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第六十五話 択捉島

●65.択捉島

 品川グランドプリンスホテルのコンベンションルームでは中華三首脳会談が開かれ、林原は進行役で出席していた。

「中華人民共和国の継承国家として中華連邦共和国の独立をG7をはじめとした80ヶ国が承認しています。また国家としての中華民国の国連復帰も承認されています」

林原が言うと三首脳らは安堵した表情になった。

「まずは承認されないと話しになりませんから」

中華連邦共和国大統領に就任した朱明徳は、当然と言う顔をしていた。

「これで台湾ものびのびと暮らせます」

中華民国総統に選出されたばかりの許真香はしみじみと言っていた。

「しかしロシア、ベラルーシ、ロシアや中華人民共和国の影響力が強い40ヶ国は承認していません」

林原は朱と許の方を見ながら申し訳なさそうにしていた。

「残りの加盟国は様子を見て棄権したわけですか」

中華連合代表の劉玄仁は平然としていた。

「あとチベットや東トルキスタンなどは政府の統治機構が整い次第、独立承認となります」

林原は付け加えるように劉に言っていた。

「日本は隣国の立場として多様性のある中華の民が平和に集えることを喜びとしています」

「林原さんや頼さん、百団など大陸外の力添えがあったからこその今日ですから、これからも手を取り合っていきましょう」

劉玄仁にはどこかカリスマ性が漂い、中華連合の代表に相応しかった。

「絶妙なタイミングで林原さんが現れたことが、私の運命を変えたかもしれません」

朱は思い返していた。林原は照れ笑いしていた。

「台湾は頼さんが総統になるかと思ってましたが、以前に来日して我々に警備指導をしてくれた許さんがなるとは感慨深いです」

「あの方は総統選に出馬せず、全てを私に一任してきました。ですから責任は重いですし、それに応えなければいけないと感じています」

許は真顔で応えていた。

「そう気張らずに、許さんなら大丈夫ですよ」

林原が声をかけるといくぶん表情が和らいでいた。

「それでサハリンの件はどうですか。ロシアから切り離すことができますかな」

劉は別の話を振ってきた。

「逆ロックダウンは高く評価されていますし、ロシア中央政府に対する反感が高まっているので、このまま行けば独立と北方領土返還も達成できそうですが、まだ油断はできません」

「これは…中華連合が落ち着いてからですが、外東北、いわゆる外満州を取り戻したいという中国人の悲願がありまして…」

劉はちょっと言い難そうにしていた。

「清の時代にロシアに奪わた沿海州などですか」

「はい。日本のサハリンに対する動きが、この気持ちを大いに刺激しまして、取り戻そうとSNSでは叫ばれ始めているのです」

「まだ逆ロックダウンの段階ですし、独立のことは非公式で発表すらしてませんが」

「ネットでは憶測が憶測を呼び、日本の人道支援が独立につながるとか、日本領になるとか様々な説がSNSで流布されています」

と劉。

「まぁ、全く見当外れではないですが、ネット民は敏感ですね」

林原は感心していた。朱と許は二人の会話を興味深そうに聞いていた。

「この一連の動きをまとめれば、我々の思い通りにロシアを友好国にできるのではと考えます」

劉は三国志にでも出てきそうな面構えであった。

「…一昔前なら、ロシアは国土が広くても寒いから使い物にならないと言えましたが、温暖化した今なら使える土地も増えてます。今まで日本や中国国内で作れた作物が作れなくなってもロシアなら作れます。新しい体制のロシアになれば、それに越したことはないでしょう」

「中華人民共和国はかつての共産党というつながりでロシアと手を組んでいましたが、中華連合は郷に従え党との関わりで日本と堅く手が組めますな」

劉はちょっと芝居がかった口調だが、それが素であった。


 国際支援団体がチャーターした民間輸送船『まつまえ』はサハリン支援物資を満載しコルサコフ港に入港していた。支援物資は次々にフォーリフトで運び出され、トラックに載せ替えられていた。田沢はフォークリフトやトラックが行き来する横を歩き、港のターミナルビルの車寄せで待っていたコルサコフ警察のパトカーに乗った。


 田沢が警察署の倉庫に案内されると、破損したアバターAIロボットが無造作に置かれていた。田沢はロボットの状態をひと通り見ると、リュック中から工具や新品のバッテリーなどを取り出した。胸部のパネルを一旦外して、内部の配線をつなぎ直し、モーターや基板を新しいものに交換した。その作業を終えると胸部パネルの凹んだ部分を裏側からハンマーで叩いて形を整えた。田沢は額の汗を拭ってから、胸部パネルをねじで固定した。背中のパネルを外して専用バッテリーを接続した。はめ込み式の背中のパネルをパチンとはめる音がして、田沢は電源をオンにした。

 アバターAIロボットの目が開かれた。

「林原さん、修理が完了しました」

「田沢、どうだ簡単だったろう」

「もちろんっすよ…」

田沢は胸部パネルの凹みがまだ少し残っている部分をちらりと見ていた。

「それじゃ、サハリン中央医療センターに持って行き、PCR検査に使うように言ってくれ」

「検査の際は林原さんが操作するんすか」

「いや、相川の方が適しているだろう」

「それもそうっすね。それじゃ電源を切ります」

 

 党首室で書類を整理していた林原。

「林原さん、PCR検査に来た高齢女性から気になること言われたもので…」

相川はバーチャル会議室の操作ブースから急いで来たようだった。

「どうした、カスハラか」

「いえ。朝鮮人と結婚したサハリン残留日本人妻の娘という高齢女性から母の実家があった択捉島に行けるようになるのかと聞かれました」

「まだ独立はしてないが、ペトロフ知事とは懇意にしているし、駐留しているロシア軍も州のコントロール下にあるから行けないことはないだろう」

「行けそうですか。それなら実家に大事なものがあるので、それを取りに行きたいそうです」

「でもその実家は壊されたか、長年放置されているのだろう。廃屋になっていないか」

「それでも一目見たいとのことです」

「それで、その大事なものとは何かわかるか」

「高齢女性の本当の父親の写真があるそうです」

「…朝鮮人の父親は母親の再婚相手なのか。だとしても写真はボロボロだろうな」

「肖像画があるかもしれないということです」

「その高齢女性が無事に治ったら考えるか」

「あのぉ、検査の結果は陰性でした」

「そうか、わかった。このご家族は先の大戦で苦労されたんだろうな。ひと肌脱ごうじゃないか。現地の田沢に連絡しよう」

林原はバーチャル会議室に向かった。


 択捉島のロシア軍の飛行場に輸送ヘリMi38に着陸した。田沢、林原=アバターAIロボット、身体支援ロボットを装着した高齢女性イレーナ・イワノワが降りてきた。

 「遂に来れたぞ。ここが北方領土か」

林原=アバターAIロボットはそう言いながら、ロボットの翻訳機能をイワノワの声色に調整していた。

「ここが択捉島ですね。ユジノサハリンスクとは違いますね」

イワノワは深く息を吸っていた。

「やはりどこか寂れていますよ」

林原=アバターAIロボットは周囲を見回していた。

「林原さん、誰も出迎えてくれないっすね」

「小銃を向けられないだけでも良いんじゃないか」

「イワノワさん、この機械の調子はどうですか」

林原=アバターAIロボットはイワノワの方を見ていた。

「はい。若返ったように歩けますし、ずーっと付けていたいです」


 すぐに日本の軽自動車の四輪駆動車が近づき、林原=アバターAIロボットたちの前で止まった。

「私が散布山の行ける…登り口まで…案内し…ます」

運転席には金髪のロシア人女性・オクサナ・トルスタヤがいた。林原=アバターAIロボットの翻訳機能はまだ彼女の言葉にアジャストしていなかった。自動調整機能が作動していた。

「よろしく頼みます」

林原=アバターAIロボットのロシア語は完璧になっていた。


 未舗装の砂利道を走る車内は揺れていた。

「イワノワさん、あなたの日本名はわかりますか」

林原=アバターAIロボットは水たまりの跳ねた泥水が入って来たので窓を閉めていた。

「…イワノ・ジュンコだそうです。長年、この名前は口にすることがありませんでした」

「それでも忘れないで、いてくれたわけですね」

「私の人生のほとんどは日本人であることを隠してきました。日本語は少ししか喋れず、朝鮮語は喋れますが、ロシア語をもっぱら使ってきました」

「もうすぐです…、これからは日本語でもロシア語でも好きに話してください。日本人の血が流れていることも隠さなくて良いのです」

「林原さん」

イワノワは赤らんだ目をして林原=アバターAIロボットの手を握っていた。

「この手は硬いですから、いずれお会いしましょう」

「硬くても日本人の心が伝わる気がしますよ」


 択捉島の旧紗那村の北部にある散布山では、車が入れる麓まで四輪駆動車で行った。下車した林原=アバターAIロボットたちは、トドマツや針葉樹が茂る森林地帯に徒歩で入って行った。イワノワの実家があるとされる集落に向かって獣道のようなものが伸びていた。

 「この地図によると、この辺りに神社があったことになってますが、鳥居など見当たりませんね」

イワノワは黄ばんだ紙きれを広げながら、周りを見て歩いていた。

「あの茂みの向こうに階段のようなものが見えます」

林原=アバターAIロボットは気になった方向に歩み寄っていた。10メートルほど進むと、礎石らしきものが二つあった。林原=アバターAIロボットは、下草をどかして良く見る。

 「イワノワさん、鳥居の柱を支えていた礎石がありました!」

ロボットの声が森の中で響いていた。イワノワが身体支援ロボットのサーボモーターを音を発てて、駆け寄ってきた。

「あぁ、そうですね。その先の階段の向こうに社があったのでしょう」

イワノワは倒木が重なっている辺りを見ていた。

「それじゃ、地図通りに進んでるってわけっすか」

田沢も礎石を確認していた。トルスタヤは道筋の所からこちらを見ているが、近寄ろうとはしなかった。


 さらに山道を進む。しかし集落があったとされる所は、木々が覆い茂り建物など欠片もなかった。林原=アバターAIロボットたちは、手分けして建物の足跡を探し回った。1時間程探したが、昔から原生林であったかのように何もなかった。

 「やはり1世紀近い年月は長過ぎたと言えますか」

林原=アバターAIロボットはこの辺りの斜面一帯が地滑りしたような地形が目に付いていた。

「ロシア軍が日本領の足跡を消すために一掃したんじゃないっすかね」

「…そうかもな。しかしそこの地滑りは自然のもののようだ」

林原=アバターAIロボットは斜面を下りて行った。

 「おーい。みんな、来てくれ、屋根瓦が散らばっている」

ロボットの声に田沢、イワノワ、トルスカヤが駆け下りてきた。

「これは数軒分の瓦礫じゃないですか」

トルスタヤが驚きの声を上げていた。一同は、散らばる瓦礫の下を掘り起こし始めた。


 「林原さん、この漢字は何と読みますか」

イワノワは拾った表札を手にしていた。

「岩野って書いてあります。岩野家の表札ですよ」

林原=アバターAIロボットは表札の泥を払っていた

「ということは、ここが私の母の実家ですか」

「はい。それじゃ、写真とか絵を探しましょう」

林原=アバターAIロボットは萎えかかっていた気持ちを奮い立たせていた。

「ここまで来れただけでも満足です。林原さん、ありがとうございます」

イワノワは涙を泥の手で拭っていたので、顔が汚れていた。

「あぁ、ありましたよ。これじゃないっすか」

田沢は書類や封筒が入っている仏壇の引き出しを手にしていた。


 さらに1時間後、彼らが見つけた目ぼしいものを、それぞれを持ちより斜面の上に戻ってきた。

「これで全部ですか」

林原=アバターAIロボットは一つ一つを丹念に見ていた。

「田中の表札に心当たりはありますか」

「隣の家だと思います。母の話に田中さんが出てきますから」

「林原さん、ここにマリア像があるということはこの集落にはキリスト教徒がいたのでしょうか」

トルスタヤは像をくるんでいた布をほどこうとしていた。

「え、いや、それは…観音菩薩像ですよ。それも金無垢の」

林原=アバターAIロボットは嬉しそうにしていた。

「あぁ、ありましたか」

イワノワもニコニコしていた。

「この写真には男性が映っているようっすけど」

田沢が息が掛からないようにして写真のような紙切れを見ていた。

「でも、うちの父は髪を伸ばしていなかったと聞きますが」

イワノワはシミだらけの写真を目を凝らして見ていた。

「そうですか。それでも写真と言えるものは、これしかないので、持ち帰って分析してみましょう」

林原=アバターAIロボットは残念そうに言っていたが、丁寧にシミだらけで薄っすらと映像が残る写真と変色したボロボロのネガフィルムを保存パックに入れていた。

「絵画の類とか肖像画は一向に見たりませんね」

イワノワはちょっと不満そうにしていた。

「今でも日本の痕跡がこんなに残っていると驚きです」

トルスタヤは複雑な表情を浮かべていた。

「そろそろ暗くなりますので、宿舎がある飛行場に戻りましょう」

林原=アバターAIロボットたちは、集落があった場所を引き上げて行った。


 このシミだらけの写真と変色したネガフィルムは日本に送られ、AIで分析修復したところ、ハッキリとした画像になった。それをユジノサハリンスクにいるイワノワに見せた所、ほくろの位置などが母に語られた顔と一致したことで、本当の父親の顔だと判明した。


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