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第七十二話 党の方針

●72.党の方針

 年初、郷に従え党本部の会議室には党三役が集まっていた。

「アフリカや太平洋の島にある国々は暑さもしくは海面上昇で住めなくなるので、どうしても国境なき地球党が与党になりやすいと言えます。これらの国々に郷に従え党を与党にする方策は何かありますか」

ケリーはこの年から党首になっていた。

「暮らしそのものに支障がある国々では長寿医療や軌道エレベーターといった人類長年の夢はそれほど魅力的ではないし支持されないのでしょう。ある意味仕方のないことかもしれませんね」

副党首のベルガーは、半ばあきらめ気味であった。

「我が党では、人の行き来はある程度制限するという立場ですから、地獄のような環境の国内に留まれというのは酷と言えますね。しかしその国に居られる環境を提供し他国に逃れる必要をなくせば、状況は変わるではないでしょうか」

幹事長になった林原は、漠然と言っていた。

「地下都市のようなものを作るということですか」

ケリーはそんなことかという顔をしていた。

「ざっくり言ってそんなところです。あぁ、待ってください。系外惑星に第二地球を見つけた際には、優先的に移住できるというのも良いかもしれません」

林原は慌てて付け加えていた。

「第二の地球は、まだ先の話ですし、当面は外部環境の影響を受けないドーム都市や地下都市、浮体都市を共同で構築するという方策はどうですか」

ベルガーが多少現実的な案を提示していた。

「元々居た場所でその国の伝統や言語は語り継がれていくわけですね。まさに郷に従え党の理念に則しています。世界天下統一のために変に国境なき地球党の現実協調派と妥協するよりは、我々らしいやり方だと思います」

ケリーは少し微笑んでいた。

「この地下都市や浮体都市は、新居住地に関わることでもあるので、国際新居住地探査機構の2番目の国際事業として立ち上げたいと思います」

林原の頭には地球のみならず月面や火星も視野に入っていた。


 林原たちはカンボジアの首都プノンペンにある郷に従え党カンボジア支局に向かって歩いていた。

「熱波でタクシーのエンジンが故障とは参ったな」

「林原さん、仕方ありませんよ。この暑さでは…えぇぇと気温は45℃です」

総合情報局員の市原はスマホで気温を確認していた。

「これじゃ、他国に逃れたくなるよな。国境なき地球党が支持されるわけだ」

「でも、伝統文化や宗教、言語は捨てることになるんですよね」

「そこが我々と根本的に違う所だがな」

林原は額から噴き出す汗をタオルで拭っていた。


 カンボジア支局の応接室では古いエアコンがフル稼働していた。

「林原幹事長、カンボジアによくぞいらしてくださいました」

カンボジア支部長のソク・プラタナは日本に留学経験があり、日本語が堪能であった。

「しかし暑いですな。日本の暑さでヒィヒィ言っているようではカンボジアの人に笑われますね」

「日本よりも赤道に近いですし、高地は東北部に少しあるだけですから、どこもかしも暑いです」

「この暑さ追い風にしているのが、国境なき地球党なので、我々としては、余計に苦々しく思えてなりません」

「最近の世論調査では郷に従え党を上回る支持率を得ているので、与党の座を明け渡すことになりそうです」

「ここは頑張りどころですね」

林原は地下都市計画などを話そうか迷っていた。

「それで私は今回の下院選に出馬するのですが、ぜひとも林原幹事長に応援演説をしていただきたいのですが」

ソク・プラタナはせっかく訪れたのだからという顔をしていた。

「あぁ、それは構いませんけど。できたら、私の応援はない方が良いでしょう。下手すると外国勢力の手先とあなたが批判されるかもしれません。私の主張をあなたなりに噛み砕いて、自らの言葉で演説していただくと、良いかと思います」

「そうですか」

ソク・プラタナは少々残念そうにしていた。

「我々としては、本来住んでいる土地を移動せずに伝統文化や言語を守るために外の環境の影響を受けない地下都市構築を考えています」

「なるほど、面白い発想ですね」

「しかし長寿になっているとは言え、国民全員を収容するには時間がかかります。そこが難点なのです」

林原は本部に居る時と違って、今後の党の方向性に迷いを感じていた。

「国民の意識はなかなか難しく、思うようにならないので、強いリーダーが必要な気がします」

「リーダーはあなたがなるべきですが、国民の意識は調査する必要がありそうですね」

林原はカンボジアの状況が混とんとしていることに気付かされていた。


「市原、ソク・プラタナの秘書が言っていた庶民の住宅街が広がっているのは、この辺りだな」

林原はスマホでプノンペンの地図を見ていた。

「はい。中流よりちょっと下の層の人が住んでいると言ってましたけど、なんかもっと下層の人が暮らしている感じですね」

「…日本の感覚だとそう見えるかもしれないが、カンボジアでは違うんだろうな。とにかく、ジャーナリストを装って何軒か訪ねてみるか」

林原は通りの向かい側にある洗濯物を干している中年女性がいる家に視線が行っていた。


 「あたしゃ、政治のことはどうだか、よくはわかんないけど。この暑い場所には居たくないわね。

洗濯物はよく乾くけど洗濯バサミは熱と紫外線ですぐに割れてしまうし」

「クーラーはあるようですが、使わないのですか」

林原はカメラマンを装っている市原にクーラーを映させていた。

「電気代が勿体ないから、よほどのことがないと使わないわ」

「でも危険な暑さですから、病院の治療費を考えたら、使った方が…」

「それは金持ちのセリフよ。それで、あんたら世論調査なの」

「はい。その国の伝統文化や習慣、言語を大切にする郷に従え党と、伝統や言語を世界で統一して国境を撤廃する国境なき地球党とを今回の下院選でどちらを支持しますか」

「…郷に従え党は今まで通りの生活を保証して長寿をもたらしてくれるけど、国境をなくしてもらって、涼しい場所に移動できる国境なき地球党の方が当面は助かるわね」

中年女性は軽く微笑んでいた。

「地元カンボジアの愛国政党とも連立が組める郷に従え党は、どうですか」

「どうって言われても…、それに前回の下院選で郷に従え党が与党になったから、長寿医療は始まったけど、与党が代わったからって、急に長寿医療が廃止になることはないでしょう。それだったら次は国境なき地球党ね。この両方を上手く使い分ければ、カンボジア国民に利がある気がしますよ」

「なるほど、庶民目線に立つとそう言うことですか」

「移住した先で郷に従え党が与党だったら、最高ね。とにかく目先は国境なき地球党よ」

「今日は貴重のご意見をいただきありがとうございます」

林原はこれが全国民の意見ではないと感じたい気持ちがあったので、早々に切り上げ、他の家を訪ねることにした。


 「早い所、もう一軒、訪ねてみよう。えぇと今度は少し裕福そうなあの家に行こう」

林原はスマホのバッテリー残量を気にしていた。

「カンボジア語(クメール語)は通訳もいませんし、スマホが頼りですから。急ぎましょう」

市原も早足になっていた。


 「多額の資金援助は長期借款契約をすると言っても、地下都市は何年先に出来上がるかわかりません」

少し裕福そうな家の世帯主の中年男性は林原の地下都市計画についてすぐに反応していた。

「地下都市計画では雇用も生まれると思いますけど」

「あんた、どこのジャーナリストなんだ、やけに郷に従え党寄りじゃないですか」

「別にそう言うわけではありませんが」

林原は痛い所を突かれた感じであった。

「隣国ラオスの与党が国境なき地球党なので、カンボジアの与党が国境なき地球党になれば、高地が多いラオスに自由に行き来できる。言語は英語なるが、そんなことよりも酷暑を生き抜くことが大切だよ」

「とにかく、今を生き抜けば、その後に伝統や言語は復活できるというわけですね」

「そうそう。あんたもわかってきたじゃないか。郷に従え党と国境なき地球党を上手く利用させてもらうだけだよ。どちらが好きか嫌いかじゃないんだ」

中年男性はキッパリと言い切っていた。


 東京の党本部の会議室には再び党三役が集まっていた。

「郷に従え党は、その国の方針を尊重する立場なので、紛争地域の和平を構築するのは難しいと言えます。私はイスラエルに行って特にそれを感じました」

と中東を歴訪してきたケリー。

「世界天下統一とは言ってはみたものの、時間がかかりそうですね」

ベルガーは半ば諦め気味であった。

「長寿を獲得しているので、時間はありますけど…」

林原は自分はどのタイミングで長寿医療は施術するは迷っていた。

「イスラエルとパレスチナの双方に郷に従え党は居ても、長年の恨みのようなものはなかなか払拭できません」

ケリーはお手上げという表情をしていた。

「それぞれに反感や恨みを根付かせる教育もありますから…。中華人民共和国が倒れても、その当時の教育を受けて来た人は存命ですから、中華連合の枠組みがしっかりとしていても、本音では日本に恨みを抱いている人はいるでしょう」

林原は仕方なさそうにしていた。

「でも、ここでグローバル政党としての使命を諦めるわけには、行かないと思います」

ケリーは林原とベルガーの顔を見ていた。

 3人はしばらく黙っていた。

「私がカンボジアに行ってわかったことは、目先の生存が重要だと感じさせられました。郷に従え党や

国境なき地球党の党是よりもです」

「長寿や地下都市などには、魅力がないということですか」

とベルガー。

「それよりも生存することが第一のようでした」

「紛争地にもそれは言えることです」

ケリーが同意していた。

「世界の主要な国の与党に郷に従え党がなっても、そう簡単には前に進めないようです」

林原はいろいろと思考を巡らせながら言っていた。

「郷に従え党が強力なリーダーシップをもって世界天下を統一するしかありませんか」

とケリー。

「強引な手法はいずれ反感を招き分裂ますよ」

とベルガー。

 「これらのことを考え合わせると、紛争地や環境激化で存続が危ぶまれる国家は、一旦国境なき地球党に任せて、一つにまとまった所で、郷に従え党の理念をぶつけて、我が陣営に引き寄せるのが得策ではないかと思います」

林原は面倒なことは他党に任せるのが良いと直感していた。

「…一旦、国境なき地球党に委ねるのですか」

ケリーは言葉を噛み締めるように言っていた。

「成り行きに逆らわないやり方ですか」

ベルガーは支持している感じであった。

「表向きは対立構造を装うことが大切でしょう。我が党が心変わりしたと思われたら信頼が失墜しますから」

ケリーは真っ向から反対というわけではなかった。

「この党の方針は、難しい選択ですが、上手く利用すればリスクよりリターンが大きいかもしれません。それには紛争地や環境激化で困窮している地域に限り、国境なき地球党の躍進を黙認しますが、それ以外の所は与党の座を明け渡さないように努力する必要があります」

「林原さん、それなら私も同意します。但し疑義が生じたらすぐに修正しましょう」

ケリーは自分が党首の立場であることをしっかりと自覚していた。


首相官邸の記者会見室では、梶川首相が演台に立っていた。林原は梶川のことが心配で、メガネで軽く変装して記者席に座っていた。

 「サンテレビの神田です。カンボジアの下院選で郷に従え党は下野したとのことですが、長寿医療の支援は続けるのですか」

「与党が代わったとしても、医療体制を終わらせるわけには行かないので、支援は続けます」

梶川はちらりと林原の方を見ながら言っていた。

「国境なき地球党にとっては有利な展開ですし、長寿医療の技術が漏えいすることはないのですか」

サンテレビの神田は食らいついてきた。

「政権が交代しても国家間の契約ですので、都合によって反故にすることは日本や郷に従え党の信用に関わりますのでできません。また技術に関しましては厳格に管理しています」

「毎朝新聞の松井です。それだと、一度だけ郷に従え党を与党にすれば、長寿医療制度は導入できるわけですよね。今後どんどん離反していくことはないのですか」

「伝統や言語を守る点は揺るがないので、数多くの国が国境なき地球党に流れるとは思えません」

「新日本新聞の新井です。最初の軌道エレベーターの地上ステーションをチベットにした意味はあるのですか。それと第二第三の場所は決まっているのですか」

「えぇ、まずチベットの件ですが、標高が高い分、カーボンナノチューブが短くて済むことが大きいですね。後、チベットが独立したことを世界に知らしめる意味もあります」

「それは中華連合も納得しているのですか」

「もちろんです。チベット法王国は中華連合の構成国ですから。それと第二第三の候補地は北米西欧というぐらいの大雑把な所しか挙げられていません」

「NNジャパン放送の平井です。環境激化に伴う熊本の小規模地下都市計画では、郷に従え党が与党の国々の企業が請け負っているのですが、排他的だとは思いませんか」

「郷に従え党の国際事業ですので、他の政党が与党の国々が参入する余地はありません」

「それはどうなんですかね。入札して一番コストが安い所に請け負わせれば計画費の削減につながりますが」

平井は厳しい表情で言っていた。

「各国の郷に従え党との取り決めに基づいていますので…」

梶川は若干しどろもどろになりかけていた。

 「あのぉ、何度も総理がおっしゃったとおり、これは郷に従え党の国際事業です。それを他党が与党の国の企業が請け負う理由はどこにもありません。そのような取り決めもないので…、偽善の国際事業ではありませんから」

林原は突然立ち上がり語気を強めて言っていた。記者たちは立ち上がった男に注目していた。

「あぁぁ、林原さんではないですか」

記者の一人が声を張り上げていた。

「ええっ、元総理がここに」

別の記者がぼそりと言っていた。司会進行の副官房長官は、あたふたしていた。

「記者の皆さん、梶川総理はまだ若いので、お手柔らかにお願いしますよ」

林原はメガネを取っていた。


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