第五十六話 ほころび
●56.ほころび
官邸のリモート会議室では、大型モニターにウォレス大統領が映っていた。
「セイシロー、またウクライナで戦争が始まったのは知っているよな」
「はい。第一次ウクライナ戦争の停戦に不満があったロシアとウクライナ両国政府は再び戦端を開いて
しまっと言えます」
「この第二次ウクライナ戦争の仲裁をアメリカがするべきであろうか」
「難しい所ですね、主だった地下資源のある所は、既にロシアが電撃的に占領しているようなので」
「アメリカの利権が奪われたとも言えるのだが…」
「それでも、もう少し戦況の動きを見てから判断した方が良さそうです。もし何かするにしても表立っては何もせず、裏でこっそりの方がリスクが少ないでしょう」
「大人しくしていた方が良いかな。国内でまた内戦が起きては困るからな」
「ハロルドは、後継者育成に力を注いだ方がこの先有利になると思います」
「セイシローは西ウクライナのリヴィウ政権をどう見る」
「リヴィウ州、テルノーピリ州、イヴァーノ=フランキーウシク州、チェルニウツィー州、ザカルパッチャ州の西部5州を押さえているとはいえ、この先、全土を奪還できるかどうかはわかりません。ヨーロッパの動きも考慮する必要があります」
「今、ロシアは戦火を交えている上に、ウクライナの占領地の治安維持に躍起なっているから、日本としては北方領土を奪還するチャンスではないのか」
「いえ、そうは言ってもまだ戦争が泥沼化していませんし、機は熟していないと考えています」
「セイシローは慎重だな」
「最小限のカネと武力、もしくは向こうから転がり込んでくるのを待ちたいものですよ」
「セイシローらしいな。わかった、もう少し様子を見ることにするか」
ウォレスは林原に相談して良かったという表情をしていた。
小石川後楽園の内庭の池には激しく雨が打ちつけていた。林原と木本は小石川後楽園のスタッフがさす傘の下、整地された塚に松の苗木を植えていた。このシーンはマスコミ各社のカメラが捉えていた。
総理立ち合いの植樹祭はあいにく大雨だが、滞りなく終了した。
「このところ、ずぅっーと雨じゃない。こんな感じだと、あの池の水があふれちゃうでしょうね」
木本は自分で傘をさしながら南門に向かって歩いていた。
「そうだな。もうひと月近くは太陽を見ていない気がするよ」
林原も自分で傘をさして歩いていた。二人はすぐに南門に着き。SPに囲まれながら待機していた車に乗り込んでいた。
車の後部座席に座る林原と木本。窓ガラスの雨のしずくは、いく筋も後方に流れて行った。
「異常気象には慣れたと思ったけど、今回の長雨は異常気象の平年並みとも大幅に違うわね」
木本はスマホをいじりながら言っていた。
「異常気象の平年って…そうかそれが十数年も続いている、異常の平年と言うものがあるのかな」
林原は丁寧な運転をしている運転手のブレーキさばきに感心しながら言っていた。
「あらぁ、中国は日本と反対で日照り続きで高温干ばつだって」
「そんなに離れていないのに、大違いだな。これも偏西風の蛇行か」
「作物が不作なところにイナゴも大発生しているらしいわ」
「となると、中国が世界中の穀物を買いあさるから、そのあおりを受けるな。また物価高騰か。そろそろ内閣総辞職となるかな」
「それも良いんじゃないですか。窮屈な総理生活も飽きてきたし」
「柿沢官房長官に後は任せるか。それで今日の次の予定はなんだ」
「えぇ、と今日は植樹祭で終わりです」
「公邸でゆっくり過ごすか…。ん。そのスマホを良く見せてくれ」
林原は木本のスマホをつかんでいた。
「おいおい、インドがカシミール地方の中国の実効支配地域を攻撃だってさ」
「あら、ニュース速報ね」
「弱り目の中国にインドが動いたのか」
林原はまだ総理を辞するわけにはいかないと感じていた。
官邸の執務室には、総合情報局長の飯島が来ていた。
「最近、頻発している中国人同士の殺人事件ですが、その裏には日本の暮らしに慣れ親しみ、中国に帰らない中国人が殺されているケースが多くなっています」
「だとすると…、その仕業は中国の海外警察ってやつか。彼らは存在を否定するが」
「はい。そこで調べたところ、主に中国人の東大生やそのOBが中国のために帰国するように脅されているようです」
「中国人の学生が増えて久しいが、大学経営のことも考えるとなかなか規制も難しかったが、その学生が害を及ぼすよりも我々の役に立つ可能性が出てきたわけか」
林原はいろいろと考えを巡らせていた。
「日本にいる中国人たちが、中国の監視社会や競争社会から逃れたいと気づき出したようです。それも大きなうねりとなってです。そこでこの新好日族とも呼ばれる彼らは、中国では日本みたいな自由で楽な生活ができないと帰国を拒む者が多くなっています。新好日族は非愛国者と認定され、共産党政府に対する批判やデモ活動などを扇動すると、闇から闇に葬られるわけです。表向きは恋愛のもつれとか、金銭トラブルとしていますが」
「日本の状況は頼さんたちも把握し難いから、全然知らなかったことですよ」
「そのためにも総理が設立した総合情報局の我々が動いているわけですから」
飯島はちょっと嬉しそうにしていた。
「君らが良くやっているので感謝しています。それはそうと、経済が上手く行かなくなり暴動が頻発し、旗色が悪くなった共産党政府は海外の中国人の愛国教育を強化しているわけか。ここに来てこの異常気象だから、ますます人民の不満は募って来るだろうしな」
「揺るぎなかった共産党一党支配の中国にほころびが見えてきた気がします」
「新好日族の連中に会ってみたいな。誰か会う価値のある人物はいますか」
「…それでしたら、在京新華人会の張俊偉が相応しいと思います」
「さっそく手筈を整えてくれ」
林原は何かチャンスの始まりが見えた気がしていた。
東京拘置所の面会室にいる林原。透明な強化プラスチックボードの向こう側には張俊偉が座っていた。
「私は奴らに殺されかけました。だから殺される前に必死に抵抗しただけです。正当防衛ですよ。ここから出してください」
張の言葉はスピーカーを通して日本語になっていたが、彼の口ぶりをみると翻訳されているわけではなく日本語で話していた。
「私の聞くところによると、あなたは中国の海外警察に狙われています。今、あなたがここに居るのは暗に保護するためもあるようです」
林原も備え付けのマイクを使い、直接話せるようにはなっていなかった。
「そうなのですか。それでいつまでここに…」
「率直に言って張さんは、あなたのような新好日族を弾圧する中国の共産党政府をどう見ていますか」
「…それを私の口から言わせて、どうするのですか」
「なるほど、共産党政府の影響力と言うか洗脳力は大したものですね。でもここは日本の拘置所内ですよ。絶対に漏れることはありません」
「…日本のような自由がないし、不動産も所有することができないので、何かと不便であると言えます。
党の幹部に直訴して改革を進めてもらいたいものです」
「その党幹部が日本みたいな中国を目指すと思いますか」
「そこで我々はデモ活動をしたりしています」
「でも、その結果、殺されかけてますよね」
「…もっとソフトにやるべきでした」
「どうやっても同じ結果なると思いますよ。第一、中国には自由党や民主党はありますか。そこが根本的に違います。日本には共産党がありますし、その国会議員もいます。多様な意見を議論する余地があります。しかし中国で異なった意見は議論にも値しないはずです」
「日本でできたことなら、我々の中国でもできるはずです」
「どうでしょうか。日本では右左双方の意見があり、それで物事が決められます。それができるかどうか疑問です」
「多様な意見があることが大事でしょうか。それだと何事も迅速に決められないし、優柔不断にもなると思います」
「確かにそうでしょう。民主主義は手間がかかります。ですが偏ったり独裁にはなり難いのです」
「総理、あなたは独裁者だと日本のマスコミは言っていますけど」
張はニヤリとしていた。
「そこですよ。中国では国家の指導者をディスることはできないでしょう。日本ではそれができます。自由がある証拠です」
「それは私も認める所です。しかし日本は愛国的な発想は乏しいでしょう」
「中国はどうなのですか。愛国を鼓舞するために反日を利用していませんか」
「過去の歴史が反日とつながっていますけど」
「その歴史が100%正しいのですか。教育も共産党に有利なものになっているのですよ。共産主義=愛国主義ではないと言えます」
「歴史については第三者的な検証が必要ではないですか」
張は厳しい目で林原を見ていた。
「反日に利用されず感情的ではない客観的な検証ですね」
「その第三者を誰にするかでも、中日はもめるでしょう」
張は吐き捨てるように言っていた。
しばらく二人の間に沈黙があった。
「…総理、その反日教育を受けて来たのですから憎むべき日本なのに、その大学を希望するのは現実が乖離していると言えますね」
張は苦笑していた。
林原はペットボトルの水を飲み、喉を潤していた。張はじっくりと何かを考え込んでいる感じであった。林原がペットボトルのキャップを閉める。
「植え付けられた感情的な部分の話はひとまず置いて、これからの中国は共産党の一党独裁支配でなく、ヨーロッパ連合のような中華連合があっても良いと思います」
林原はさりげなく話題を変えていた。
「ということは、連合の大統領がいて、香港とか台湾、チベットやウィグルなどが独立国として内政を行い、人々の行き来は自由とするようなものですか」
「そうです。各国が自分たちの政治を行い憲法を持ち…、そのルールに従い、互いにリスペクトする、つまり郷に従え党の理念のもとに集う形になります」
「総理、それはあなた方の理想に則った政治組織ではないですか」
「自由は勝ち取れますし、一党支配ではないですよ。それにインドは先日、中国が実効支配しているカシミール地方に攻撃をかける際にチベットの反政府組織と連携しています。さらに新疆ウィグルでも反政府組織の動きが活発化している今が、中国を変えるチャンスなのです」
「そう言われても…本当にチャンスなのですか」
「ただ日本人の私がいくら言っても説得力がないかもしれません。台湾にいるあなた方中華の民の同朋と話しをすれば納得できるのではないでしょうか。台湾に行く気はありますか。それなら今すぐにでも拘置所から出られます」
「私の安全は確保されるのですか」
「もちろんです」
「…行・き・ま・しょう」
張は噛み締めるように言っていた。
「我々の役に立ってもらえることを熱望します」
林原は張と握手したいところだが、強化プラスチックボードが間にあった。
林原は拘置所から戻るとすぐ官邸のリモート会議室に行った。大型モニターには頼が映っていた。
「頼さんたちの仲間として有望な人物をそちらに向かわせることにしました。自由で民主的な中国を望んでいますし、中華連合構想も話しておきました」
「そうですか。大陸出身の中国人が自らの考えで我々に味方してくれるのなら、こんなに心強いことはありません」
「日本としても増え続ける中国人には憂慮していたのですが、悪い中国人ばかりでなく役立つ中国人もいるので、日本に暮らさせるのも意味があると感じました」
林原は一つの考えに縛られてはいけないと感じていた。
「私も大陸の中国人学生が増えているので、日本を分断させる勢力になるかと思ってましたが、逆に活用できるとは意外です」
頼はどこか明るい表情であった。
「ところで最近の頼さんたちの活動は、どうですか」
「はい。異常気象のおかげで、思ったよりも早く共産党政府のほころびが目立ち始めました。ガバナンスを維持しようとすればするほど強硬策に出て、それが人民の反発を買うと言う悪循環になっています」
「私が総理のうちに中華連合が創設されますかね」
「それはどうか…わかりませんが、台湾侵攻どころではなくなっているようです」
「そうですか。でも窮余の策として思い切った侵攻に出る可能性もあります。油断はしないでください」
「もちろんです。せっかくのチャンスをものにしたいですから」
頼は自分を戒めるように真顔になっていた。
林原は中国人の意外な状況を目にしたので、韓国人のことも気になり、総合情報局長の飯島を待たせておいていた。
「総理、台湾の状況はどうでしたか」
飯島は林原がリモート会議室から執務室に戻ってくると、すぐにソファから立ち上がっていた。
「順調なようだし、中国のほころびが早まっているようだよ」
林原は飯島を座らせながら言っていた。
「まさに異常気象、様様ですか」
飯島は頬を緩ませていた。
「それで日本にいる韓国人の動きにはどのようなものがありますか」
「在日となると…、やはり自分たちのコミニティーを大切にし、いろいろな権利を主張してくることが多いです。事業に失敗したり、何らかの不利益を被ると差別だと言う傾向にあります。訴訟件数は横倍ですが、減る気配はないです」
「厄介だな」
「しかし留学や観光などで来日する若い韓国人は違います。本当の日本の姿を知り、韓国で行われている反日教育に嫌気がさして洗脳されていることに気付いている者が増えています」
「とは言え扱いは慎重にしないと面倒だからな」
「政治的な動きとしては隠れ好日党や隠れAAJ党などが『郷に従え』党の釜山支部立ち上げを計画しているようです」
「ソウルでなく釜山か。でもそのような話は聞いていないが、確かな情報なのか」
「釜山の方がやりやすいようでして、とにかく表立ってやると嫌がらせを受けらしく、このことはごく一部にしか伝わっていません」
「あそこは徹底した反日教育だからな」
「こればっかりは変えてくれませんから。でもSNSなどで、反日は政府批判を逸らす手段ということも知っているようで、飽き飽きしたとの声も耳にします。また反日は憎しみを煽るための北朝鮮による分断工作だという側面があることも知っています。ただこのような若者は増えたとは言え、まだ少数派です」
「中国の方がある意味、我々に味方する勢力が多いから、やりやすいが、朝鮮半島となると時間がかかるな。しかし慌てず、ゆっくりと着実にやるしかないだろう」
林原は世界天下統一の難しさを痛感していた。
ワールド・キングダム検定 初級編
林原の叔父がやっていた店は何でしょう。
①豆腐屋
②和菓子店
③コンビニ
正解は次回に




