第五十四話 大発見?
●54.大発見?
つくば市にある航空宇宙開発機構の総合宇宙センターの探査機管制室。げっこう1号の月の周回軌道船のカメラが捉えた映像と月面探査車から送られて来る映像が、メイン・スクリーン上の2分割画面で表示されていた。
林原たちは、オペレーティング・スタッフたちの背後にあるオブザーバー席に座っていた。
「総理、このように月の低緯度地域にはアルミ、鉄、チタン鉄鉱、シリコン、レアアースなど手つかずの資源が確認されています。米中に乗り遅れないためには、一刻も早く日本も採掘施設を作るべきだと思います」
センター長の児玉は熱く語っていた。
「確かにあることはわかっても、採掘コストなどを考えると、宝の山と言えるのですか」
林原は国富創生事業にすることに消極的であった。
「地球に持って来ず、月産宇宙消費とします。特にチタン鉄鉱からは水や酸素、鉄、チタンを得ることに優れています。月面にプラントを作れば、今後の宇宙開発で必要な物資を販売することができます。高いコストをかけて地球から打ち上げずに済みますから」
「地産地消ならぬ月産宙消ですか。しかしそのプラント建設には作業機械の打ち上げが必要だし、最終的にはやはり有人宇宙船を持たないと何かと不利な気がします」
「初期投資は確かにかかりますが、総理の長寿政策が実現すれば人口爆発が起こり、地球だけで全人口を支えるのは無理になると思います」
「それはそうだが…。長寿・健康産業と宇宙産業は一体ということか。でも今は長寿を優先していますから」
「長寿の方はある程度目途がついていると聞いていますので、次は月面資源にシフトしてもよろしいのではないでしょうか。んなんだ。ちょっと失礼します」
児玉センター長が言っているとチーフ・スタッフの鈴木に呼ばれていた。
「総理、周回軌道船の長距離センサーがラグランジュ点L2の近くで空間の歪みを捉えていたのですが、どうも周期的に出現・消滅を繰り返していることがわかりました。これはまだ正式ではありませんが大発見だと思います」
児玉は目を爛々と輝かせて戻ってきた。
「周期的と言いますと」
「58.196時間周期で、ひずみ空間の大きさは直径2キロ程です」
「それが大発見かどうかは、私は理解できませんが、具体的にはどんなことなのですか」
「簡単に言いますと、我々の時空と異なる超空間との出入口の可能性が高いと言えます」
「…それってSF映画や小説に出てくるワープ空間のようなものですか」
「はい。安全に中に入って出てくることができれば、利用できるワープ空間かもしれません」
「だとしたら、調べる必要かありますね。月資源どころか、とてつもない価値があるではないですか」
「世界初のこの発見が人類の歴史を変えるかもしれません」
「日本が先鞭をつけるためにも今すぐ探査したいのですが、それ無理でしょうから極秘にしましょう」
「そうですね。月面資源探査船のげっこう2号を一部改良して打ち上げを早めて向かわせれば、1ヶ月後には歪みのある空間特異点の探査が可能です」
「そうですか。でも日本の宇宙開発は失敗と予期せぬ計画変更に敏感でうるさいからな…」
林原は口惜しそうにしていた。
「そこを総理のお力で何とかなりませんか」
「わかった。計画を変更すると野党の追及や妙な憶測情報が流れるかもしれないから、天候の都合で打ち上げを早めたことにしよう。さっそく進めてもらえますか」
林原はだんだんその気になってきた。
「ケリーさんは飛行機の遅延でまだ党本部に着いてないんでしょう」
木本は青空を見上げる。
「ん、メールによると羽田のターミナルビルにいるようだぞ、もうすぐ党本部に着くな」
林原と木本は高輪ゲートウェイシティの屋上庭園を散策していた。
「そろそろ党本部をゲートウェイシティに移しても良い気がしますけど」
「木本、そう簡単に言うなよ。ここに入ったら、テナント代がバカにならないぞ。移るとしたらテナント代が安い大井町辺りにするかだな」
「リニアができたら橋本辺りに自社ビルを建てますかね」
木本は手にしていた抹茶カフェラテをすすっていた。
「飲み終わったか、それじゃ党本部に行くぞ」
「なんか久しぶりね。二人でぶらぶら歩くなんて」
「そうかな、あそこにもそこにも私服のSPが目を光らせているから、二人きりではないよ」
党本部の党首室。ケリーはアメリカから帰国したばかりで、荷物などを整理していた。
「林原さん、待ちましたか」
「いえ、ちょうど良い息抜きができましたよ。それよりもケリーさんはお疲れではないですか」
「私なら、時差ボケも慣れっこですから平気です。それよりもNASAからの情報によると、中国航天局の玉兎4号の打ち上げが急遽変更されたと聞きます。何か嫌な予感がしませんか」
「月面に向かうか、ラグランジュ点に向かうかで違ってきますね」
「空間特異点の情報が漏れたとしたら由々しき事態ですし、航天局も歪みに気付いたとしたらノロノロしてられません」
「航天局の玉兎4号はいつ打ち上げられる予定なんですか」
「確かなことはわかりませんが、発射施設への搬入や燃料の注入状況を見ると、天候によりますが2~3日中には打ち上げられる可能性があります」
「…ん、航空宇宙開発機構のげっこう2号は10日後に打ち上げ予定です」
「5日、いやせめて3日早められませんかね。発見の栄誉を逃さないためにも」
「なんとか掛け合って見ましょう」
林原はすぐにスマホを耳に当てていた。
つくばの総合宇宙センターの管制室。林原たちはオブザーバー席に座り、げっこう2号からの映像が映し出されているメイン・スクリーンを見ていた。
「総理、中国の天候のおかげもあって玉兎4号の打ち上げから、なんとか2日遅れまでこぎつけましたが、中国に先を越されることは充分に考えられます」
「それはもう仕方ありません。とにかく児玉センター長、航空宇宙開発機構の努力には感謝していますよ。ちなみに彼らの目的は月面探査ということはないですか」
「玉兎4号は2日前にラグランジュ点付近に到着しているので、目的は我々と同じだと思います」
「それで、彼らの動きはどうなのですか」
「げっこう2号も先ほど到着したのですがセンサーで確認したところ、このラグランジュ点付近に空間の歪みは見当たりません。ですから、彼らは探査プローブは送り込めないはずです」
「待機中ですか。それであちらもげっこう2号の存在には気が付いているのですか」
「はい。この辺りにいる探査機は2つしかありませんから」
「げっこう2号が到着して今日で2日目ですが、時空が歪む特異点は現れませんか」
オブザーバー席の林原は、メインスクリーン上の重力数値に何も変化がない観測データを見ていた。
「まだです。前回確認した58.196時間周期というのは、たまたまそうであっただけかもしれません」
「だとすると次に特異点が現れるのは、いつになるのでしょうかね」
「例えばですが、半年に一回とか満月前後にだけ58.196時間周期で現れるなんてこともあるでしょう。ですから定点観測をするしかないかもしれません」
「なるほど、2年に一回とか100年に一回とかでは、待ってられませんね」
「でも総理、げっこう1号のセンサー記録によると次の新月前後の可能性が高いと言えます」
「と言いますといつですか」
「32時間後からがその時期に入ります」
「あぁ、それと児玉センター長、特異点が現れる位置が変化していることもあるのではないですか」
「別のラグランジュ点に特異点が現れるということですか」
「ラグランジュ点に限らず近辺の宇宙空間とかですけど」
「あぁ、どうでしょうか…。数キロずれた近辺ということは考えにくいのですが、地球と月の間のラグランジュ点、つまり重力と遠心力の平衡点は5つありますけど、それらに現れることは想定していませんでした」
「え、全部で5つもあるのですか」
林原は3つぐらいと思っていた。
「今、げっこう2号がいるのは月の裏側にあるL2ですが、L4とL5にも長距離センサーを向けてみます」
「玉兎4号の動きも気になりますが、そのL4とL5に向かっているようでしたら、すぐに動いた方が良いと思います」
林原はサブスクリーンに映っている玉兎4号を見ていたが、動き様子はなかった。
「探査機が何機もあれば便利なんですが…」
児玉が愚痴のように言っていた。
「…ここは私が一つ何とかしましょうと言いたいところですが、日本の宇宙開発費はギリギリですから無い袖は振れませんよ」
林原は申し訳なさそうにしていた。
林原がトイレからオブザーバー席に戻ると児玉が待ち構えていた。
「総理、長距離センサーをL4とL5に向けてわかったのですが特異点は現れていません。しかし中国航天局の玉兎5号がL4付近に到着していました」
「え、中国は2機も探査機を打ち上げていたのですか。カネがありますね」
「もしL4に特異点が現れたら、発見の栄誉は中国のものです。げっこう2号が今からL4に向かっても間に合いません」
「児玉センター長、L5はどうなっているのですか」
「L5には特異点も中国の探査機もありません」
「L5が手薄ということは…、こうなったら中国を翻弄させましょうか」
「え、総理、どういうことですか」
「げっこう2号をL5に向かわせるフリをして、玉兎4号を焦らせれば、着いて来るのではないでしょうか」
「玉兎シリーズのロケットの性能はげっこうよりも上です。我々よりも早く目的地に着きます。そんなことをしても意味がないのでは」
「それではなおさらです。先に行かせましょう。L2に特異点が現れた場合、一人勝ちにするためです」
「総理、ちょっと良くわからないのですが…」
「探査ブローブの速度も中国の方が早いのですか」
「いえ。それは同じぐらいです」
「それでは決まりです。一矢報いる意地を見せましょう。新月のL2に特異点が現れると信じて」
仮眠を取ってからオブザーバー席に戻った林原。オペレーティング・スタッフの半分が仮眠を取らずに管制室で動いていた。木本は目をこすりながら林原の隣のオブザーバー席に座っていた。
林原はメインスクリーンに映る空間座標位置図を眺めていた。げっこう2号はゆっくりL5に向かい、玉兎4号はそのかなり先のL5寄りの空間を進んでいた。
「彼らは優越感に浸っているでしょう。自国のロケット性能に」
児玉は皮肉っぽく言っていた。
「それがミソですよ。それでL2に空間の歪みの兆候が見られますか」
「まだです。総理、これでL5に特異点が現れたら、どうしますか」
「万事休すだが仕方ない。大発見の証人となり、賞讃して持ち上げてプライドを満足させたところで2国間での共同開発でもを提案してみますか。大発見の栄誉はあなた方で実利はこちらにって感じで」
「そのような提案に乗ってきますかね」
「わざとらしくプライドをくすぐってやりますよ。体面とかプライドを重要視する国民性ですから」
林原が言っていると児玉のそばにチーフ・スタッフの鈴木がニコニコして近寄り何か言っていた。
「総理、L2に空間の歪みの兆候が見られました。我々に運が向いてきたかもしれません」
「児玉センター長、探査プローブをL2に向けて発射してください」
「はい。これなら我々が先に着き探査を独占できます」
児玉は速度と距離の関係を暗算していた。
探査ブローブ1号は直径2キロほどの歪んでいる宇宙空間の前に来ていた。メインスクリーンにはその映像が映っていた。
「総理のおかげで我々が一番乗りです。それでは探査プローブをこの特異点の中に入れてみます。たぶん中に入ったら通信は途切れると思います」
「児玉センター長、プローブは自立航行できるのですか」
「はい。どんな映像をカメラに収めるか楽しみです」
児玉がオペレーティング・スタッフにゴーサインを出していた。
メインスクリーンに映る宇宙の歪みはどんどん大きくなり、画面いっぱいに広がった。特異点の中は星の光一つない真の闇であった。どちらに進んでいるのかも全く分からない。ここで映像は途切れた。プローブはその後も、AIに送ったコマンドに従い航行しUターンして引き返すことになっていた。
10分後、探査プローブ1号は特異点から抜け出し通常空間に戻ってきた。その観測データはその場で地球に送信されるが、げっこう1号の軌道周回船経由で片道1.5秒程のタイムラグがあった。
「真っ暗で何も見えないですね」
木本が林原の横でぼそりと言っていた。
「…何もないか。でも無事にプローブは戻ってきたから、いろいろな観測データはあるはずだよ」
「総理、あの右の方に小さい光の点が見えますが、あれは別の出入り口のようです。今スタッフに距離を分析させています」
児玉がオペレーティング・スタッフ席から戻ってきた。
「どこですか。あぁ、あの小さい点ですか」
林原は目を凝らしてメインスクリーンを見ていた。
「センター長、距離は10キロほどです」
チーフ・スタッフの鈴木がオブザーバー席に向かって声を張り上げていた。
「児玉センター長、行ってみましょう」
林原はそこを見てみたい衝動に駆られていた。
「しかし総理、ブローブの燃料がギリギリです。不測の事態があれば、消失しかねませんが」
「何かあの穴に希望の光がある気がするのです」
「正直言って私も見てみたいのですが、センターを率いる立場がありますので…」
「全部ひっくるめて私が責任を取りましょう」
林原はメインスクリーンをしっかりと見据えていた。林原の言葉に児玉がスタッフたちに指示を出していた。
探査ブローブ1号は再び、特異点の中に入って行った。その間、地球の総合宇宙センターでは観測データの分析が始まっていた。林原たちは探査ブローブ1号が戻って来るまでの30分程が、永遠のように長く感じられていた。林原と木本はオブザーバー席を離れ、廊下の自動販売機で飲み物を買って飲んでいた。飲み物を飲んでも何か落ち着かないまま、オブザーバー席に戻っていた。
メインスクリーンには戻ってきた探査ブローブが捉えた映像が流れていた。真っ暗の中、少しずつ小さかった点が大きな円になっていった。管制室の面々は全員が息を飲んでその映像を見ていた。特異点の内側から外を見ると星々が輝いているどこかの宇宙空間があった。だが、すぐに探査ブローブ1号はターンして、その場から離れた。画面の端に表示されている燃料ゲージはゼロに近かった。AIはそこで判断し戻ることを優先していた。
「もっと詳しく見たかったが、げっこう2号では限界ギリギリでしたか」
林原はまだ次があると思い、それほど残念そうにしていなかった。
「総理、ブローブの側面カメラの映像を見てください」
と児玉。林原は別の小型モニターに映る映像を見ると、玉兎4号が放った探査プローブがL2の特異点付近に到着していた。
「大発見の栄誉は我々だし、おととい来やがれって感じですよ」
林原は児玉とハイタッチしていた。
「センター長、あの特異点が閉じてしまってどこにも歪み空間が見当たりません」
チーフ・スタッフの鈴木がオブザーバー席に向かって悲痛な叫び声で言っていた。
「何っ」
児玉は探査ブローブが特異点の方向に振り返っている映像を見る。だがそこには通常の宇宙空間があるだけであった。
「え、そんな…」
林原はあ然としていた。
「どんな現失周期があるのか見当もつきません」
児玉はお手上げといった表情であった。
「発見したのは気まぐれな特異点か。次はどこに現れるのだろう」
林原は残念な反面、玉兎4号のブローブも探査できないことにホッとした気持ちもあった。
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