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14/14

14 . こどものケンカ

 軽く食事をとって荷づくりを済ませ、夜明けを待たずに一行は出発した。


 みな口数は少ない。

 湿り気(しめりけ)をおびた土草を踏みしめる三人と一匹の足音だけが、夜の森をわずかに震わせている。


 ギュンターは相変わらず不機嫌に黙りこくっている。

 キャタリーは前を歩くゲロルトの背をぼんやり追いながら、思案(しあん)にくれていた。


 自分の力は何のために芽生えたのだろうか。

 ニクスーの教えを広め、現世の人々に救いをもたらすためと信じて疑わなかったが、その実、これまで役に立ったことがあっただろうか。

 ただちょっと、水をスープに変えられるだけの、おもしろ人間というだけなのではないか。


 陰鬱(いんうつ)な空気をかき消すように、先導する黒狼に向かってゲロルトが話しかける。


「なあ。黒い魔女って、どんな奴なんだ? さっきの話ぶりじゃ、あんた達みたいに常識はずれの存在なんだろ?」


 黒狼は振り返らずに答えた。


「常識の定義についてはさておくとして。彼らーーあるいは彼女たちは、生物というよりエネルギー体に近い存在です。希薄な肉体の(うつわ)を持ち、影のような姿で森を彷徨(さまよ)う。

 森に抱かれる命の中で、肉体と命との結びつきが最も弱い者たちです」


「そいつらも超常的な力を使うのか? なぜ人を呪うんだ?」


「濃い肉体を持つ我々のルールのほとんどは、彼女たちには当てはまりません。純粋な意思とエネルギーそのものに近いのです。

 我々が他の生物を殺して肉を食うのと同じように、彼女たちは生命そのものを食らいます。肉体から剥がし、奪うのです。そこに善悪はありません」


「白い魔女も黒いやつと同じか?」


「あなた方の言うところの『白い魔女』とは、自然エネルギーの利用に()けた()()を指すのでしょう。薬草学に精通していたり、ちょっとしたまじないを使えたり。そもそもの()り方が違います」


「それじゃ彼女は」


 そう言ってチラリとキャタリーを見る。


「彼女が何者であるかは、彼女自身が定義することです」


 黒狼がピシャリと言い放つ。


 ”自分が何者であるか”


 キャタリーは心の中で繰り返す。

 腰に下げた蜂蜜酒入りの水筒が、足に当たって小さく水音を立てる。


 故郷の村を追い出された異端者で、ニクスーの敬虔な信徒(煮込み肉)


 そして、救いを求める者ひとり救うことができない、役立たずだろうか。


 誰か、教えてほしい。


 


 それからしばらく歩き回り、黒狼が「このあたり」と指示した地点にテントを張って野宿することになった。

 魔女の棲み家(すみか)へわたるには(きり)の発生を待つしかなく、それがいつになるかは黒狼にもわからなかった。


 幸いなことに近くには小さな洞窟(どうくつ)があったので、内部に()み出してくる水を半日かけて鍋に集め、キャタリーは毎日スープを作った。

 手を差し入れる方法や順番を変え、水の量を変え、祈りの込め方を工夫して。


 しかしこれといって変化も見られず、あい変わらずただの美味なスープが出来上がるだけだった。

 ますます(くも)るキャタリーの心情をよそに、(きり)はなかなか現れなかった。




「いらないっつってんだろ!」


 露営(ろえい)をはじめて一週間経つころ。ギュンターが声を荒げてキャタリーの差し出す皿をはねのけた。


「お前の飯なんか食えるか!」


「持ってきた食料だって底をついているし、意地張ってる場合じゃないでしょう」


 焚き火のそばまで転げた皿を拾い上げ、キャタリーが語気を強める。

 岩に腰かけて食事をとり始めていたゲロルトが、イライラした様子で仲裁(ちゅうさい)に入った。


「いい加減にしろギュンター。彼女のおかげで、俺や狼の分の食料がお前に回ったんだぞ。それにお前だって、最初は食おうとしてただろうが」


「こんなイカれた女だとは思わなかったからだ! おかしな妄想を持ち出すわ、人狼を手なづけてるわ……」


「妄想って言わないで!」


「妄想に取り憑かれたイカれ女だお前は! 実際ウィリアムを救えてないだろうが!」


「……っ! だから、はじめから無理だって言ったじゃない!

 大体、自分の大切な人くらい、自分で救ってみせたらどうなの! やれ魔女だ、人狼だって、他人に頼りきりで何もできていないのはあなたの方でしょう!」


「なんだと……!」


「いい加減にしなさい」


 早々に肉を食べ終えていた黒狼が、冷たく言い放つ。


「いつ魔女の領域へ転じるかわからないのですよ。言い争っている場合ですか」


 叱られたギュンターは、鼻を鳴らして勢いよく切り株から腰を上げると、そのまま木立のなかへ入っていこうとする。


「おい、単独で歩くなって」


「小便だ! ついてくんな」


 強い口調でゲロルトを制すると、振り向きもせずに森へ消えた。


 黒狼がよっこらと立ち上がって伸びをする。


「やれやれ、まるで子供ですね。仕方のない……。

 私がついていきましょう。まったく、世話の焼ける」


 そう言ってギュンターの後を気だるげに追う。


 残されたキャタリーは、呆然と立ち尽くしていた。


 自分でも意外なほどに、ギュンターの言葉に傷ついていた。

 それは一つの疑念ーーギュンターの言うとおり、自分は妄想にとり憑かれた、ただの頭のおかしな女なのではないかという疑いが、自分でも(ぬぐ)いきれずにいたからだった。


 一人落ち込むキャタリーに、ゲロルトが後ろから声をかける。


「なあ、少し話さないか」


いつもお読みいただきありがとうございます。

次回の更新は、少し日が空いて9月27日を予定しています。

できればもう少し早めに投稿したいところなのですが……お待たせしてしまいすみません。

ゆっくりお待ちいただければ幸いです。ではでは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2024/11/13 追記

更新停止していましたが、近日再開します。

仔細は活動報告にて。

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