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第六十九話 人生観

●69.新しい人生観

 林原は郷に従え党の副党首として訪れていたモロッコの国会で演説をしていた。

「国連の勧告など内政干渉であり、その国の伝統などを無視し、西洋的な価値観の押し付けに他なりません。我々郷に従え党ではその国の価値観などを重視し、他国はそれを尊重すると言う立場を理念としています。ですから日本の皇位継承で男系男子が居るにも関わらず、それを廃し男女平等の世の中だし、欧州の王室が長子女性の王位継承をするようになったから、あなた方もそうしろというのは、受け入れていません。何でもかんでも西洋的な価値観が正しいとは言い切れないのではないでしょうか」。

林原は日本語で言っていたが、国会のスピーカーからはアラビア語になっていた。議員席から拍手が上がっていた。

「特に男女平等に関しては生物学的な違いがあるのに、同等にするというのどうでしょうか。法律的に同等の権利を有するのは問題ないのですが、生き方まで、同じにできるとは思えません。またその国で長年培ってきた。男女観というものがあるのに、それを無視して西洋的な価値観にすることが、その国の男女にとって幸せにつながるのでしょうか。イスラムの男女観は果たして女性を虐げているのでしょうか。王室における一夫多妻制は悪いことなのでしょうか。そうは思えません。もちろんリスペクトのない一部の過激な主張をする人たちはいますが、それは例外と言えます」

「日本人でもムスリムのことがわかってますね」

議員席からヤジか飛んでいた。

「モロッコ王国の王位継承について国王は男子で、男系男子の長子が継承することを時代に合わないから女性長子継承可能にするな必要はないはずです。伝統というものは歴史に基づいています。後からできた法律に則らない部分はあります。でも時代の変化に対応するなら、その国が自らの意思で時間をかけて自分の国に相応しいやり方で対応するべきです。余計なお節介はいりません」

「その通り、偽善のお節介ですよ」

議員席からヤジが上がっていた。

「モロッコ国民の皆さん、そればかりか、サウジアラビア、ヨルダンなどの皆さん、自分の国の王室の伝統を国連に勧告されたからと言って変える必要は全くないのです」

林原が言い終えると割れんばかりの拍手が議場内に鳴り響いていた。

 この林原のモロッコ国会での演説は中東各国のネットメディアなどにも流されていた。その結果、中東のイスラム諸国の郷に従え党の支持者が増大し、支持率は着実に高まった。


 翌日、国会のある首都ラバトから最大都市のカサブランカに移動した林原たち。カサポート駅のマクドナルドで郷に従え党モロッコ支部長のムラト・クロード・セジマと会っていた。

「昨日の演説は高く評価されていますので、アラブ諸国の郷に従え党の支持者は増えると思います」

セジマは日本語で言っていた。

「そうは言ってもアラブの王族が居る国の他には、刺さっていない気がしますが」

林原はちょっと残念そうにしていた。

「…そうでしょうか。でも概ね好意的ですが」

「セジマさんは日本語が堪能なので日本に留学経験でもあるのですか」

同行していた田沢が話題を変えていた。

「あ、母がモロッコ人で父が日系フランス人なもので、セジマは瀬に島と書きます」

「日本、フランス、モロッコの血が混ざっているのですか。するとフランス語も堪能なのですか」

「一応、アラビア語も含めて3か国語がわかります」 

「それは凄いですね。自分のルーツの言葉を大切にすることは郷に従え党の理念にも則していますよ」

「ありがとうございます。それで、アラブ諸国というかイスラム諸国のこれからの対応は、どうしますか」

「もちろん、今まで通り、基本的にイスラムの教えに則ったものになるでしょう」

「それでは、さっそくカサブランカに来たのですから、ハッサン2世モスクなどを観光しませんか」

セジマが立ち上がろうとしていた。ちょうどその時、林原のスマホに東京の党本部から着信があった。

 「…、それは本当か。臨床試験では問題がなかったのだな」

林原は笑顔になっていた。

「どうかなさいましたか」

「セジマ支部長、ついに不老不死が実現しましたよ。観光はまたの機会にしてすぐに日本に戻ります」

「え、人が死ななくなるのですか」

「はい。これで世界が変わります」

林原は目を輝かせていた。


 党本部から飛びたった小型水素ジェットエンジン3基搭載の中型飛行車は、多摩川上空の航行ルートを辿っていた。林原はロータータイプでないジェットエンジンタイプの飛行車を好んで利用していた。

 「15分ほどで到着だから、ゆっくりと景色を楽しむわけには行かないよな。もう国道16号の拝島橋が見えて来たぞ」

林原は国道16号を走る無人トラックを見下ろしていた。

「林原さん、横田基地の端にある新しい建物でクラウゼ博士や進藤センター長がお待ちてす」

この日の操縦担当は佐々木であった。

 横田基地米軍住宅跡地に立つ、GONEWロボティクス研究センターやバイオ医療開発センターなどを統合して作られたGONEW長寿医療研究センター。6階建てだが床面積の広い建物であった。


 GONEW長寿医療研究センターの会議室に案内された林原。クラウゼ博士や総理を辞して、後継の石川内閣で健康長寿医療大臣を務めている柿沢も同席していた。

 「端的に申し上げますと、このように生物学的に改良を重ねたバイオ・ナノロボットを体内に注入することで老いた細胞の修復し長寿を実現させています」

進藤センター長は大型モニターのCG画像を指さしながら説明していた。

「最初が長寿施術前で、次が施術後でして…、こうして1週間ごとの変化を見ていきますと」

進藤はリモコンで画面を次々に切り替えていた。林原たちはその変化に目を見張っていた。

「4週間後あたりから、明確に若返っていくのがわかりますね」

林原は思わず声を上げていた。

「個人差にもよりますが、だいたい16週辺りで若返りがほぼ完了します」

「内臓なども若返っているのですか」

柿沢大臣はCG画像をじっと見ていた。

「はい」

進藤は大型モニターのリモコンを手にしていた。

「それでこの女性被験者の場合、55才で施術したので、見た目は30代の感じになりました。しかしこちらの78才の男性被験者の場合、施術後の見た目は、50才前後という感じです」

「それでも頭髪も完全に復活してますね」

林原は生え際などもよく見ていた。

「また臨床試験の結果、バイオ・ロボットを注入して副作用は見られません。理論上は交通事故でもない限り不老不死ということになります。しかし、どこまで不老不死になるのかは、わかりません」

進藤はちらりとクラウゼ博士の方を見ていた。

「これはバイオ・ナノロボット修復だけでなく、いろいろな生物学的な要素も統合して一つの長寿医療となっています。これを特許として独占するのではなく、オープン・ソース的なものにして、もっと改良が進むようにしたいと思っています。もちろん肝心な点は特許にしますが」

クラウゼ博士が進藤に代わって説明し出した。彼のドイツ語は会議室のスピーカーから日本語で聞えていた。

「となると、最初に開発した日本のメリットは少なくなるような気がしますが」

林原は若干怪訝そうな顔をしていた。

「いえいえ。林原さんが提唱した従来の年金制度から移行方法、長寿医療施術の心身メンタルケア、

施術長期ローン制度などを含めた長寿医療をトータル・パッケージ化したノウハウを蓄積させ、それを独占したいと考えています」

「私としては、ナノロボット技術そのものから全面的に特許使用料をせしめようと思ってましたが、トータル・パッケージ化ですか。改良がまだまだ進むのなら、それも良いでしょう」

「林原さんにご納得していただいて何よりです」

クラウゼ博士はほっとした表情になっていた。

「世界各国に、郷に従え党を与党にすれば、国民は不老不死になるというキャッチフレーズで、人類世界の統一を推し進めますか」

林原は軽い気持ちで笑顔を見せながら言っていた。

「これで人類の究極の夢が実現できるとなると核爆弾よりも影響力が大きいかもしれません」

柿沢は尊敬の眼差しで林原を見ていた。


 首相官邸の記者会見室には、重大発表があるということで、多数の記者が内外から集まっていた。

「遂に日本は不老不死の長寿社会に突入いたしました」

石川総理が言い放つと記者たちのどよめきの声が上がっていた。

「これにより、以前に林原首相が申し上げた通り、年金は選択受給とします。長寿医療を選ばず自然死を選択する場合、年金は従来の制度に基づいて支払われます。一方、長寿医療を選択した場合、年金は受給できず、現役世代として納税してもらうことになりますが、年金積立金の納付額はゼロとなります。これにより納付額に応じて長寿医療費の軽減措置があり負担割合が変わり、ほとんどの方が全額負担にはなりません。年金納付額による不公平感をなくすわけです。また年金積立金を払っていない方は全額負担になりますが、低金利長期ローンが組めるようになっています」

就任まもない石川総理は、反応を見るようにゆっくりと記者席を見渡していた。

「日本の長年の懸念事項であった、年金問題、少子高齢化問題などが世界に先駆け一気に解決できるわけです」

石川が言っている最中でも記者席から一刻も早く質問をしたいという気迫が漂っていた。

「それでは、質問をお受けします。挙手してから会社名をおっしゃってください」

進行役の副官房長官が言うと、一斉に手が挙がった。

 「新日本新聞の新井です。長寿医療というものは具体的には、どのようなものなのですか。わかりやすくお願いします」

「一言で言ってしまえば、パイオ・ナノロボットを含めたバイオ技術の集大成と言えるものですが、

かなりの部分をオーブンソースとして公開し、広く普及するようにしたものです」

 「サンテレビの神田です。その長寿医療の金額はいくらになるのですか」

「林原首相の発表額では1000万円ぐらいでしたが、実際に長寿医療に必要な金額は1500万円となりました。しかしこれも施術者が増えれば800万から150万円ぐらいまで

下げられると考えています。それでも軽減措置がありますので年金納付額によってはかなり安くなると思います。具体的な金額は政府発表のホームページをご覧になるか、健康長寿医療省の相談窓口で詳細をご説明いたします」

 「毎朝新聞の松井です。臨床試験は1年程ですよね。それで長寿医療の安全性は本当に確認できたのですか」

「様々な状況を考慮したAIシミュレーションで確認しています。臨床試験は1年するのも10年するのも同じ結果になることが確認されています。またマウスやブタによる臨床試験では2年が経過していますが、人間にすると10年以上に匹敵する部分についても異常は見られませんでした」

「政経新聞の伊藤です。長寿医療施術者には生殖能力があるのですか」

「もちろんです。ですから少子高齢化を防ぐことにもつながります」

「NNジャパン放送の平井です。長寿医療施術は各所で込み合うことが予想されますが、その対応策はありますか」

「政府指定の病院で施術しますが、それ専用の施設も作る予定です。また高齢者から順に施術して行く形になります。年金の通知と同様に長寿医療の通知が来ますので、それに従って施術します。予約制としますしから、現場で込み合うことはありません」

 林原は記者のフリをして記者会見室に来ていたが、石川総理がしっかりと応えていたので出る幕はなかった。

まだ質問は続きそうだったが、林原は静かに退席していた。


 長寿医療の問題点を知るために林原は相談員を装い、健康長寿医療省の相談窓口に座っていた。

「あなたの場合、生物学的に男性ですので、男性として長寿になります」

林原は厄介な相談者が来たと感じていた。

「えぇぇ、そうなの。この先、ずーっと男性として生きるわけ。あたし耐えられないわ」

ド派手なメイクでスカートをはいた大柄な人物は困り顔であった。

「性的嗜好とか、精神面はご本人の意思で自由なのですが、長寿医療となると、どうしても身体的特徴というか

生物学的要因で分類されてしまいます」

「それじゃ、あたしたちみたいな者は長寿になれないってわけ。不平等よ」

「誠に申し訳ないのですが、いくら性器を切除して性転換をしていても、女性で長寿ということになりません」

「そんなのおかしいわよ」

「あのぉ、それで長寿医療は施術なさいますか」

「もっと上の人を出しなさいよ。あんたじゃ、わからないでしょ。あんた名前は」

スカートをはいた男性は林原のネームプレートと顔写真を見ていた。

「申し訳ないのですが、誰が対応しても答えは同じになります」

「こんな制度を決めた大臣とかよ…」

その男性は林原の顔をしげしげと見ていた。

「あんた、どこかで見たことある顔ね」

その男性が言うと、しばらく沈黙が流れた。

「バレましたか。私はこの不老不死を実現させると宣言した林原征志郎です。この件に関しましては私よりも上の担当者はおりません」

「あぁぁ、そうなのって感じね」

男性は目が泳いでいた。落ち着いたフリをしているが、かなり動揺していた。

「不満があるのでしたら、私が承ります」

「だから、あたしが男性として生きるか、どうかなのよ」

男性は観念したように言い出した。

「このまま長寿医療をすれば男性の体になりますが、性的嗜好や精神面は変える必要はありません。ありのままに生きてください」

「ありのままって言うけどさ、それが大変なのよ。あんたにはわからないだろうけど」

「それで、どうしますか。二回目の人生は男性として生きてみるのも、面白いかも知れませんよ。それに50年後、100年後には、性別や人種も変えられるくらいまでにバイオ技術が発展する可能性もあります」

「どこまでも薦めるのね」

「せっかくの機会ですし、ここで自然死をして寿命が尽きたらそれまでです」

「それはそうだけど」

「また男性の体で、男性として振る舞えば、本当に自分が女性の心を持っていたかを再度確かめられるかもしれません。ただ周りの環境に流されていたり、なんとなく流行っていたからなんて

こともあるかもしれませんよ」

「それはないわよ」

「本当にそうですか。宝塚の男役は生理が止まるということを聞いたことがあります。男性として女性としての振る舞いが心身両面に影響力を持つようです」

「ということは、あたしも男性っぽく振る舞って男性として生きろと言うことかしら」

「そうは言いませんが、長い人生、いろいろと体験してみたらどうですかということです」

「わかったわ。50年後に性別も変えられことを願って長寿医療を施術するわ。林原さんって、結構

営業マンに向いているわね」

「それでは、こちらの書類に記名をお願いします」

林原は契約書類を見せていた。


 林原の窓口には、汚れた服を着た男が来ていた。

「このような通知はお手元に届いていませんか」

林原は通知を手にして男の身なりを見ながら言っていた。

「どこに来るんだ。来るわけないだろう。世間じゃ不老不死だのとわめいているが、俺みたいなホームレスには関係のないことか確かめに来たんだよ」

「かなりご高齢のようですが、年金納付期間は長かったのですか」

「そんなのごくわずかだよ」

「となりますと、ほぼ全額負担になりますが…」

「だろうな。やはり無理だよな」

「いや、そんなことはありません。無一文でも頭金なしで最大100年ローンが低利で組めます」

「100年ローンだと、それに保証人はどうなる」

「住所不定で保証人がない場合、政府指定の法定代理人が付き、決められた勤務先と居住場所から出なければ問題はありません。もちろん出る場合は、理由と行先を明示してもらいます」

「保護観察処分や仮釈放のようなものか」

「ちょっと違いますが、わかりやすく言えば、それに近いかもしれません」

「100年の奴隷生活かよ」

「現状よりは上向いた生活ができることは確かです」

「…確かにそうかもな。このまま野垂れ死ぬよりかはマシか」

「もう一度新しい人生を始めてみたらどうですか。今の人生で苦労した分、次は上手く行くはずです」

林原が言っている最中に男の目に輝きがちらりと見えた気がしていた。

「あんた、人を乗せるのが上手いな。まず何をすれば良いのだ」

「まず法定代理人の審査がありますので、こちらの書類をお読みになり、ご納得が行ったら署名をお願いします」

林原は後ろのロッカーの引き出しから、特別な書類を取り出して渡していた。


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