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愛憎の花  作者: 日向 燈
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プロローグ

 

 彼女は笑顔のまぶしい人だった。誰に対しても眩しい笑顔を向け、真面目に向き合う彼女は常に周りを明るくしていた。そんな彼女をよく思う人は少なからずいたと思う。俺もそのうちの一人だし。

 彼女の見せる表情を独り占めにしたかった。誰彼構わず向ける笑顔も怒った顔も、何かを抱えて一人で頬を濡らしている君を。

 例え叶わないとわかっていても俺は追いかけることを辞めなかっただろう。初めて恋心を抱いた相手なのだから。


――はかなく散り行く花になろうとも。




 見知らぬ天井に知らない匂い。そんなありきたりな言葉が目覚めて最初に浮かんだ。実際知らない場所だし。

 ドアが開く音と同時に日光が差し込み、知らない声が耳に入ってくる。


「あぁ、起きたんだね。良かったね良かったね」


 声の持ち主は喋りながら視界に映りこんできて視界に影を作る。


「天内君、大腿骨骨幹部。肋骨に胸骨の骨折だね。あーあと多分逆行性健忘症だね、いわゆる記憶喪失ってやつだね。まあ時間がたてば治るとは思うからゆっくり寝てだね。先に折れた骨を治してやったらいいと思うんだね。ん-と……あぁ、一か月ちょっとしたらまだ若いんだし完治すると思うだね。一週間は寝たきりなんだね。()()()()()仕方ないよね。以上が診断結果ね。じゃあね。」


 白衣を着た白髪リーゼントの強面中年男性は筋肉質な見た目とは真反対に静かにおっとりした声で診断結果に一言添えて部屋を出ていく。いったい何を言っているのか寝起き20分の頭では理解が追い付かなかった。去り行く先生であろう人の後姿をゆっくりと閉まっていくドアの隙間から眺め見送る。


 「そんな定時連絡みたいに診断結果伝えるもんじゃ無くね……?」


 閉まり切った白いドアに向かいふいに声が出る。数秒呆然とし、最初に体外に出たものは医者の優しさの無い淡白な伝え方に物申すことだった。あまりの雑さに追っかけて直接言ってやろうと思いベッドから体を勢いよく起こすと上半身から激痛が走りあまりの痛さにその場で石像と化す。

あまりの痛さに動くのを諦めて元の体制に戻ろうにもまた激痛が走るのが目に見えてしまい、進むも戻るも地獄になってしまった。


 「わけわからん状態にわけわからんこと言ってきたあの藪に人に優しくしろって絶対言ってやる」


 なんて訳のわからんことを自分でも言ってんなとか思いつつも半分涙目になりながらベッドから左足を出し、富士山の頂上並みに遠く感じるドアに向かうため、左足を床につけようとした瞬間。引っ張られて動いた右足の太ももが今度は悲鳴を上げる。


 ――終わった。


 あまりの痛さに声は出なかったが金魚の様に口をパクパク動かし少しでも痛みを和らげようと試みる。

 やっぱりおとなしくベッドインしているべきだった。涙を軽く流してから気づいてしまった。


 とりあえずおろした左足を静かに右足と平行に並べその場で銅像となり果て、正面の電源の切れた壁掛けテレビを眺める。

 ――現実逃避って必要なんだな。

 なんて思っていると富士山の頂上よりも遠く思えたドアが音を立てて開く。


 「こら! そんな全身ボギボギの人が体起こしたらダメでしょ!!」


 急に怒鳴られ驚いて声のする方へと首を痛みを感じない程度に動かすと、視界の隅に白服の看護師が映りこんでいる。白くきれいな肌に二重の丸目。左目の下にある涙ホクロが色気を少し漂わせる。リップが塗られているであろうプルンとした唇はとても甘そうに見えた。黒くサラサラな長髪が肌の白さをより一層引き立たせる。

 ――看護師って可愛いんだやっぱり。なんかいい匂いしてきたし


 「どうせ無理に起きて痛みのあまりに動けなくなったんでしょー。そんな体で起きれるわけないじゃん! 元の体制でおとなしくしてなさいよねぇ」


 そういいながら近づいてくる看護師に体が危険信号を出している。あまりの可愛さに心臓は鼓動を早め重症な体に似合わないくらいの音を響かせている。――可愛いだけでこんなに緊張するなんて俺は小学生かよ。

 なんてことを思っていると掴むとすぐ折れてしまいそうな腕が俺の肩を捕まえてきた。

 

 「一瞬だから我慢してね? 勝手に起きた自分が悪いんだし」


 可愛い顔でほほ笑む彼女の言葉を聞いてわけのわからない汗が出始め、照れて軽く赤くなった頬は急激に白へと変色し始める。 


わけわからないことが多かったがこれだけは何が起こるか予想できてしまった。


 「――お姉さんだけは優しくお願いします……」


 渾身の笑顔で看護師を見つめてみるが恐怖のせいか、頬が引きつってしまい汚い笑顔を送ってしまう。


 「無理に動いた君が悪いんだよ?」


 汚い笑顔の俺に変わらず綺麗な笑顔が降り注ぎ、静かに終わりを告げる。看護師の両腕は勢いよく僕の肩を突き飛ばし、願っていたベッドインを無理やりかなえてきた。願いの代償に気が飛ぶような痛みを添えて。

 あまりの痛さに――俺ってそんなに悪いことしたのかなぁ。と軽く過去を振り変える。


――強面リーゼントの顔までしか振り返れなかった。

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