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第四十話 摘発

●40.摘発

 首相官邸執務室の林原のデスクには未処理の書類が数枚置かれていた。それを気にしている矢部防衛大臣。

「これらの書類は石川に任せるから、話しを続けてくれ」

「それで、どのルートでどこから漏れているのかわからないのですが、我が国の防衛情報は各所で漏えいしているのは確かです」

矢部防衛大臣は残念そうな顔をありありと見せていた。

「それは前々から危惧していたが、今後のことも考えると厳格に調査摘発する必要があるな」

「と言いましても、調査に乗り出すことも漏れるので、なかなか尻尾がつかめないようです」

「そうか。でも私に考えがある。どうせ漏れて筒抜けなら、それを逆手に取って活用しようじゃないか」

「逆手にですか…」

矢部はなんのことやら、さっぱりといった表情であった。

「詳細は逐一、矢部大臣だけに直接伝えるから、その通りに動いてくれ」


 横須賀の市街地には警戒にあたる警察官たちが至る所に見えていた。さら空母ロナルド・レーガンが停泊中の米軍横須賀基地は、いつになく警戒が厳重になっていた。林原と矢部防衛大臣は海上自衛隊の横須賀基地と米軍の横須賀基地を視察し、日米安保の連携を内外に誇示するように確認していった。


 視察を終えた林原と矢部が乗る黒い内閣総理大臣専用車のセンチュリーは、米軍基地のゲートを出ると、どぶ板通りのバーガーショップの前で止まった。中から二人が降りてくると沿道の通行人たちがわいていた。すぐにSPたちが間に入り囲んでいた。


 店内はSPたちを連れた林原たちで、急に狭く感じられた。地元の女子高生たちが無邪気に手を振っていた。林原は愛想よく応えていたが、矢部はちょっとぎこちない感じであった。

 「これかぁ、いゃぁデカい」

林原はテーブルに置かれた高さ20センチ近くある巨大な横須賀バーガーを見ていた。

「総理、私も初めてなんで驚いています」

「普通の横須賀バーガーとは違っているが味はどうかな」

林原はフォークで切り分けてバーガーを食べ始めた。周りの客たちは、突然の総理の来店に驚き、食べている姿をスマホで撮影していた。少しでも怪しい動きをする客がいると、SPの鋭い目が向けられていた。

「うまいぞ。矢部大臣。それで、核なるあれは確かに持ち込まれていたよ」

林原は周りをさり気なく見ていた。

「え、あ。あれはありましたか。でもいつの間に…」

矢部も周りを見ながら応えていた。

「大臣が飛行甲板を視察している間に、こっそりとな」

「そうでしたか」

「正式に米軍から移転通達があるだろうから。よろしく頼む」

林原は小声だが、口ははっきりと動かしていた。

「こんなところで、話して大丈夫ですか」

「まさか、核なる大事な話をここでするとは誰も思わないだろう」

林原は豪快とは行かないが笑っていた。


 国会は荒れていた。

「総理、憲法9条の改正は、不正投票が叫ばれている中、撤回するべきではないでしょうか」

野党・護憲民主党の女性議員が目くじらを立てて言っていた。

「そうだ、そうだ」

野党議員席からヤジが飛ぶ。

「あなた方が認めたくないのはわかりますが、国民の意思ですし、正式に国会の手続きを踏んでいます。撤回などありえません」

「それで総理、改憲したらすぐに米軍の核持ち込みを認めるんですか」

「え、そのようなデマ情報をどこから入手したんですか。巷に出回るデマを信じるとは、残念ですね」

「確かな筋からの情報ですよ」

野党・護憲民主党の女性議員は自信満々であった。

「そのあやしい出所を確かめる必要がありますので、防衛省の総合情報局に調査を依頼しなければなりません」

「総理、あなた方連立与党は、そうやってね、どんどん軍事大国化するのですか」

「そうだ、そうだ」

「この独裁者が」

野党議員席からヤジが飛ぶ。

「今のは撤回しろ」

「あまりに失礼過ぎる」

連立与党議員席からヤジが飛んでいた。

「総理、あなたは訪米の際にウォレス大統領と新たな日米安保を構築すると言ってませんでしたか」

「言いました」

「もしかすると核をシェアリングするのではないですか。それは被爆国として、絶対にしてはいけないことではないですか」

「日本は敵対する核保有国に囲まれているのに、丸腰でいろというのですか」

「話し合いで解決する努力が足りないから丸腰が怖いのです」

野党・護憲民主党の女性議員はあざ笑うようだった。

「スマホがないと話せないのか」

野党議員席からヤジが飛ぶ。

「考えても見てください。大坂城が冬の陣の後、二の丸や三の丸、掘を廃して丸裸になった豊臣氏は、どうなりましたか。いろいろな話し合いはしたでしょうが、難癖を付けられ、結局は夏の陣で滅亡したではありませんか。無防備では戦を仕掛けられてしまいます」

「歴史の講義は、関係ないでしょう」

「過去の例を述べたまで、そこから得られる教訓があるわけです」

「歴史から何も学ばないのは、あなた方でしょう。過去に大迷惑をかけた周辺国への配慮が足りない」

「いいえ、大迷惑を被っている周辺国に配慮するからこそ、改憲し新たな日米安保を構築する必要があるのです」

「それで今、核兵器は横須賀にあるのですか。ないのですか。イエスかノーが答えてください」

「ノーです。横須賀には自衛隊基地にも米軍基地にも核はありません」

「本当ですね。もしあったらどうしますか」

「総理を辞します」

「わかりました。皆さんの今の言葉、聞きましたよね」

野党・護憲民主党の女性議員は鬼の首を取ったように言っていた。林原は軽くあざ笑っていた。


 林原は中国大使の抗議の面談から執務室に戻ってきた。

「日米の核兵器シェアリングは、日中関係に重大な懸念をもたらすとか、断固として認めないだってさ。引っかかったな。とにかく全面否定したが、確かな情報筋から得た証拠があるから言い逃れできないって、野党議員と同じことを言っていたよ」

「中国側は何らかの対抗措置をしますかね」

「どうだろう。これで罠を仕掛けておいた総合情報局や情報サイバー庁からスパイ摘発の報告があるだろう。さらにこれらが囮捜査だと暴露してやれば、立つ瀬がないんじゃないかな」

「なんか痛快ですね。あ、それとワイドショーや動画サイトでは、林原さんの口の動きを読んで会話文にしもたものが出回っていますけど…」

木本は林原がテレビをつけて、蹴飛ばすんではないかと冷や冷やしていた。

「このところ気分悪くなるからニュースやSNSは見ないんだが、そうだったか」

「SNS断ちも精神衛生的に効果がありますから」

「そうか。しかし防衛大臣への通達と横須賀視察の件がリンクして、シェアリングとなっているんだから、SNSも情報筒抜けも思った以上に役立つな」


 首相官邸内のリモート会議室に集まる林原たち。会議室の大型モニターには総合情報局員の市原がかけているマイクロカメラ内蔵メガネが捉えた映像が映っていた。

 新宿区役所近くの雑居ビルの外階段で待機している市原とその部下たち。下を覗くと二人の男が東通りから雑居ビルに入って来るのが見えていた。さらに少し遅れて男3人が入って行った。

「左が防衛政策局次長の側近の村井で、右が中国国家安全部第七局の日本支部幹部の洪です。後は部下でしょう」

市原がピンマイクに小声で説明していた。

「洪の奴、日本に来てからだいぶ太ってきましたよ」

矢部はここ数年間の顔写真を見ていた。

「うまいものばっかり、食っているんでしょう」

林原はよく見ようとしたが、7階分は離れているので、わからなかった。

「それに村井の奴もカネ回りが良くなったので、キャバクラ三昧のようです」

矢部の秘書官は村井のことを知っているようだった。

「中国のスパイに多額のカネをつかまされているわけですか」

林原は残念そうにしていた。

 「今日はここが密会の場所になります。それでは村井のIDカードに仕掛けたマイクロマイクの音声をチャンネル2に転送します」

市原の声はチャンネル1のスピーカーから聞こえ、すぐにチャンネル2からはギィットとドアが開く音がすると、空高く飛んでいる飛行機の音が聞こえてきた。

 「これは、屋上に出たのですか」

林原は誰に言うわけでもなく言っていた。

「はい総理、さすがに鋭いです。村井たちは屋上に出たようです。我々も屋上に向かいます」

市原が現場から応えていた。


 「あなたの流してくれた情報なんですが、ガセではないですよね。林原首相は強く否定していますけど」

洪は強い口調であった。

「いや、そんなことはありません。矢部防衛大臣の通達を見ましたし、お渡ししたコピーもあるではないですか」

「作り物じゃないですか。あなたを信用するには、我々はどうしたら良いのですかね」

「林原が嘘を言っているだけです。週刊誌も探ってますから、そのうち必ず一大スキャンダルになります」

「ちょっと確かめさせてください。やれ」

洪の声の後に何人かの靴音と、服を引っ張るような音がしていた。

「あぁ、やめてください。落ちるぅ」

村井の悲鳴に似た声がしていた。

「ここはビルの屋上ですけど、私の部下があなたの足を離したら、どうなるかわかりますか」

「わかります。わかります。ですからとにかく本当なんです。頭に血が上るぅ…」

「防衛政策局次長の側近が、長時間労働を苦に自殺とかのニュースは見たくないですよね。あ。見れませんか」

洪は笑っていた。

「わ、私を殺したら、今後何も得られませんよ。どうか助けてください」

「そうですね。おい、戻してやれ」

洪の声の後に何人かの靴音がし、村井の荒い息が聞えていた。

「洪さん、酷いじゃないですか」

「我々は信用が第一ですから。それで一大スキャンダルがなかったら、あなたは用済みになります」

洪は、氷のような冷徹な顔をしていた。


 屋上のドアが荒々しく開き、市原たちが銃を構えて飛び出してきた。

「お前ら、そこまでだ」

市原が叫んでいた。村井と洪は手を挙げるが、部下の一人がビルの空調ダクトの陰に隠れた。

「抵抗しても無駄だ。このビルは完全に包囲されている」

市原の声もむなしく、銃声にかき消された。乾いた拳銃の発砲音がビルの屋上に響いた。村井は怯えて身を伏せている。その隙に洪は別の空調ダクトの陰に身を隠す。市原が手で合図すると、総合情報局員たちが散開し、各ダクトに少しずつ近寄っていく。散発的に銃声がするが、すぐに音がしなくなった。ダクトの陰が両手を挙げた洪や部下たちが、ゆっくりと出てきた。

 「総理、全員確保しました」

市原が言うと、村井と洪は、驚いた顔になっていた。

「ち、中継されているのですか」

村井は愕然としていた。

「市原班長、鮮やかでした。お疲れ様です。大物を捕まえたから、これで防衛省ルートは一網打尽になるのかな」

林原の声が屋上に聞こえていた。

「はい。厳しく取り調べますから、防衛省ルートの漏えいは末端に至るまで解決できます」


 首相官邸内のリモート会議室では、歓声が上がっていた。林原と矢部は肩を軽くたたき合い握手していた。木本や石川、矢部大臣の秘書官、総合情報局のスタッフたちも喜んでいた。


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