第十六話 党首
●16.党首
東京の党本部会議室では、林原、ベルガー、ケリーが丸テーブルを囲んでいた。
「やはり党首が定期的に代わることで柔軟な対応ができる気がします。今後、この3人で党首は持ち回りということにしたいと思いますが、どうでしょうか」
林原はキッパリと言い放っていた。
「林原さんとベルガーさんと私でということですか」
ケリーはスマホを介して日本語になっていた。
「党首でない人は、どうなるのですか」
ベルガーは林原とケリーを交互に見ていた。
「今の所、我々は党三役としては党首、副党首、総務幹事長と順番に替えて行こうと思います」
「任期はどうなるのですか」
ベルガーは流暢な日本語は、英語になってケリーのスマホから聞こえていた。
「3年でどうでしょうか」
「良いとは思いますが、3人のうち二人が解任を求めた場合、即刻入れ替わることも、ありにしてはどうでしょうか」
ケリーは、いろいろな状況を想定しているようだった。
「そうですね。独断で変な事をし出したら、止めるられるので良いんじゃないですか」
林原が言うとベルガーも同意していた。
「ジュンバン、ドウシマスカ」
ケリーは日本語で言っていた。林原とベルガーはちょっと驚いていた。
「林原さん、くじ引きなんてどうですか」
「わかりました」
林原は、削られていない鉛筆を3本引き出しから出して、それぞれに1・2・3と書いていた。
封筒から同時に3人が鉛筆を引いた。すると林原が1、ケリーが2、ベルガーが3と書かれた鉛筆を手にした。
「あぁ、取りあえず3年間は私が党首で、ケリーさんが副党首、ベルガーさんが総務幹事長ということになりました。良いですかね」
林原が言うとベルガーとケリーは大きくうなづいていた。
「それで次の議題なんですが、『日本のしきたり』党が我々との合流を求めてきています。どうでしょうか」
林原は『日本のしきたり』党のホームページを会議室の大型モニターに映し出した。
「私は日本の事情はよくわかりませんが、規模を大きくすることには賛成です」
ケリーはホームページの日本語の部分にスマホのカメラを向けて読んでいた。
「私は郷に従えの理念にどの程度合致しているかや、結党の経緯などを詳しく調べる必要があると思います」
ベルガーは党首の顔写真をじっくりと見ていた。
「党首の梶本太郎の個展を見に来れば、ホームページやSNSではわからない人となりがわかりそうだけど、一人だと心細いから、田沢君たちにも同行してもらうことにしたよ」
林原が言うと、田沢と佐々木はニヤニヤしながら、そんなことないでしょうという表情を浮かべていた。
かなりギャラリースペースを借り切っているようで、奥まではパーテーションで見通せなかった。
「ここだな」
林原はギャラリーとガラス扉を開けて中に入って行った。
壁に掛けられた絵画やギャラリーの中央寄りに置いてある彫刻を見ていく林原たち。
「これが21世紀キュビスムですか。自分にはよくわかりませんけど」
田沢を興味なさそうにしていた。
「実は俺も良くはわからないんだよ。でも彼は関心がありそうじゃないか」
林原は榊原の様子を見ていた。
「彼は芸大を卒業してから自衛隊に入った奴なんっすよ」
「そうか。しかし、ここには『日本のしきたり』党の影も形もないな。それに党首の梶本太郎は来ていないのかな」
「林原さん、あのパーテーション奥に座っている人のどれかじゃないっすか」
「ちょっと暗いから、わかり難いが…、俺は左端の奴だと思うが、君はどう思う」
「自分は真ん中の男だと」
「どうですか。こちらの絵は気に入ってもらえましたか」
ぼさぼさ髪の中年男が林葉たちの背後に立っていた。
「あっ、あなたは…梶本さんですか」
林原はホームページにあった顔よりも若めの男を見ていた。
「はい。梶本太郎です」
梶本は『郷に従え』党のホームページで林原の顔は知っているはずだが、特に反応はなかった。
「いやぁー実物はお若い」
林原が言うと、梶本は表情を緩ませながら、林原の顔をしっかりと見ていた。
「あなたは…、『郷に従え』党の林原さんではないですか」
「はい。そうです。たまたま近くを通りかかったものですから、立ち寄ってみました」
林原は梶本と軽く握手していた。
「まぁ、どうぞゆっくりとご堪能ください。私はあそこにいますので」
梶本は先ほどの3人の所へ向かった。
一通りギャラリー内を見て回ると、梶本が控えている所に来た。
「こうして、絵などを拝見していると、梶本さんの奇抜だがどこか日本の伝統を大切にしている人となりがわかったような気がします。しかしそれでも芸術とはあまり縁のない、政党の党首になんでなられたのですか」
「弟子に担がれたのが本当の所でして、実は名ばかりなんです。それで党首代理の田中に『郷に従え』党との合流を勧められまして、そのうちにお会いする予定だったのです」
「そうだったんですか。でもそんなことをここで言って大丈夫なんですか」
「今ここには田中も部下もいないので、大丈夫です」
「私はご存知の通り、日本語の郷に従えを広めようとして、党を立ち上げたのですが、梶本さんは日本のしきたりを守ろうというお考えはお持ちなんですか」
「もちろんです。最近、日本のしきたりは無視されている気がするのは確かですから」
「それでは田中さんも、同じ考えですかね」
「たぶん。ただ…話題を振りまいてから政界で大躍進するつもりでして、政界力学に重点を置いている面があります」
「日本どうこうと言うよりは出世にこだわる、もっぱらの政治屋ということですかね」
「私はそこまで言いませんが、言い当てているかもしれません」
梶本は自分が心の奥底に秘めていたことを林原が代弁してくれたといった表情であった。
党三役は丸テーブルを囲んでいた。
「昨日、個展に行ったのですが、党首の梶本は担ぎ上げられたらしく、実権は党首代理の田中新太にあるそうです」
「人柄はどうでしたか」
とベルガー。
「梶本は芸術家タイプで世間に疎い感じの人物でしたよ」
「それでは田中に利用されているのですか」
ケリーのスマホは日本語の発音がいつもより滑らかにアップデートされていた。
「踏み台にするつもりでしょう」
「それじゃ、我々も踏み台にするのですかね」
ケリーはタブレットPC上の党首代理の田中の画像を睨んでいた。
「そう言う腹積もりでしょうが、『日本のしきたり』党のSNSのフォロワー数は20万なので、我々と合流すれば利用することはできます」
「選挙では大いに戦力になります」
ベルガーは合流に乗り気になりかけていた。
「あちらも、そりつもりでしょうね」
「それで、林原さんは、どうするつもりですか」
ケリーは腕組をしていた。
「合流に向けての交渉をしようかと思います」
「近々選挙があるわけではないので、急ぐ必要はなさそうですね。じっくりと吟味して条件次第では合流しないことも選択肢として残しましょう。どうですか」
ケリーが言うと林原もベルガーも同意していた。
品川プリンスホテルの小バンケットルームでは『日本のしきたり』党側の席には梶本と田中が座り、『郷に従え』党側の席には林原とケリーが座っていた。ルーム内の少し離れた席にはそれぞれの側の秘書や党員が控えていた。
「日本のしきたりを重視するのでしたら、日本の公務員や議員は日本の主権が及ぶ範囲を明確に言えるようでなければなりません。また公僕として、就任の際には、日の丸にキスをしたり、君が代を歌えることも必要というか、当たり前のことではないでしょうか」
林原は言い終えると相手側の反応を待っていた。
「私もそれに異存はありません。そもそも両党は理念が似ていますから」
梶本は田中を気にせずに言っていたが、一瞬だが田中は少し顔をしかめていた。
「加えて日本の伝統施設、特に有名な神社仏閣は外国人の落書きや破壊工作を防ぐために、特別警戒警察官を配置するべきだと思います」
林原はあえて田中の方も見て言い放っていた。
「なるほど、それこそが両党の理念に合致するものではないですか」
田中は林原が自分に注目してくれたことに少し頬を緩めていた。同席している田沢はこの会談の様子をハンディカメラで撮影していた。
「私と林原さんはいろいろな面で結束が固いようですな。田中代理どうですか」
梶本は田中にも配慮していた。
「はい。今日は両者初対面の日としては、幸先良いスタートを切ったと言えます。今後も詳細に合流について話し合いましょう」
田中が締めくくっている感じであった。
『郷に従え』党本部の地下にあるコンピューター室では、シュルツ、田沢、林原がモニター画面を見ていた。
「ここを見てください。ほんの一瞬ですが、顔をしかめています。これをAIで分析した結果、非常に不快感を示していることがわかりました」
シュルツは日本語がかなり上達していたが、正確を期するためにドイツ語で言ってスマホに訳させていた。
「これはちょうど、日の丸にキスをしたり、君が代を歌えると林原さんが発言した時に最も顕著に表れています」
田沢が付け加えていた。
「そうなのか、俺はその場にいたがわからなかったよ」
「林原さん、AIジャッジでないとムリ」
シュルツは日本語で言っていた。
「それで、自衛隊時代の同期に情報調査部に転属になった奴がいまして、この田中の顔を調べてもらったんですが、なんとこいつは、公安が見失っていた田新汰と判明しました」
「田中が田というと、帰化した中国人とかか」
「はい。帰化した浸透工作員です」
「…ん、なんでそんな奴があえて、『日本のしきたり』党なんかを作って、そこにいるんだろう」
「邪魔な敵を知り敵の懐に入るために、見せかけで傀儡の党を作った可能性があります」
田沢は自分の推察を述べていた。
「我々と合流して、なんらかのスキャンダルを誘発させ大失態に導き潰すつもりなのかな。とにかく合流は中止にしよう」
林原は党三役会議をするまでもなく決断していた。




