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愛憎の花  作者: 日向 燈
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騒がしい来訪者

 「はい」


 返事をするとドアが開き一人の男が部屋へと入ってきた。

 男は天然パーマのぼさぼさの髪だが、髪の隙間から見える目は明眸であり、堀の深い顔はソース顔とでもいうのだろうか。

 黒いスーツはしわのない綺麗なものでぼさぼさの頭をより目立たせるようであった。


 「失礼するよ。 いやー目が覚めたみたいで良かった良かった」


 そう言って手に持っていた紙袋を僕の目の前に置く。


 「これ良かったら食べてよ。俺ここの羊羹めちゃくちゃ好きでさぁ。」


 そう言って椅子に腰かけると紙袋から羊羹を取り出して一人で食べ始め、幸せそうに食べ当たり前の様にスマホ片手にくつろぎ始める。


 「あの、失礼ですけど……どなた?」


 記憶のない自分にとってこの男は他人だ。

 そんな他人が当たり前の顔をして部屋に居座ろうとしている状況が不可解でしかない。

 少し恐れながら尋ねる。


 「え、あーこれはごめんごめん。 はい、これ」


 そう言って彼はスーツのジャケットの内ポケットから1つの手帳を取り出して渡してきた。

 手帳を受け取り開いてみると警察の制服を着ている彼の写真が中に入っている。

 写真の下にはこの男の名前らしきものが書かれている。

 ――松笠聡司。階級は警部と書かれている。

 

 「えーと、警察の人が何で僕のところに?」


 彼に手帳を渡しながらなぜ来たのか尋ねてみる。記憶がないから何か警察に捕まるようなことをしていたのかもしれない。

 そう思って、少しおびえながら彼の様子をうかがう。


 「あーいや、特に用があるってわけではないんだよね。 君を轢いちゃった相手がすごく心配していたからさ」


 「んで、今朝病院入ったら君の意識が回復したって聞いたもんでさ、お見舞いにとでも思って」


 なんてことのないただの様子見に来たらしい。


 「それはわざわざありがとうございます。」


 「にしても部屋殺風景じゃない? なんか寂しいね」

 

 部屋を見渡しながら言うと彼は椅子から腰を上げ、窓の方へと進み少し開いていた窓を全開に開ける。


 「あ、でも窓からの眺めはいいもんだね。よくわからんでかい木も見えるし」


 窓から顔だけ出してあたりを見渡しながらそう言い、全体をゆっくりと見た後その場で振り返り窓枠に座りこちらを見て一言。


 「あ、そー言えば可愛いナースの人とか知らない?」


 急に何を言い出すかと思えば警察官が最初に言うとは思えないセリフを吐き出す。


 「可愛いナース……ですか」


 「そうそう、ほら俺って見た目結構いけてるじゃん? だから可愛いナースの人いないかな~って」


 心当たりがあるといえば1人だけ。というかこの病院で出会ったナースは小百合さんしかいない。

 彼女の名前を言おうと思ったが、何故だか教えたくない。


 「いや、僕の部屋にはおばちゃんしか来ないからわからないです」


 「え、なに。そうなの? どうせなら可愛い人に看病されたいよな~」


 残念そうな表情をしながら軽くため息をつき振り返り、また窓の外を眺める。


 「まぁ、そうですね――――」


 彼の言葉に同意をした時何か殺意を抱いた視線を感じ取り、話しながら彼から目をそらし、感じた視線の方へと首を回すと1つの人影が視界の隅に入り込んできた。

 

 「紫露君……? 君には私がおばちゃんに見えていたんだ」


 いったいいつから話を聞いていたのだろうか。人影の正体は小百合さんだった。

 彼女の顔は曇りこちらを見つめている。


 「あ、いや、そのこれは……」


 彼女の顔を見て焦り何か弁解しようと思うが何も言葉が浮かんでこない。

 焦っていると後ろから両肩に手が伸びてきて、でかい掌に肩をしっかりと押さえつけられる。


 「おいおい少年いるじゃないか超絶美人!!」


 先ほどの少しトーンが落ちていたくせに小百合さんを見て舞い上がっている警察官が人の体を揺らしてくる。

 体が動き怪我をしているところに響き、鈍い痛みに軽く襲われる。

 嘘でも小百合さんをおばさん扱いした罰だろうか。


 「いや、その……」


 「ていうかいないって嘘ついていたな? まあ、こんな美人に出会えたんだから許してやろう。 お姉さん、連絡先交換しない?」


 彼は小百合さんの連絡先を求めて僕から手を放し彼女に近づいていく。

 ストレートに連絡先を求めてスマホを素早く彼女の前へと差し出す。


 「紫露君、着替えできたのか心配して見に来たけど一人で大丈夫そうだね……」


 彼の言葉など無視して僕に一言添えるとドアの前から立ち去ろうとする。


 「あ、まっ――」


 「無視だなんてつれないな~。 もしや恥ずかしがり屋さんかな? いやー良いね!」


 僕の声に被せてめげず彼女に近づいていく警察官がひとり。公務員が白昼堂々市民の前でナンパを続行するのはいかがなものなのか。

 それにちゃっかりと僕と小百合さんの間に立ち、僕の視界から彼女の姿を消してしまう。

 そんな彼に一言、冷たい言葉が放たれる。


 「なにか一人で盛り上がっているところ申し訳ないんですけど今仕事中ですし、そういう気分ではないので。」


 「まぁまぁそういわずにさぁー」


 「あと、人の連絡先聞く前に普通は自己紹介ですよね? 常識ない人嫌いなので私」


 そう言って彼女は彼を一蹴し足早にいなくなっていったのだろう、去り行く足音だけが入り込んでくる。


 「あ、ちょっと!!」


 少し追いかける様に彼も部屋を出ていったがすぐさま戻ってきた。

 凄く悔しそうな顔をしているが、警察官がこんな時間からナンパするだなんてどうかしている。

 

 「くぅ――手厳しい。 綺麗なバラには棘があるとかなんとか言うしな。それに……」


 何かを言いかけたところで部屋にまた一人見知らぬ人が入り込んできた。

 入り込んできたのはまた黒いスーツを着た人で今度は女性だった。

 黒のマッシュの為か白い肌が目立ち、まんまるとした瞳は童顔を強調させる。


 「先輩! こんなところにいたんですか! 毎回毎回一人で勝手に歩き回らないでくださいよ!」


 そう言うと彼女は彼の腕をつかみ部屋の外へと引きずりだそうとして引っ張るが、彼はびくりとも動かない。


 「おや、見つかってしまったみたいだ。 じゃーな少年。 ちゃんとあの麗しいレディにおばさん扱いしたこと謝るんだぞ。」


 そう言って一度部屋を出ていこうとするが、何かを思い出したか、急に振り向き胸元から紙切れを取り出し何かを書いて渡してきた。

 

 「あ、ついでにこれ俺の連絡先。 あの美人ちゃんに渡しといてね」


 決め顔で携帯電話の番号を書いた紙を渡してきてすぐさまいなくなってしまった。


 「先輩がご迷惑をおかけしました天内さん。 では私たちは失礼します」


 女性が礼儀正しく頭を下げてドアを閉め去っていった。


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