十八
安芸を出た五瀬たちは、吉備王国に滞在して船の整備や武器の調達、食糧の備蓄などを行うことにした。
八洲の各地で紛争が勃発するようになっても吉備の情勢は相対的に安定していた。
瀬戸内の真ん中に位置する吉備は、海運の一大勢力として財を蓄え、製塩や製鉄も発展していた。
交通の要たる吉備には鉄資源を豊富に集められたので、それによる製鉄も盛んだった。
ただ、鉄を作るには山の森一つ直ぐに無くなるほど木材を消費した。
降水量の多い八洲は森林資源に恵まれ、特に木国はその名の通り木材が豊富だった。
大和は吉備と木国の周辺一帯に影響を及ぼし、そこが不安定になると、吉備は木国の木材を入手できなくなりりかねなかった。
それに、大規模な市場を抱える大和と交易できなくなるのも避けたかった。
しかし、吉備の希望も虚しく、懸念は現実となり、大和が群雄割拠したばかりか、近隣の諸勢力との衝突も起こし、正しく内患外憂の有り様だった。
五瀬は吉備の王に謁見すると、大和が他の勢力に支配される脅威を煽った。
彼はここでも台与からせしめた鏡や五色の布をばらまき、貴族や平民を買収していた。
五瀬は彼らに王への助言や噂の流布を行わせた。
また、揃いの藍の袴に黄色の上衣を身にまとい、茶の幅広帯を締めた傭兵たちの洒落た姿も、五瀬が只者ではないことの宣伝として機能した。
王は五瀬たちを支援した方が良いと重臣や官人から助言され、五瀬が女王国を救った英雄であるとの噂も耳にした。
そこで、この男に恩を売り、大和の情勢を何とかさせれば、吉備は労せずして大和の利権を得られるのではないか。
王はそう判断し、五瀬に兵糧や武器を供給することにした。
こうして五瀬は賄賂に費やした財より多くの物資を獲得できた。
同時に彼は大和の動向を探ることも忘れなかった。
そして、手に入れた情報を若御毛沼らとも共有した。
◆
吉備に滞在する間、五瀬たちは他の地域でそうしてきたのと同様、家族ごとに竪穴式の住居を作ってそこに住んだ。
若御毛沼は五瀬たちとの会合を終えて帰宅すると、築土に設けられた炉を妻子と共に囲んだ。
研耳が焼き魚を若御毛沼に手渡した。
「父上、魚が焼けましたのでどうぞ。今日もお仕事お疲れ様です」
研耳は金色の髪の毛を覆う布も、踝まで届くほどの長衣も、素朴な麻色を好み、柔和な見た目の少年だった。
褐色の肌こそ母譲りだったが、小柄な体には余り筋肉が付いておらず、傭兵としても戦仕事では活躍できなかった。
彼はそのことを気にしており、若御毛沼の跡取りたる末子でありながらも控え目で、炊事の腕などを磨くことで皆の役に立とうとしていた。
研耳が若御毛沼に手渡した焼き魚も干魚を、一旦、水に浸けて柔らかく戻すと、灰で臭みを抜いてから焼き直しており、獲れたての魚のように美味だった。
それに何よりそうした手間暇を掛けてくれる研耳の心遣いが若御毛沼には嬉しかった。
焼き魚を頬張りながら若御毛沼は頷いた。
「うん、旨い。もし飯の旨さで勝敗が決まるとすれば、研耳なら天下を取れるぞ」
「戦がそんな風に決着するんなら平和で良いんだけどね」
良い焼け具合の魚を研耳から受け取りつつ手研耳が苦笑した。
手研耳は長い金髪に緑色の目をし、父譲りの秀麗な顔立ちの青年だった。
木綿の上衣からは母や弟同じ褐色肌の胸を覗かせ、皮の靴を履いていた。
「ま、オレたちが戦で活躍できんのも、研耳の飯で精を付けてるからだけどな!」
吾平津姫が研耳の肩に腕を回して彼を抱き寄せた。
隼人には女子の軍隊もあり、彼女たちは女軍と呼ばれていた。
倭人と隼人が混住する日向にも女軍は見られ、吾平津媛もその一員だった。
手研耳も吾平津媛ともども若御毛沼と肩を並べて戦った。
そのような彼らにとって研耳は全てを懸けてでも日常の象徴だった。
その研耳が作った料理を皆で食べられる幸せに微笑み、若御毛沼は炉中に弾ける焚き火を見詰めつつ、五瀬から聞いた大和の話を語った。
◆
筑紫や日向と同様、大和にも天孫族がいた。
彼らは饒速日命/饒速日の末裔を王としていた。
饒速日は瓊々杵の兄だった。
彼は弟の天降りに先立ち、十種神宝を授けられて高天原から降臨した。
天磐船に乗った饒速日は、大空を飛び回りながら降臨すべき場所を探し、多くの木が茂った美しい国を見付け、出羽の鳥見山に降りた。
そこから河内の哮峰に移り、最終的に大和の白庭山に落ち着いた。
なお、瓊々杵も三種神宝を授けられて天浮橋を降り、智鋪郷の二上山へと降臨した後、大隅にある霧島の高千穂峰に移った。
そして、瓊々杵と開耶の結婚が天孫族と隼人の縁組みを象徴するように、饒速日の神話も毛人との関係を窺わせた。
毛人は渡嶋から八洲へとやってきた人々で、彼らの族長は島津神たちの末裔とされていた。
島津神とは毛人の故地たる渡嶋に由来する神々だった。
隼人がそうであるように毛人もその勢力は侮りがたく、倭人は彼らの崇める荒覇吐という島津神を取り入れて信仰した。
大和の天孫族はそのような島津神も崇拝する倭人で、それ故に日高見の大市場とも大きな繋がりがあった。
そのおかげで大和の中心的な都市である纒向は八洲で最大の都市国家たる邪馬台国にも匹敵した。
そして、現在、纒向を治める王が鳥見長髄彦/長髄彦だった。
長髄彦は饒速日の末裔とされる安日彦に妹の鳥見屋媛を嫁がせ、義兄弟の契りを結んで共同統治者となった。
ただ、それほどの遣り手も女王国の衰退に伴う混乱が波及した今は、かつてのように大和をまとめられないでいた。
五瀬は同族の誼を口実として情勢に介入し、見返りとして大和の土地を要求しようと画策した。
「伯父御らしい人の悪さだね」
手研耳が溜め息を吐きながら肩を竦めた。
「だからこそ頼もしいとも言える」
息子の言葉に若御毛沼は片目を瞑ってみせた。




