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第六十七話 ファヴェーラ

●67.ファヴェーラ

 マンションの屋上も借りて庭園にしている林原家。

「この蜂たちはどこに咲いている花の蜜をとってくるんだろうな」

林原はミツバチの巣箱に戻ってくる蜂たちを眺めていた。

「この辺だとゲートウェイシティの屋上庭園あたりじやないの」

「あそこは果樹もあるからな。でも世知辛い世の中だから蜜泥棒で訴えられたらどうする」

「蜂を処罰してもらいますかね」

木本は笑っていた。

「今日は何も予定がないから、ここでネットでも見て過ごすか」

林原はスマホを手にしていた。

「あらっ、官邸で昼食会があったわよ」

「そうか。総理のお誘いに遅れちゃまずいよな。それでここに出ている…ボーダーレス党っていうのは国境なき地球党と関係があるのかな」

林原はスマホで調べていた。

「早く終わらせてよ。官邸に行くんだから」

「国境なき地球党の一派で性の境界も取っ払う人たちの党らしいな」

「取っ払うって、男も女もなくすというわけ…」

「うん。男女共に去勢すれば性に捉われなくなり、人類は真の平等を勝ち取り新たな段階に到達できるってさ」

「時代が進むと、昔では全く考えられなかったことが言われるようになるのね」

「しかし、これが正しいのか。子孫は人工子宮で増やすというのか。こんな頭のおかしな奴らの戯言に時間を取られている場合ではなかったな」

林原はスマホをポケットにしまっていた。


 官邸の食堂に時間通りに間に合った林原夫婦は昼食を口に入れていた。

「林原さん、ここのロブスターの味付け秀逸ではないですか」

「うん、確かに。旨い。私は芸能人じゃないから、食レポはなんかしないが、旨いとしか言いようがない。とにかく旨いな」

「あなた、食べてばかりでなく、総理にお礼を言わないと」

木本は上品にロブスターを食べていた。

「それで、相談したいことってなんだ」

「はい。男女幸せの党の北村健也党首から講演会のゲスト出演を依頼されまして」

「君も引っ張りだこじゃないのかな」

「郷に従え党と相性が良い党として一言お言葉をと言われましたが、何を喋ったら良いか…」

「そうか。柿沢総理は何かと忙しいからな。そんなの講演会で頭を悩ますことはないだろう。私が郷に従え党の党首として出演するよ」

林原の言葉に柿沢の表情は途端に明るくなった。


 「今までの男性社会の男性のあり方を女性に押し付けて生きることが正しいのでしょうか。真の男女平等を目指すなら、男性と違った女性に適した生き方があるのではないでしょうか。男性がやってきたことと同じことをして、男性と競い合う女性というのは、本人もつらくはないのでしょうか」

北村が熱く語っているステージの上には『北村健也が世の中のズレを一刀両断する』の横断幕が掲げられていた。会場の客席は学校形式でテープルがずらりと並べられていた。

「先進国の少子化の根本原因はここにあるような気がします。子育てでキャリアが中断するから子供を産まないということはないでしょうか。それでしたら、女性の場合、子育て期間がハンデにはならないようにすれば良いのです。よく女性は出産・子育てでキャリアが蓄積できないといいますが、女性にキャリアの蓄積を求めない評価をすれば良いのではないでしょうか。男性と同じ評価基準で能力を推し量るのを止めれば、女性はもっと楽に生きられるはずです」

北村は女性にキャリアの蓄積を求めない、採用時の評価基準をいくつか例示した資料をスクリーンに映し出していた。

「出産して子育てして働けでは、それがいくら西洋的な女性の生き方の価値観だとしても無理があります。諸外国を見習って、女性活躍度のランキングを上げるために優先枠を設けることが本当に日本女性の気持ちに寄り添えるかは疑問が残ります。本人があまり望まないから選択しないという点から物事を見なければ、体裁を繕うための選択優先枠など押し付けに過ぎません。例えば男性アイドル歌手のファンに男性が少ないから男性枠を設けるような陳腐さがあります」

北村は言い終えると客席から拍手が上がっていた。進行役の司会者が15分間のティータイムを宣言し、小休止となった。一部の意識が高い聴講者がステージに上がり北村に質問したり歓談などをしていた。北村は気さくに応じていたが、司会者が後で質問コーナーがあると言って、席に着かせていた。


 ティータイムを挟んでゲスト講演をする林原がステージ立っていた。

「先ほど、北村党首がおっしゃったことは、選挙を気にしたポピュリストは絶対に言えないことでしょう。私も彼に強く同意いたします。我々郷に従え党としましても、諸外国や男性の真似をする必要はなく、その国にはその国の女性、日本には日本女性にあった働き方や生き方があったても良いと思います。それこそが多様性と言えます。もちろん男性的な生き方をしてバリバリ働き、専業主夫に支えてもらうこともありですし、結婚せず子供を全く産まない選択肢もあって良いでしょう。但し、その際に偏見のようなものをなくす必要はありますが」

林原は聴講者の反応を見ながら言っていた。

「一般的に女性は子供を産むのに適した時期があり、その時期に産むのが負担が少なくて済みます。時代錯誤な議員が女性は子供産む機械などと言うものですからから、女性に子供を産ませる方策が議論し難くなっていますが、生物学的に見て適齢期というものはあるはずです。適齢期という言葉を死語にして無視すれば、女性の幸せにつながるわけではありません。この点も北村党首と我々の見解が一致するところです」

林原の言葉に聴講者たちは好意的な目を向けていた。

「女性を家庭という牢獄に閉じ込める守旧派のレッテルを貼られるかもしれません。それでも時代の趨勢を見ると、何かがズレていると気付かされるはずです。今、私が語ったことが共感できる男女はいると思います。しかしこれを口外すると、頭が固いオッさんやオバさんと揶揄されるので黙っているのではないでしょうか。ここで北村党首がそのようなことを恐れずに一刀両断することには私も胸がすく思いがしました」

「それなら郷に従え党と男女幸せの党は合流しますか」

聴講者からヤジのような声が上がった。林原は曖昧な微笑みを浮かべて否定も肯定もしないでいた。

「…いずれにしましても昭和の価値観を引きずっているとか、時代の流れに柔軟性がないと言われるかもしれませんが、あえて私はこれを主張したいのです。見せかけの偽善のフェミニストと私は違います。真のフェミニストは、嫌われてもバカにされても、女性の幸せを真剣に求める人物ではないでしょうか。それが北村党首のような気がします。今後も私は協力できる点は協力して行きたいと思います」

林原はひと呼吸おいてからマイボトルのお茶を飲み干していた。

「最近、ボーダーレス党と言うのがあるそうです。世の中にはいろいろな趣味嗜好の男女はいると思いますが、基本的に男女は身体的な特徴で分類するのが合理的でしょう。それをボーダーレスにしたら、問題山積で人類存亡に関わると言えます。今日ここにボーダーレス党の人がいたら、聞いていてもつまらないでしょうけど。まぁ、いらしていないと思いますが…」

林原は時事ネタ入れて、北村党首を持ち上げるばかりにならないようにしていた。


 講演会は予定通り終了し、林原は北村と握手を交わし会場を後にした。地下駐車場には田沢がミニバンで迎えに来ていた。

「林原さん、どうでしたか」

運転席の田沢が後部座席の林原に声をかけていた。

「特に問題はなかったが、講演料は意外に高かったよ」

「それじゃ、またゲスト出演しますか」

「いや、講演料で暮らしているわけではないからな。しかし北村という男は過激な言動が多いから、反感を買いやすい気がしたよ」

「そうっすか。でも林原さんはいくら反感を買っても自分らが守りますから安心してください」

「おいおい、私は過激な言動が多いかな」

林原はニヤリとしていた。


 官邸の総理執務室には林原、下村総合情報局長が集っていた。

「南米総局の情報によると北村健也党首がサンパウロで日系人向けの講演後に行方不明になったとのことです」

下村は淡々と述べていた。

「それはサンパウロのどこでですか」

と柿沢総理。

「パウリスタ大通りにあるジャパン・ハウス・サンパウロのホールで講演した後、滞在先のホテルに戻った所までは確認されているのですが、翌朝、現地スタッフが訪ねたところ、部屋にはいなかったというのです」

「争った形跡はあったのですか」

林原は面識のある人物の失踪が気がかりであった。

「特になかったようなので、同意もしくは自発的に部屋を出て行ったと考えられます」

「ホテルの監視カメラには、誰と出て行ったかは映っていなかったのですか」

「それがどこにも映ってなく、忽然と消えた感じです」

「殺された可能性はどうですか」

「なんとも言えません」

「そうですか。それでは党本部に戻って、ブラジル本部に何か地元の情報があるかどうか確かめてみます」

林原は一刻も早く戻ろうと立ち上がろうとしていた。


 ピラミッド型の近未来的なデザインが特徴的なリオデジャネイロ大聖堂の前でタクシーを降りる林原と小金沢。SG1女性隊員の小金沢は、夫が日系4世のブラジル人なので、ポルトガル語が喋れるため同行していた。

「このピラミッド状の円錐は高さ75メートルで直径が106メートルあるんですけど、間近で見るともっと大きく見せませんか。私は毎回そう感じます」

小金沢は大聖堂を見上げていた。

「確かにそうだな。それに長い歴史に育まれた大聖堂と違った趣があるよ」

 中に入ると林原は四方に設置された天井まで伸びるステンドグラスに圧倒された。高さが軽く60メートルを越えるステンドグラスを通して青、赤、緑、黄色の光が降り注いでいた。林原と小金沢は大聖堂の長椅子に座り、足首などをほぐしていた。するとツアーガイドの旗を持った男がニコニコしながら近寄ってきた。

「ゴーニューツアーの金城です。バスが待っていますので、こちらへどうぞ」

金城は色が浅黒く現地人のような感じであった。


 中型の観光バスはリオデジャネイロの通りを走っていた。

「北村党首はサンパウロで消息を絶ったのに、なんでリオの何ヶ所かの監視カメラに映っていたのでしょうか」

バスの中程の席に座る林原はブラジル駐在の総合情報局員の金城啓吾に聞いていた。

「本人の意思なのか連れ去られたのかはわかりませんが、、現在リオのどこかに居ることは間違いありません」

「そのカメラの映像ですが、一人で映っていたのですか」

と林原。

「だいたい、一人です」

「ということは誰かに連れて来られた可能性は低いですね」

「はい。それで、林原さんにわざわざ御足労願ったのは、林原さんあての手紙を発見したからでして」

「党本部でそのことを知ったからリオに来たのですが、確か…書きかけでゴミ箱に捨てられていたものでしたよね」

「はい。ブラジルの郷に従え党の協力を党本部から命じられないかとか、

いろいろと書いては消されてまして、信頼できるのは林原党首とも書かれていました」

「協力を命じる命じないわ内容次第ですが」

「その手紙は証拠品として現地警察に押収されていますが、何かの協力の話は東京に居た時にありましたか」

「いいえ」

「そうでしたか。でもとにかく信用できる者は林原さんだけのようでして、直接会えば、真相が明らかになるかもしれません」

「会ったことがあるのですか」

「はい。一度だけ。しかし信用されず立ち去られました。ちょっと待ってください」

金城はスマホを耳に当てていた。

「林原さんに何か重要なことを託そうとしていたようですね」

小金沢は混雑している通りを眺めていた。

「あのぉ、この先のファヴェーラでバイク修理屋で見かけたとの情報が入りました」

金城はスマホを耳から離したまま姿勢で言っていた。

「小金沢、ファヴェーラってなんだ」

「ケーブルカーができて、だいぶ治安は良くなってきましたが、場所によってはかなり危険な貧民街です」

小金沢の言葉に金城もうなずいていた。


 林原たちは中型の観光バスを下りて、徒歩でファヴェーラに入って行った。建物の壁にはカラフルな落書きがそこら中に描かれ、観光客目当ての土産物屋などが軒を連ねていた。治安がある程度良くなったので、怖いもの見たさの観光客がカオス状態のファヴェーラに足を踏み入れるようになった。それで僅かばかりでも観光収入があり、麻薬などの悪事に加担しなくても暮らせるようにもなっていた。しかし少し奥まった所まで行くと、観光客はぐっと減り、うつろな目をした男女が軒先にしゃがんだりしていた。

 「ねぇちゃん、いくらだい」

小金沢にちょっかい出す男がいたが、あっさりと腕をひねられていた。

「小金沢さんなら、一人でも平気でしょう」

金城は微笑んでいた。

「あの野郎、うちの小金沢に手を出そうなんて10年早いよな」

林原は走り去る男の後ろ姿をみていた。

「林原さん、これでも結構か弱い面もあるんですけど」

小金沢はそう言いつつも、鋭い目を周囲に向けていた。


 スクーターやバイクが無造作に店頭に置かれ、バラックの奥に作業をしている男がいた。金城はその男にポルトガル語でいろいろと聞き込んでいた。

 「あの男が言うには、この場所に北村党首らしき人物がいるそうです」

金城は紙切れに描かれた乱雑な地図を見ていた。

「今、我々の居る路地はどれだ」

林原は、地図上の現在位置を確認していた。 

「今、ここですから、その階段を上って、路地を行けば…」

金城が説明していると小金沢が紙切れの地図を横目で見ていた。

「これだったら、こっちの家のバルコニーから隣家の屋上を伝っていけば、早いですよ」

小金沢は修理屋の向かい側にある家を指さしていた。

「無断で人の家を通過して行くのか」

「地元の顔をして、堂々と行けば、良いんですよ」

小金沢はファヴェーラの事情に詳しかった。金城はそれもありという顔をしていた。


 林原たちはレンガ造りの家やトタン屋根のバラックの上を歩き、ものの数分で目的の家の2階まで来た。2階の部屋の窓が荒々しく開き、中から自動小銃やサブマシンガンを構えた男たちが出てきた。

「お前ら動くな。武器を捨てろ」

林原のスマホが男たちのポルトガル語を訳していた。

「ドン北村に会いに来た」

金城が両手を挙げながら言っていた。林原と小金沢は身体をあらためられていた。

「私は林原征志郎だ。顔をスキャンしてくれ」

「スキャナーなどここにはない。お前が一人で来い。確かめてやる」

男はぶっきら棒に言い、林原だけを引っ立てて行った。小金沢が一緒に行こうとしたが、林原が制していた。


 家の地下室に連れて来られた林原。階段を急いで降りてくる人物がいた。地下室のドアが開いたが、林原はその人物の顔が電灯の明かりの陰でよく見えなかった。 

「は、林原さん、林原さんではありませんか」

聞き覚えが北村の声がしていた。

「あ、北村党首、ご無事でしたか」

林原は北村の顔を確認してから握手していた。

「手紙を送ろうとしましたが、ご迷惑になると思って出さなかったのですが…。まさかここでお会いするとは、ありがとうございます」

「北村党首が行方不明と聞いたもので、来てしまいましたよ。で、なんでまたこのようなことになったのですか」

「林原さん、こんな所では、なんなんで、お連れの方と共に、別棟に行きましょう」


 林原たちはファヴェーラにあるとは思えない、広々とした家のクーラーの効いた部屋にいた。

「今やブラジルは国境なき地球党が革新系の社会労働党と連立与党を組んでいるので、民意は反映されず、近隣諸国へ国境を無視した政策が多いと非難されています。そこで保守派のブラジル救国党党首ラウル・マルケスが率いる救国部隊がクーデターを計画しています。それでクーデター後にブラジルの郷に従え党、男女幸せの党の南米支部と連携するつもりでした」

「ブラジル救国党は我々と考えが近いのですか」

「はい。ですが、事前に情報が洩れているようで、マルケス党首、私、郷に従え党の冨沢ブラジル本部長が狙われ始めましたので、居場所が特定できないように攪乱させています」

「冨沢本部長が長期休暇中というのはそういうことだったのですか」

林原は合点がいったと言う顔をしていた。

「あぁ、失礼。マルケス党首から電話です」

北村はスマホを耳に当てた。しばらく北村は真顔で通話していた。


 「北村党首、どうしました」

林原は北村がスマホを耳から離した瞬間にたずねた。

「あのぉ、…社会労働党が国境なき地球党と合流し、ブラジル議会は国境なき地球党の単独政権になりました。その上、矢継ぎ早に多党制を廃止したそうです」

「しかし長年政権を担ってきた社会労働党がそう簡単に折れるとは思えませんが」

「社会労働党の代表は、病死となっていますが、殺された可能性が高いです」

「先にクーデターのようなことをされたわけですか」

林原は無力感を感じていた。

「これでブラジル救国党、男女幸せの党、郷に従え党は非合法政党となり、マルケス党首、私、従え党の冨沢ブラジル本部長に逮捕状が出ているそうです」

「それに私は郷に従え党の党首ですから、うかうかしていられませんね」

「とりあえず、ファヴェーラに居れば、殺されることはないですから」

北村は自分にもそう言い聞かせている感じでもあった。


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