力が弱まるに従い、フランイング・サイクルは高度を下げて行った。バッテリー残量がゼロになると、ペダルの力だけでローターを回すことになる。ローターのうなる音がしなくなり、海面が眼前に迫ってきた。なんとかこいで、岩場の方へ行こうとしたが、運悪く向かい風となり、思うように進めなかった。ダウンバーストのような風をうけてフライング・サイクルはストンと海に落ちた。車体は見る見るうちに沈んでいく。林原は足をペダルから外して、ライフジャケットの浮力で波間に浮かんだ。
勝浦漁港の駐車場から見通せない場所なので、林原が墜落したことなど知る由もなかった。林原の頭には、シマッタという文字が浮かんでいた。上空から見た海面は、ないでいるように見えたが、実際に海面で浮いていると結構波があった。まさか、こんな所で死ぬとは思えなかったが、長寿医療をしてすぐの出来事なので愕然としていた。しかし岩場に釣り人もおらず、漁船も航行していなかった。急に林原は恐怖を感じた。ライフジャケットで浮いているものの、長く海水に浸かっていれば低体温症になる可能性はあった。もしここで溺れたら生き返ることはできるだろうかとも考えた。
波をかぶった林原がふと顔を上げると空飛ぶ車のローター音が聞えてきた。勝浦湾の方向から空飛ぶ車が飛んできた。すぐに林原を発見できずUターンしかけたが、気が付いたらしく戻ってきた。
「林原さん、大丈夫ですか」
観光課長の声が空飛ぶ車のスピーカーから聞こえてきた。
「ここだぁ、何とか浮いている」
林原は海水を飲みながら叫んでいた。
「バッテリーの消耗時間を考えたら戻って来ると思いましたが、あぁ、やっぱり無理しましたね」
「申し訳ない。フライング・サイクルを沈めてしまった」
林原が言っていたが、観光課長の耳には届いていないようだった。
空飛ぶ車からロープが降ろされ、それにつかまって岩場まで連れて行ってもらった林原。岩場の近くまで入れる道には救急車が待っていた。
その日の夜、木本、娘の美咲紀、田沢、ベルガー、ケリーは心配して一日早く長寿医療センターに駆けつけた。林原の個室に5人がなだれ込んだ。木本は林原の顔を見るなり、ちょっと微笑んでからムッとした。田沢たちもホッとした表情になった。
「もう、まったく」
木本は頬を膨らませていた。
「いゃぁ、若気の至りというところか」
「いくら体が若返っても、立場と責任は実年齢分蓄積されているのですから、気を付けてください」
木本はピシャリと言い放っていた。
「俺には過ぎたる妻がいるから、ハロルドのようなことにはならんだろう」
「あたしが、長寿医療の時には、あなたがたしなめてくださいよ。あたしもどうなるかはわかりませんから」
「わかったよ」
林原は木本をぎゅっと抱きしめていた。この二人の間に美咲紀がちょこちょこと歩み寄って入って来た。その様子を田沢、ベルガー、ケリーは、微笑みながら見守っていた。
第74話に出てくる電動アシスト空飛ぶ自転車を、ワールドキングダム登場アイテム図鑑として、noteにアップしています。




