第十九話 親善議員訪問団
●19.親善議員訪問団
「衆議院の日比親善議員訪問団の皆さん、このあたり一帯の港湾施設は日本のODAで再整備されました。マニラ市民は感謝しています。私は長年こちらに住んでいますが、日本人だとわかると何かと歓迎されますよ」
訪問団をガイドする日比交流会長の武藤恵一は自慢げであった。訪問団は議員の当選回数で序列があり、林原たち1回当選組は列の後方からついていく形であった。林原と随行する田沢は無表情で黙って見ていたが、木本は1回当選組の女性議員たちとすぐに親しくなっていた。
「それでは視察はこれぐらいにして、後ろに見えますサンチャゴ要塞を見学しましょう」
武藤が言うと訪問団員たちの足取りが軽くなっていた。
サンチャゴ要塞の城門の前まで来た訪問団。
「今は開いてますが、夜になるとこれらの門は閉じられてしまいます」
武藤が立ち止まり説明していた。
「ねぇ、誰も写真撮らないの」
1回当選組の女性議員の安藤はスマホをトートバックから取り出していた。
「私たちは前に撮ったから、君たちで撮りなさい」
2回当選以降の議員の一人が言う。安藤は木本を引き寄せてアングルを考えていた。
「林原さん、そんな所に立ってないで、一緒に写真を撮りましょうよ」
木本は、両手を振って呼び寄せていた。
「いや、俺はやめとく。別に観光に来たわけじゃないから」
「林原さん、つまらない人ね。うちの先生は堅物だから。あたしたちで撮りましょう。あぁでも自撮り棒だと、全員が入らないわ」
「木本、俺が撮ってやるけど、この写真を安易にSNSに載せるなよ。批判されるからな」
「わかってますって」
「スマホを貸せ、ほら、撮るぞ」
林原がスマホを構える撮影すると、はしゃいだ女性議員たちは城門の前でピースサインをしていた。
日本にもありそうな巨大なショッピングモールを歩く超党派の日比親善議員訪問団。
「フィリピンは全土で禁煙で、指定喫煙所の設置条件も厳しく、100平方メートル以下の公共施設では全面的に禁煙です。喫煙した場合の即罰金は、初回の違反で500~1000ペソ日本円でだいたい1000円から2000円、2回目からは2000~5000ペソ4000~10000円、3回目で5000~10000ペソ10000~20000円となっています。喫煙者の方はショッピングモールで喫煙場所を確認して置く必要があります。これを日本での禁煙政策に参考にしてください。また、このロビンソン・プレイス・モールには日系企業が数多く出店していますので、日比経済協力に一役買っていると言えます。以上でここの視察は終了です。この後、お食事を用意していますので、あちらのレストランへどうぞ」
ガイドの武藤はツアーコンダクターのようだった。
食事を済ませた林原たちは、吹き抜けのホールにあるベンチに座っていた。
「食事はまぁまぁだったな」
「ちょっと少なめっすね」
「あたしも、少なかったですけど、スイーツで補いますよ」
「3時まで自由時間だけど、どうする」
「ゲーセンかボウリングっすか」
「その前に、フィリピンのスイーツと言えばハロハロでしょう。食べなきゃ、来た意味がないんじゃないですか」
「だから観光じゃないって言ってるだろう。確かハロハロは混ぜこぜって意味だろう」
林原の困り顔をちらりと見る田沢はニヤリとしていた。
「なんだ林原さんも知ってたのですか。かき氷とミルクをベースにしてフルーツと豆や芋を混ぜてそこにアイスクリームやココナッツ、タピオカ、プリンなどを混ぜたものですけど。あら、安藤さん達ったら、もう食べてますよ」
「わかった。俺らの分も買ってきてくれ」
林原が言うと木本は嬉しそうにハロハロ・ショップの列に並んでいた。
この日の午後、日比親善議員訪問団はフィリピン沿岸警備隊本部を訪れた。日本が供与した巡視船でマニラ湾を一周し、本部のセキュリティー・システムを見学するとかなり時間が押してしまっていた。
「今日の視察はこれで終了ですが、ディナーをご用意したハーバービューレストランに急ぎませんと、夕日が沈む絶景が見られなくなります。手配したタクシーに分乗してください」
武藤は手際よくタクシーを警備隊本部の車寄せに呼んでいた。
夕日がゆっくりと沈んでいく。店員たちが次々に料理をテーブルに載せて行った。
「どうですか。このハーバービューレストランはその名の通り、マニラ湾の素晴らしい夕日が沈む絶景が楽しめます」
武藤は半分が貸し切りになっているレストランで各テーブルの間を歩きながら説明していた。議員訪問団はその美しさに魅了されていた。
「しばし景色と料理をご堪能ください」
武藤はマイクのスイッチをオフにしていた。
夕日が完全に海に沈むと、田沢と木本は大きいサイズのエビやロブスターを口に入れ始めた。
「おいおい、慌てるなよ。時間はたっぷりあるから」
林原はアサリなどが入った海鮮料理をゆっくりと口にしていた。
「ここだけの話、こんな議員訪問団なんて税金の無駄遣いだな。大した視察もないのに、三度の食事は豪勢と来ている」
皿を空にした林原は周囲を見ながら小声で言っていた。
「確かにそうっすが、この後のナイトライフは、個人旅行と違って安全なところのようです」
「林原さぁん、これは議員の役得と言うものですよぉ。ありがたくお受けしないとぉぉ」
赤ら顔の木本はろれつが少し回っていなかった。そのうち、木本はふらついて倒れ込み、いびきをかき始めた。
「まいったな」
林原が言っているとガイドの武藤が近づいてきた。
「この後は何ができるアレをご用意していますからナイトライフを楽しんでください」
武藤は耳打ちするように言ってきた。
「アレって、何ですか」
林原は真顔であった。
「林原さん、とぼけないでください。アレお好きでしょう。マッサージパーラーですよ。本番OKですから」
「あぁ、アレか、本番ですか。良いですね。でもこいつをホテル置いてこないとダメですから、後にします」
「わかりました。連絡してくれれば、ホテルに出迎えのタクシーを手配します」
「あぁ、木本は意外に重たいな、こいつはこうして寝かしておいて、我々はアレに行くか」
林原が行きかけた時、木本の手が伸びて林原のシャツを引っ張っていた。
「林原さん。あたしをほっぽいとって、どこに行くんですか」
「あぁ、君も正気だったらイケメンパブでも行くだろう。俺らもそれに似た所で楽しんでくるよ」
「エッチするんですか。ダメです」
「おいおい、何言ってるんだよ。それじゃ何か、一晩中、俺と過ごすかい」
「え、そのぉ、良いのですか」
木本は真面目な顔で林原を見つめていた。
「おいおい、マジになるなよ。そこはセクハラですか。よしてよ、冗談じゃないわでしょう。変にこっちが照れるだろう」
「林原さん、モテますね」
「田沢、笑ってる場合じゃないぞ」
林原が言っていると、木本はまたいびきをかいて寝てしまった。
「田沢、武藤の案内する所は行かないぞ。あれは与党がいずれ俺を失脚させる罠だ。つまりスキャンダルネタ作りだな」
「えぇ、行かないんですか」
田沢は絶望的な顔をしていた。
「そんな顔するなよ。君が視察中に見ていた『ナイトライフの歩き方』サイトで選んだマッサージバーラーに行くぞ」
「あぁ、そのぉ、見てたんですか」
「別に問題ないから、とにかくどこにするか決めよう。明確な料金と安全なアクセス方法もチェックだ」
林原たちはパラニャーケー地区にあるマッサージパーラーに来ていた。待合室はナイトライフ・サイトを見て、訪れた観光客で込み合っていた。
「田沢の見ていたあのサイトは意外に信頼度が高そうだな」
「でしょう。ここならボッタくりもなさそうですし、女の子の質も高そうっすね」
「しかし待たせるな。おっ、予約があるのか」
林原はブランド物で身を固めた派手な男たちが待合室を通過して行くのを見ていた。
「あいつら、ズルいっすね」
田沢が言っていると隣で待っていたフィリピン人がこちらを見ていた。
「ジョーレン、リザーブできる。マネー高いね」
フィリピン人は片言の日本語であった。
「あいつら、カネ持ってそうだな。中国の成金かな」
「日本人、ヤミ・シジする人、カネマワリヨイネ」
「ええっ、闇バイトの指示役なのか」
林原は腕組をしていた。
「マニラにも潜んでいるんすね」
「ここで楽しんだら、日本の警察に通報しておこう。常連ならまた来るからな…。しかしまだかな」
「あっ呼び出し番号16って林原さんっすよ。それじゃ自分は次だ」
田沢は羨ましそうに林原を見ていた。
「ことが済んだら、一緒にタクシーで帰ろう。一人だと危険だからな」
林原は浮かれているようでも用心は怠らなかった。




