表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/75

第六十六話 対応力

●66.対応力

 党首室をベルガーが訪ねていた。

「今回のサハリンの件がドイツではケーニヒスベルク返還運動に影響を与えています。現在、カリーニングラードという名でロシアの飛び地になっていますが、本来、ドイツの元となるプロイセン発祥の地ですし、1945年まではドイツ領でしたから、今まで黙ってきたドイツ人も黙っていられなくなりましたよ」

ベルガーは党首デスクの地球儀のオホーツク海の辺りを眺めていた。

「やはりそうでしたか。中国しかり、ドイツしかり、ロシアにかげりが見えれば、旧領復活を目指すの当然のことでしょう」

林原は地球儀を回しバルト海の辺りを見ていた。

「ただ、各地でロシア領奪還となり始めているので、窮鼠猫を噛むじゃないですが、自棄になって核を使い出したら面倒なことになりそうです」

「サハリンでは腹いせに感染兵士を送ってきましたけど、あれなら可愛いものでした」

「林原さん、どう見ますか」

「どうと言われても、ドイツの国民感情は抑えつけられないでしょう。それにあの一帯はポーランドも国境線がずらされて、ドイツのベルリンが首都としては端にあるのが不自然だったですからね」

「ロシアは領土に関しては貪欲で絶対に手放さないことを国是としてきたのに、ここに来てソ連復活を足元から救われる事態になっています。かなり危険じゃないですか」

「今日、非公式にイワノフ暫定大統領が官邸を訪問し、柿沢首相と会談する予定になっていますから、何か良い策はないか聞いてみますよ」

「いよいよ、逆ロックダウンから独立に動き出しましたか」

ベルガーはサハリン独立からドイツに希望の光を見出していた。


 官邸の応接室には、林原、柿沢、イワノフが顔を会わせていた。

「率直に言って、現状では中国の沿海州やドイツのカリーニングラード奪還は難しいと思います。サハリンの動きを見て、安易にそう思っているのかもしれませんが甘いです」

「いきさつが違うのはわかりますが、甘いですか」

柿沢はあっさりと言われたので、あ然としていた。

「サハリンは島ということと感染症対策、それに中央の辺境差別みたいなものが渦巻いていて、そこに反戦母の会なども協力して今日に至っているのですが、あちらは違います」

「確かにあちらは陸続きですし、感染症も蔓延していますね」

「それにいくら弱っているとはいえ、ロシアは第二第三のサハリンは意地でも作らせないでしょう。それこそ核を使うんじゃですか」

イワノフは林原の懸念と同じ点を指摘していた。

「それでも中国やドイツに無理だから諦めろとは日本としては言い難いことですけど」

林原が柿沢に替わって応えていた。

「その立場はわかります。それで全く無理かと言われれば、手はあると思います。…沿海州の場合、中央に反発している分離独立派はいます。そこら辺を突けば良いと思いますが、中国領になるかは別の話になりますけど」

「カリーニングラードにも分離独立派はいるですか」

と柿沢。

「聞いたことがありません」

「すぐに独立させるには無理がありますかぁ…」

と林原。

「サハリンは日本領になるわけではなく…一部は日本領に戻りますが独立します。ですから沿海州やカリーニングラードも独立する形なら、まだ見込みはあるかと思います」

「となると親ドイツの東プロイセン共和国とか、親中国の沿海州共和国の独立というわけですか」

「はい。これから下準備が必要でしょう。今まで日本がサハリンに働きかけたように」

イワノフは林原の方を見ながら言っていた。


 つくばの国立感染症研究センターのセンター長室

「しかし日本の感染症医療も進んできましたね。こんなに短期間にクラウン感性症のRNAワクチンと治療薬ができるなんて」

林原は感心していた。

「総理…いや林原さんの不老不死医療プロジェクトのおかけで、医療面での研究が盛んになった背景もあります」

と長井センター長。

「あっ、そうですか。でも本題の不老不死はまだ道半ばでして…」

「それでも数年以内にはある程度形になると思います。それよりも、今回、こんなに早く開発できたもう一つの理由はイギリスの研究所からの情報があったからなのです」

「イギリスも感染症対策には熱心なようではないですか」

「確かにそうですが、あそこは西ウクライナとの提携があり…」

「ということは、ウィルスを開発と同時にワクチンと治療薬も開発していた可能性があるのですか」

「はい」

「もし本当だとすると兵器としてのウィルスになりますか」

「生物化学兵器の開発は禁止されているので、重大な違反ケースとなります。今の所、陰謀論の類として、イギリスも西ウクライナも否定していますが、どうも怪しいのです」

「専門家の見解がそうだとしても、政治的には曖昧にしておく必要があります」

林原は渋い顔をしていた。

「総合情報局もこのことは指摘していましたよね」

長井は聞き難そうにしていた。

「私の口からはどうとも言えませんが…、いずれにしても、命が救われることに変わりがないので、ワクチンと治療薬は日本でも量産することにしましょう」

「それで…、最近怪しい人物がこの研究センターの周辺をうろついているので、警戒を厳重にしたもらいたいのですが」

「なるほど、たぶんロシアのエージェントがワクチンと治療薬を奪うか情報を盗みに動いているのでしょう」

「ロシアがいちはやく、開発したと豪語するワクチンは副作用が多かったようですから、躍起になっているのかもしれません」

「わかりました。柿沢総理に言っておきます」

林原は今の立場の方がいろいろとやりやすかった。


 白衣を着た林原、田沢、市原は研究員を装って国立感染症研究センター内の自販機コーナーにいた。

「怪しい人物っていうのは、どいつっすかね。なかなか見当たりませんよ」

「たぶん怪しい人物は怪しくない奴だろうな」

林原は市原の方を見て言っていた。

「それが諜報部員の基本ですかね」

市原はもっともだという表情をしていた。

「あぁいうのは、どうっすか」

田沢は自販機コーナーの窓から、敷地の外の通りでをデモをしている男女5人を見ていた。彼らは『郷に従え党は悪、国境なき地球党は善』『国境がなくなれば、全ての問題が解決する』というプラカードを持って通りを歩いていた。

「日本にも国境なき地球党の支持者がいるのだな」

林原は学生風の5人を眺めていた。

「許可なく、勝手にやってるんでしょうけど、警察は取り締まらないのですか」

市原は不服そうであった。

「暴徒化しそうもないし、誰も支持しないから放っておいているんじゃないか。少なくともロシアのエージェントではないだろう」

「林原さん、そこが甘いですよ。意外な所にエージェントは潜んでいるものですから」

市原が言っていると田沢はそうかなぁという顔をしていた。

「その道のプロの市原に言われたのだから、肝に銘じておくよ」

「別にそんな…つもりは」

市原は体裁悪そうにしていた。

「あぁ、あのきれいな研究員の人、独身っすかね」

田沢は廊下を歩いていく白衣の女性を眺めていた。

「田沢、左手の薬指は見たか。指輪をしていたぞ」

「なんだ。残念だな。好みのタイプだったのに。っていうか林原さんもチェックしていたんすか」

「…たまたま目に付いただけだが」

「ん、林原さん、あの女、どこかで見たことがあるような気がします。セキュリティーセンターの監視カメラ映像を情報局のAI顔認証システムとリンクさせて調べてみます」

市原は真顔のまま、セキュリティーセンターに向かって行った。

 「市原さんもそんなこと言って、あの女の人のことが気になっているんじゃないっすか」

「おい、よせ。プロの勘が働いたのかもしれないぞ」


 セキュリティーセンターには複数のモニター画面が並んでいたがその中で一番大きい画面に東洋人女性の顔が映っていた。知らせを聞いた長井センター長も来ていた。

「この女性は李梅香の名で知られた中国の諜報機関のエージェントでしたが、体制が変わった今は、中華連邦共和国の情報部に移籍したかどうかは定かでありません」

市原は画面を凝視していた。

「で、どうしてここにいるのだろうか。移籍していれば、何も潜入する必要はないだろうに」

「はい。となるとロシアの情報機関に鞍替えしたか、雇われたかになりますが…」

「でも、こんなバレバレな感じでセンターに潜入するっすかね」

「そこなんです。陽動作戦ということかもしれません」

「あの女に注意を引かせて、その裏でということか…。センター長、クラウン感染症関連の情報が

漏えいした形跡はありますか」

「ないですね。それにこの女は中華連邦の感染症対策部員ですが、研究開発チームとの関わりは全くありませんし…」

「日本と友好国の中華連邦の感染症対策部員なら、彼女たちにもワクチンと治療薬を渡すのも当然だよな」

「はい。本日、提供する手はずになっています」

「そこだ。本当に中国に持ち帰るかどうかだ。誰とも接触させず、スマホの電波を遮断させたままご丁寧に中国への帰国便を用意してやろう」


 中華連邦の感染症対策部長の許は長井センター長と握手していた。傍らに立つ李梅香は温度調節機能付きの保管ケースを肩から提げていた。挨拶を済ませると対策部一行の4人は大型飛行車に乗った。その様子を林原たちも見ていた。

 すぐに林原たちは白衣から警備員の制服に着替え、警護の空飛ぶ車に乗ろうとしていた。するとセンター内外でちょっと怪しい動きをしていた人物たちが林原たちの周りに集まってきた。

「林原さん、あとは我々百団に任せてください」

集って来た男の一人がID証を見せていた。

「ええっ、百団。…そうだったのか」

「お察しの通り、我々も影ながら李梅香の動きをマークしていました」

「あなた方でしたら、我々の出る幕はなさそうじゃないですか」

林原はその男の肩を軽く叩いていた。

「我々の空飛ぶ車ともう2台の大型飛行車を並走飛行させますので、逃げることはできません。それでもし良かったら、我々の大型飛行車に乗りますか」

「良いのですか」

「構いません。林原さんの不測の事態の対応力には定評がありますから」

その男は林原たちを駐車場の大型飛行車の所に案内した。


 何事もなく一行は成田空港に到着した。しかし日本政府がチャーターした飛行機はなかなか離陸許可がおりず、ボーディング・ブリッジは接続されたままであった。

 「市原、何があったかわかるか」

林原は出発ロビーからチャーター機を見ていた。

「チャーター機に爆弾を仕掛けたと言う書き込みがSNSにあったとのことです」

市原はスマホを耳から離していた。


 林原たちは搭乗口に急いだ。既に連絡を受けた警察の爆発物処理班が防護服を着て集っていた。彼らの周りには処理用の機械、マニュピレーターなどがあり、爆発物探知犬のジャーマン・シェパードもいた。少し離れた所には爆発物運搬対応のスタッフも鋼鉄の箱のようなカートを持って待機していた。

 搭乗口からぞろぞろと不安顔の中華連邦の感染症対策部員たちが戻って来た。入れ替わりに爆発物処理班が入ろうとしていた。すると李梅香が通過して行く所を爆発物探知犬がひと吠えして、彼女の動きを目で追っていた。ハンドラーの警官が慌てて、李を呼び止めていた。

 李の周りに処理班が詰め寄る。探知犬は彼女が提げている温度調節機能付きの保管ケースに鼻を推し当ててからお座りした。

「このケースに爆発物があるようです。下してください」

処理班長の声はスマホで中国語にもなっていた。李は驚き顔で急いで保管ケースをその場に下した。爆発物処理班は、慎重に蓋を開けようとしていた。


 「あぁ、班長、これを見てください」

百団の男がスマホの画面を見せていた。

「3分以内に爆発する、って、このSNSはいたずらじゃないか」

班長は怪訝そうな顔をしていた。

「わかりませんが、我々を周囲で監視している者がいるかもしれません」

百団の男は周りに目を配っていた。するとタイミング良く、爆発物運搬対応のスタッフが鋼鉄の箱のようなカートを押して近寄ってきた。

「班長、時間がありません。取りあえずこの箱に入れて、空港内の人のいない所に持って行きましょう」

と運搬スタッフの男。

「爆発物の威力にもよるが…、最悪の際の被害は最小限になるだろう。持って行ってくれ」

班長は林原たちに通り道を空けるように手で合図していた。

 一連の様子をそばで見ていた林原。なぜか胸騒ぎがしていた。班長と百団の男の会話は爆発物運搬対応のスタッフの耳に届いていただろうか。

「班長、あのカートの男は、いつものメンバーですか」

林原はカートの男から目を離さないでいた。

「いえ、新入りにしては気が利いているようですが」

「とにかく、あの男を捕まえろ」

林原はありったけの声を振り絞って叫んだ。その声に思わず走り出すカートの男。百団の男たちも脱兎のごとく走り出した。


 カートの男は確保され、しばらく経っても温度調節機能付きの保管ケースは爆発しなかった。さらにチャーター機内から戻った爆発物処理班は首を振って戻ってきた。

 「何もなかったですか」

林原は黙って入られず、声をかけていた。

「はい」

現場を仕切っている警官はキッパリと言った。

「たちの悪い脅しでしたか」

林原が言っていると李梅香が女性警察官に伴われて現われた。

「この女、爆発物の臭い出るスプレーを所持してました」

女性警察官はビニール袋に入れたミストスプレーのようなものを、現場を仕切る警官に見せていた。

「やはり林原さんの対応力は確かでしたね」

百団の男の一人が近寄り笑みを浮かべていた。


 李梅香とカートの男を取り調べた結果、背後にロシアの情報機関がいることがわかった。これでロシアは姑息な手段を用いたものの、イギリスや日本で開発されたワクチンと治療薬を盗むことはできなかった。しかしこの一件は日本のデマ情報であると主張し、関与は一切認めなかった。

 この年、ロシアによる激しい口撃、非難の嵐はあったものの、大きな戦闘や騒乱も起こらず、翌年になってからサハリン共和国はチベット国、東トルキスタン共和国、南モンゴル国と共に国連に加盟し独立を承認された。と言っても不承認の国はロシア、ベラルーシ、北朝鮮など35ヶ国があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ