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第五十一話 劉志強

●51.劉志強

 林原たちが帰国して6日後、官邸で記者会見が行われていた。

「政経新聞の伊藤です。今回アメリカ内戦を仲裁するにあたって、ウォレス大統領やウィルソン臨時大統領をどのように説得したのですか」

「MVやとSNSもありますが、名門大学でご立派な交渉術を学んだ人には、考えもつかないやり方で説得したとだけ言いましょう」

「サンテレビの望月です。もう少し具体的にお願いします」

「どんな交渉も詰まる所、人の気持ちと気持ちのぶつかり合いですから、きれいごとや理論ではたどり着けないものがあります」

「NNジャパン放送の吉村です。このようなことした日本の総理は初めてですが、詳細をお教えください」

「今日は珍しく持ち上げてくれますね。しかし詳細はまだ詰めていないので、大筋合意と言ったところです」

「毎朝新聞の野上です。このことが中国やロシアを刺激する可能性はないのですか」

「内戦が終結すると面白くないでしょうからね。ただ今までのように日本をバカにできなくなったはずです」

林原は皮肉っぽく言っていた。


 郷に従え党本部の党首室を訪ねている林原。

「ケリーさん、内戦の事務レベル協議はどうですか」

「スムーズに進んでいます。それでアメリカの我が党の支持者はどんどん伸びてます。次の大統領選では、かなり影響力が大きい存在になります」

「それは素晴らしい。アメリカGNSP(郷に従え党)党首のモーガンさんもニコニコじゃないですか」

「ですから、ウォレス氏には言い難いのですが、ベーカー補佐官を擁立するにあたっては我が党員になってもらった方が優位だと思います」

「ウィルソン氏を納得させたり、ウォレス色を払拭するためにも、その方が良いでしょう。とは言っても、ウィルソン派の候補が大統領になることもありますけど」

「そこなんです。ウィルソン氏の動向が気になるところです。もしそうなれば、ウォレス氏は林原さんに騙されたと、恨みを募らせることも考えられます」

「そうなりますかね。内戦が早期に終結できたのにですか」

林原は懐疑的であった。

「人の感情は意外と単純ですから」

「あのまま内戦を続けていたら、政治生命、いや命すら危なかった気がしますけど」

「とにかく競ってギリギリの所でベーカー氏が勝つのが理想と言えます」

「その辺のところはモーガンさんもわかっているのですか」

「はい。モーガンさんはいろいろな選挙戦対策を今から検討しています」

「後2年ありますから、何とかなるでしょう」

「林原さん、まだ2年あるか、もう2年しかないかは、心掛け一つで違ってきますよ」

「わかりました、しっかり胆に銘じておきます」

林原は自分を取り巻く人々に恵まれていると改めて感じていた。そう思うと急にケリーや木本にキスの嵐を送りたい衝動に駆られた。

「林原さん、どうしました。このところ忙しかったから、お疲れですか」

「いや、元気百倍ですよ。ケリーさん、この先もずーっと一緒にやっていきましょう」

林原はスマホをオフにし、あえて英語で言っていた。

「は、はい。そのつもりですけど」

ケリーは真顔で言っていた。


 首相官邸内のリモート会議室。メインモニターには、台湾の頼が映っていた。

「中国当局が厳重に隠し通して報道は一切されていませんでしたが、一時は中国の暴動がアメリカの内戦に匹敵する状態になっていました」

「一時はということは、今は収まったのですか」

「はい。中国の林原と称される劉志強が登場し、愛国MVなどの手法を駆使して懐柔和解策を展開したからです」

「真似をされるということは、あの国でも私が評価されたということですかね」

林原は冗談っぽく言っていた。

「彼らも様子は見ていましたから。それで新疆ウィグル自治区の独立派や香港の民主勢力との停戦に成功しています。ただし精巧なフェイク・アーティストを活用している所が林原さんと違います。アーティスト本人たちは参加していないし、そんなこと言っていないと否定していますが封殺されています。それでもネットで漏れているので、いずれバレるはずですが」

「あちらさんのことですから、たぶんバレても否定するでしょう」

「一応、成功を収めた当局ですが、今度は台湾にもこの手法を使おうとています。しかも台湾のアーティストを懐柔し、中華の民の愛国MVに自らの意思で参加させるところから始めています」

「ターゲットにされている台湾のアーティストは誰ですか」

「元・音園団で現在はソロ活動をしている絶大な人気のスカーレットです」

「スカーレットは…日本の夏フェスにも参加してましたよね」

「はい。日本でも知られていると思います。それで大陸側は、国内のみならずタイやシンガポールでも人気の趙楽聖です」

「スカーレットと、その…趙楽聖ですか。たぶんSNSのフォロワー数も凄いんでしょう」

「音楽配信市場から考えると趙楽聖の方が多いですが、影響力という点では、五分五分ですね」

「それでスカーレットはどうしているのですか」

「何回か大陸側からの接触があったようですが、まだMVの参加は表明していません。しかし最新音楽環境の優遇とか、大陸での市場販路の確約とかがあれば、心が動くでしょう」

「いろいろと手を尽くしてくるはずですから、落ちるのは時間の問題になりますか」

林原も容易に想像がついていた。

「はい。こればっかりは…台湾は民主主義なので本人の意思を尊重し、政府が圧力をかけることはできませんから」

「そのぉ、まとめ役の劉志強は共産党員なのですか」

「いえ、党員ではありませんが、停戦の業績によって主席から特別待遇を受けています」

「それでは特に共産党に思い入れがあるわけではなく、利益でつながっているとも言えますか」

「まぁ、そうですが…」

「その辺りから攻めれば、上手く行くんじゃないですか」

「どうでしょう」

「とにかくスカーレットが説得される前に私が劉志強を説得できれば、解決しますね」

「林原さん、一筋縄では行きませんよ」

「頼さん、やはり劉志強と会うことは難しいですか」

「リモートは監視されて無理ですし、林原さんが出向くわけにもいきませんから…。ただスカーレットが直々に劉と会いたいと言えば、台湾に来るかもしれません。警護を厳重にして」

「それで行きましょう。その際には私もお忍びで行きます」

「ええっ、大丈夫ですか」

「頼さんたちの百団がいますから守ってもらいますよ」


 台湾桃園国際空港のイミグレーションで入国審査をする林原たち。パスポート、入国カード、搭乗券の半券などを提示していた。

「ビジネスですか観光ですか」

審査官が尋ねてくる。

「観光です」

金縁メガネをかけた林原の手元には『林征一』と記されたパスポートが返されていた。インナーカラーピンクの髪型にしている木本の手元には『林由香』と記されたパスポートが返されていた。

 到着ロビーに行くと、別の入国審査カウンターを通ってきた田沢と榊原が迎えてくれた。田沢たちのそばには百団と思われる男女も5人立っていた。

 林原たちは百団が用意した黒塗りのミニバン2台に分乗し、台北市大安区にあるオフィスビルの地下駐車場に入って行った。エレベーターで6階まで上がるとワンフロア全部がスカーレットが所属する芸能事務所・台北音楽エンターティンメント集団であった。


 劉志強は付き人2人とボディガードを3人を連れて、台北音楽エンターティンメント集団の会議室に来ていた。スカーレット側は本人と事務所CEOの王、林原、木本、田沢、榊原が向かい合っていた。 

「私は先日も言いましたけど、音楽は自由であるべきだし、政治的にはニュートラルな立場を貫きたいのです」

スカーレットは、キッパリと言っていた。彼女は中国語で言っていたが、林原たちは台湾人のフリをし、耳に装着したピアスのようなマイクロイヤホンから日本語になったものを聞いていた。

「我々に協力してくれれば、最新の音楽機器が存分に使えます。音楽の自由度がより一層増しますけど、いかがですか」

劉はきわめて丁寧に口ぶりであった。

「機器の問題ではなく信念の問題なんです。それを曲げたくはありませんし、大陸支配の価値観とは違います」

「なんか誤解していらっしゃるようですね。あなたも私も同じ中華の民、つまり一つの中華民族ではないですか。どちらが上とか下とかはありません」

「中華民族って、人工的に作ったものですよね。過去から続く独自の文化、文字や言葉を持っている民族とは違いませんか」

「いいえ。中華民族とは漢族、台湾族、ウィグル族、チベット族、モンゴル族などを含めた総称ですよ。台湾の人は漢族や台湾族、その他の少数族で構成されています。いずれにしましても中華民族です」

「そう言われても、なんか実感がないです」

「スカーレットさん、あなたの奥底にも中華民族としてのアイデンティティがあるはずです。ですから大陸と台湾が別の国になることは、アメリカなどによる分断工作が作り出した虚構です」

劉は遂に本音を言い始めた。

「…アメリカの分断工作とは思ってませんし、私も中華の民かもしれませんが、自由を求める中華の民です。大陸の共産主義の中華の民ではありません」

「それはあなた方が、アメリカや日本にたぶらかされているからです。大陸にも自由や民主主義はあります」

「香港を見るとそうは思えませんが」

「彼らの意思は尊重しています」

「それではなぜ、我々の意思を尊重してくれないのですか」

「分離独立しようとする勢力があるからです」

「それでは武力ではなく、話し合いで解決できませんか」

「もちろん、そうしたいのですが、アメリカが武器を提供し後押ししているので、仕方なく武力に訴えようとしています。しかしその一方で武力によらない方法もアプローチしているわけです。それが今回のMVです」

「その一方的な主張が嫌なのです。もっと仲良くできませんか」

「ですから音楽には主義主張や国境を越える力があります。共に中華民族として手を取り合うべきなのです。そこでその象徴となるべく、MVにぜひとも参加していただきたいのです」

「私が断ったら収容所送りですか。それとも裁判所で反愛国者の判決を出されるのですか」

「あなたの主義主張によっては、その可能性がないとは言えません」

劉は少し脅しモードに入ってきていた。

「あのぉ、私は事務所の者ですが、どうも平行線をたどっているようなので…」

林原が日本語で言うとスマホが中国語にしていた。

「え、あ、もしかして…、林原さんではないですか」

劉は林原の顔をまじまじと見ていた。

「バレましたか。プライベートなお忍びですけど」

林原はメガネを外していた。

「プライベート…、なんでまた」

劉があ然としていると、付き人やボディガードまでが、驚きの顔をしていた。

「今日は日本の総理としてではなく、スカーレットの友人としてここにいます」

林原がアドリブで言っていると、スカーレットはニヤリとしていた。

「なるほど、そうでしたか、どうも話がかみ合わないとはずだ。これに、あなたが一枚かんでいたとは…」

「そうではありませんが、私の手法を真似している人がどのような人物か興味がありまして」

「別に真似をしているわけではありません。私も前々からこのようなことは考えていました。しかし実行したのが、あなたの方が先だっただけです」

「そうですか。それでも、ちょっとこの交渉は無理なようですけど、スカーレットを説得できなかった場合はフェイク画像で対応できるのではないですか」

林原は平然と言っていた。劉は少しムッとしたがすぐに平然を装っていた。

「林原さんは、郷に従え党とかを立ち上げましたよね。郷に入れば郷に従え、つまり中国のことは中国で決めて、それに従うはずじゃないですか。それなのに台湾に介入するとは、ダブルスタンダードも良い所だ。そう思いませんか」

劉は林原の方を見据えていた。

「いいえ、私の郷に従えの理念は一つも揺らいでいません。郷を中国最大の領域で捉える大乗・郷に従えか、郷を住民が自立を求める地域と捉える小乗・郷に従えかの違いと言えます」

「大乗に小乗…仏教じゃあるまいし」

劉は見下した表情で林原を見ていた。

「中国最大の領域は郷と呼べるものでしょうか。自立を求めている地域を力ずくで飲み込んだものです。大乗・郷に従えは、為政者に都合の良いエセの郷に従えと言えます。真の郷に従えは小乗・郷に従えなのです」

「それは中央政府が国家を統一して行く過程でどこの国でも起こることで、中国だけが糾弾されるものではない」

「しかし独自の文化、文字や言葉を持っている民族、ましてや亡命政権など樹立しているものや、他の文化圏のものを統合するのは違うのではないですか。イスラム文化圏、チベット文化圏、モンゴル文化圏、加えて自立自治を望む香港や台湾がそれに該当します」

林原の言葉にスカーレットや芸能事務所CEOの王は大きくうなづいていた。木本たちは林原節が絶好調になって来たと感じていた。

「いずれ世界は統一されるべきもので、その盟主が中国になるかアメリカになるかの違いだけです。具体的には世界標準が中国語か英語か、人民元かドルかになるかというわけです」

劉は自分が中国人であることを誇っている様子だった。

「なるほどそうですか。我々郷に従え党が考えている世界統一は、言語も宗教も通貨も変えることなく、今までどおりであり、自分たちのことは自分たちで決め、それを部外者も尊重することです。そして互いにリスベクトし合い、決して自国優先に走らず排他的にはなりません。また議会において与党になることもあれば野党になることもあり、強権によって支配されることはないのです。この郷を世界中に連ねていくのを世界統一のモデルと位置付けています」

林原は劉に自分の考えをぶちまけて、スカッとしている表情をしていた。

「なんか、ごちやごちゃとそれらしいことを言っているが、現在世界情勢を見て、中国とアメリカどちらに着くのが得でしょうかね」

劉はわかりきっていると言いたげであった。

「劉さんは得か損かで動いているのですか」

「突き詰めて言えばそうかもしれません。別に共産党に思い入れはないから」

「そうでしたか。私は今まで、あなたは中華人民共和国に忠誠を誓っている政治家であって、音楽家でもプロデューサーでもないと思ってましたが、考えを改めます」

「世の中は、所詮カネと権力ですよ。この二つがあれば、最新の機器だって自由になります。今の中国共産党にはそれがある」

「それではカネと権力があれば、共産党ではない中国の勢力に味方することもあるのですか」

「もちろんだ。アメリカに勝てるような世界一の中国人の勢力ならな」

「もし中国の領域にヨーロッパ連合のような香港、台湾、チベット、ウィグルなどが独立国として加盟する中華自由連合ができたらどうしますか」

「共産党の旗色が悪くなったら乗り換えるのが賢いやり方だ。まぁ、できたらの話だが、そちらに肩入れするだろうな」

「旗色次第ですか。もう少し話したいのですが、ちょっとトイレに行きたくなりましたので失礼しますよ」

林原は劉の言葉を繰り返してから、トイレに向かった。この林原のトイレのタイミングで、会談は小休止となった。台北音楽エンターティンメント集団のスタッフが紅茶を持ってきたので、劉側とスカーレット側は、会談に指し障りのない接近してくる台風の話などをしていた。


 小休止後、林原たちは小休止前の話題を確認するように繰り返しているだけであった。これ以上の進展は望めなくなった。

 「いゃぁ、今日は劉さんの本音が聞けて良かった」

林原が締めていた。

「今日、ここで話したことはオフレコで頼む。共産党の連中が聞いたら、ことだからな」

劉には林原にノせられてしまった感があり、マズかったかという顔をしていた。

「一応、室内には監視カメラがあるので録画はしていますが、私もお忍びで来ているので、公にはし難い面があります」

「お互いに都合ってものがあるのか…」

劉は苦笑していた。

「とにかく大陸と台湾の和解の愛国MVの件は、スカーレットではない他を当たった方が良さそうですね」

「あんたが台湾側にいるとなると、両者参加のMVは難しそうだ。趙楽聖を全面に出すとするか」

「いずれにしましても、中国共産党を上手く利用してください。あなたの利益のために」

林原は念を押すように言っていた。傍らの木本は、監視カメラの録画データをUSBメモリーに入れていた。劉はその姿をじっと見ていた。

 スカーレットの助っ人的なことをした林原たち。木本が夜市に行きたがっていたが、台湾訪問が公になるといろいろと面倒になるので、その日の内に日本に戻って行った。

 その後、頼からの情報によると、劉志強はフェイク・アーティストの件がバレて追及され責任を取らされていた。一時は持ち上げられていたが、スケープゴートとして共産党に使い捨てにされていた。これに恨みを持つ劉志強を百団が調略・懐柔し、中華自由連合支持者に変えていった。


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