幸せな約束
部屋への来訪者は昼食を持ってきた小百合であった。入ってきた彼女には昨日まで見せてくれていた笑顔はなく、どこか気まずそうな表情をしている。まだ拗ねているようだ、おそらくというか確実に今朝の事で少し不機嫌なのだろう。
そんな彼女を見て気分が少し落ち込んでしまう。ちゃんと謝ろうと思い。
「さゆりさん今朝はごめんなさい。そんな風に全然思ってなくて、その……」
――松笠さんに紹介したくなくて適当なことを言った。と素直に言えたらよかったがそんなことは恥ずかしくて言えず言葉が詰まってしまった。
何を言えばいいのか困っていると。
「本心じゃないのはわかってるからいいんだけど……少しだけ傷ついたんだからね! 謝ってくれたからもう気にしないけど。 ほらご飯食べよ?」
そう言って昨日と変わらなず優しく笑いかけてくれる彼女の優しさでふいに涙が出そうになった。安心感をくれる彼女の笑顔は昔からの知り合いみたいな感覚に陥る。
小百合さんんは素早く昼食を取りやすいように用意をし、質素なご飯を用意してくれた。ただでさえ味気のないごはんなのに小百合さんを怒らせたままだったら味気ないどころか、味なんて一切感じられなかったんだろうなと思うとなんだか昨日よりもおいしく感じられた。それに今日は型崩れし、少し冷めてしまっているが卵焼きまでついている。不格好ではあるが甘い味付けの卵焼きはとても自分好みであった。
「なんか静かなのもさみしいし、テレビでもつける?」
卵焼きを堪能していると横で静かに座っていた小百合さんが急にそう言い反対側の棚にあるリモコンにまで手を伸ばす。
こちらが返事をする前に彼女はテレビを付けると流れた映像を見てその場で少し固まる。
何が流れているのか気になり自分も見てみると、テレビでは季節外れに咲いたチューリップ畑の紹介をしていた。とてもきれいだが咲いているのは黄色のみであった。
そんなテレビを見つめる小百合さんの目は羨ましそうでどこか儚げであった。花が好きなのだろうか、花畑と小百合さんはとても映えるんだろうなと彼女と花畑に行った光景を一瞬で妄想し少しにやけてしまう。
「小百合さん、花好きなんですか?」
固まったまま動かない彼女の表情が気になりふと訊ねてしまった。すると彼女はこちらを向くと少し寂しそうな目で静かに頷いた。
「好きだったんだ。お花。見ていて心が落ち着くし。昔は特別好きってわけではなかったんだけどね。花が大好きだったの好きな人。男の子なのに花が好きだなんて変だなって最初は思っていたんだけどね……」
そういう彼女は軽く微笑みながら言っているがその表情は何かを隠しているようだった。
「さゆりさん好きな人いるんですね……」
彼女の言葉を聞いて好意を寄せている相手がいて少し寂しく思えると同時に小百合さんに好かれている人に顔もわからないのに嫉妬をしてしまっている。
「いるっていうか、いたの方が正しいかな。喧嘩別れとかそういうのではないんだけど……」
そう言って彼女はこちらを見つめる。そんな彼女の目は少し光を反射している。
「さゆりさん、僕が一人で歩けるようになったら一緒に花畑見に行きませんか?」
彼女の目を見た瞬間に考えるよりも先に声を発していた。自分が何を言ったのか一瞬分からず固まり、先走った言葉を反芻して恥ずかしくなり顔が徐々に熱くなるのを感じた。
「あ、あのやっぱり今のなかったことに……って小百合さん?」
慌てて発言をなかったことにしようと思い誤魔化そうとするが予想外なことに顔を熱くしていたのは自分だけではなかった。
小百合さんも顔を赤くし目が泳いでいる。そんなに動揺するような事を言ったのだろうか。
「あっ。いや、これはその、部屋が暑くて! それに目にゴミが……」
急いで顔を隠し袖で目元を拭い表情を見られないようにこちらに背を向け少し丸くなる。
「で、ですよね……」
小声で相づちをし、わかりやすく自分の肩が下がるのを感じた。さゆりさんが誘いに照れてくれていると一瞬思ったがそうではないみたいだった。 まだ彼女は自分の事何も知らないのに誘いに答えてくれるわけないだろ。自分ですら自分のこと知らないのだから。
彼女はこちらに向き直るが顔は下を向いている。少しの沈黙を貫いたのち、彼女はゆっくりと顔を上げて。
「いいよ、歩けるようになったら二人で見に行こう花畑。 まだまだ先の話かもだけど」
そういう彼女は頬を染めたままこちらを見つめる。 こちらを向いている瞳は変わらず少し潤っている気がした。
「え……」
予想外の返答に嬉しくて脳が理解できず固まっていると返答の来ない空間の気まずさに耐えられなくなったのか、食べかけの昼食を急いで片付けて何も言わず無言のまま部屋を飛び出してしまった。