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第六十八話 ブラジル

●68.ブラジル

 北村が潜伏している家に警官隊が突入してきた。しかし近隣住民の通報により辛くも林原たちは屋根伝いに逃げ延びることができた。

「北村党首、どこに行くのですか」

林原はトタン屋根の釘に足を取られながら言っていた。

「ブラジル救国党の支部に行くつもりです」

北村は屋並の先を見ていた。

「支部はファヴェーラにあるのですか」

「正確に言えば支部の出張所のようなものです」

北村が言っていると銃声が上がった。小金沢は林原を守るためにぴったり寄り添う。

「偵察ドローンです。始末しましたが、ここまでの足どりは報告していると思います」

拳銃を構えていた金城の足元に撃ち抜かれたドローンが落下していた。

「急ぎましょう」

北村は足でドローンを蹴り、残骸が動かないことを確認していた。


 救国党の出張所には所長と党員3名がいた。北村と所長は早口のポルトガル語で話をしていた。

「アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの連合軍がブラジルに宣戦布告し、侵攻を開始したそうです」

北村は複雑な表情をしていた。

「国境なき地球党がクーデターを起こした直後の侵攻とは我々にとって幸運なのか微妙です」

林原は意外な展開にあ然としていた。

「それでマルケス党首は、その連合軍と呼応しようと接触を試みているそうです」

「国内外から反旗を翻せば、国境なき地球党は3日天下に終わりますよ」

「そう簡単に行けば良いのですが…」

「となると、我々は戦況を見守るしかなさそうじゃないですか」

「はい。ただここは警官隊が来る可能性があるので、別の所に行きましょう」

北村は所長たちと話を詰めようとしていた。


 その日の夜から連合軍がリオのブラジル軍基地を空爆し始め、地響きが散発的に起こった。特にファヴェーラへの空爆はなく、住民たちは支配者が誰になろうがその日が暮らせれば、それで良かった。

 林原たちはファヴェーラを転々とし、身を隠すこと3日目。救国党軍がファヴェーラにやってきた。林原たちは存在が知られると、マルケス党首のリオでの反攻拠点となるホテルに招かれた。


 「林原さんや北村さんがここにことは、なんと力強いことです」

ラウル・マルケスは迷彩服を着ていかにも革命家といった風貌であった。

「なんか、紆余曲折あっても、あなた方の望む方向に向かっているようではないですか」

林原はマルケスという人物を推し量るように見ていた。

「これも内外を問わず国境なき地球党が支持されていないからだと思います。あぁ、それと林原さん、郷に従え党の冨沢本部長はアルゼンチンでいろいろと交渉をしてくれたので、感謝しています」

「私はこの3日間ファヴェーラで過ごして、救国党はブラジルの民衆が支持しているのがわかりました。我々も協力できることがあれば協力します。それでこれからどうなさるのですか」

「政権を奪取するためにもこのままブラジリアに攻め上るつもりです」

「自分たちの伝統文化に根差したブラジルを取り戻してください」

「ありがとうございます。ただ奴らを駆逐しても…、連立政権時代に既に義務付けられたジェンダーレス更衣室やトイレの改修には時間がかかると思います」

「ええっ、そうなんですか」

「性のボーダーレスと言えば、聞こえが良いですが、どこもかしくも男女一緒なので、女性の暴行事件は多発してますし、女性の不安感はなかなか拭い去れないでしょう」

マルケスはやれやれといった表情をしていた。

「男女の区別は差別ではなく、必要なことですからね」

北村がぼそりと言ってきた。

「特に股間を膨らませた男性と一緒にトイレに入るには抵抗感があるでしょう」

林原も大いに同調していた。

「林原さん、この後はどうしますか。一緒にブラジリアに行って勝利を祝いますか」

マルケス党首は自信に満ちた顔をしていた。

「マルケス党首の反攻は成功するとは言え、足手まといになるといけませんし、北村党首や冨沢本部長の安否も確認できましたし、ひとまず日本に帰ろうと思います」

林原の日本語はマルケスのスマホからポルトガル語になっているはずだが、通じていない様子だった。林原は自分のスマホの機能を確認していた。

「マルケス党首、どうも私のスマホの翻訳機能がおかしいようで…」

林原が言っていると、小金沢は機転を利かせて、先ほどの林原の言葉をポルトガル語で言っていた。マルケス党首は、わかりましたと手ぶりをして何か言っていた。

「これは…もしかすると国境なき地球党の仕業かもしれません、」

小金沢がマルケス党首の言葉を訳していた。マルケス党首は側近に何か言っていた。

「林原さん、これはたぶん、グルーバル翻訳システムの南米サーバー基地にハッキングしてスマホの翻訳機能をマヒさせた可能性が高いです」

金城がマルケスの様子を見ながら言っていた。

「世界中の誰もが頼りにしている翻訳システムだから、かなり高度なセキュリティ態勢だろう。そんなことできるのか」

「頼りにしていない連中だから、乱暴なことができるのだと思います」

「そうか。各国の言語を廃止し、英語のみにするという党是を知らしめるつもりの嫌がらせか」

「それに奴らは軍事的に敗退濃厚となったので、一矢報いる手を打ったのだと思います」

金城が言っていると、マルケスが林原の方に向かってポルトガル語で何か言った。

「翻訳システムが乗っ取られたとのことです。これだけなら良いのですが」

小金沢がすぐにマルケスの言葉を訳していた。

「それでも私にはこの通訳兼ボディーガードがいますから、日本には無事に帰れます」

林原は日本語で言うと小金沢が訳し、マルケスと北村が差し出した手と握手を交わしていた。


 林原たちはマルケス党首、北村党首と話していたバンケットルームを後にして、エレベーターホールでエレベーターを待っていた。

「なかなか、来ませんね」

小金沢は若干苛立っていた。

「別に急ぐ旅でもないから気長に待とうじゃないか」

「あぁ、林原さん、こちらの方が先に来ました。どうぞこちらへ」

マルケスの側近の一人のナタリア今井が、林原たちが立っている所の反対側にあるエレベーターの方を案内した。

 林原たちは広々としたエレベーター搬器に乗り込んだ。今井が地下3階のボタン押し、搬器の扉が閉まった。

「とにかく皆さんご無事で良かったです」

小金沢は階数表示の数字が減っていくのを見ていた。突然、今井のスマホを振動したので、耳に当てていた。

「…ミサイルって…」、

今井は恐怖におののいた顔を林原たちに向けていた。次の瞬間、大地震のような揺れと、耳をつんざくような爆発音した。かつて経験したことがない振動があり、何かがバラバラと落ちていく音もしていた。エレベーターの搬器は最寄り階に止まりかけたが、ワイヤーが切れたのか落下し始めた。林原は落ちていくGを感じる。階数表示は、4・3・2・1と減っていた。すると何か金属が挟まる様に音がして、エレベーター搬器はB2で階数表示を止めた。

「どうした。神仏のご加護か。小金沢、ドアが開かないなら、上を見てくれ」

林原は、『open』ボタンを押す小金沢に言う。すぐに金城が肩車をして小金沢を搬器の天井パネルを外させていた。今井は、音信不通となったスマホを握りしめていた。

「…エレベーター・シャフト(立坑)を支える金属の支柱が歪んで曲がり、搬器を動かなくしたようですが、支柱そのものが崩れそうなので、早く出ないと」

小金沢は搬器の状態を報告していた。

 「ドアは無理そうだが…」

林原が言っていると、小金沢は金城の肩車からさらに上へよじ上っていた。

「林原さん、搬器の外に出て、地下1階の扉から外に出ましょう」

小金沢は搬器の天井から手を差し出していた。


 ホテル1階の正面にある玄関ホール前や車寄せには瓦礫やガラスの破片が散乱していた。林原たちがホテルを見上げると、12階から上が吹き飛び、黒煙がたなびいていた。

「なんてことに…」

今井は茫然としてその場にしゃがみ込んでいた。

「我々ももう少しバンケットルームを離れる時間が遅かったら、やられていたか」

林原は、身の毛もよだつ思いであった。

「ミサイルが撃ち込まれたということは、マルケス党首の居場所を特定されていたようです」

金城は周囲を警戒しながら見ていた。

「今井さん、誰か内通者の心当たりがありますか」

林原は今井をゆっくりと立ち上がらせていた。

「見当もつきません。この先どうすれば、…マルケス党首がいなければ救国党を束ねるカリスマがいません。」

今井は途方にくれていた。

「ナンバー2と目される人物はいないのですか」

「いましたが、一緒にミサイルで吹き飛ばされています」

「…このまま日本に帰るわけには行かなくなったな。今井さん、AI技術に長けた党員はいますか」

「あぁ…、リオのネット配信会社にいますけど」

今井は怪訝そうな顔をしていた。

「そうですか、それではそこに行きましょう」


 『マルケス、北村、林原の3党首がニコニコしながら高級ホテルのテラス席に座っていた。

「私はブラジルを国境なき地球党の連中から解放するために立ち上がります。もし私が倒れたら、政治信念が近いおふた方のどちらかに引き継いでもらいたいのです」

マルケスはポルトガル語で言っていたが、北村、林原のスマホからは日本語になっていた。

「マルケス党首、それをおっしゃるなら、私が倒れた場合はあなたにお願いしたい」

と北村。

「はい。私ももしもの際はマルケス党首に替わっていただきたい」

林原も同様のことを言い出していた。

「それでしたら、それぞれをクロス承認して、もしもの際に備えましょう」

マルケスがまとめていた。

 3人は席を立ち、固い握手を交わしていた。

「この動画が使われないことを祈りますが、万が一の際には、これに従って行動するように党員たちに

言っておきましょう」

マルケスはしっかりとしたカメラ目線で言っていた。

「これで、大胆な行動が取れますよ」

林原は茶目っ気を出していた。

「まぁ、無理はしないでもらいたいですが」

北村は真顔であった。カメラの画角はどんどん引いていき三人がいるテラス席全景を映していた』。

 「これならOKです。口の動きも動作も自然ですし、フェイク画像とは気付かれないでしょう」

林原はネット配信会社のスタッフたちに笑顔を見せていた。

「これをSNSや動画サイトに流せば良いのですか」

今井はちょっと不安そうにしていた。

「一時的に私が引き継ぐ形にすれば、都合の悪い人や内通者をあぶり出すことができるし、救国党軍が

ブラジリアに攻め上る士気が高まり後ろ盾になると思います」


 救国軍の軽装甲車や6輪装甲車などが隊列をなして進んでいた。既に制空権は連合軍が握っているので、救国党軍を空から攻撃するものはなかった。林原、小金沢、金城は救国軍のパウロ・セナ将軍と共に8輪装甲車に乗っていた。

 「勇敢なブラジル軍の皆さん、国境なき地球党政府に従う必要はありません。我々とともにブラジルを立て直しましょう」

ブラジリアに向かって行軍する救国党軍の兵士が軍用車両から呼びかけていた。スマホの翻訳システムが復旧し、林原たちにもポルトガル語の呼びかけ内容がわかっていた。


 ルジアニア付近を通過していると近隣の家屋からポルトガル語の怒号が聞え、機銃掃射を受けた。救国軍は停止して応戦し始める。8輪装甲車の鉄板に弾丸が当たる金属音もしていた。救国軍の兵士たちが放つ自動小銃音と敵の機銃音が散発的に聞こえていた。

「こちら地上進攻軍、我々の座標の近くにいる敵を排除してくれ」

セナ将軍は自らマイクを握り指示していた。

 しばらくするとアルゼンチン空軍のF16が飛来し、機銃陣地となる家屋をバルカン砲で掃射し吹き飛ばして行った。別の所に潜んでいた。ブラジル軍兵士は両手を挙げて出てきた。

 「若干の抵抗はありますが順調ですね」

林原はセナに話しかけていた。

「皆、あなたにマルケス党首の面影を感じて従っています」

セナは動画をすっかり信じ切っていた。

「私がちょうど良いアイコンになっているとは光栄です」

「林原さん、マルケス党首と北村党首を失った今、あなたは我々の救世主でもあります」

セナは尊敬の眼差しを林原に向けていた。林原は急に責任の重さを感じていた。


 ブラジリアに入ると沿道にはブラジル国旗の小旗を振る市民たちが多数見られた。メインストリートを少し進むとツインタワーの左右にドーム型と巨大な皿のような形の国会議事堂が見えてきた。


 「ここにマルケス党首の願いが成就しました。これもブラジル国民の皆様の思いが結実したからだと

思います」 

林原は国会議事堂の演台に立っていた。議員席に座る救国党議員や男女幸せの党議員、数人の郷に従え党議員が拍手を送っていた。

「私は郷に従え党の党首ですが、救国党と男女幸せの党は、党是がほぼ一緒なので、同志と思っています。これからも手を携えていきたいと思います」

「あなたが、3つの党を束ねたらどうですか」

議員席からヤジが聞えて来た。

「…、皆さんが望むなら、それにお応えしてもかまいません」

「救世主・林原!ビバ林原!」

ヤジはどんどん大きくなっていった。突然、本会議場内に銃声が2発上がった。

「あいつがマルケス、北村を殺した内通者だ!」

議会の傍聴席にいた男が拳銃を手にして叫んでいた。本会議場内は静まり返った。

「林原がミサイルを打ち込ませたんだ。それが証拠に今、3つの党を束ねた党首になると宣言したではないか」

とその男。

「あの時、私も死にかけたんですよ。そのようなことをすると思いますか」

「それぐらいのことをしなければ、真実味がないからな。それに日本に帰るつもりって言うのはその場を離れる口実だろう」

「あのミサイルが内通者によるものとは公式には誰も行っていませんし、日本に帰るつもりって言うのは、ごく一部の人しか知り得ないことですけど」

林原はわざとらしくとぼけていた。

「状況を見れば、誰だってそう思うだろう」

男は少し口ごもっていた。

「そうですかね。ごく一部の人しか知り得ないことを知っている人が怪しくないですか。その上、自分を助けてくれた人を殺してまで、他国の実権を握る必要がありますか」

「…初めから日本に帰るつもりはなかったんだろう」

「あの時点ではスマホの翻訳機能がマヒしているのに、何ができると言うのですか」

「…とにかくお前が、内通者だし、あの動画はフェイクだ」

男がフェイクと言った瞬間、林原は少しドキッとしていた。

「ついに正体を現しましたね。ここで私がマルケス党首や北村党首に代わって党を束ねると言えば、本物の内通者があぶり出せると思いまして、仕組んだ囮捜査の演説だったんですけど」

林原は全く揺らぐことなく言い放っていた。

「囮捜査だと、」

「まぁ、じっくりと事情聴取をさせてもらますよ。その男を確保してください」

林原が言うと、議会の廷吏たちがその男の拳銃を払い落し、取り押さえていた。

 「あぁそれと、マルケス党首の側近だったナタリア今井さんが救国党の新たな党首に相応しいと思います。また男女幸せの党は日本にいる副党首が引き継ぐでしょう。私は日本に帰れば、やらなければならないことが山ほどありますから」

林原はこれで日本に帰れる気がした。


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