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13 . 無理

「私は傷を癒すことならできるが……君のこれは別問題だ。どうやら魔女に食われかけたようだね。

 肉体と命の結びつきが、かなり弱まっている。このままでは、あと半月も()たないだろう」


「……やはりそうですか。なにか手立てを知りませんか?」


 白狼は考え込むように小さくうなり、力無く尻尾をひと振りする。

 月光を透かして立つウィリアムの表情からは、その感情を読み取ることはできない。ややあって、ゲロルトがキャタリーに向き直る。


「キャタリー、君はスープを出せただろう。こういったことに効く薬湯のようなものを作れないか?」


 そら来た。

 キャタリーはそう思った。

 こういう流れになることは予想がついていた。だからといって、取れる手段が増えるわけではないが、断る覚悟を固めておくことくらいはできた。


「私は魔女ではないし、薬の知識なんてないわ……。第一、あれはただのスープなのよ。きっと無理だわ」


 すまなそうに縮こまるキャタリーを見て、白狼が穏やかに声をかける。


「君のスープは特別な力でできている。やるだけやってみるといい。あるいは良い作用をするかもしれないよ」


「おい、こんな得体の知れないやつの作ったもんをウィルに飲ませんのかよ」


 すかさずギュンターが反対する。それを尻目に、ウィリアムはキャタリーに向かって頭を下げた。


「お嬢さん、どうか頼みます」


 キャタリーは困った。


 自信はない。というより、到底できるとは思えなかった。

 今までただのスープしか出せなかったのに、ここに来て突然、霊験あらたかな薬液が湧いて出るなどありえない。

 魔法使いじゃないのだから。


 とはいえ、ここまで期待されては、やるしかない。


 キャタリーはスープ皿に水筒の水を張り、頭に鍋をかぶって、塩壺と乾燥肉を手に持って祈りを捧げる。



 崇高なるニクスー様、どうかこの水を、ウィリアムを救うためのスープに変化させてください。

 呪いに侵された哀れな生肉を救う手立てを、私に授けてください。



 両手に持ったものを下ろして袖をまくり、スープ皿に手をいれる。

 たちまちそれは、透き通った黄金色の、あたたかな肉入りスープに変化する。

 どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、特別なものには思えなかった。


「食べさせてみよう」


 ゲロルトが、寝ているウィリアムの上体(じょうたい)を抱き起こして左腕でささえる。

 キャタリーが皿を持ってそばに立つと、右手に持った(さじ)の半分ほどスープをすくい、半開きになったウィリアムの口にそっと差し入れた。

 かすかに(のど)が上下する。


「自分が飲食するのを外から(なが)めているのは、不思議な気分ですね」


 誰に言うでもなくウィリアムが感想をのべる。

 全員でしばらく様子を見守ったが、何かが変化する様子はみられなかった。


「だめか」


 ゲロルトががっくりと肩を落とす。

 ギュンターは「何が健康でハッピーだよ」とキャタリーをなじった。


「だから初めから言ってるじゃない。私が出せるのはただのスープ。

 美味しくて滋養があって、健康な生活を送るための、何の変哲(へんてつ)もない肉入りスープでしかないのよ」


 キャタリーは力なく反論する。


「魔女のくせに!」


「魔女じゃないったら」


「ならイカれた妄想女だ!」


「やめなさいギュンター」


 ウィリアムがギュンターを(いさ)める。小さくなるキャタリーに向かって少しかがむと、優しく微笑んだ。


「キャタリーさん、すみません。どうやら二人が無理を言ってここまでお連れしたようですね。

 我々のわがままを聞いてくださって、どうもありがとう。それからスープも」


「その、お力になれなくて……」


 うろたえながらキャタリーが答える。


「いえいえ。ひさしぶりにおいしい食事を()れて嬉しいと、私の体が言っています。今はちょっと無口ですけどね」


 そう言って向こう側の透ける手でキャタリーの頭をなでる。

 ギュンターに悪態をつかれるよりも、ウィリアムの優しさの方がキャタリーにはこたえた。

 情けなかった。

 圧倒的に危機に(ひん)している者に気を遣わせてしまったことが。



 少し一人になりたいというウィリアムを残して、一同は黒狼の待つ下の階へ戻った。


 白狼がことの顛末(てんまつ)を詳しく語って聞かせるのを、その場にいたメンバーも含め、全員がじっと聞きいった。そして一通り語りがおわると、一同に沈黙がおとずれる。


「キャタリーが本物の白い魔女ならな」


 ギュンターがぽつんと呟く。

 それは批判というよりも、何をなすべきかわからず、途方にくれる子供のような響きだった。


 子狼たちは深刻な雰囲気を知ってか知らずか、互いに重なり合うようにして床に伏せ、寝息を立てている。

 少し思案するような間をおいて、黒狼が口をひらいた。


「本物の魔女に会いたいですか」


 三人が顔をあげる。


「『黒い魔女』とあなた方が呼ぶ存在の領域へ繋がる場所には、心当たりがあります。

 魔女は森に抱かれる命の中でも、あらゆる他種族に対して敵対的です。ただ、一人だけ、比較的人に対して友好的な者がいるのを知っています。協力を仰げるかはわかりませんが」


「案内してくれ!」


 間髪入れず、ゲロルトとギュンターが同時に熱願する。

 ゲロルトなどは床に膝をつき、黒狼に縋らんばかりだ。黒狼はそれを一瞥(いちべつ)すると、深く()みきった濃褐色(のうかっしょく)の瞳をキャタリーへむけた。


「こいつにはもう関係ない。行くのは俺たち二人だ」


 ギュンターが叫ぶ。


 今回ばかりはキャタリーも同意見だった。

 これ以上自分が同行しても役に立てる自信がないし、乗り気になれなかった。

 しかし黒狼はキャタリーを見つめて言う。


「あなたの意思を尊重しますが、(わたくし)としては、あなたこそ行くべきと思いますよ。

 あなたは我々に、より近いところにいますからね。それに私とて、魔女の領域が危険であることは同じ。あなたが同行しないのであれば、彼らに随伴(ずいはん)する理由はありません」


 ギュンターはさらなる悪態をつきかけて開いた口をつぐみ、ゲロルトは懇願するような眼差しでキャタリーを見た。


「はぁ。わかったわ」


 それで今後の計画が決まった。



 目的の場所を知っているのは黒狼だけということで、白狼は子供たちと留守番することになった。

 ゲロルトはウィリアムの身柄を案じたが、白狼の「魔女の呪いに犯された肉を我々は食べない」という一言でひとまず納得した。


「俺たちは食う可能性があるってことじゃねぇか」


 ギュンターがめずらしく賢い突っ込みをいれる。


「私たちにも、選ぶ権利というものがあるのですよ」


 黒狼がさらりと返す。


次回更新は9/20予定になります。

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