10. 長い夜の末、夢を見ずに眠れ
キャタリーは呆気に取られてゲロルトを見つめた。
子狼たちが興味津々で彼に近づく。
前足を立てて腰を下ろし、首だけを下げてお辞儀を真似しはじめる。
「話してごらん」
目を細めて子供たちをながめながら、白狼がうながした。
「俺たちのボスが黒い魔女の呪いにかかった。恩人なんだ。なんとしても助けたい。もし力になってくれるなら一緒に来て欲しい。彼に会わせたいんだ」
「魔女?」
キャタリーは思わず話をさえぎった。
「それじゃ、本当にいるの?」
エバンズにもらった革の水筒は、すっかり中身が蒸発してしまっていた。
今は小屋の壁にぶら下がって埃をかぶっている。
「何言ってるんだ? あんただって魔女じゃないのか」
ゲロルトが眉をひそめる。
「私はただの村娘よ」
「ただの村娘が空の鍋から食いもんを出せるわけないだろ」
的確な指摘をしたのはギュンターだ。
「何もないところからなんて出せるわけないじゃない。水を入れていたでしょう」
「水からスープも出せないだろ、普通は」
ゲロルトがまぜっ返す。
「それで、その恩人という方はどのような呪いにかかっているのですか」
黒狼が脱線した話題を元の軌道へと戻した。
「眠り続けてるんだ。もうかれこれひと月になる」
「ふむ」
「魔女の呪いだと言ったね。なぜそうとわかったのかね?」
「この森のはずれで倒れてたんだよ。光る花を握りしめて」
「光る花?」キャタリーがおうむ返しにたずねる。
「昔話だよ。魔女の住処には幽鬼花っていう青白い花が咲くんだ。五つの花弁が星みたいになっている」
ゲロルトは懐から折り畳んだ布を取り出した。
一枚ずつめくられた布の中央には、うす茶色に干からびた花が一輪乗っていた。
「これがその幽鬼花?」
「ああ。あいつを運んでしばらくは光り続けてたんだが。だんだん弱くなって、消えた。なあ、何か手掛かりになるか? 助けられそうか?」
真剣な眼差しに見つめられて、キャタリーは困った。
いくらニクスーへの信仰心が深くても、魔女だとか喋る狼だとかは別問題だ。
なんというか、世界観がちがう。
ちら、と白狼に視線をやると、彼はゆっくり口を開いた。
「たしかに、その花は魔女の領域に咲くものだ。
しかし我々が力になれるかどうかは、なんとも……」
「それでもいい。来てくれるだけでもいいんだ。本人を見て、やっぱりダメだというのなら諦めがつく。頼むよ」
ゲロルトが祈るように頭を下げる。
「ううむ……。本来我々は、ヒトに干渉することを好まない。ろくな結果にならんからな。
しかしこうして、言葉を交わしているのも何かの縁。肉の人、あなたが同行するならば、我々も同行しよう」
キャタリーは戸惑った。この流れは既視感がある。
右手を胸に当て、わたし? なぜ? と、身振りで伝える。
今度は黒狼が答えた。
「我々が信用しているのは、あくまであなたなのです。それだけのことをしてくれましたからね。
なにせ今年の実りの少なさは、この森の生き物の大部分を死の淵へ追い詰める厳しさだったのですよ。我が一族も無事では済まないほどに。ですからあなたが望むなら、私たちは喜んで助けになりましょう」
そこまでのことだったのか。キャタリーは驚いた。
正直、危険な獣がこちらに寄り付かなくなればいいな、くらいにしか考えていなかった。
ゲロルトはなおも頭を下げている。
「……わかったわ。一緒に行きましょう。でも、出発はせめて日が昇ってからにさせてね」
異論を唱えるものはいなかった。
その晩、狼たちは部屋の隅で丸くなって眠り、ギュンターとゲロルトも入り口近くに寝袋を敷いて眠った。
キャタリーはベッドに寝転んで、なんども寝返りを打った。
風は弱まり、開け放った窓から時折風が吹き込んだ。
目が冴えて眠れなかった。
とんでもないことになった。
ギュンター、ゲロルト、狼たち。
ギュンターって食い意地が張ってるのね。
ゲロルトは野盗なのにいい人ね。
狼ってあんな声なのね。
魔女って本当にいるのね。
そういえば久しぶりにこんなにひとと話したわ。
キャタリーは自然と口角が上がっていることに気づいた。
気づしてしまうとそれも可笑くて、さらに笑った。
誰かが身じろぐ音がする。
人の気配を感じて眠るのも久しぶりだった。
キャタリーは深く息を吸って、今度こそ眠りについた。
その晩は夢も見なかった。
前回の告知通り、今回は短めの更新となりました。
今月は色々と予定が立て込んでいて、細切れな更新が続いてしまうかもしれません。
この辺の話は、そのうち活動報告で話したいと思っています。
次回は9/11更新予定です。
それでは、お読みいただきありがとうございました!




