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第二十一話 ケニア

●21.ケニア

 『郷に従え』党本部のスタジオではバーチャル政治ゼミが開催されていた。

「土地が広く資源も豊富な国は、郷に従えを声高に言って内向きな政策が実行できます。しかし、そのような国は限られています。多くの国は資源を持たなかったり、人口が少なかったり、はたまた工業が発展していない場合もあります。内向きでいられないわけです。ですから貿易は必要となります」

スタジオの中央にある講師演台に立つ林原。この日は、撮影担当のランゲルがカメラを向けていた。演台の前のモニターには細かく40分割されている画面上に受講者全員が映り、そのうちの一つがアップになった。

「貿易相手国が決めた関税は、どんなものでも当然郷に従うことで受け入れなければならないのでは」

フランスからの受講者が質問してきた。スタジオでは日本語に訳されていたが、受講者それぞれの言語にも訳されていた。言語選択肢にないものは取りあえず英語で受講することになっていた。

「あまりに高く過激であり、その国の貿易ルールが他の国をリスペクトしていなものなら『郷に従え』の理念に反します」

「従わないのですね」

「はい。しかし折り合いを付ける努力はします」

「ちょっと矛盾していませんか」

「いいえ、リスペクトがないものに従わないだけです」

「わかりました。しかし双方の国の与党が『郷に従え』党があれば、話はうまくまとまるはずですが、そうでないこともあります」

「そこなんです。政府の我がまま勝手放題は、その国内においても外国においても認めないという立場なのです。これをよく理解してくれれば、いろいろな軋轢は生まれないはずです」

「それはあくまでも理想であって、全世界が共産主義にならないと、上手く行かないと言っているのと同じではないですか」

アルゼンチンの受講者が言ってきた。

「個人の自由や私有財産は認めていますし、何一つその国の制度を変えることはありません。比較にならないと思います」

「ちょっと論点がズレたようですが、『郷に従え』党が与党の国とそうでない国との関係はどうなりますか。最悪の場合、排斥運動や戦争につながるのではないでしょうか」

京都から受講者が割って入った。

「長年憎しみ合いが続いている国同士では、互いに相手の主張を認めず、第三者が客観的に見ても、こじれている場合ですね。そうは言っても、その国の人々全員が憎しみ合っているとは思えません。また客観的な事実に基づいて、おかしな点に気が付いている人もいるはずです。そこから互いのリスペクトの糸口が見つかるのではないでしょうか」

林原はAI幹事長のように理論的ではない気がしていたが、受講者の表情を見ると、むしろ人間味があると親しみをもって受け入れられていた。

「糸口はあるかもしれませんが、洗脳されている国家や現状に利権がある政府は受け入れられないでしょう」

福岡の受講者が応じていた。

「武力対武力でねじ伏せるのではなく、気付きや気付かせることが大切です。その糸口を何回つぶされても、SNSなどてしぶとく訴え続ける必要があります」

「世界はそんなに甘くない気がしますが」

イギリスの受講者がアップになった。

「近年、政府が武力行使したくても、国民が快く動かないことが多く見受けられます。その流れを時代の潮流ではないでしょうか」

「その傾向にはありますが、戦争を手軽にするために無人化、AI化が進み兵士や兵器がロボットになっていませんか」

エジプトの受講者がイギリスの受講者の後をつないでいた。

「兆候は見られます。それと同時にAIが進歩しています。いずれ戦争推進派のAIと戦争回避派のAIのせめぎ合いになるのではないかと思います」

「人間が介在しなくなるわけですか」

ターバンを巻いたインドの受講者の顔がアップになった。

「また論点が少しズレたようですが、確かに人類初の世界統一の道のりは長く厳しいものでしょう。諸問題は早急に解決とはいきませんが、地道に郷に従えの理念を広げて行けば和解できるので、今できることは我が党員を増やすことです。それこそが世界の和解や平和につながると思います」

林原はマイボトルの水を飲み、スタジオの予定時間表示の超過を確認していた。


 スタジアの撮影用照明がオフになった。

「お疲れさまでした。今日のゼミは結構盛り上がりましたね。これで今日の日程は全て終了です」

木本は手にしたタブレットPCのスケジュールを確認していた。

「あぁ、ちょっと気が付いたんだが、ケニアの受講者の画面が途中で消えてしまったけど、何かあったのかな」

「ちょっと待ってください。ベルガーさんを呼んできます」

木本が言っているとベルガーが撮影調整ブースから出てきた。

「林原さん、お気づきと思いますがケニアでネット環境を妨げる何らかの事件があったようです。今、ケニアの党員に問い合わせている所です」

「暴動とかあったんですか」

「ネットもスマホも不安定でして、固定電話のアナログ回線を使ってますが、あ、FAXが来ました」

「FAXの機械を捨てなくて良かった。こういう時に使えるとは」

林原は古いFAX機からロール紙が吐き出されるのを見ていた。

 「各部族間の不平不満による暴動だそうです」

ベルガーはロール紙の英文を訳していた。

「大統領選の最中だったのか。アフリカの大統領選は暴動がつきものだが、ケニアはしぱらく暴動はなかったはずなのに」

林原はアフリカの政治は一筋縄で行かないと感じていた。


 『郷に従え』党ケニア支部のデニス・テルガトの案内で、林原、木本、ランゲルは暴動で荒れたナイロビ市街を歩いていた。

「それで大統領は決まったのですか」

林原は焼け焦げた柱が生々しい商店の軒先を見ていた。近くのバラックには腕に包帯を巻いた初老の男がタバコをふかしながら座っていた。

「統一民主同盟のサムエル・オケヨ大統領に決まりました」

テルガトの英語はスムーズに訳されていた。

「こうしてみると、全ての不満を抑えるのは難しいのでしょう。でも結局、力のある与党が勝利したわけですか」

「はい。ここケニアでは、郷という概念は部族に当てはめた方がしっくりしますが、今度の大統領はどうなるかわかりません」

「アフリカに適した『郷に従え』党のあり方があっても良い気がします。現在実施している地方分権のカウンティ政府制度もその一つと言えます。そこに各部族のしきたりを互いに尊重する精神が必要ですが…」

「我々の国にはギク族(キクユ族)、カレンジン族、ナンディ族といった40以上の部族があり、かつてイギリスの植民地だったのですが、どうも欧米的な国家感は馴染みにくい気がします。林原さんはどう思いますか」

「同感です。しかしそうは言っても、国を合理的に運営するには、政党制などは必要だと思います」

「あそこに座っている彼はギク族ではありませんね。我々とは違いますから」

「あ、そうなのですか。日本人の私には区別がつきませんけど」

「ケニアは多民族と言うか多部族国家なのです」

「そう言うことですか。ただ小さい集団でいがみ合っても、何も生まれない気がします。強力な大きな集団としてまとまらないと、世界に対して無力になります。そのためには部族間のしきたりなどは尊重し協力する必要があります」

「一応、アフリカ連合があると言えばあるのですが、EUとは程遠いものです」

「アフリカには、どこかに強力な国を出現させ、それによってある程度の統合を任せられれば、世界に対して発言力が増すでしょう。そしてできればその国の与党に『郷に従え』党がなれれば、良いでしょう」

林原はナイロビの空気感を直に見聞きし、わざわざ来た甲斐があったと感じていた。

「今日は本当はケニアの定番料理のカランガの店をご案内したかったのですが、先日の暴動で破壊されてしまったので、日本料理で高評価レストランのフジヤマにお連れします。次の交差点を曲がった通りにあります。もうすぐです」

テルガトは少し歩みを早め始めたが、数歩歩いたところでスマホに着信があり立ち止まった。彼の表情は見る間に深刻になって行った。

「どうしましたか」

林原がすぐに声をかけた。

「実家の妹からの電話で、水汲みに行った姪が熱中症で倒れてしまいまして、体力がなくて困ってます」

「それは大変だ。テルガトさんのご実家はどこにあるのですか」

「ナイロビ近郊の農村で、車で3時間程のケイトルワです」

「我々のことは構いませんから、妹さんの所へ行ってあげてください」

「大丈夫です、良くあることですから」

「良くあることって、水汲みで熱中症になるとは、問題がありませんか」

「水道管が壊れて、近くの井戸まで汲みに行くのが日課なんです」

「慢性的な水不足と聞いていましたが、そうなんですか」

「水の奪い合いで部族間のトラブルになることもありますが、幸、実家の付近はそれはないので助かってます」

「助かると言っても、中央政府やカウンティ政府は水道管の修理をしないのですか」

「手が回らないようです」

「…私が窮状を訴えましょうか」

「しかし…」

テルガトは言葉を濁していた。

「黙って入られませんし、何ができることがあると思います。車で3時間ですよね。我々のレンタカーで実家に行きましょう」

林原が言うとテルガトは申し訳なさそうな顔をしてから、若干明るい表情にもなっていた。


 所々舗装が途切れる道を3時間半程走り、テルガトの実家に着いた。途中の医院でドクターを連れ出していたので、すぐに姪の容体を診てもらい、処置にあたってもらった。

 「あのヤブ医者が言うには、子供は日光の照り返しで大人よりも熱中症になりやすいのとのことでしたが、水汲みはやめるわけには行きませんよ」

テルガトはドクターをあまり信頼していない様子であった。

「しかし、あそこの沼地のような水たまりはなんですか」

林原は実家から見える範囲にあった悪臭が漂う泥水がたまった所を見ていた。

「あぁ、あれですか。あのあたりで水道管が破損して、水が漏れたところですが、水道管のサビや泥、近所の牛馬の糞が溜まっていて、とても飲めたものではありません。それに今はもっと離れた所で破損したらしく、ごくわずかしか流れてませんよ」

「でも水は来ているのですか」

「たぶん来てるでしょう。雨が降らなくてもビチャビチャしてますから」

「それでしたら、泥水浄化装置を日本から送りますから、それを使ってください。水汲みはしなくて済みます」

林原が言うと木本が不満げな顔をしていた。

「林原さん、アフリカの支援団体から泥水浄化装置は結構高価だと聞いていますし、日本政府からの援助となると、議会を通したりと、手続きがいろいろとかかり、すぐというわけには行きませんが」

木本が割って入ってきた。テルガトは二人の様子を黙って見ていた。

「それは党のお金から出そう。こうした支援がケニアでの我が党の支持につながるからな」

「海外渡航も多いし、春奈さんが文句を言いそうですけど…」

「大丈夫だ。無駄金でないことを俺から説得するから」

林原は木本から向き直りテルガトの方を見て胸を叩いていた。

「テルガトさん、任せてください。水は飲めるようにします」

「よろしいのですか」

「但し、ケニアで『郷に従え』党を与党にしてください」

林原はジョークっぽく微笑んでいた。


 林原たちは鼻をつまんで水たまりを覗き込んでいた。

「こんな水が飲めるようになりますか」

テルガトは怪訝そうな表情であった。

「ここまで放っておいた状況をみると、カウンティ政府に言っても、すぐに改善されることはないでしょう。それなら、しばらくは我々の浄化装置を使ってしのいでください」

「それでいつ頃、浄化装置は届きますか」

「2週間以内には設置スタッフと装置を派遣します」

「あ、ありがとうございます」

テルガトは涙目であった。


 林原とランゲルが取りあえず、牛馬が糞尿をしないように泥水のたまり場の周りに柵を作っておいた。

「臭いの悪化はこれで防げると思います」

「何から何まで、お世話になってしまい、ただただ感謝しかありません」

「テルガトさん、とにかく政治を良くすれば、いろいろなことが改善されます。よろしく頼みましたよ」

林原はテルガトと堅い握手を交わしていた。

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