11. 眠れる森の青年
翌朝は快晴だった。
出発前。ギュンターは全員分の水を汲みに川へむかった。ゲロルトは壊れた窓を直していた。
キャタリーは適当な板材を拾って、釘で引っ掻いて傷をつけている。鳥の足跡のような記号だ。
一点を起点にして、三本の直線が放射状に上へ伸びている。
「文字か?」
作業を終えたゲロルトがのぞきこむ。
「ううん。これは村で使われている符牒。『外出しています。戻りは未定』って意味なの。上下を逆にすると、『すぐに戻ります』ね」
「へぇ」
「おーい。これどうすんだよ」
桶に水を汲んだギュンターが戻ってきた。一足ごとに容器から水がはねて足元を濡らしている。
「ねえ、それじゃほとんどこぼれちゃうわ」
「こんな持ちにくいモンで運んでんだから文句言うなよ」
「せめてもっと静かに歩いてよ」
キャタリーはどうもギュンターとは反りが合わなかった。キャタリーが反発しているというより、ギュンターが頑なにキャタリーを拒絶しているのだ。
「ありったけの水筒に詰めていこう。あいつらの分も要るだろう」
ゲロルトが顎で子狼たちを指し示す。三匹の毛玉たちは、虫を追いかけて無邪気に転げまわっていた。
「急いでも三日かかるからな。行けるところまでは川沿いを歩いて、なるべく水は温存しよう」
「なんでもいいけどよ。とっとと出発しようぜ。さすがに腹も減ったし、早く戻りてぇ」
「お腹が空いてるの? ならニクスー様のスープを出しましょうか」
「いらねぇよ。お前は胡散臭ぇからな」
「……そう」
キャタリーははっきりと自覚した。ギュンターが嫌いだ。
それから各々身支度を整え、すぐに小屋をあとにした。
キャタリーが作成した符牒板は、ドアに釘で打ちつけてきた。
これで万が一、エバンズや他の仲間が小屋を訪れて壊れた家財を発見しても、自分の意思で出ていったのだとわかるはずだ。
結局のところ、一行は丸四日かけて目的地にたどりついた。
子狼たちはなるべく人間が抱えて歩いたが、それでも彼らはたびたび自分で歩きたがったし、キャタリーには男たちのペースに合わせて歩き通すのは難しかった。
そこは古い時代の哨戒基地のようだった。
旧街道沿いの丘に建つ、円筒形の石造りの塔だ。
オレンジ色の夕日に照らされ、外壁の石材がところどころ欠けたり崩れたりしているのがわかる。
一方で入り口の木戸は比較的新しく、最近はめこまれたものだとわかった。
周囲は紅葉をはじめた木々に囲まれ、塔のてっぺんだけが樹上に顔を出している。
新街道からは距離があるし、いい隠れ家になるだろうなとキャタリーは感心した。
ゲロルトが鍵を取り出して錠を外すと、音を立てて扉が開いた。
「さ、中へ」
「はー。やっと帰ってこれた」
ギュンターが大きく伸びをしながら中にはいる。
「お邪魔します」
子狼たちをまとめて抱きかかえたキャタリーが後に続き、後ろから白狼、黒狼の順に中へ入る。
建物の中は狭く、ひんやりと湿っぽい。
入り口すぐの空間には何もなく、壁に沿って上階へ螺旋状に続く階段をゲロルトたちが上がっていく。
そのままいくつかの階層––––保管庫として使用されているようだ––––を通り過ぎると、やっと居住スペースらしき階についた。
粗末な寝床が三つ並び、テーブルの上に酒と食料が雑然と置かれている。殺風景な部屋だ。
「もっと、下の階で、暮らしたら、いいのに」
息を切らしてキャタリーがこぼす。
床に毛玉たちをそっと下ろすと、わっと駆け出して探検を始めた。
「そうしてたさ。明け方に窓から蛇が入ってくるまではな」
「蛇肉は美味いけど、さすがに寝起きに対面するのは勘弁だよなァ」
行儀悪くテーブルに腰掛けてチーズに手を伸ばしながら、ギュンターがしみじみと言った。
「おうち?」
「いしのなかにすんでるの?」
「せまいね!」
「これは塔という建物ですよ。石を組み上げて作るのです」
はしゃぐ子供達に、黒狼が教えてやっている。
階段からころげ落ちないよう目を配っていた白狼が、顔を上げて尋ねた。
「それで、君たちのボスは?」
「ああ、この上にいる」
きゃっきゃと跳ね回っている子狼たちをちらりと見て、ゲロルトが答えた。
「私はここで、この子たちと残っていましょう」黒狼が気を回して提案する。
ゲロルトは頷き「それじゃ、三人はついてきてくれ」と言って再び階段を登った。
そうして連れて来られたのは、塔の最上階だった。
部屋の中央に藁を敷き詰めた箱型のベッドが置かれていて、生成りのシーツが被せられている。
薄い金色の髪をした身なりのいい男性が、その上に横たわって静かに寝息をたてていた。
想像とかけ離れた姿にキャタリーは内心驚いた。
荒くれ者のボスというから、無精髭を生やした粗野な中年を思い描いていたが、目の前の男性は、整った顔立ちの青年だったからだ。
「ウィル、戻ったぞ。魔女と狼も連れてきた」
ギュンターが青年に声をかけて肩を揺するが、反応はない。
「この通り、眠り通したまま起きないんだ」ゲロルトが眉を下げる。
「ふうむ」
白狼はベッドの木枠に足をかけて、青年の顔を覗き込んだ。
「これはなかなか厄介なことだ」
キャタリーもつられてそばへ寄る。
伏せられた長いまつ毛を残日が強く照らし、一瞬、金糸のように輝いて見えた。
「眠り姫みたいね」思わずそう呟く。
秋の太陽は瞬く間にブナ林の中へ沈み、辺りが夕闇に呑まれていく。
「灯りをとってくる」
ゲロルトが階段を降りていく音がする。
キャタリーはじっと青年の顔を見ていた。
私にはどうすることもできそうにないわ。お気の毒だけれど……ごめんなさいね。
心の中で謝る。
しかしその時、奇妙なことがおこった。
青年の体から白いモヤが立ちはじめたのだ。
それは徐々に青年の体を覆うと、体にピッタリ重なり、やがて上半身を起こすようにして半分が起き上がる。
頭、肩、胸、腕、それらは寸分違わず、今そこに寝ている青年と同じ姿だ。
半透明のそれはキャタリーと目が合うと、にっこり笑いかけた。
「こんばんは、お若い魔女さん。ようこそおいでくださいました」
すみません、遅くなりました!
次回、14日更新になります!




