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第三十七話 信念

●37.信念

 「はぁ、サッパリした。やっぱ政府専用機は良いわね。シャワーが使えるなんて」

木本は総理室のソファーに座り、髪をドライヤーで乾かしていた。

「エコノミーで海外旅行するのと大違いだ。しっかりと寝られたし、これだとあまり時差ボケを感じないかもな」

「ウォレス大統領にシャッキとした顔で会えますね」

「そうだな。木本、今日は肌のツヤが良い気がするぞ」

「じゃ、いつもはどうなのよ。あっ、それに結婚しても木本ってのはどうなの」

「ん、言い慣れてるし…今時、旧姓使用は問題ないだろう。由香里っていうのも照れくさいしな」

「まぁ、オフィシャルには木本でよいけど、プラベートはね…」

「おいおい変えていくよ。とりあえず今は、木本でな。それにしても防衛省と外務省の事務方も随行しているから、身軽な移動とは行かないな。そう言えば田沢たちの随行員室もエコノミーと違うから、喜んでいるんじゃないか」

「SPがいるのに田沢さんたちもいるんだからセキュリティーは万全ね」

「今回、彼の肩書は秘書官補佐になっているけどな」


 政府専用機はワシントン・ダレス国際空港に着陸した。林原と木本は政府専用機から一歩出て、タラップから手を振っていた。タラップの下には、ケリー、日本大使館員、アメリカ政府関係者たちが出迎えていた。日米のマスコミはタラップの下からこの様子を撮影していた。

 タラップのすぐそばに停車したリムジンに二人が乗り込むと、すぐにゆっくりと走り出した。日米のSPの警護車両も、前後を挟むように走っていた。


 ホワイトハウスの大統領執務室。

「ハロルドの働きかけで、無事に首相になれましたよ」

「ちょっと日本のキングメイカーの背中を押しただけだ」

執務デスクの椅子に深々と座るウォレス。

「それは…トップシークレットですよ」

林原は執務室に自分たち以外はいないことをわざとらしく確かめるフリをしていた。

「そうだったな。それでこの後のレセプションでたらふく飲み食いできるが、取りあえずウェルカム・ティタイムとして、その紅茶でもを飲んでくれ」

ウォレスが指し示す応接コーナーのテーブルにはティーポットなどが置かれていた。

「セイシロー、そういえば結婚したのだよな」

「はい、こちらが妻の由香里です」

林原は木本を今さらという感じだが紹介していた。

「林原由香里です。ウォレス大統領もますます元気そうで」

木本はスマホを使わず、直接英語で言っていた。

「由香里さんか。だろうと思ったよ。いつも秘書として一緒にいたからな。お似合いじゃないか。ところでセイシロー、私の祝いの品は届いていたかな」

「はい。ありがとうございます。あの最高級のキューは私にはもったいなくて、まだ使ってません」

「使わんのなら、返してもらうか。まぁ冗談だが」

ウォレスは豪快に笑っていた。


 「さっそくなんですが、安全保障上の奇策と言うか、新たな戦略をお伝えしようかと思います。これは今後の外交のディールに使えるものと信じています」

林原が言うと、ウォレスは身を乗り出して聞こうとしていた。

「セイシロー、君が首相になったから、世界情勢が面白くなりそうだぞ」

「今回の大震災で日本は鵜の目鷹の目で狙われていますが、中国の台湾進攻も考慮するとパワーバランスが重要な気がします。そこで日本もやむなく核を持つ必要が出てきました」

「確かに。以前からアメリカはシェアリングを含めて内々に提案しているのだが、どうも今までの日本のトップは尻込みばかりしていた。たぶんは政権維持や支持率などを気にして波風を立てたくなかったんだろう」

ウォレスは過去を思い浮かべていた。

「ただ無条件でいきなり日本が核保有となると、内外共に各方面からいろいろな非難が殺到するでしょう」

「アメリカの核を減らして日本に回せば、見かけ上のアメリカの核は削減したとディールができる。だからアメリカは黙認もしくは承認するつもりだがな」

「そこで現在、北朝鮮が保有しているとされる数とほぼ同数の核を日本が取りあえず保有します。そして北朝鮮が減らせば、日本も同じ数だけ減らすとし、最終的には朝鮮半島の非核化を実現するという形にするのです」

「北朝鮮にしてみれば、すぐ目の前に核保有国が出現すれば、ただ事ではないな。米朝の交渉材料に使えるか」

「ただ、それだけでは中国が黙っていないと思います。いくら自分たちの思い通りにならない北朝鮮の非核化ができても、日本が核を保有するとなると焦るでしょう」

「中国は甘くないぞ。日本の世論を徹底的に分断するため、SNSなどを駆使して過激な潜入工作をするだろう」

「そこで段階的な在日米軍の撤退です。意外な戦略に中国は拍子抜けするかもしれません。撤退との引き換えですから」

「米軍の撤退か…。海外展開している米軍の経費節減につながるが、日本の守りは大丈夫なのか」

「核を保有していますし、一気に撤退するわけではなく、現在の軍の最新装備をもってすれば、全世界がアメリカ本土から出撃できる範囲と言えます。カネがかかる駐留経費は必要ないのではないでしょうか。もちろん日米同盟がありますから、有事の際は自衛隊の基地は利用できます」

「なるほど、良く考えられた戦略だが、日本の核廃絶団体や左派が暴れ出すのではないか。下手するとクーデターになりかねんぞ」

「時代を変えるにはそれなりの覚悟が必要です。一応、治安維持での自衛隊の出動は前例ができましたから、それを踏襲するつもりです」

林原は決意めいた視線をウォレスに向けていた。

「根本的なことを聞くが、戦後全く変えなかった憲法9条はどうする」

「あれは終戦直後、言い方は悪いですが、押し付けられた憲法なので自主憲法にするため改正します。しかしこれをアメリカの過ちとは言いません。当時としては必要な判断で、やむなく押し付けたとアメリカが一言言ってくれれば良いのです。こうすることによって、9条を死守するといった狂信的な左派の立場をなくすわけです。左派のくせにアメリカの押し付けたと証言している憲法を死守するとは、いかにもご都合主義だということになりますから」

「なるほど、結果として押し付ける形になったとか、もう少し柔らかい表現の方が良いかもしれない。それで韓国はどうする」

「韓国のことも考慮しますと、在韓米軍はいくらなんでもすぐに撤退とは行きませんが、中国、北朝鮮、ロシアとの日本の状況をみてから撤退などを判断すれば良いと思います。また撤退後の数は北朝鮮対日本と韓国の合算数とし、例えば北が8なら日韓で4と4という形にします。これなら韓国もある程度納得するでしょう」

「刺激的で興深いものだな。もっと具体的に詰めて考えたい。この線で行けばアメリカが承認、中国は表向き反対だが、韓国が核保有するまでは黙認する可能性がありそうだ」

ウォレスは噛み締めるように言っていた。

「淡々と述べてしまいましたが、どうでしょうか」

「やはりセイシローは違うな。実りのある話ができた。これで心置きなくレセプションで飲み食いできるぞ」

ウォレスは屈託のない笑顔を見せていた。


 『「訪米した林原首相は日米安保について新時代を築くことで一致したとしています」

女性ニュースキャスターの背景では、林原とウォレスが笑顔で握手するワシントンでの共同記者会見の映像流れていた』。

チャンネルを変える林原。ワイドショーで手が止まった。

『「どうも総理の言っていることは曖昧過ぎて、無理やりの成果をアピールしているようにみえますが」

「ただ顔を見せに行っただけでしょう」

「震災の復旧の最中なのに、外遊とは呑気なものですね」

「具体的な成果を見せてもらいたいですよ」

並んで座っているコメンテーターたちが端から順に好き放題言っていた』

 「こいつら、具体的な成果だとさ。俺がウォレス大統領と話したことを知ったら、絶句するだろう」

「あの人たちは、批判することでメシを食べているのでしょう」

「俺がメシのネタを提供してやっているから、感謝してもらいたいよな」

林原は首相官邸の備品でもあるテレビをなるべく蹴らないようにと心掛けていた。今日の所は大丈夫そうだった。


 首相官邸の応接室には、次々に面会者が訪れていたが、その中に震災復興長官の倉田もいた。

「総理…」

倉田長官が言いかけると林原は咳払いをしていた。

「林原さんで構わないが…」

「総理、そうおっしゃいますが、やはり庁内の部下の手前、林原さんでは示しがつかないので、総理と呼ばさせてもらいます」

「わかった。余計な気遣いをかけてしまったな」

「それで、今日は耳寄りな情報がありまして、お伝えに来ました。総理は自己修復コンクリートがあるのはご存知ですか」

「いいや。そんな便利なものがあるのか」

「はい。近年、下水管は寿命問題で各地で破裂したり陥没していますが、このコンクリートを使えば自己修復するので耐久性は100~200年になるそうです」

「本当かね。でもコストがバカ高いのなら、意味がないが…」

「もちろん通常のコンクリートより高くつきますが、開発者によると既にあった自己治癒コンクリートよりも安価にでき、大量生産すればかなり安くできるとしています」

「そうかそれなら復旧で敷設する下水管にもってこいじゃないか」

「それで、これを名古屋などの下水道復旧に使って効果を確かめるモデル地区を作りたいのですが、どうでしょうか」

「モデル地区は良いのだが、そんな都合の良いコンクリートは詐欺まがいじゃないのか。どこの誰が開発しているのだ」

林原は用心深く渋い顔になった。

「安藤バイオ・コンクリート工業という所でして、総理の地元の八王子にある会社です」

「ん、安藤って郷に従え党の草創期から支援してくれている安藤電機工業と関係があるのか」

「確か…、あそこの安藤社長の甥だと聞いています。やはり八王子ですから総理となんらかの関係性がありましたか」

「わかった。後で安藤社長に身元確認するからモデル地区を作ろう。復旧工事の際には、私も立ち会ってみるかな。予定が決まったら教えてくれ」

「もう下調べはしているようなので、10日後には復旧工事が始められます」

「手際が良いな。迅速なことは結構。これで倉田長官の評価も上がるぞ」


 本格復旧して数日しか経っていない新幹線に乗る林原と木本。

「木本、そう言えばウェディングフォトは世界放浪中のご両親に送ったのか。今はブータンだっけ」

「あれね。今はニュージランドで羊飼いをしているんだけど、そこに送ったわ」

「さぞかし感動していたただろう」

「娘のことよりも自分たちの生活を優先しているから、感動という程ではなかったけど、喜んではいたわよ。後、林原さんによろしくっ書いてあったわ」

「干渉し合わないスマートな親子関係だな」

「良いのか悪いのかわからないけど、立派な個人として扱っているからね」

「もし、我々に子ができたら、そのような関係を望むのか」

「私は…、その反動で親子べったりが良いかも。でも子供ってわけには行かないでしょう。私が産休を取ったら、秘書はどうするのよ。まだ石川さんじゃ頼りないし、教えてないことが沢山あるから」

「石川だけではなくもう一人ぐらいいないと厳しいかもな。田沢は補佐だし、SG1の隊長と兼任だからな」

「3人体制ってことね。石川さんは良いけど、私と相性の良い人を選んでほしいわ」

木本が言っていると新幹線は名古屋駅のホームに滑り込んでいた。

「あっ、噂をすれば」

林原は昨晩のうちに名古屋に来ていた石川がホームに立っているのを発見していた。林原たちが席を立ち、新幹線のドアに向かうと、SPたちも後に続いていた。


 林原たちはモデル地区に指定された名古屋市中川区の復旧工事現場にいた。周囲には一部損壊した団地や、昭和の商店街にあるような個人経営の喫茶店などがあった。重機によって掘削された大きな溝にそってコンクリートのボックスカルバートも並べられていた。

「しかし今回の地震で、あの喫茶店が潰れなかったの奇跡じゃないですか」

林原がその場に居合わせた関係者たちに誰に言うわけでもなく、言っていると名古屋市のジャンパーを来た男が進み出てきた。

「あそこは市の耐震補助で内部が補強されていますから無事だったようです」

市の土木課長の札つけた男か説明していた。

「あのボックスカルバートは一見すると普通のコンクリートのようですが、まだ特殊バクテリアの処理はしていないのですか」

林原はボックスカルバートのそばに近寄ろうとしていた。関係者たちもぞろぞろと動いた。

「総理、スーパー自己修復コンクリートの説明は、こちらの安藤バイオ・コンクリート工業の安藤利治社長がいたします」

木本に促された石川が脇に控えている男を手で指し示していた。

「総理、いつも叔父がお世話になっています」

「私こそお世話になっていますよ。これは画期的な発明じゃないですか」

「ありがとうございます。それでは簡単に説明いたしますが、下水管の腐食の原因は硫化水素です。そこで我々が開発したものが、嫌気性で硫化水素による腐食で活性化する特殊なDNA操作をしたバクテリアになります」

安藤はそのバクテリアの写真を林原に見せていた。

「これがDNA操作されたものなのですか」

林原は写真をよく見るが、どう違うのかなどわからなかった。

「しくみは簡単でして、ボックカルバートが腐食してひび割れなどが生じると、休眠していたバクテリアが汚泥や汚物を食べて、ひび割れを埋める炭酸カルシウムを生成します。これで自己修復するわけです」

安藤は助手が持っているタブレットPCに映る試験映像を見せながら説明していた。

「バクテリアと、侮れないじゃないですか」

「硫化水素で腐食しやすい下水道はこちらのスーパー自己修復コンクリートを用いるのですが、電気・ガス・ネット回線などの共同溝は嫌気性ではなく、穴があいた箇所から流入する空気の流れに反応するバクテリアで自己修復させます。ですから別に開発した自己メンテナンス・コンクリートを使います。この両方を使い分けることで地下インフラの安全が確保できます」

「期待していますよ。それで下水管などの上を走る交通量の違いがありますから、研究施設とは違う結果が得られるでしょう。実際の耐久性をモデル地区で検証して上手く行けば、全国に広げていきたいものです」

林原が言い終えると、安藤社長は一歩下がり、市の土木課長が一歩進み出た。

「それで工事としては、既に特殊バクテリアを混入させたスーパー自己修復コンクリートで作られたボックスカルバートを次々につなげて埋設することになります」

「特に新しい工法になることないのですか」

「はい。従来通りです。それでは、これより総理による鍬入れ式を行い工事開始です」

市の土木課長が現場の一角に設けた式場に関係者たちを案内していた。


 林原の鍬入れ式が終わると、クレーンなどの重機が動き出し、ボックスカルバートが埋設され始めた。しばらく様子を見ている林原、木本、石川であった。

「総理、市の観光文化交流局・文化財保存部長の田中がお話があるのですが、よろしいでしょうか」

市の土木課長が申し訳なさそうに言ってきた。土木課長の隣には、赤い縁のメガネをかけた女性が立っていた。

「はい、どうぞ。せっかくですから」

「総理、現在進行中の名古屋城の本格木造復元計画は今回の地震で頓挫することになりました。予算の見込み

が全く立たず、四苦八苦しています」

「ご苦労はお察しします。地震は待ってくれませんから」

「そこでインバウンド需要などを考慮すると、新たな計画と国費で、本格木造復元計画を再開するべきではないかと思っています。既に市民から要望の声が上がっていますし」

「インバウンドですか…。木造復元計画を国費でということですか」

林原は渋い顔をしていた。

「長年の懸案事項が一気に解消します」

「木造復元は、宮大工の技術伝承に役立ちますが、国費は復興のために使うべきです」

「復興の象徴となると思いますけど」

「復興の象徴となるものは、市民の方々の笑顔でないでしょうか」

「総理は、市民の声を無視して、名古屋城のことはそのまま放置ですか」

田中は語気を強めていた。

「私は信念を貫くために嫌われることをためらいませんが、そうは言ってません。明暦の大火で焼け落ちた江戸城の天守を、家光公が復興しなかった例に倣うわけではありませんが、国費はあくまでも庶民の復興のために使うべきです。復興がひと段落してから考えましょう」

林原は、田中の顔色を全く気にせずに言っていた。田中は一礼をして去っていく。

 「林原さん、もう少し柔らかく言った方が良かったのではないでしょうか。あの女性は、SNSやマスコミに不満をぶつけそうですが」

石川は田中が少しムッとして歩いていく後ろ姿を不安そうに見ていた。

「ちらっとハイエナとか左派の臭いがしたものだからな。でも信念がブレないのが私だ。よく覚えておいてくれ」

林原は諭すように石川に言った。木本も当然という表情を崩さないでいた。


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