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倭事記~小説 古代日本~(未完)  作者: flat face
第一章 神武天皇
16/22

十六

 『晋書しんじょ』によれば漢土もろこしで、二六六年、の国を奪い、しんを建国した司馬炎しばえん倭人わじんの王が朝貢した。

 『晋起居注しんききょちゅう』によれば倭人の王は女性だった。

 司馬炎に使者を送った倭人の女王は台与とよだった。


 台与を女王に戴く女王国じょおうこくは、王朝が魏から晋へと変わっても漢土に遣使し、奴隷などの貢ぎ物を送った。

 しかし、漢土の王朝と同様、女王国も変わらないではいられなかった。

 鬼道を旗印とした卑弥呼ひみこの路線が失敗し、漢土の文明を掲げた難斗米なとめは、強引な改革で自滅した。


 価値観が何度も覆され、女王国の人々は何が正しいのか考えるのを放棄した。

 犯罪が増えたばかりかそれを取り締まる官人や重臣でさえ賄賂によって動いた。

 連邦たる女王国を構成していた諸国も、連合から離脱する動きを見せるだけではなく、中心的な位置にあった邪馬台国やまたいこくから覇権を奪おうとした。


 邪馬台国の女王も兼務する台与は、その覇権を維持するために戦った。

 卑弥呼の時代は彼女が女王国の女王、その弟である男弟おおとが邪馬台国の王で、難斗米の代に両者が兼務された。

 だが、邪馬台国は狗奴国くなこくとの内戦などで荒れ果て、最早、独力では女王国の統一を維持できなかった。


 そこで、他ならぬ狗奴国の王たる卑弥弓呼ひみここと結婚した台与は、夫の国から戦に長けて勇敢な隼人はやとの兵士を派遣してもらった。

 もっとも、筑紫島つくしのしまにおいて南部に位置する狗奴国と北部にある女王国では環境が大きく異なり、隼人の兵士は狗奴国と同じように全力で戦うことが難しかった。

 邪馬台国の覇権を保つためには、余所から更に傭兵を雇わなければならなかった。


 隼人の兵士と傭兵のおかげで台与は諸国の反乱を鎮圧できた。

 だが、夫の卑弥弓呼から兵士を借りたのはともかく、内乱で荒廃した国土の復興に加え、用済みになった傭兵をどのように処遇するかも悩ましかった。

 下手に解雇すれば反乱しかねず、雇い続ければ財政を圧迫する。

 台与が頭を悩ませていると、当の傭兵から会見の申し入れがなされた。



 台与は広間で傭兵たちの代表を引見した。広間の中央には炉があり、それを四本の柱が取り囲んでいた。

 奥の二本の柱の、更に奥の椅子が台与の玉座だった。

 夫の卑弥弓呼から影響を受け、彼女は毛皮を敷いた椅子に悠然と腰を下ろした。

 母の卑弥呼に似て台与は神々しいほどの美女で、美しい刺繍を施した絹地の衣は、大きな胸に押し退けられて盛り上がり、磨き上げた夜光貝の耳飾りが仄明かりの中にも輝きを放っていた。


 倭人と隼人の兵士たちが台与の脇を固め、奥まったところには重臣たちの姿も見えた。

 そうした幾つもの視線を浴びながら、彦五瀬命ひこいつせのみこと五瀬いつせという傭兵たちの代表は臆するところがなかった。

 五瀬は筋骨隆々たる長身の偉丈夫で、紛れもない勇者の風貌を備えていた。その精悍な面差しには一房の金髪が垂れかかり、五瀬が歩む度にふわりと揺れた。


 彼は錦で縁取りを施した深緑の上衣をまとい、一際目を引く鮮やかな紅の幅広帯には、紫水晶を嵌め込んだ黄金の帯鉤たいこうが輝いていた。


「従軍の報酬を割り増しするだけではなく、余所に移るための路銀も寄越せと?」


 余りにも図々しい五瀬の要求に台与は呆れ果てた。


「そうすれば大人しく立ち去るのだから、お互いにとってそう悪い話ではないだろう?」


 しかし、五瀬は相手の反応が芳しくなくても偉そうな態度を崩さなかった。


「この五瀬は女王陛下は勿論のこと、列席の諸卿らも認める通り日向ひむかの傭兵たちを率い、今回の戦役では最も活躍したばかりか、傘下でなかった傭兵たちも従えた」


 日向は筑紫島の南部にあって倭人や隼人、海人らが混住する地域で、五瀬はそれらの諸族を巧みに組み合わせて戦果を上げた。


「戦闘の息抜きにいかさま賭博を仕掛け、貸しを作るなどしてのものだと聞きますけど」


「だが、奴らがこの五瀬に逆らえぬことは歴然たる事実。つまり、今、女王国がこの五瀬のご機嫌取りをすれば、殆どの傭兵たちを体良く厄介払いできるということ。そうしたなら晋からの評価が下がる危険もなかろう」


「……痛いところを突いてくれます。要求を呑まねば傭兵たちを先導して反乱させ、筑紫島を再び混乱に陥れるという脅しではありませんか……」


「女王国の安定には晋の後ろ盾が不可欠。統治能力に問題ありと判断されれば……」


 台与は見捨てられるため、五瀬の要求を呑むしかなかった。



 五瀬の要求を台与が呑んだ後、卑弥弓呼が妻の下に帰ってきた。

 別の戦場で反乱を鎮圧していたのだ。

 夫を出迎えた台与は、彼と激しい夫婦の営みに興じた。


「儂のいぬ間に日向の輩に諂いおってからに!」


 卑弥弓呼は台与を組み伏せ、彼女を荒々しく貫き、その臀部を強かにった。

 台与はそれに喜悦の声を上げた。

 卑弥呼に酷い折檻を受けてきた彼女は、それを愛の鞭と思い込み、痛みに快感を抱くようにさえなっていた。


「ごめんなさい、卑弥弓呼さま!」


 台与を後ろから突き上げ、尻を叩く卑弥弓呼は力強かった。

 老境に入ろうとも彼は卑弥弓呼の肉体に衰えは見えず、荒々しいほどの強さも逞しさも健在だった。

 それ故に五瀬も卑弥弓呼が帰ってくる前に大胆な要求を突き付け、台与から譲歩を引き出す手を取った。


 もっとも、台与とてただ譲歩したわけではなかった。


(ああ、それでも……それでも、彼らは、彼は……)


 五瀬の要求に倭人や隼人の兵士、邪馬台国の重臣らも殺気立った。

 しかし、彼らの殺気を浴びても五瀬は威風堂々としていた。

 台与よりも年下である五瀬の若者らしい傲慢さが彼女には眩しく、希望を託してみたくなったのだ。


 思えば卑弥呼も難斗米も無謀な企てに挑戦して挫折した。

 そうした経験に学び、台与は現状の維持に心を砕いた。

 それとても懸命に考えた末の結論で、実行するのも容易ではなかった。

 だが、台与はその先に未来がないことも理解していた。


 『梁書りょうじょ』には台与の後、男子が王になったと記されている。

 その男子とは台与と卑弥弓呼の息子だった。

 だが、女王国は婚姻で狗奴国と結び付いても衰勢を覆せず、やがて歴史の闇に消えていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 参考までに…かの津田左右吉は、『記紀』の神武天皇の日向つまり南九州からの東遷について、潤・脚色以上にその東遷自体の事実を、確かに否定している(一方で神武天皇以降の歴代の実在は肯定)。その内…
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