第四十六話 内戦
●46.内戦
林原は国連の安保理改革会議に寺本国連大使ともに出席していた。
「インドは良いとしても、日本とドイツはかつての敵国なので、相応しくないと考えます」
中国国連大使が声高に言っていた。
「敵国条項は削除されてますから、問題はないでしょう」
アメリカ国連大使はすぐに否定していた。
「日独印と増やすならブラジルとメキシコも入れるべきです。G7寄りでブリックス寄りではなく不公平です」
ロシア国連大使は厳しい口調であった。
「インドはブリックスですけど」
アメリカ国連大使はチクリと刺すように言っていた。
「10ヶ国にするのですか。常任理事国枠を増やすとしても、8ヶ国がギリギリのラインではないでしょうか」
とイギリスの国連大使と共に出席しているクーパー首相。
「拒否権のある5ヶ国にドイツ、日本、インドを加えるのでしたら拒否権のない常任理事国とするのが妥当ではないでしょうか。これ以上拒否権のある国を増やしてしまうと、何も決められなくなります」
とフランスの国連大使。
「既にその様相を呈しています」
寺本がフランスに同意する形で付け加えていた。
「それよりも腐敗した国連の代わりになる組織を作った方が良いかもしれませんね」
アメリカの国連大使は大統領が常日頃言っていることを代弁していた。
「気に入らなのでしたら、脱退したらどうですか」
ロシア国連大使は平然と言っていた。
「良いのですか、アメリカの拠出金がゼロになりますけど」
アメリカ国連大使はロシア国連大使を横目で見ていた。
「中国が抜けた分を賄いますよ」
中国国連大使は勝ち誇ったような感じであった。
「互いにリスペクトがなく言いたい放題では、まとまるものもまとまらないでしょう。このところの決議案の可否を見ると、機能不全に陥っていることは確かです。その上、常任理事国の数を増やすだの、拒否権どうこうとなると、いつものように何も決まらず終わってしまいます。そのような堂々巡りをやめて、拒否権をなくし安保理の決定プロセスに改革が必要ではないでしょうか」
林原が言っていると、改革会議の出席者たちは日本がそのようなことを言うのかといった顔をしていた。
「ご立派なことを言いますが、結局日本はアメリカの決めたことに黙って賛成するだけじゃないですか」
中国国連大使はロシア国連大使に同意を求めるように言っていた。
「そうとは限りません。主張すべきところは主張しています。以前の日本とは違います。アメリカとは対等なパートナーシップを築いていますから」
「林原さん、今はあなたが首相だからそうでしょう。しかし日本の首相は短命に終わるのが常です。あなたが退陣したら、また元通りになるでしょう」
ロシア国連大使はあざ笑うように言っていた。
結局、安保理改革会議は何も進展がなく終わっていた。帰り際、ロビーでアメリカ国連大使と立ち話をしている林原。
「ウォレス大統領は、国連脱退を真剣に考えているとか言う噂は本当ですか」
「はい。中国とロシアに牛耳られいる国連に拠出金を払うのは国益に反すると言ってます」
アメリカ国連大使は声を潜めていた。
「度々敵国だの、戦勝記念だの言われるので、中国とロシアの日本に対する扱いは、面白くはありませんよ。アメリカが脱退して新しい組織を作るのなら、草創期から参加したいものです」
「あぁ、そうですか。その旨、ウォレス大統領に伝えておきます」
「私からも直接ウォレス大統領に言いますけど、これは内々の話ということで」
林原はロビーの出口付近を歩いている中国国連大使たち一行を眺めていた。
林原、木本、田沢は国連大使や日本政府の外交官たちと分かれ、ヘリコプターでホワイトハウスに向かっていた。
「せっかくニューヨークに来たのだから、5番街でショッピングしたかったわ」
木本はヘリコプターの窓から見えるハドソン川を渡ってすぐのニュージャージーの街並みを眺めていた。
「さすがにハロルドの誘いは断れないだろう。ヘリコプターまで用意してくれたんだからな」
「日米の蜜月関係を壊すわけには行かないし、美味しいもので歓待してくれるんでしょう」
「たぶんそうだと思うが、ハロルドも忙しいから長居はできないだろうな」
「林原さん、自分は同席できるのですか」
「大丈夫だ。秘書…側近、あぁどっちだっけ」
「田沢さんは秘書兼側近ですよ」
木本は窓から目を離さないでいた。
「離れた席になると思うが、いずれにしても同席してメシは食えるよ、安心してくれ」
林原は側近に恵まれていると感じていた。
食堂のテーブルで、ウォレス大統領の隣に座る林原。木本はウォレス大統領夫人の隣に座り、少し離れた席の田沢はウォレス大統領の後継者とされるベーカー補佐官の隣に座っていた。
「うちの総料理長は元・5つ星レストランのシェフだから、下手なレストランに行くより、旨いこと間違いなしだ」
ウォレス大統領は上機嫌であった。
「それじゃ、ニューヨークの国連近くでディナーを食べなかった甲斐がありましたか」
「もちろんだ。しかし国連はもうダメだ。セイシロー、そう思わんか」
「私もハロルドと同感です。もはや改革するよりも、新しい組織にした方が手っ取り早い気がします」
「だろう。無駄なカネを払って加盟していても、何も利する所がない」
「新しい組織のネーミングは地球連合ですかね」
「セイシロー、それは地味だな。人類世界連合と銘打って、将来、他の知的生命体の連合と張り合うのはどうだ」
「いゃースケールがデカいじゃないですか」
「だが、他の知的生命体とのファーストコンタクトは、100年後か200年後か、いつになるかわからんがな」
ウォレス大統領は豪快に笑っていた。
「何年後でも待てますよ」
「セイシロー、何を言っているのだ」
「実は現在日本でナノテクノロジーで不老不死を実現させようかと研究中なんです」
「あぁ、それは中国が先を行っているテクノロジーだよな」
「中国に技術を盗まれたクラウゼ博士がリベンジに燃えてますから、将来は明るいと思います」
「それは興味深いな。不老不死か。凄いことになるぞ」
「時が味方してくれれば、対中国、対ロシアの戦略も変わりますよ」
「そうは言っても、不老不死を独占できれば良いが、当然向こうも長生きだから、どうだろうな」
「私は中国の台湾統一も慌てず、台湾側が納得するまでゆっくりと構えると見てます」
「それはあり得るな。慌てて武力行使するよりも相手が納得してくれれば台湾統一も永続的で安泰だからな」
「とにかく、いろいろなモノの見方が変わります。100年ローンが組めれば、高価なものも手に入りますし」
「セイシロー、君と話していると未来が明るくなるな。まぁ、この後も飲み食い堪能してくれ」
ウォレス大統領は、ワインをグイッと飲んでいた。食堂にウォレス大統領の女性秘書官が、静かに入って来る。彼女は林原のちらりと見てからウォレス大統領に何かを耳打ちしていた。
「ハロルド、どうしました」
林原はウォレス大統領の顔色が変わったので、心配そうに声をかけていた。
「セイシロー、全米の空飛ぶ車の管制ネットワークシステムにサイバーテロがあったらしい」
「犯行組織などは特定できたのですか」
「まだわからん。しかしホワイトハウスの地下にテロ対策指令本部が設置されたから、整理されたまとまった情報が入るだろう」
林原は大統領の特別の計らいによってテロ対策指令本部に入らせてもらっていた。本部のメインモニターにはニューヨークからは空飛ぶ車がハドソン川に墜落している映像が映っていた。大統領がリモコンで映像を次々に切り替えていった。ボストン、シカゴでは空飛ぶ車が激突したビルの惨状、ロサンゼルスではコンビニに空飛ぶ車が突っ込み、半壊した店から商品を略奪している防犯カメラの映像が中継されていた。
「こういう時に、暴動を起こすのが不法移民だからな。移民を擁護する奴らに、この映像を見せてやりたいよ」
ウォレス大統領はかなり苛立っていた。
「まさに郷に従わない奴らと言えます。日本でも他人事ではありません」
「日本にもテロ対策の方針はいろいろとあるのだろう」
「…あるにはあるのですが、どうしても強制力が少ないと言えます」
「セイシローなら、何とかなるできるはずだ」
「あのぉ、大統領、これからテロ対処作戦Bを実行しますので、外部の者は退去させてください」
作戦オペレーターは堅い表情であった。
「セイシロー、悪いな。そう言うことだから退去してくれ。しかし、今日の所は危険だからホワイトハウスに泊まってい行け」
「よろしいのですか」
「構わん、部屋はいくつもあるからな」
ウォレス大統領が言うと、補佐官のベーカーが進み出て、林原たちを案内し始めた。翌日、ワシントン・ダレス空港で待機していた政府専用機で帰国した林原たち。
公邸で朝食を食べている林原と木本。
「アメリカのサイバーテロに端を発した暴動はまだ続いているようですよ」
「今日で何日目だ」
「6日目です」
「内戦にでもなったら事だな。アメリカのプレゼンス力が減ると、我々も強気に出られなくなる」
「内戦になりますかね」
木本は楽天的に見ていた。
「ハロルドは、かなり破天荒なことをしでかしてきたからな」
「世界でそれを上手くいさめられるのは、林原さんじゃないですか」
「そうは言っても、ハロルドなりのアメリカ、いや世界の将来像があるから、毎回いさめられるとは限らない」
林原は何となく不安になってテレビをつけていた。
『「カリフォルニア州が合衆国離脱宣言をし、アメリカ自由連邦を立ち上げたとのことです」と男性アナウンサーの声。画面の上部にニュース速報の文字があった。背景にはラテン系の男が星条旗を降ろしている映像が映っていた』
「なんだ、これ。フェイクではないのか」
林原はあ然としていた。木本も口が半開きになっていた。
「総理、総理、大変です」
柿沢官房長官が公邸の小食堂に駆け込んできた。
「このことか」
林原はテレビに顔を向けていた。
「はい。アメリカが内戦状態になりました」
柿沢は小食堂のテレビを今さらながら見ていた。
「官房長官、厄介なことになったが、中国が不穏な動きをしてないかな」
「先ほど、それも含めて、矢部防衛大臣に問い合わせたところ、特にないようです」
「まだ気付いていないだけかもしれない」
林原は、官邸に向かおうと立ち上がり、お茶をグイッと飲み込んでいた。
朝食を終えた林原は、官邸のリモート会議室に来ていた。
「頼さん、アメリカの事は知っていますよね」
「はい。驚きました。中国の浸透工作による可能性があります。それでもしそれをアメリカ当局が知った場合、報復の内戦を中国に仕掛けると見ています」
頼の顔はリモート会議室のモニターにほぼ等身大で映っていた。
「報復となると、このチャンスに台湾進攻やアメリカの政府転覆はできなくなるわけですか」
「あぁ、ちょっと待ってください。大陸に散らばっている我々の仲間から、連絡が入りました」
頼はそう言うと、カメラの前から席を外した。林原は、切り替わったスクリーンセーバーの玉山の景観を見ていた。
数分後、頼はカメラの前に戻ってきた。
「新疆ウィグル自治区とチベット自治区の各地で大規模な暴動が起き、軍が出動しています」
「そうですか。日本ではまだ全然報道がありませんよ」
「一部、ネットで暴動の写真がアップされたのですが、すぐに削除されています。それに中国当局がネットも含めて報道制限してますから、しばらくは平然を装っているはずです」
「この内戦はどちらが早く落ち着きますかね」
「権威主義国家の方がこういう時は、強いですから…、いずれにしましても双方ともに内戦で手いっぱいですから、大きな変化はなさそうです」
頼はあまり言いたくなそうに口を濁していたが、締めの言葉は力強かった。
「だとすると私は、国内に目を向けられそうですよ」
林原は先刻よりも表情が和らいでいた。




