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第十七話 百団

●17.百団

 林原は台湾の賛同者・頼淑恵の招きで台北国際会議中心の中会議室で講演をしていた。

「…ここ台湾では日本語で言う郷に入れば郷に従えと似た言葉に入郷随俗があると聞きました。私の発音はどうですかね」

林原は入郷随俗の部分だけ中国語で言っていた。脇に控えていた頼が軽く微笑んでいた。

「まあまあですよ」

聴衆から日本語が飛んでいた。

「この翻訳機能のおげですかね」

林原が会場のスピーカーとリンクさせているスマホを手に取って見せると笑いが起こり、その場が和んだ。

「日本にも台湾にもあるこのの概念を広めるためには、地元文化に深く根ざした方法でアプローチすることが効果的だと思っています。しかし広めたとしても、外から来る人が従わないことは多々あります。そこで諍いが起きるわけです。双方ともに相手にリスペクトがあれば、従うはずですが、価値観や教育が違うので、そう簡単には行かないようです。特に一方的に強い排他意識や国家として野望があると、和解には時間を要するでしょう」

林原は一呼吸おいてから、リモコンで、世界主要国の軍事費の棒グラフをスクリーンに映した。

「そこで国家としての野望が強力な軍事力を背景にしている場合、このグラフの上位の国ですが、郷に従うどころか、その国家の主義主張に強制的に従うことになってしまいます。我々日本人は隣人としての中華の民が主義主張の違いによって争うことは望みません。しかしいざという時に、いろいろな制約がある日本はどこまで、助けられるかわかりません。日本も主義主張を強制される可能性もあります。そこで占領されたそれで終わりでしょうか」

林原はスクリーンに映る映像を空爆を受けた架空の都市に切り替えた。

「そんなことはありません。扱いにくい被占領民として、やれることはあります。占領政策の妨げになったり、円滑にならないように、一人一人ができる小さな抵抗があるのです。生産労働のサポータージュは、厳格に法律に則り生産の遅滞を招いたりできます。何かと権利を主張し、国際社会にネットを通じて差別をアピールすることもできます」

 聴衆の一人が挙手して中国語で発言した。

「でもがんじがらめの監視社会で、そんなことできますかと言っています」

脇に控えている頼が日本語に訳していた。

「イタチごっこだったり、長期にわたり同時多発となると、対処しずらいのではないでしょうか。被占領民全員を逮捕することはできませんし、傀儡政府の取り締まる側にもサボタージュする者がいれば、思うように摘発できないはずです」

林原はマイボトルのお茶を口にしていた。

「また乗り物の無賃乗車を黙認したり、占領傀儡政府の建物などに落書きをしたりと軽微な違法行為をして訴訟件数を増やすこともできます。マスコミが根拠ないフェイクニュースを乱発したりしても良いでしょう」

 「違法行為には抵抗があります」

挙手した聴衆が応じていた。今度は会場の翻訳アプリが起動し、日本語も聞こえていた。

「過激すぎましたか。でも占領そのものが違法行為とも言えます。とにかく占領することで本国が疲弊するように仕向ければ良いのです。それも暴動ではなく静かにです。占領したら、こういう風に行動しようと事が起きる前に大々的に宣伝すれば、もしかすると野望を打ち砕く効果があるかもしれません」

 「従順でない被占領民と言う視点と言うか考え方は面白いと思いますし、もしもの時はやるかもしれません」

挙手した別の聴衆が言った。

「あぁ、もうお時間ですか」

林原は頼の合図を気にしていた。

「つまるところ、平時でも戦時でも郷に入って従わない者の理屈に屈しないことが大切ではないでしょうか。本日はご静聴いただきまして、ありがとうございました」

林原は拍手の中、演台から降りて行った。


 今回の台湾講演には台湾に行ってみたいと言っていたランゲルのみが同行していた。田沢たちSG1がいないのが心細かったが、頼が安全は確保すると言っていたので、同行させていたなかった。林原たちは永康街で頼がお薦めする小籠包店に来ていた。店内の個室には林原、ランゲル、頼と頼のボディーガード兼秘書の男女二人が同席していた。

「私の個人的な考えですが、一つの中国は中華民国による統一が望ましい気がします。しかしそれを実現させるには、武力では無理でしょう。武力を用いれば、必ず犠牲者が出ます。それも万単位の数になります」

「台湾が大陸を統一とは、思いもよらない逆転の発想ですね」

頼は秘書たちに内容を中国語で訳していた。すると秘書たちは興味深そうに林原を見ていた。

「ではどうするかというと、人民のトレンドを読んで、それを利用しSNSで煽り、政府を倒すか現在の体制でない形にするかです」

「林原さん、できますかね。どのような方法が考えられますか」

「例えば共産党の一党支配を止めさせるのですが、今でも建前上お飾りのように存在する共産党以外の政党がありますよね。それを大きくさせ多数政党制に移行して与党となるような感じです。やはりここで鍵になるのがSNSやAIでしょう」

「台湾に居ながらにして、静かに仕掛けるわけですか。でも既に大陸側は、いろいろなデマなどで情報操作を繰り返していますよ。選挙の時は大変ですから」

「そこなんですよ。大陸側はサイバー攻撃的なことがあれば、有無も言わさずシャットアウトできますが、台湾側は民主主義なので、なかなか思うように遮断できません。やはり大陸側に内通者というか、かなりの数の台湾寄りのインフルエンサーが必要です」

「…日本人でそのようなことを考えている人は、あまりいないでしょうね」

頼は感心していた。

「はい。長年の平和ボケですから」

林原が言うと頼とランゲルも笑っていた。

「とにかく台湾が大陸を統一ですか。気分が良いですね。食事も酒も美味しくなりましたよ」

頼は林原の盃に紹興酒を注いでいた。

「大陸の主席に一つの中国を支持しますかと聞かれたら、迷わずイエスと言いますよ。ただし中華民国ですがね」

林原が言うと一同は乾杯していた。


 「それでは、ここで失礼します」

林原は頼と握手をしていた。

「お泊りは圓山大飯店でしたっけ、我々のミニバンでお送りします」

「お気遣いなく」

「いや、林原さんの存在は浸透工作員の知る所でしょう。ましてやここは日本ではないので、危険が伴います」

「わかりました。それでは、お願いします」


 ミニバンが片側二車線の道路を走っていると、いきなり一方通行の出口からSUV車が飛び出してきた。ミニバンの運転手は神業的なハンドルさばきでかわしたが、対向車にはみ出していたので、クラクションを鳴らされていた。そのSUV車は、そのまま猛スピードで走り去っ行った。

「何だ、あの車はぁ、酔っ払い運転か」

後部座席にいた林原は思わず叫んだ。運転手、頼、秘書たちはスマホで連絡を取りながら、早口の中国語で何か言っていた。林原とランゲルは、ただただ見ているだけであった。

 「林原さん、あれは故意に飛び出してきた可能性があります」

「どうして、それがわかるんですか」

「実は、このミニバンで、大陸で使えるスマホを大量に運んでいたことがあったので、事故に見せかけて阻止破壊しようとしたようです」

「そのスマホはそんなに重要なものなのですか」

「はい。秘匿性の高いアプリが使えるスマホで、当局が制限をかけられないものでして。それを大陸にばら撒いてフェイク情報を拡散させたり、こちらの指示役に従って謀略活動してもらうための重要なアイテムなのです」

「それじゃ、私が考えているような事を既に実行していたのですか」

「そうです。ですから、林原さんが講演でそれに関わることを少し言っていたので、びっくりしました」

「頼さんたちは、台湾の『郷に従え』党支持者というだけではないですね」

「はい。台湾のために百通り以上の手を尽くして謀略を実行する百団(バイタン)でもあります」

「バイタンですか…。それって昭和40年頃まで存在した中華民国軍と旧日本軍の将校が作った大陸反攻組織の白団(パイダン)と似てますね」

「命名はそれに因んでいる面もあります」

頼が言い終えると彼女のスマホに着信があった。

「さっきのSUV車の運転手は交通違反で逮捕され、盗難車とわかったそうです」

「ええっ、ほんの数分じゃないですか」

「警察とは密接に連携していますから、台北市内でしたらすぐに逮捕できます」

頼の言葉に林原は今回連れてこなかったSG1よりも安全が確保できている気がした。


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