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第二十八話 パリ

●28.パリ

 「これって、テラシマさんが郷に従え党の制服として作ったスーツに似てませんか」

木本がスマホ画面上のファッション誌を林原に見せてきた。

「何だ。雑誌なんか見てないで自分のデスク周りを整理しろよ」

副党首室のアレンジを自分なりに変えていた林原は軍手を外していた。

「秘書席は別に前のままで良いですけど。それよりもこれ」

「…確かに隠し2つボタンに立ち襟のスーツだな。肩のラインも同じだ」

「パリで流行っているそうだけど、誰かがパクッてないかしら」

「パクられたら、テラシマの事務所が黙ってないだろう」

「それもそうね。どうしてかしら、ん、流行のきっかけは、テラシマがパリのオルセー現代アート展に出品したことって書いてあるわ」

「テラシマの奴、郷に従え党の制服なんて調子の良いこと言って、俺らが常時着用しないと、おへそを曲げて、流行らせているのかな」

「それで、GO・NEWスーツとか、郷入・スーツと言っているみたいです」

「一応、我が党との関係は匂わせているわけか」

「郷に従え党の世界的な知名度アップにつながりますよ」

「いや、待てよ。このスーツを着て悪事を働いたら、イメージダウンにつながるな…、そういうこともあって常時着用は避けていたが…、」

「そうなんですか。気に入らないから着なかったのではないのですか」

「スーツという形だと、振り込め詐欺などの特殊詐欺の受け子が着るだろう。まずいな。まだ日本では流行っていないよな。手を打たないと。今、テラシマはどこにいるんだ」

「えぇー、ちょっと待ってください。あぁ、パリのアトリエにいるはずです」

木本はテラシマの事務所がネット上で表示している連絡先を検索していた。

「テラシマのことだから、ネット会議ってわけには行かんだろう。パリに行くからチケットの手配を頼む」


 林原たちはパリ・モンパルナスの街中をスマホの地図見ながら歩いていた。

「こんな所にも無印良品があるんですね。日本人にとっては何かと便利じゃないですか」

木本は店内を覗いていた。

「テラシマのアトリエはこの近くのはずだ。ランゲル、フランス語は久しぶりに使うんじゃないか」

「はい。しかし林原さんのスマホがバッテリー切れになった時には、充分にお役に立てます」 


 テラシマのアトリエはメゾネットスタイルの3階と4階であった。

「やっぱり留守だったか」

林原は軽くため息をついていた。

「居留守ってことはないですかね」

「私がフランス語で呼びかけた方が良かったですか」

かなり年期の入った狭い階段をしぶしぶ降りていく林原たち。ハイヒールなどの靴をビニール袋に詰め込んだ男が階段を上って来た。すれ違うことができずにいると、男がフランス語で何か言っていた。

「すぐそこの3階まで上るので、戻ってくれますかって言ってます」

ランゲルが男のフランス語を訳していた。

「え、3階って、アトリエの他に誰か住んでいたかな…、寺島さんじゃないですか」

林原は男の顔を覗き込むように見ていた。

「日本人か…。ん、林原さん、どうしてまたここに」

寺島はポカンとしていた。

「ちょっとお話がありまして」

「スーツの事ですな。わかりました。どうぞ」


 アトリエ内では油絵の具のパレットが無造作に置かれているテーブルにティーカップが4つ置かれていた。 

「まぁ、冷めないうちに飲んでください。無印で買った紅茶ですから」

寺島としてはも最大限にもてなしている感じであった。

「それで、ここパリでは、GO・NEWスーツを着ている人をよく見かけますし、流行っているようですが、そのうち悪事を働く人が着だすと、党のイメージダウンにつながります。なんとかなりませんか」

「と言われても、勝手に流行っているのだし、林原さんたちが、私のデザインした制服を着てくれないものでしたから」

「まぁ、一応、党の知名度アップにはなりそうですが、メリットよりもデメリットを危惧しています」

「次はこのスーツに似合う靴を考えていたのだが、なかなか良いアイデアを浮かばなくて、古靴を集めてみたのだが…、これも止めた方が良いのか」

「寺島さんのアート活動を邪魔したくはないのですが、コンセプトは同じでも何か違った形にできませんか」

「郷に従えとの親和性を考えて、GO・NEWシリーズのコンセプトは隠しボタンなど全体との調和に従うこととしています」

「それでは、次々にGO・NEWシリーズの靴や傘などのアイテムを発表し、スーツの印象を薄められませんか」

「ファッションの潮流を作るのだな。例え各アイテムを揃えたとしても党の制服にはならないというわけか」

「その上で、スーツの郷に従え党の制服採用は意見の違いによって見送られていたと発表してくれれば、良い気がします」

「事が起きる前の予防策かね。やはり林原さんは用心深い。天下が取れる器だ」

寺島はまた妙に林原をリスペクトし出したようだった。


 「せっかくパリに来たのだから、郷に従え党のフランス支部にも顔を出さないと体裁悪いよな」

林原たちはメトロの駅を出てミラボー通りを歩いていた。林原のスマホに着信があった。木本とランゲルはパリの雰囲気を味わうように歩いていた。

 「ベルガーさん、ベルリンはどうですか…え、フランス支部が危険なんですか。今向かってますけど…」

林原はスマホを耳にあてた手を離して周りを見回した。林原の言葉に木本たちは立ち止まった。次の瞬間、フランス支部ある辺りで耳をつんざく大爆発音がした。まだ離れているのに振動が伝わり、微かな塵が降って来て、爆風の末端のようなものが感じられた。

「ロベールさんたちは大丈夫かしら」

「爆破の規模からすると計画的な犯行じゃないですか」

「ベルガーさんによるとヨーロッパ担当のSG2も詳細は不明のようだから、とにかく、支部の所まで行ってみようじゃないか」

林原は人の騒ぐ声が上がる方向に小走りになった。辺りが騒然とし、ミラボー通りを走る車はフランス支部方向には向かわず、皆Uターンしていた。遠くの方から近づいてくるパトカーや消防車のサイレンも聞えてきた。


 郷に従え党フランス支部の入っている8階建てのビルは、5階より上が吹き飛び黒焦げた鉄骨などがむき出しになっていた。そのビルの前の通りには、瓦礫やガラスの破片が散乱し、火元とみられる支部のある5階から激しく炎が上がっていた。

 林原たちがビルを見上げていると、救急隊員がビル中から、負傷した男をストレッチャーに乗せて運び出していた。他にも血まみれのまま、自ら歩いて別の救急車に乗る男女が多数いた。

「ム、ムッシュ、ハヤシバラ…」

その男のか細い声に林原はストレッチャーを覗き込んだ。

「あ、ロベールさん、早く病院へ行きましょう」

林原が話していると救急隊員が何かフランス語で言っていた。

「林原さん、救急隊員が彼との関係はと聞いてます」

ランゲルが日本語に訳していた。

「ここの党員だと言ってくれ」

林原は心配そうにストレッチャーが救急車に入れられるのを見ていた。

「搬送先の病院が決まったら連絡するそうです」

ランゲルはすぐにスマホの連絡先を救急隊員に教えていた。


 病院の5階にある病室には腕や頭に包帯を巻いたロベールがベッドに横たわっていた。その傍らには妻のアルバがいた。

「夫は、処置が終わって今は安静に寝ています」

アルバの言葉は林原のスマホが拾っていた。

「そうですか。大変でしたね。でも命に別状がなかったのが不幸中の幸いです」

「まさか、ベルナールがこんなことをするとは」

アルバの瞳には怒りの炎のようなものが感じられた。

「ええ、奥さん、ベルナールって副支部長の彼ですか」

「彼しか考えられません。何かと意見が合わなくて、つい先日も党を割って出ていくと言ってましたから」

「でも、爆破などしますか。とても考えられません」

「日本の郷に従えの理念を、曲解していますのよ、」

「それで、今ベルナール副支部長はどこにいるのですか」

「ニースの別荘で休暇を取っていると聞いてますが、嘘か本当か怪しいものです」

「連絡は取っているのですか」

「休暇の間はネット断ちをしていますから、それで固定電話を秘書がしたそうですが、つながりませんでした」

「いずれにしましても、病院が狙われる可能性があります」

「若手の党員が病室の前に立っていませんでしたか」

「あぁ、あの男女ですか。隣の病室のカップルが別れを惜しんでいるのかと思いました」

「例のスーツを着せないと区別がつきにくいですかね」

「…その必要はないですよ。とにかく彼らだけでは、心もとないので何か対策を考えましょう」


 ロベールの病室の前にはアフリカ系の屈強な党員二人が、GO・NEWスーツを着て立っていた。林原たちは顔パスなので軽く挨拶して中に入って行った。

 「でも、なんか怖くないですか」

木本は眉をひそめていた。

「警察官を見張りに立たせるわけには行かないし、刺客が来るとも限らないから、あれぐらいがちょうど良いだろう」

林原がドアを閉めていると、ロベールは妻と笑顔を交えて話をしていた。

「ロベールさん、日に日に良くなっていくようですね」

「林原さん、私の統率力不足で、こんなことになってしまって、みっともない限りです」

「党が大きくなり、国際規模になると、どうしてもあり得ることです」

「こんな時に、なんですが、娘に子供が生まれまして」

「え、お孫さんですか。おめでとうございます。随分とお若いおじいさんではないですか」

「このまま何事もなく退院したいものです。党を立て直さなければなりませんから」

「ゆっくり静養してください。我々が今ベルナール副支部長の本心を探っているところです」

「今の所、進展はありませんが、あらゆる可能性を突いています。まもなく所在がつかめそうです」

「よろしく頼みます」

ロベールは軽く微笑んでいた。


 ロベールの入院中、林原たちは病院の向かい側のビルの5階にある民泊に泊まっていた。

「ランゲル、病室に動きはないか」

「いつも通りです」

ランゲルは双眼鏡を覗いていた。

「まもなく午前0時だ。これから4時間は俺が見張る番だな」

林原はランゲルから手渡された双眼鏡を首にかけていた。林原の次が順番の木本はいびきをかいて寝ていた。


 午前2時過ぎ、ロベールの病室のドアが荒々しく開き、GO・NEWスーツを着た男が5人が格闘しながら、なだれ込んできた。男の一人がベッドに横たわるロベールに拳銃を向け3発発砲する。ロベールの身体は銃弾の衝撃で揺れ動いていた。サイレンサー付きなので銃声は聞こえないが、銃口からかすかに煙がたなびいていた。発砲した男は、アフリカ系の男に蹴り飛ばされ壁に激突していた。警護をしていた屈強の党員たちは、侵入者二人を取り押さえたが、一人は逃がしてしまった。この騒ぎに隣の病室のカーテンが開き、ロベールが手を振っていた。

 「彼は無事だが、一人取り逃がしたか」

林原は、急いで階段を降りようと思ったが、とても間に合いそうになかった。ランゲルを起こして、一緒に追うか考えたが、窓辺の植木鉢に目が留まった。林原は民泊の窓を開け、植木鉢をつかむと、病院から下の通りに出た男にタイミングを合わせて植木鉢を放り投げた。立て続けに3鉢投げたうちの一つが男の頭右半分と右肩のあたりに激突して、ふらふらになって倒れた。 


 「林原さん、警察では何と説明されたのですか」

ランゲルはパリ警視庁の出口で林原を待ち構えていた。木本は心配そうな顔で林原を見ていた。

「捕まった襲撃犯は極左社会主義勢力のルージュ・ビジョンの一員とのことだった」

「極左ですか。奥さんが想像していたのと、違いますね」

「襲撃犯の証言によるとGO・NEWスーツを着て侵入することで、犯行をスムーズにして仲間割れを装ったらしい」

「それじゃ、ベルナール副支部長の件はどうなるんですか」

木本の表情から心配の要素は消えかけていた。

「確かに仲は悪いようだが、殺すことは絶対にないと、休暇中のベルナール本人から警察が確認できた。一連の顛末を伝えたら、これからはじっくりと理解し合って結束力を強めると言ってきたらしいよ」

「それは良かったけど、やっぱりGO・NEWスーツは悪用されるんですね」


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