第三十話 サイバー攻撃
●30.サイバー攻撃
党本部のバーチャル会議室にある大型スクリーンには、日独米英仏をはじめとした世界35の国と地域の支部長の顔が35分割の画面に映し出されていた。林原、ベルガー、ケリーの党三役が座る席の上には、『郷に従え』党世界大会のプレートが掲げられていた。
「今の時代、ネットが普及しているのでビジネス的移動はそれほど必要なくなりましたし、各国民の移動に制限をかけても良いような気がします」
発言しているイギリス支部長の赤ら顔がアップになった。
「自分の国のルールに従わせることに限界があります。根本となる人の出入りは制限するべきでないでしょうか」
オーストラリア支部長が追従していた。
「観光も大方、行ける人達は、主だった所は一回は行っているでしょう。制限はデメリットよりもメリットの方が多いと思います」
中南米支部長のロペスはだいぶ日焼けしていた。
「また低所得層が海外に出れば、マナーなどオーバーツーリズムを助長することになり、政治的に迫害された人たちは難民になります。ある程度国際的なマナーが守れる人々の移動に限ってはどうでしょうか」
新たに選出された台湾支部長も続いて発言していた。
「日本としては今さら、観光を促進する必要はないと考えています」
党三役の林原は日本の代表も兼ねていた。
「各国、観光の適正規模があると思います。それを無視すれば、いろいろと軋轢が起きるのは必定かと」
党三役のベルガーはドイツ代表として発言していた。
「特別な時だけの移動というのは郷に従えの理念に則しています」
党三役の内、唯一国家代表を兼任していないケリーはこの時、党首であり、議長を兼ねていた。
「感染症のパンデミックのリスクも軽減できます。ホテルや航空会社の雇用に波を作らずに済みますし、移動を制限すれば、移民や難民の問題は減らせるのではないでしょうか」
アメリカGNSP(郷に従え党)党首のモーガンの顔がアップなった。
「貿易に関しては制限をすると問題があるかもしれせんね」
ラオス支部長のヤンは若干否定的な顔をしていた。
「いや、制限したからと言って、貿易は滞ることはありません。あくまでも人の移動であって、物の移動は制限しませんから」
パリ支部長のロベールがフォローしていた。
「それにしても…、各国とも連携して自国民が海外にやたらに出て行かないように…善政を敷くことが重要になります」
カザフスタン支部長のカムスの言葉は、途切れ途切れの日本語になって党本部のスピーカーから聞こえていた。
「皆さんの忌憚のない、いろいろな意見が出たことは大いに意義があります。移動の制限に関しましては、今後も議論を深めていきたいと思います」
ケリーがまとめるが、部分的に配信画像が揺らいでいた。
「続いて…、各国の運営費の収支につきまして…」
林原が言い出すと、党本部の大型スクリーンはシャットダウンしてしまった。
「木本、なんの不具合だ。回線がおかしいぞ」
林原が叫んでいると、党本部のバーチャル会議室は騒然となった。
「林原さん、わかりません。何をやっても反応がありません」
木本の悲鳴のような声がしていた。
「サイバー攻撃を受けたようです」
コンピューター室から駆け込んできたミュラー。
「仕方ない木本、各国に電話で会議の延期を伝えておいてくれ」
林原は真っ黒になった大型スクリーンを呆然と眺めていた。
会議室のモニター画面には日本を中心とした世界地図があり、アメリカからと中国からの光の帯が日本列島に降り注いでいるCG画面が映っていた。
「我々が百団と連携して調べた所、2つの系統による攻撃が確認できました。一つは中国本土からで、もう一つはアメリカからです」
ミュラーは淡々と述べていた。
「それでは北朝鮮やロシアの可能性は低いわけですか」
ケリーはCG画面を理解したように見つめていた。
「はい。中国は政府が支援するハッカー集団で、アメリカの方は国境なき地球党のハッカー集団だとほぼ断定できます。しかしこの両者が手を組んで攻撃してきたか、別々にやっているのかは不明です」
「敵が2正面とは面倒なことになりましたよ」
ベルガーはぼそりとつぶやいていた。
「…そうでしたか…、手を組んでいてもいなくても同じことです。ハッカーという連中は自分のハッキング技術に自信があり、プライドが高いのでしょう。それではそれなりの反撃をしますか」
林原は不敵な笑みを浮かべていた。
「党本部の有志にも集って書いてもらっているが、木本たちの方は傑作な文面はできたか」
林原は党本部の一番広い会議室に入ってきた。木本、田沢、春奈の他、中国語が得意な石川など、20人がノートPC、タブレット、スマホを用いてSNS投稿用の書き込み文面を作っていた。
「私は英語でバンバン書いてますし、中国語は党本部の石川さんの他に台湾の頼さんたちにはお願いしたらどうですか」
「木本、良く気付いたな、でも俺が既に連絡しておいたよ」
「そうでしたか。でも無責任な悪口の書き込みって楽しくって、癖になりそう」
「普段は、こんなことはやらない方が良いが、これは奇策の反撃だからな」
「これで奴らが仲違いをしてくれると良いっすね」
「田沢、底意地悪い文面をひねり出してくれ。ああぁそれと木本、中国語圏と英語圏だけでも良さそうだが、念のためスペイン語とフランス語もあっても良いだろう」
「それじゃ、ロベールさんたちにも連絡しますね」
「頼んだぞ。とにかく仲違いを焚きつける文面なら、なんだってありだ。女を寝取ったとか、学歴詐称とかもありだ。該当する奴が居れば、何でそんなことを知っていると、必要以上に疑心暗鬼になるだろう。プライドを貶めて仲違いを煽れるだけ煽れ」
林原も図に乗っている感があった。
「ところでベルガーさんとケリーさんは自室で書いているのですか」
「彼らには書いてもらってない。出張の資料集めがあるからな」
「コンピューター室のミュラーさんは、ドイツ語で文面を作っているのですか」
「いや、彼は、君たちの文面をばら撒いて、発信元が辿れないように策を講じているよ。そんなことよりも人を気にしないで、悪口の文面をひねり出せ。煮詰まったら、プライドを貶めることは念頭に置くと良いかもしれない」
「林原さん、なんか性格悪くなりそうだけど、楽しく感じるのは人の本性ね」
木本はキーボードを軽やかに叩き始めた。
林原は会議室のモニター画面に皆が書いた文面を並べて表示させ読んでいた。
『中国の奴らの技術は大したことはない。我々だけの攻撃で郷に従えは再起不能にできる』
『カナダの連中は我々に劣る技術しか持ってないな。偉そうなことを言ってもダメだ。手を組むのは今回限りだ』『ハッキングで稼いだカネでアメリカで遊び回り過ぎだろう、大してモテないくせに』
『世界一のハッカーの称号は中国にあるのは間違いない』
『中国側は台湾にハッキングされているらしい』
『共産党は時代遅れの化石だ。消えろ、これからは新たな共産主義の時代だ』
『せっかく攻撃したのに、郷に従えはケロっとしている。俺らだけでやるべきだった』
『北朝鮮と手を組んでいるようでは、底が知れてるぜ』
林原は並べた文面をスクロールし終えると立ち上がった。
「SNSのデマで精神的ダメージを与えてやるには、これらの文面をしつこく何回も投稿する形になる。さらにいろいろなSNSに書き込めば、目にしたくなくても毎日目にすることになるだろう。現代人はスマホが全ての始まりだからな」
林原は、会議室の全員に聞えるように言っていた。
「アメリカはますます物騒になってきたな。サンフランシスコのチャイナタウンで焼き討ち事件だってさ」
林原は副党首席でノートPCを開き海外ニュースを読んでいた。
「米中の対立は深まるばかりですね」
木本は関心がなさそうに壁掛け時計の電池を取り換えていた。
「ところで、例の書き込み反撃は効果があったのかな」
「まだ、わかりませんね。ケリーさんからそろそろ連絡がありそうですが…」
木本が言っているとデスクの固定電話がなった。
「…それで、え、チャイナタウンの焼き討ちって、国境なき地球党員の犯行なんですか」
林原はデスクのノートPCを見ながら受話器を握っていた。
「はい。アメリカGNSP党の情報網によると、例のSNSの書き込みに腹が立った一派が起こしたことのようです」
「でもケリーさん、中国のハッカー集団の拠点は大陸にあるのではないですか」
「それが…、チャイナタウンには中国のアメリカ潜入工作拠点があり、そこと中国本土のハッカー集団とは密接なつながりがあるようです」
「そうでしたか」
「このことをきっかけにサンフランシスコに国境なき地球党のハッカー拠点があることが判明しました」
「棚からボタ餅ってわけですか」
「今日夜、拠点を急襲する予定ですが、武装ロボット捜査官のヒューマン8で参観しますか」
「はい。ライブ参観できるんですか。ということは17時間の時差があるから日本時間だと明日午後ですね」
FBI捜査官二人と武装ロボット捜査官仕様のヒューマン5・6・7・8は、ミッション・ストリート沿いの自動車整備工場を訪ねていた。整備工と捜査官が何か話していると、突然、整備工が工場の地下に通じる階段を駆け下りていく。捜査官たちはヒューマン5を先頭にして捜査官二人、ヒューマン6・8が後に続き、駆け下りて行った。
「FBIだ、逃げろ」
国境なき地球党のリーダーハッカーが叫んでいる声は、ほぼ同時に日本語になっている。ヒューマン8が捉えた画像と音声は郷に従え党本部のバーチャル会議室にリンクしていた。
工場の地下には、通路を挟んで2つ部屋があり、整備工は階段から見て左側の部屋に飛び込んで行った。捜査官たちもその部屋に入った。整備工は両手を上げて投降する構えをした。
「こいつは囮だ。向こうの部屋の奴らを逃がそうしている」
捜査官が叫ぶと整備工はニヤリとしていた。捜査官たちが拳銃を構えて、向かい側の部屋の方にゆっくりと歩み寄った。通路を挟んだ向かい部屋のドアが開き、身を潜めた人影が拳銃などで発砲してきた。散発的な銃撃戦となった。
「この間に、逃げられてしまうのではありませんか」
現場ではヒューマン8を介して林原の日本語が英語になって発せられていた。ヒューマン8はAI自律交戦モードで盛んに発砲しているが、同時に参観者の声だけは伝えることできた。
「いや大丈夫です。裏口にはヒューマン7が待機しています」
主任捜査官のパーカーも発砲しながら応えていた。
「しかし、1体では…」
「人間技ではできない早打ちの名手だから、動きは抑えられます」
パーカーの横の柱に弾丸が当たりコンクリートの破片がはじけ飛んでいた。ヒューマン5が弾丸を受けながら、連射して部屋の中に入る。ヒューマン6も少し遅れて中に入る。中から、人の骨が潰れる音がして、悲鳴が上がっていた。銃声がしなくなるとパーカーたちも中に入った。
ヒューマン6に腕を握りつぶされたハッカーが、虫の息で倒れていた。何人かのハッカーは裏口から戻ってくるところで弾丸を受け、血まみれになっていた。部屋のデスクには雑然と置きっ放しのパソコンがあった。モニター画面のほとんどが銃弾でめちゃめちゃに割れていた。
「お前らはここでハッキングしていたな。まだ他にいるのか」
パーカーは腕をつぶされた男に問いただしていた。その男はニヤニヤしながら何も答えなかった。
「ここの証拠品は、FBI本部に持って行き、中身を解析するのですか」
ヒューマン8は林原の言葉を伝えながら、パソコンの躯体からはみ出た配線基板をめくっていた。戦闘が終わりヒューマン8は通常モードになると林原がリモート操作することができていた。
「大した証拠には、ならないでしょうが、押収します」
パーカーは別のパソコンの配線基板をつまんでいた。近くのデスクの下に倒れていたハッカーの一人が、意識を取り戻し、のそのそと動き出した。
「パーカーさん、あぶない」
ヒューマン8はパーカーの前に立ちはだかり、そのハッカーが構えた拳銃をはたき落とした。さらにヒューマン8がハッカーにパンチを食らわすと、近くの壁まですっ飛んで行き、ぐったりと滑り落ちた。
「林原さん、グッド・ジョブです」
パーカーの言葉は直訳に近い形で日本語になって、党本部の林原の耳に届いていた。
「パーカーさん、派手にやりましたね。逮捕者よりも死傷者の方が多いようですが…」
ヒューマン8=林原は部屋の中を見回していた。
「相手が先に発砲してきましたし、これが我々の郷に従うやり方ですから問題ありません」




