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 倭人は八洲に土着した韓人や濊貊を祖とする。

 隼人はそれと異なり、南西の夷洲いしゅう亶洲せんしゅうから移住してきた人々で、その王たちは大山祇神おおやまつみのかみ大山祇おおやまつみという女神の末裔とされた。

 大山祇は山の神々たる山祇やまつみたちの女王で、山々は小舟で大海を漂う隼人たちにとって親舟のごときものだった。


 荒波と峻峰に鍛えられた隼人たちは、悉く頑強かつ勇猛で、退くことを知らず、部族は常に戦闘的な体制を以て組織化されていた。

 それ故に隼人の国家は強大な軍事力を持ち、兵を完全に統率する王たちは、国を専制的に支配した。

 そうした国家の一つである狗奴国は卑弥弓呼が王になると、隼人の中で第一の大国にのし上がった。


 卑弥弓呼は彦御子の訛りで、優れた男たる貴人を意味し、その名に恥じず、筑紫島の南部に覇を唱えた。

 狗奴国の勢いは凄まじく、菊池きくち狗古智卑狗くこちひこも卑弥弓呼の側に付き、その重臣となった。

 狗古智卑狗とは菊池彦くくちひこの訛りで、菊池の優れた男を意味した。


 火国ひのくににある菊池は、倭人と隼人の緩衝地帯で、それまで狗古智卑狗は中立の立場を取っていた。

 しかし、彼は中立を捨てて狗奴国を選んだので、女王国は隼人の大国と国境を接する羽目に陥った。

 この事態を重く見た女王国からまずは狗奴国に使節が送られることとなり、その正使に任じられたのが難斗米だった。



 絹の衣を着た難斗米たち使節が兵士たちに案内され、狗奴国の王宮にやってきた。

 高床式の宮殿は決して洗練されてはいなかったが、獣の脂を塗られた柱や壁板は、黒く光るほど磨き込まれていた。

 難斗米たちは頑丈な柵を潜り、警備する衛兵たちの脇を抜け、木の階段を昇っていった。


 大きな屋根の軒下には両開きの戸があった。

 難斗米たちがそこから中に入ると、卑弥弓呼が狼の毛皮敷きに座っていた。

 黒い顎髭を貯えた卑弥弓呼は色黒の偉丈夫で、麻の衣に熊の毛皮を引っ掛けていた。


 太い眉の下では大きな瞳が炯々と輝き、その眼光に難斗米は気圧された。

 卑弥弓呼は難斗米たちを鹿皮の敷物に座らせると、従者に小壺しょうこと見事な猪の丸焼きを運ばせた。

 小壺には熊襲の酒が入っていた。


「遠路はるばるやってきたのだ。まずは喉を潤し、腹を満たすが良い」


 卑弥弓呼が猪肉を毟り取り、厚い唇を開いて荒々しく齧り付き、肉汁を口元に散らしながら、難斗米たちに酒肉を勧めた。

 他の使者たちがほっとしているのに難斗米は危惧の念を抱いた。

 強面な卑弥弓呼が予想外の親しさを示したことで彼らは必要以上に安堵し、隙を見せていた。


 難斗米は武張るだけではない卑弥弓呼の強かさを警戒しつつ、壺に口を付けた。

 酒は甘茶蔓あまちゃづるの汁を醸したもので、甘くて酒精が強かった。

 飲み食いすることで場の空気が和らぐと、卑弥弓呼が雑談を切り上げた。


 会話が本題に入り、正使である難斗米が使節を代表して発言した。


「女王国は狗奴国との同盟を望んでいます」


 それに卑弥弓呼が目を細めた。


「お前たちの運んできた貢ぎ物は受け取った。硬玉や硝子の飾り、銅の矛や剣、それに、鉄鋌てってい。技術の高さと海の向こうとの繋がりが見て取れる」


 装飾品や青銅器は女王国で加工されたもので、銅矛や銅剣は武器でなくて祭器だった。

 鉄鋌は鉄の延べ板で、その鉄素材を八洲は韓郷や漢土から輸入し、鉄器を製造していた。

 八洲でも踏鞴たたらという製法で鉄を生産していたが、輸入品を上回るほどの量はなかった。


「狗奴国は武威の国として鉄製の武器を作ることに力を注ぎ、青銅器の方などは疎かだと聞いています。女王国は鉄鋌や青銅器などを狗奴国に提供できます。祭具も王の権威を高めて支配に役立ちます」


「その代わり女王国を攻めるなと。儂がお前たちの貢ぎ物で力を蓄えてから攻めてくるとは考えんのか? 阿呆と手を組むつもりはないぞ」


「女王国と狗奴国は互角で、どちらが勝ちましても得るものより失うものの方が多いでしょう。ですから、狗奴国とは争うよりも友好的な関係でありたいのです。よしんば、戦となっても陛下に仕える方々とは誼を通じておきたいと思いますが」


 難斗米は狗奴国が女王国に攻め入るのならば、卑弥弓呼に服属させられた隼人たちに武器や祭具を与え、彼らの武力や権威を強化し、反乱を起こさせることを仄めかした。



 隼人の諸王は倭人の王たちよりも専制的だった。

 そうでなければ倭人たちより好戦的な隼人たちを支配することなど出来なかった。

 そして、そのような諸王の権力は彼らの軍事的な能力によって正当化された。


 武を重んじるからこそ戦争で無能な者は王たりえなかった。

 それは裏を返すと、軍事的に有能なことを示せば、王となる正当性を得られることでもあった。

 卑弥弓呼は諸王との戦争に勝利した結果、彼らを臣下にした。

 かつての王たちは自分たちよりも強い卑弥弓呼を大王と認めたていたが、それに勝る力が手に入れば、彼の地位に取って代わるつもりでいた。


 難斗米はそのような隼人の事情を踏まえ、牽制したつもりだった。


「身の程を弁えよ!」


 卑弥弓呼は稲妻のごとき怒声を轟かせた。


「貴様のような使い走りが儂を脅そうなど片腹痛いわ! 使い走りなら使い走りらしく黙って儂の言葉を卑弥呼に伝えるが良い!! あれごときの貢ぎ物で狗奴国の慈悲を購えるとはゆめゆめ思うな、とな!!!」


 蛇に睨まれた蛙のように難斗米たちは身を縮こまらせて平伏した。

 しかし、難斗米は卑弥弓呼の立腹が演技であると見抜いていた。

 気さくに振る舞って油断させ、一転して恫喝することで譲歩させようとしているのだ。


 また、卑弥弓呼が同盟に頭から否定的ではないことも察せられた。

 もし交渉が完全に決裂したのなら、更なる貢ぎ物を要求するような言葉を口にするはずがない。

 つまり条件次第では、女王国と狗奴国が同盟を結ぶこともあり得る、と難斗米は捉えた。


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