第七十一話 軌道エレベーター
この軌道エレベーターを描いたものを『ワールドキングダムの登場アイテム図鑑』としてnoteにアップしています。
●71.軌道エレベーター
東京ビッグサイトで開催されている郷に従え党国際大会で、党三役席に座るベルガー党首、林原副党首、ケリー幹事長。参加国の本部長などの代表が座る大きな半円テーブルと向き合っていた。半円テーブル席のリアル参加者は47名で、所々等身大サイズのモニター画面があり、リモート参加者は49名であった。
「長寿医療のおかげで急速に郷に従え党が世界各国で与党になれたことは喜ばしい限りです。しかしそれには皆さんの努力があることも事実であります。これからも郷に従えの理念のもとに他国をリスペクトし世界を発展させましょう」
ベルガーが党首として大会の口火を切っていた。
「この長寿医療では人類の長年の夢が一応叶ったと言えますが、理論通りに身体的に不老だとしても精神的に耐えられるのかや宗教観がどのように変化するのかは、まだわかりません。しかし、いずれにしましても人類の人口が爆発的に増えることは確かです。そこで本日のテーマの一つでもあります人口爆発について皆さんと検討して行きたいと思います」
林原が続けて行った。
「ええぇ、私の手元にある資料によりますと、アメリカGNSP代表が提案があるとのことなので、まずはそれを聞きたいと思います」
ケリーは司会進行役になっていた。
「人類は不老長寿という長年の夢を実現しましたが、これによる人口爆発という問題に直面することになりました。今後人類の新たな居住地を探すことで世界が結束する必要があります。そこで国際共同で新居住地探査機構というものを発足させるのが妥当かと考えています。皆さんいかがでしょうか」
モーガンが言うとリアル参加者はもちろん、リモート参加者も画角上モーガンの方を見ていた。
「対象は地球軌道上、月面、火星などの探査ということですね」
フランス代表が尋ねてきた。
「いえ、太陽系外惑星も含めます。林原副党首によるとラグランジュ点の付近にワープ空間への出入り口らしきものがあるとのことなので、近い将来、利用できる可能性があるからです」
「えぇぇ、本当ですか。これまた人類長年の夢であったワープが現実に近づいているのですか。素晴らしい」
インドの代表は感動していた。
「ですから、この時代変革期に相応しい組織が必要だと思います」
「アメリカ代表がおっしゃったことは大変に重要な事だと思います。今までの国連では組織が硬直化し大国の思惑が優先され、偽善的で何もできないことが多いと感じます。その良い例が地球沸騰化でそれぞれの国の思惑があり、まとまった行動が取れなかったことと言えます」
林原はモーガンを応援している形になっていた。
「国連は有名無実化してますよ」
とイギリス代表。
「夏の40℃や豪雨が当たり前の地球はもはや元に戻すことはできません。残念ですが受け入れるしかないようですな」
と中華連合代表。
「若い人は夏の過ごし方が以前とは全く別物になっていますよ」
イタリア代表はかなり日焼けしていた。
「しかし各国の郷に従え党は互いをリスペクトした連携が取れます。郷に従え党の国際組織は国連に代わる影響力が持てるはずです」
林原は会場内を見渡していた。
「第二第三の地球が探せれば、地球を救えるかもしれませんよ」
リモート画面のアルゼンチン代表は陽気な笑みを見せていた。
「ちょっとよろしいですか。わが国では、系外惑星探査やワープ航法とは違うのですが、軌道エレベーターに使える強靭なワイヤーを作ることに成功しています。これが宇宙に出るために役立つと思います」
中華民国代表が言うと、参加者からどよめく声が聞えてきた。
「カーボンナノチューブですか」
南アフリカ代表が確かめるように言ってきた。
「そうですが、特殊なカーボンナノチューブでして…、特許となるので詳細は申し上げられませんが、簡単に言うとカーボンナノチューブに水素分子を結合させたもので、自重を軽減させる揚力があり、それでいて鋼鉄よりも遥かに丈夫な素材です」
「それは素晴らしい。軌道エレベーターが作れなかった問題点が解決したわけですね」
林原はベルガー党首の方を見ながら言っていた。
「それで郷に従え党が与党の国同士で結束して、軌道エレベーターを作りましょう。これを国際新居住地探査機構の最初の国際事業としましょう」
ベルガーがまとめると、会場内から握手が上がった。
台北にある国際新居住地探査機構の本部は、台北122ビルの90階から100階までのフロアにあった。この日、林原たちは99階の会議室に来ていた。
「まず地上のステーションはどこに作るかです」
探査機構代表のブラウンはホワイトボードの前に立っていた。
「やはり、赤道付近が遠心力の関係もあり、相応しいのではないかと」
構造チームリーダーのカーチスが開口一番言い出した。
「それよりも利便性を重視して大都市の近郊が良いのではないかと考えます」
運用チームリーダーの黄は静かに言う。
「そうですね。不便だったり政情不安の所はリスクが大きいでしょう」
ブラウンは会議参加者の顔を見ながら言っていた。
「となると、どこにしますか」
探査機構副代表の本田は、壁に張られている世界地図を眺めていた。
「西欧、北米、東アジアのいずれかの都市近郊じゃないですか」
とカーチス。
「ここ台北はどうでしょうか」
黄は窓の外を見ていた。
「ただ台北は台風が来ますので、ワイヤーメンテナンスの面から考えますと厳しいかと」
と施工管理チームのグエン。
「インド北部のヒマラヤ山脈のどこかはどうでしょうか。標高が高い分、ワイヤーが短くて済みます。タイフーンの影響はないですけど」
カーチスは途中まで言いかけたが、確信は持てずにいた。
「一理ありますが、…世界各国からアクセスを考えると難しいですな」
ブラウンは渋い顔をしていた。
「なかなか各国が納得が行く場所は決められませんね。林原さんのお考えはどうですか」
本田は林原に助けを求めるような感じであった。
「…いずれ西欧、北米、東アジアの3ヶ所に作ることにして、その候補地はゆっくりと決め、まずは軌道ステーションの建設から始めたらどうかと思います」
林原は言うと一同はうなづいていた。
「なるほど、わかりました」
ブラウンは次の議題の資料を取り出していた。
東京の郷に従え党本部の副党首室。林原は木本とコンビニの弁当を食べていた。
「木本、宇宙に行く前に虫歯を治しておいた方が良いと言うが、本当かな」
林原は唐揚げを口に入れていた。
「あら、ダメよ絶対に治さないと。確か無重力では虫歯が物凄く痛くなるそうよ」
木本はお茶を飲んでいた。
「そうなのか。だとしたらこの際だから、長寿医療もまとめてやってしまうか。ナノロボットが痛んだ箇所を修復してくれるのだよな」
「ん、それも一つの手かも知れませんね」
木本はテレビを見ながら言っていた。
『「チベット法王国のケサン・ギャルポ首相は、我が国は独立したものの、これといった産業がなく新たな産業を興したいと内外に呼びかけています」
ニュースキャスターの背後ではケサン・ギャルポ首相が映っていた』
「これだ。軌道エレベーターの地上ステーションはラサが良いんじゃないかな」
「ラサですか。ポタラ宮の背後にケーブルワイヤーが伸びるんですか。なんかイメージが湧かないけど」
「ポタラ宮の景観を損ねないあたりが良いと思う。とにかくあそこなら標高は高いし台風も来ないだろう。それにチベット独立を世界に知らしめられるからな」
林原はすっかりその気になっていた。
ラサににあるチベット法王国の国会議事堂はチベット風の近代建築であった。林原は田沢とランゲルを伴って国会記事堂と廊下でつながっている首相官邸に来ていた。
「このラサに軌道エレベーターの地上ステーションを建設したいのですが、いかがでしょうか」
林原はケサン・ギャルポ首相の反応を待っていた。
「…軌道エレベーターですか。しかしここのアクセスはあまり良くない言えますが…」
ケサン・ギャルポは唐突だったので驚いていた。
「今あるラサの空港を拡張整備してアクセスを良くするか、リニアなどの高速鉄道で結ぶようにすれば良いと思います」
「なるほど、下手にITベンチャーなどを誘致するよりも将来性がありますな」
ケサン・ギャルポは目を輝かせていた。
「ご賛同いただけますか」
「しかし壮大な計画ですし、すぐには利益は得られないと…」
「郷に従え党を与党にした国々が建設に参加するので、工事中でもいろいろとお金は落ちるはずです。雇用も生まれます」
「…でも地上ステーションはラサのどこに作るつもりですか。予定している場所はあるのですか」
「それはまだ未定でして…、これから探そうと思います」
「それでしたら、ラサ・クンガ空港の近くに良い所があります」
ケサン・ギャルポは地図を広げていた。
林原たちはラサ・クンガ空港の南側にある砂塵が舞う空き地に立っていた。
「ここですか」
田沢は数軒の民家が近くに建っているだけの殺風景な地を見回していた。
「ランゲル、ここに地上ステーションを建てて見てくれ」
林原はARゴーグルをバッグから取り出していた。ランゲルはノートPCを開け、キーボード操作をし始めた。
「地上ステーションはこの12種類のモデルの中から選べますが」
ランゲルはノートPCの画面を林原に見せていた。
「…そうだな、この福岡ドームのようなものが良いんじゃないか」
「わかりました。拡張現実画面に反映させます」
林原たちはARゴーグルを装着して何もない上空を見上げていた。
「なかなか良くできているな、本物みたいじゃないか」
林原のARゴーグルには、福岡ドームを2倍ほど大きくした地上ステーションから空に向かって特殊カーボンナノチューブのワイヤーが伸びている景色が映っていた。
「いつまでも見ていると首が痛くなるっすよ」
「100m先にある、赤いゲートから地上ステーションの中に入れます」
ランゲルはARコーグル上でもノートPC手にしていた。
「ガラーンとしてるっすね」
「それじゃ、搭乗客を歩かせますよ」
ランゲルはキーボードを叩いていた。
「だんだん、それらしくなってきたぞ。それで軌道エレベーターの搭乗口はどこにあるのだ」
「はい。あそこの吹き抜けのエスカレーターで3階に上がって…、あぁ面倒ですから、搭乗口があるフロアに画像を切り替えましょう」
ランゲルが言っていると各人のARゴーグル内の映像が3階のフロアになった。
「ランゲル、搭乗口はどこだ。搬送機は縦長なんだろう」
林原はホームのような待合室のベンチを見ていた。
「林原さん、軌道エレベーターは、ビルのエレベーターというよりもケーブルカーやモノレールの方がイメージしやすいと思います。ですから電車の駅のように横向きでここのホームに入ってきます」
「ということはホームで待っていると軌道エレベーターの搬送機が来るわけか」
「途中から垂直になって上って行くんすか。シートベルトをしっかりと締めないといけませんね」
「あぁ、搬送機が到着しました」
ランゲルが言っていると、モノレールのように車体がホームに滑り込んできた。
「電車でも乗る感覚だな」
林原は搬送機の中に入って行った。シートは進行方向に向いていたが、途中から垂直になるのでシートベルトは必要であった。
「なんか、わくわくするっすよ」
田沢は楽しそうにシートベルトを装着していた。
「それでは、皆さん、出発です」
ランゲルが言うと、搬送機は動き出した。わずか1分後に搬送機は垂直になり、空に向かって進みだした。
窓から見えるラサの街は徐々に小さくなっていく。搬送機の垂直走行速度は時速100キロ程であった。
「ARにしては、良くできているな。本当に搬送機に乗るとこんな感じなのかな」
林原は窓の外を薄い雲が通り過ぎるのを眺めていた。
「これで軌道ステーションのホームに到着です。ここまで来ると無重力なのでふわりと漂って搬送機から出ることになりますが、ARでは地球の重力はかき消すことができないので、今回はお尻がシートに収まったままで、無重力は再現していません」
「そうか。そうだったな。それじゃ地上ステーションに戻ってくれ」
「了解しました」
ランゲルはキーボードを叩いていた。
「はい。これで地上ステーションに戻りました」
ランゲルが操作でほんの数秒で地上ステーションのホームに搬送機は到着していた。
「さっきから思ってたんですけど、この搬送機はガラガラっすね」
「あぁ、そうそう。他のお客さんを搭乗させますと、よりリアル感が出せますね」
ランゲルは追加コマンドを入力していた。
林原たちと同様に軌道ステーションから戻って来た客がよろよろとホームに出ようとしていた。
「ランゲル、この客たちは皆、具合が悪いのか。まともに歩けないようだが」
「あぁ、はい。忠実に再現していますので、たぶん、軌道ステーションの無重力になれた乗客たちなので、地上の重力になかなか対応できないのかもしれません」
ランゲルは手すりにつかまったり、杖を突いている客たちを見ていた。
「ARもちゃんとシミュレーションするんだな」
「上では、筋肉を鍛えているんすよね」
「一般の客は、面倒臭がってトレーニングはしっかりとしないかもしれませんよ」
「ARではそういうことまで想定しているのか。しかしだとすると、地上ステーションからすぐに
飛行機やリニアに乗って自宅に帰るわけにはいかないな」
林原は腕組をしていた。
「車椅子とか身体サポート器具を用意しないとダメっすね」
「…今あるラサの宿泊施設では対応は無理だろう。ある種の地上重力適応施設が必要じゃないかな。歩行リハビリなんかをする施設を地上ステーションの周りに作った方が良いな」
「これでチベット人の雇用が増えそうっすね」
「ARゴーグルで軌道エレベーター体験をするだけで終わりそうだったが、実際に体験してみてわかることもあるのだな。これを参考にするように国際新居住地探査機構に言っておこう」
林原はゆっくりとARゴーグルを外していた。




