食事時
雑音が耳に入り、ふいに目を覚ます。先ほどまで差し込んでいた夕陽はすっかり姿を消して夕方になっていた。
「おとなしく寝てたなんて偉いね。 また無理に起きようとして戻れなくなってんじゃないかと思ってたよ」
声のする方へ顔を向けると、食事をもってやってきた看護師の小百合さんがこちらを見てほほ笑んでいた。
「2,3時間前に来たときは気持ちよさそうに寝てたからそろそろ起きたかなと思ってご飯持ってきたんだけどちょうど目が覚めたみたいだね、体の痛みは治まったかな?」
そう言われると体の痛みが寝る前よりも引いていて楽になっていた。彼女の手元にはいかにも病院食と言わんばかりに質素な感じの料理が数品。正直食欲はそそられないが何も食べていなかったからかお腹は素直に音を鳴らす。ふいになった音で恥ずかしくなり。
「あ、いやこれは……」
「ふふ、お腹は素直だね、お腹すいたでしょ。いまベッド起こすから少し待ってね。」
そういうと彼女はご飯をベッドの折り畳みテーブルを広げそこにご飯を置くと俺の頭へと手を伸ばす。電子音が聞こえるとともにベッドは頭の方からゆっくりとせり上がり、ご飯を食べられる体制にまで起き上がった。
「よし、これでご飯食べられるね! って歯磨きまだか、動けないし今はこれ使ってね」
そういって彼女に歯磨き道具を一式渡される。
「えっと、ここでする感じ……」
さすがに記憶を無くしていても羞恥心は残っている。美人の前で歯磨きさせられるのは一種の罰ゲームなのではないかと思う。というか罰ゲームでしかない。
「当たり前でしょ? それとも洗面台まで自分で歩いていく?」
ニコニコしながらそう言ってくる彼女は俺が歩けないからとからかっているのだろう。もちろん痛いのは嫌だから動けるわけもなく。渋々彼女の手元から歯磨き道具一式受け取りその場で歯磨きをする。
歯磨きを終え彼女に道具を返すと
「よくできました」
そう言って、俺の頭を撫でてきた。撫でられたせいか無性に体がかゆくなり、彼女の手を軽く払う。
「そんな子ども扱いすんなよ! 俺だってもう……」
「俺だって?」
言葉が詰まってしまった。自分の年齢を言おうとして、それがわからず言葉が出てこなかった。出てこない言葉を誤魔化すために目の前に置かれたご飯を無言で食べようと手を伸ばすと。
「あー。ちゃんといただきますって言わなきゃダメでしょー」
彼女に言われ
「いただきます」
と小さな声でつぶやく。それを聞き彼女は
「召し上がれ」
そう言ってドアの近くから丸椅子を持ってきてベッドの横に置き、腰かけながらとても満足そうにこちらを見ている。そんな彼女を横目にご飯を食べ始める、病院食は質素で味付けも薄いものでありどことなく物足りなさを感じられるがお腹の空きすぎた俺にとっては薄味のご飯でも美味しいと感じられ、掻き込むようにかRになった胃袋へと詰め込んでゆく。
「そんなにがっついて食べたら――」
そう彼女が言ったと同時に勢いよく食べすぎたせいで喉に食べ物が詰まり焦って胸元をたたこうとした瞬間腕を彼女に止められ、
「ほら、お水。そんな胸元なんて叩いたらまた痛くて涙目になるよ?」
慌てて水を飲みこみ詰まった食べ物を胃へと流し込んでいく。
「すいません、ありがとうございます」
「あれ、ちゃんと感謝すること出来るじゃん。できないんだと思ってたよ」
なぜか素直に感謝を述べたのに煽れているのはなぜなのだろうか、まあ可愛いから気にしないが。
「ごちそうさま」
ご飯もすべて食べ終わってしまったが、絶妙に足らずもう少し食べたいなと思っていると
「もうお腹いっぱいになったの? 足りないならなんか持ってくるけど……」
彼女に尋ねられ、物足りないことを伝えても出てこないと思い煽り返してやろうと思い、
「物足りないけど、お姉さんが作ったご飯は毒が盛られてそうだからいいかな~」
その言葉を聞いた彼女は少し不貞腐れながら
「なんてこと言うんだ君は! そんなこと言っていいと思ってるんだ~」
そういうと彼女は椅子から立ち上がり、今いる場所から反対に回り窓側に置かれた白い箱からアイスを取り出してきた。どうやら白い箱の下の段は冷蔵庫になっているようだった。
アイスを取り出した彼女は自慢げな顔をしながら、
「これなーんだ」
「あ、ずるい! 俺にもくれよアイス!」
彼女の持っているアイスを取ろうと手を伸ばすが
「やだよーだ。さっきの発言を撤回するなら許してやらんこともないぞ?」
どこぞの王様かのような口ぶりでそう言ってくる。そんな彼女に即答で、
「すみませんでした。僕が悪かったです。」
素直に頭を下げると、彼女は
「よろしい」
そう言って、手に持ってたアイスを俺に渡すと、もう一度冷蔵庫を開け、同じアイスを取り出した。
「まあ、最初から上げるつもりだったけどね」
そう言って笑う彼女の無邪気な笑顔はいたずら好きの少女のようだった。
「ていうか、そこって俺の冷蔵庫なんじゃ……」
「まあまあ、そんな細かいことは置いといてさ、早く食べないと溶けちゃうし、見つかったら怒られるから早く早く!」
そういうと彼女は先にアイスの袋を開け美味しそうに食べ始める。そんな彼女を見て俺も食べ始める。さっきまで薄味の食事を食べていたせいか、アイスの甘さが余計体に染みてきた。
「美味しいでしょ。病院食食べた後のアイスは格別だよね」
「お姉さんも病院食食べるの? 入院してたとか?」
そういうと彼女は一瞬目をそらしたがすぐにこちらを見て
「婦長が患者さんと同じもの食べろってたまに病院食食べさせてくるんだよねえ。私味薄いごはん苦手なんだよね――ってやば! もうこんな時間なの?!
ごめん私もう行くね! おとなしく寝るんだよ!」
腕時計を見て彼女は慌てたようにアイスのごみをごみ箱に捨てっ持ってきたものをまとめて部屋を出ていこうとする。
ドアを閉めようとした時、半分くらい閉めたくらいで一度止まり
「おやすみなさい。また明日ね紫露君」
そう言って彼女はドアを閉め部屋を後にしていった。