第七十話 長寿の影響
●70.長寿の影響
林原夫妻はウォレスのニューヨークの自宅に来ていた。
「セイシロー、君はまだ長寿医療をやらないのか。これは良いぞ」
ウォレスは軽いステップで踊るような素振りを見せていた。
「私はもう少し待って医療割引額の上限に達したら、やろうと思ってます」
「そうか。セイシローは堅実だな。奥さんの方もそうなのか」
ウォレスは木本にも呼びかけていた。
「私も高齢者優先ということなので、まだ先にしようかと思っています」
「夫婦そろって真面目だな。私の妻なんかは、率先して私よりも先に長寿医療をやってしまって、肌のうるおいなど自慢していたよ」
「一度お会いしたいですね。今日はどちらに」
「親戚が主催しているチャリティー・イベントに出席している。セイシローによろしくと言っていたぞ」
「そうでしたか」
「とにかく、ひと足先にアメリカと日本は人類の大きな転換期を迎えることになったな」
ウォレスは振る舞ったワインをもっと飲めと勧めていた。
「今の所、日本、アメリカ、ドイツ、中華民国で実施されていますが、中華連合では人口が多いので、態勢が整い次第、長寿医療を始めるようです」
「世界の人口が増え過ぎないか心配だがな」
「新たな居住地が必要になるでしょう」
「それは地球外と言うことか」
「それも含めて、考えるべきではないかと思います」
「となると、何らかの宇宙航行方法が必要になるんじゃないか」
「はい。人類の知恵とAIを総動員して、何らかの方法を開発できたら、良いと…、そう言えば、まだ未確認ですが、ワープホールというか、空間の歪みをラグランジュ点付近で見たことがあります。あの辺りから始めれば、何か得られるかもしれません」
「セイシロー、NASAやJAXA、esaなどに呼びかけようではないか」
「ロシアは難しくても、インドには加わってもらいますか」
「そうだな。やはり、セイシローと話していると夢が膨らむな」
ウォレスは嬉しそうにしていた。
林原たちは、ウォレスの自宅で歓談してディナーを食べてから、GNSP(アメリカ版の郷に従え党)のニューヨーク本部に向かった。
ウォレスの自宅からそれほど離れていないニューヨーク本部には、ケリー幹事長が林原たちを待っていた。
「どうでしたか、ウォレス氏の様子は」
ケリーは東京に居る時と同じ感じで話していた。
「長寿医療に満足しているようでした」
「ただ、モーガンさんの情報によると、最近、ウォレス氏がより過激になったと聞いています」
「不老不死で気が大きくなったのでしょうかね」
「日本と違い、アメリカ人が長寿医療を受けるには審査を受ける必要があります。そこで俗に言うWASPが優先されているようなのです」
「白人でアングロサクソン、プロテスタントの人たちですか。でもこれはほとんど死語になっていませんでしたか」
「はい。しかし根強くWASPが合衆国の根幹をなすと主張する者は居ます。そこでウォレス氏は黒人やヒスパニック系が長生きするのを好まず、WASPや白人を長生きさせて増やしたいようです。そのため偏った審査を黙認しているとされています」
「しかし、現在は大統領ではないし、そんなことできますか」
「ウォレス氏が背後で糸を引く体制が確立されていますから」
「あぁ、それを薦めたのは私でしたね…」
「林原副党首の責任というよりは、本人の性格でしょう」
ケリーはフォローしていた。
「しかし、このことが公になると再びアメリカの分断につながりますよ」
「そうなんです。最悪、また内戦になりかねません」
「若返った分、意思が固くなったようですし、彼を刺激しないで、審査を公平にする方法はありますかね」
林原は思案顔になっていた。
「審査制度をなくせば、良いのですが」
ケリーは遠い目をして言っていた。
「難しいですね、白人労働者層が苦労すれば、非白人の移民が標的にされるのはアメリカという国の宿命ともいうべきじゃないですか。ウォレス氏の支持者の声がこの審査にも反映されていると思います」
「もはや、ウォレス氏が自然にこの世から消えることはなくなりましたから、アンチの動きもより活発になるでしょう」
「アメリカの懸念材料ですが、これはいくら友人の私でもいさめることはできませんよ。成り行きを見守るしかないでしょう」
「ここだけの話ですが、ウォレス氏に代わるアメリカのGNSP支持者を探そうとモーガンさんは言っています」
「今でもハロルドは共和党員ですけど、連立のためにGNSP支持者でもあるという立場ですよね」
林原は確かめるように言っていた。
「はい。しかし長寿医療後のウォレス氏には扱いに苦慮すると言っています。このようなことを林原さんに言うのは、心苦しいのですが正直に言いました」
ケリーは林原の顔を正面から見ていた。
「私はハロルドの友人でもありますが、ケリーさん、ベルカーさんと共に郷に従え党の三役でもあります。党の政策に妨げになる様な私情を挟むつもりはありません。今ここで聞いたことは他言するつもりはないです」
「その言葉を林原さんから聞けて嬉しく思います。それで幸いなことに現在は中国が中華連合となり、味方になっているので、アメリカが内戦状態になっても恐れるリ
スクは激減しています。しっかりとわだかまりをなくすのも一つの手かもしれません」
「その前にモーガンさんの言う通り、新たなGNSP支持の有力者を立てるのが一番でしょう。うってつけの人物はいますか」
「GNSPの副幹事長を任されているエミリア・アンダーソン氏が有力候補です。彼女はウォレス氏と面識があり、大学の後輩でもあります」
「早速会ってみましょう」
「それが、長寿医療研究施設の視察でベルリンに行っています」
林原夫妻はベルリンに飛んだ。ベルリンの郷に従え党ドイツ本部ではベルガーが待っていた。
「ここドイツでも、順調に長寿医療は始まっています。これを見て、ヨーロッパでまだ我が党が与党になっていない国は、急速に与党化に進んでいます。EU議会でも与党になりそうな勢いです」
「長寿医療という新たな武器で地球統一も夢ではなくなりましたね」
林原はベルガーが党首らしい面構えになっているので、嬉しそうに見ていた。
「はい、当初は半分冗談のような感じで党を立ち上げたのですが、ここまで来るとは感無量です」
ベルガーは感慨深げであった。
「それで、ケリー幹事長から聞いたのですが、エミリア・アンダーソンという人物をどう見ますか」
「盆栽が趣味と聞いていますが、私も会ったことがないので、何とも言えません」
「盆栽好きなのですか。うちの家内…、いや木本も盆栽好きだよな」
林原は同席している木本に言っていた。
「そうなんですか、これなんか見せたら、喜ぶでしょう」
木本は自宅の屋上で撮影した盆栽の写真をスマホに表示させて見せていた。
「話が会うでしょう。しかし彼女は今フランクフルトの盆栽フェスに行っています」
「また行き違いですか」
「いいえ。夕方の便でベルリンに戻ってきますし、ディナー・ミーティングの準備を整えています」
「林原さん、大変です。アンダーソン氏が搭乗していたルフトハンザ機がオーバーランして着陸に失敗したそうです」
ベルガーはドイツ本部の応接室のテレビをつけていた。画面には滑走路の端で激しく燃えているルフトハンザ機が映っていた。
「乗客の安否はどうなのでしょう」
林原はドイツ語のニュースをスマホを介して見ていた。
「200人近く乗っているというのに、ストレッチャーで運ばれている乗客は10数人程度ですよ」
ベルガーは愕然としていた。
「アンダーソンさんは、無事なのかしら」
木本は不安そうに画面を見ていた。
「このニュースでは原因は人手不足による整備点検にあるのではと指摘してます」
「日本と同じでどこでも人手不足は懸念材料ですね。少子高齢化の切り札の登場したばかりなのが残念です」
「今、ベルリンの空港に連絡を取り、アンダーソン氏の安否を確認しています」
ベルガーはスマホヲ耳に当てながらテレビを見ていた。ベルガーは深刻な顔をしてうなづいていた。
「アンダーソン氏は心肺蘇生に成功したものの意識がなく、全身複雑骨折、内臓損傷、片腕欠損、全身火傷の瀕死の重傷で病院に運ばれたそうです」
「…助かることを祈るしかないですか」
林原が言うと木本は両手を合わせていた。
林原たちはアンダーソンが救急搬送された病院に駆け付けた。集中治療室の前のソファーに座っていた。
「先ほど治療室から出て来た看護師によるとかなり厳しい状況だそうです」
アンダーソンの秘書のハンコックは肩を落としていた。
「ここで彼女を失うことは、郷に従え党にとっても大きな損出になる気がします」
「林原さんのお言葉はありがたいのですが、こればっかりはどうにも…」
「ハンコックさん諦めるのはまだ早いです。年老いた細胞を修復するのと、損傷した細胞を復活させるのも似たようにものではないですか。長寿医療のバイオナノテクノロジーで何とかなるのでは」
「林原さん、ここはドイツなので外国人の長寿医療はなかなか許可され難いと言えます」
ベルガーは残念そうにしていた。
「国家元首クラスでは話は別ですが、アメリカの党の副幹事長ではそこまで配慮はないでしょう」
ハンコックは頭を抱えていた。
「ここで手をこまねいているわけにはいきません。何か方法はあるはずです」
林原は腕組をしていた。
「…私の施術枠を譲ることがてきるか、掛け合ってみましょう」
ベルガーはスマホであちらこちらに連絡し始めていた。
「貴重な施術枠ではないのですか」
ハンコックは申し訳なさそうにしていた。
「私はまだピンピンしているので、長寿医療はまだ先で大丈夫です」
南ドイツのバート・ヴィゼーにある長寿医療施術保養センター。ベルガー施術枠を使ったバイオ・ナノロボットの修復でアンダーソンは、集中治療室を出て、一般療養病室に移された。
「腕は別に培養したものを接続したのですが、神経がつながり、ご覧の通り動かせるようになりました。皆さん、ありがとうございました」
アンダーソンはベッドで身を起こして言っていた。
「以前と同じ感覚ですか」
林原はアンダーソンの腕の動きを見ていた。
「はい。ここにあったホクロとシミはなくなりましたが」
アンダーソンは肘の辺りを見せていた。
「素晴らしい。とにかくアンダーソンさんが生き返ってくれて本当に良かったです」
ベルガーはしみじみ言っていた。
「ここまでしていただいたのですから、今後アメリカのGNSPいや、グローバル政党の郷に従え党のためにベストを尽くします」
アンダーソンは以前の写真よりも若返り美人になっていた。
秘書のハンコックが車椅子を押して病室に入ってきた。
「アンダーソン副幹事長、これで庭を散歩しましょう」
ハンコックは車椅子をベットに横付けしていた。
「あぁ、今日は自分の足で歩いてみようと思います」
アンダーソンはベッドからゆっくりと立ち上がり歩こうとしたが、ちょっとふらついていた。
「それなら、車椅子を歩行器代わりにしたらどうですか」
林原が車椅子をアンダーソンの前に差し出していた。
散策路を歩く林原たち。
「ウォレス氏は長寿医療で自分の考えに固執するようになったと言いますが、私もそのようになるのですか」
アンダーソンは立ち止まって言っていた。
「どうでしょう。もともと持っていた考えにこだわるようになりますが、アンダーソンさんの場合は、
何かこだわりがありますか」
と林原。
「私の場合…、自分たちのコミュニティーが壊されることを嫌う点ですかね。それがあるから
GNSPつまり郷に従え党に共感を覚えたのですけど」
「いずれアンダーソンさんにはアメリカの大統領になってもらいたいものです」
林原はアンダーソンを助けて良かったと言う顔をしていた。
「あら、ウォレスさんはどうしますか」
「アンダーソンさんを支える立場でしたら問題ないのですが、もしも敵対した場合、彼を説得し私はアンダーソンさんに味方するつもりです。私情は抑えます」
林原は自分に言い聞かせるように言っていた。
アンダーソンを病室まで送った後、林原夫妻とベルガーは保養センターのラウンジでティータイムを過ごしていた。
「これで、アメリカにも新たな強い味方ができましたよ」
ベルガーは満面の笑みを浮かべていた。林原も表面上は笑顔を見せていたが、ウォレスのことが少し気がかりであった。
林原たちのテーブル席に近づいてくるドイツ人がいた。
「これこれは、郷に従え党の幹部が二人もいるではないですか」
男はドイツ語で言ってきたが、林原のスマホが日本語にしていた。
「え、あなたは」
ベルガーが咄嗟にドイツ語で応えていた。
「私は、国境なき地球党のカール・ウェグナーと申します」
ウェグナーは恭しく挨拶してきた。
「国境なき地球党って、我々を敵対視し、伝統文化を否定してきたあの党ですか」
林原は険しい顔つきであった。木本は周囲に仲間がいないか確認していた。
「国境なき地球党といっても、私は穏健な現実協調派でして、本流とは一線を画しています。それに奥様、私一人です」
ウェグナーは静かに言っていた。
「穏健な現実協調派なんて、聞いたことがないが…」
林原は首を傾げていた。
「そうでしょう。今までは、勢力が小さかったですから。しかし本流や強硬派のやり方では、なかなか
世界から支持されないので、我々の派閥に移る者が増え、今に至っています」
「世界各国の多党政治の舞台で、どちらが支持されるかを民意で勝負するつもりです。決して手荒な真似はいしません」
「そうは言っても、国境を無視してい移動したり、伝統文化を破壊していませんか」
林原は若干感情的になっていた。
「彼らのやっていることは申し訳ないと感じています。我々現実協調派は、この長寿の時代において急ぐことはないと気付きました。少しずつ出来る所からやっていくつもりです。その国の議会に基づき無理はしないのです」
「あなたの言っていることを急に信用しろと言われても、今までのことがあるから難しいでしょう」
「今後の我々の行動を見ればわかるとはずです。世界天下を統一するという理念は同じなので、いつかわかり
合えることができると思っています。ではまたお会いできる日を楽しみにしています」
ウェグナーは風のように去って行った。
「なんですか、あいつ」
ベルガーはウェグナーの後姿を見ていた。
「敵か味方かわからない奴ですね。人類長寿時代の今後の展開はどうなるか、楽しみでもあるし不安でもありますよ」
林原は人間の考え方も長寿が影響するのだと感じていた。




