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十四

 倭人には持衰じさいという者たちがいる。

 彼らは航海の間、その無事を祈り続ける人間たちで、船に下るべき不幸の全てを自らの身に引き受けるため、あらゆる穢れを自身に課す。

 穢れとは気離れのことで、生命を活かす力としての気をその命から離れさせるものだった。


 汚泥を体に塗り、髪に櫛を入れず、生き長らえるのに最低限の食べ物だけを口にし、あらゆる人を遠ざける。

 航海が無事に済めば、持衰は褒美をどっさり貰えた。

 その代わり船内の病気や事故があれば、罰として殺された。


 邪馬台国にも持衰の風習はあり、そのために小屋が建てられていた。

 廃位された卑弥呼は捕らえられ、持衰の小屋に押し込められた。

 屋内は光が全く入らず、暗闇に閉ざされていた。


 難斗米が小屋の戸を開けると、息苦しくなるほどの匂いが押し寄せた。

 それは熟れきった果実の甘い腐臭に似て喉の奥が詰まるかのようだった。

 幽閉された卑弥呼も潰れてもなお甘い汁を滴らせる果実のようで、闇の中でも光輝いているかのごとく美しかった。


 何日も暗闇に放置されれば、人は正気を失うのが常だ。

 しかし、変若水で既に半ば気が触れていたからか、卑弥呼は逆に正気のようなものを保っていた。

 彼女は男を惹く妖しい美貌を全身に漲らせ、屋内に入ってきた難斗米を狂おしげに睨み付けた。


「裏切り者っ!」


 凄艶ともいうべき眼差しだった。

 噎せ返るような屋内の甘い匂いも、卑弥呼の体臭であるのかも知れなかった。

 彼女の放つ美しさや匂いに酔いかけながらも難斗米は告げた。


「もう鬼道で国を治める時代は終わりました。女王国は新しく生まれ変わるんです。魏のごとく立派な国を見習って」


「言うな!」


 卑弥呼は難斗米に掴み掛かろうとしたが、彼の背後に控えていた者たちが彼女を押さえ付けた。

 そして、卑弥呼の鼻を摘まみ、息の出来なくなった彼女が口を開けると、そこに竹筒を突っ込んだ。

 嘔吐く卑弥呼に構わず、難斗米は竹筒に変若水を注ぐよう命じた。


 変若水は水で薄めて飲むものだった。

 だが、難斗米が注ぐよう命じたのは変若水の原液だった。

 しかも、卑弥呼さえ一度にそこまで摂取しなかったほどの量だった。


「貴女こそものも言えない本物の畜生にしてやりますよ」


 難斗米の合図で変若水の原液が竹筒から卑弥呼に流し込まれた。

 卑弥呼の瞳孔が開き、彼女の鼻が血を噴いた。

 そして、とても人間のものとは思えぬ咆吼が轟いた。



 二四八年、卑弥呼は死んだと告知された。

 女王国の新たなる王となった難斗米は、女山ぞやまに卑弥呼の墓を作るよう命じた。

 倭人は都市の中に墓地を設けていたが、卑弥呼の場合はそうも行かなかった。


 難斗米が殷の故事を引き合いに出し、卑弥呼の埋葬には大掛かりな殉葬が必要であると主張したので、広い墓域が必要とされたからだ。

 無論、そのような古い事例を持ち出したのには別の目的があった。

 鬼道を根絶やしにするため、難斗米は殉葬を口実にし、邪馬台国の巫女たちを死に追い遣ったのだ。


 そして、彼は徐福の教団が蔵書を保有する焼き捨てさせた。

 それらの措置を難斗米は始皇帝の焚書坑儒から思い付いた。

 徐福が始皇帝による焚書坑儒を厭い、八洲に逃れたのを考えれば皮肉な話だった。


「ここが扶桑ふそうと見なされたのも宜なるかな」


 張政が邪馬台国の田畑を眺めながら嘆じた。

 畦を板や杭で補強した水田は用水路が整備され、人々が石包丁で稲を刈り、畑には麦類や稗、粟、豆類などが栽培されていた。

 他にも季節を問わず、野菜が生えて食事を豊かなものにし、鼠返しのある倉庫に収められた。


「しかも、食べ物ばかりか翠玉や絹織物、木材にも恵まれているのだから、蓬莱などの三神山さんしんざんがあると噂されたのも不思議ではない」


 扶桑とはその枝から日が出るとされた神木で、東の海上にあるとされていた。

 三神山とは蓬莱・方丈ほうじょう瀛洲えいしゅうという三つの山で、東方の絶海にあると言われた。

 文明が進んだ漢土は、鉄を生産するため、大量の木材を必要とし、禿げ山が広がっていたので、八洲の緑なす山林は夢のようだった。


「それに、人材も豊富ではあるが、山椒や茗荷などが自生しているのに、その使い方を知らず、残念ながら人智は足りない」


 それ故に文明人が指導してやらなければ、倭人は未開のままで、教育を間違えば文明に敵対する蛮族となってしまうだろうと張政は考えた。



 八洲では人が死ぬと、甕のような棺に入れて土中に埋め、土を掛けて塚を造った。

 遺族は十日ほど肉などを食べず、大いに泣いて悲しみを表し、通夜に参列した人々はご馳走を食べ、歌や踊りで大騒ぎした。

 喪の期間が過ぎると、遺族は揃って水辺に行き、穢れを祓う水浴びをした。


 しかし、卑弥呼の死は戦争の責任を取らされてのものだった。

 罪を犯した者は、重罪ならば一族を全て滅ぼされ、軽罪ならば伴侶や子女を奴隷にされた。

 それゆえ、男弟も殉死を強制され、台与も本来ならそうなるところだった。


 ところが、卑弥弓呼が思わぬ要求を突き付けてきた。

 女王国と休戦するため、台与を人質として差し出せと。

 新たな女王国の王となった難斗米は、卑弥弓呼に台与を差し出すことを了承した。

 次のように考えたからだった。


 既に女王国は鬼道を捨て、新しい原理の下に歩み始めていた。

 それは漢土の文明で、徐福の教団に属する巫覡たちに代わり、八洲に渡来した漢人たちが八洲の中枢を占めた。

 最早、鬼道など忌まわしき因習でしかなく、その小娘を一人ほど逃したところで何の痛痒があろう。


 いずれ倭人からその言葉や伝統などを消し去れば、漢人に同化することだろう。

 それが歴史の必然で、倭人にとっても幸福なことなのだ。

 漢土の文明は普遍で、それ以外の特殊な文化など人類が追い求めるには値しない。


 その摂理に反撥するのは、自分より優れた者への嫉妬でしかない。

 妬みに目を曇らせた馬鹿の戯れ言など聞く必要があるか?

 道理を解さない害獣は駆除すれば良いというのが難斗米の考えだった。



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